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18章 魔法少女と神の使徒
586話 わたしだって
しおりを挟む朝起きた時には、もう、何もかもが遅かった。
空の姿はなかった。
いつもそうだった。いつの間にかいなくなって、いつの間にか帰ってきていた。そんな、波のような不安定な存在だった。
でも、いつも帰ってきてくれた。だから、待っていられた。
けれど、今回はそうもいかないと分かっていた。空は思い詰めたような顔を度々して、どこか上の空だった。
何かあったときは、一緒にいてあげたかった。ついて行きたかった。
「トートルーナさん、空は……?」
「朝の訓練って言って、そのままですけど?まだ、外にいると思いますよ。」
嫌な予感がした。いつも、このくらいの時間には「疲れた」と言って戻ってくる。この時は、少しだけガードが緩い。
慌てて、庭に出た。庭に出ても、広がったのは花と野菜だけ。綺麗だけど、今はそう思えない。黒ずんで見えた。
いつもは空と、綺麗だって笑っていた青い空も、色褪せて見えた。
「空……………」
嘘だと言って欲しい。溢れそうな涙を無理矢理抑えて探し回った。きっと、外を走り回ってるだけ。
「ほんと、どうしてそこまでソラさんが好きなんですかね。」
トートルーナは諦めを含んだ声音でため息を吐く。またこうなるのかと。
「今回は今までのと違うんです!分かるんです、今回は無視しちゃいけないって分かるんです!」
「ユリノさん、それは……」
「わたしの勘を舐めないでください!」
「元気いっぱいじゃないですか!」
しかし、トートルーナの静止も聞かずに家を飛び出ていった。
後ろからトートルーナの叫び声が聞こえる。それでも、いかなきゃと思った。今行かないと、絶対後悔する。もう、空がいなくなってしまうと思った。
居場所なんて分からない。でも、王国中を見てまわればいつかは見つかる。いるかどうかも分からないよりは100倍マシだと思った。
「なんで空はいつも1人で抱え込むんです?!わたしがいるのに、なんでわたしを頼ってくれないんです!」
丘を駆け下りた。ボルトも越えるようなスピードで、パズールを飛び越えた。
街の外になんて、何度も行っている。なんなら、もう冒険者のランクもCに行っている。ちゃんと、通っているから。空のために、少しでもできることを増やしたいから。
今すぐ空に会いに行って、1発でいいから殴りたい気持ちが膨らんだ。置いていかれる側の気持ちを、考えてみて欲しい。こんなにも痛いのに、頼って欲しいのに、向こうは突き放してくる。
「空の馬鹿あぁぁぁぁぁ!」
その日、森に特殊な魔物が現れたと話題になった。
—————————
「……いない、です?」
気づいたら、王都にいた。身も心もボロボロで、一歩も動けないような満身創痍の状態で、王都を見上げた。
人がいない。ガラガラだ。
全くいないわけではないが、いる人間もいなくなっていく。避難、という印象がある。
「龍……?」
更に上を見れば、濁った空に舞う数体の龍が見えた。ここは異世界ということを思い出した。ここには龍もいる。
「ここにもいない……です?」
避難者の列を、蟻の行列でも眺めるように見つめる。
「向こうに行けばいるかもしれないですよね。」
重たい足を、踏み出した。
流石に順番抜かしをするのは憚られるため、少ない理性によって木伝いの移動をした。手前の列を追い抜かすほどに、見覚えのある人間がいることに気づいた。
戦争の時、共闘した騎士や顔の知っている王城の人も見える。先頭は、やはり国王だった。
「国王さん!」
裏返る。掠れる。声がまともに出たとは思えなかった。でも言語化はできた。
ここまで休みなしの全力疾走。さらに、記憶が違わなければずっと叫びながら走っていた。
喉がやられるわけだ。
木から飛び降りれば、お付きの騎士が警戒するように道を阻む。この程度造作もないが、警戒を深めるだけなのでやめておく。
両手を上げて、敵意をないことを示す。
「……ユリノか。」
「覚えてくださってたんですね。」
だけど、その声音は落ちに落ち切っていた。
「どうした。」
国王は守りを固める騎士を傍に除けると、その視線をこちらに向けてきた。もちろん、警戒がないわけじゃない。
「空が消えました。」
「それは大変だな。とは言うが、空は今もあそこにあるぞ?」
「それは『sky』です!」
国王の渾身のボケに素直にツッコむほど、今の心境は乱れ切っていた。指で触れれば、破れて弾けてきていきそうだった。
それこそ、シャボン玉のように空に散るようだった。
怒っているのか、泣きそうなのか、表情の居どころが定まっていない。何度も口を開き、閉じ。間抜けな顔になっていた。
「……きっと、この危機に立ち向かっているのだ。」
「なんで、王都の人たちはこんな大移動をしているんです?」
会話が噛み合わないが、国王は真摯に返してやる。
「龍の予知だという。」
「答えになっていません。」
「察してくれ。」
視線は、一瞬後ろの馬車に向けられた。荷物のようだが、その目には何か別の意図が含まれているようにも思えた。
空を舞う龍。
国王は徒歩。
荷物用の馬車。
「……ラビアさん、です?」
ひとつの結論を見つけた。
「出してください!ラビアさんなら空の場所が分かるはずです!早く、早くっ!」
国王に詰め寄ろうと一歩踏み出すも、騎士に阻まれる。予想以上に力が強いが、百合乃の足元にも及ばない。
もう、配慮できるような理性はかけらも残っていなかった。狂犬の目の前に餌を置いて、何も起きないはずがない。
「どうして、どうして……わたしだって、わたしだっていっぱい頑張ったんです!いっぱい悩んで、次は助けたいって、思ったんです!」
なのに……と、次の言葉は嗚咽に紛れて消えてしまった。
外行用の服に身を包み、寒さ対策の外套を羽織るその上から胸ぐらを掴み、でも、弱々しくてもたれかかるような姿勢となる。
「…………陛下。」
「皆まで言うな、オリーヴ。」
国王は逡巡した。
この問いには正解がない。
2択という至極簡単な問いなのに、どちらを選んでも、どちらの覚悟をも壊してしまうから。
「一時、休息を取る。この間に、全ての王都の民を王都外に出し、王国を一時閉鎖せよ。そして、このことを国内、合衆国、帝国、全てに伝えよ。」
「仰せのままに。」
オリーヴはその場から音もなく消えた。
「少し、時間をもらいたい。」
「時間……」
「最低限の情報はやろう。しかし、全ては己次第だ。それでいいか?」
百合乃の首はゆっくりと縦に振られた。そのまま、昏睡するようにこの場に倒れ込んだ。
安心と疲労が同時に襲われて、堪えていたもの全てが混ざって抱えきれなくなった。そして倒れるという結果に陥った。
「国民1人救えずして、王か。これだから、王は欺瞞なのだ。」
国王は国王の悩みをもって、その言葉を漏らした。
———————————————————————
ここからは百合乃パートを何回かぶつけていきます。そして次回の百合乃パートでは、しっかり百合乃に戦わせてやりたいですね。ばちばち戦闘していきたいと思います。
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