595 / 681
17章 魔法少女と四国大戦
567話 肩を並べて、酌を一つ
しおりを挟む軍服を纏った少女、青柳百合乃は、魔法少女をお姫様抱っこの要領で持ち上げながら帰路を辿っていた。
彼女の体はボロボロで、自慢のローブもほとんどボロ布と化していた。
初めは膝枕にしようと思ったが、やはり、ここはベッドで寝かせてあげたかった。
ここまで身を粉にして働いてくれた魔法少女に、気を遣ってさえくれた彼女に、何か少しでも恩を返したかった。
そもそも、命の恩人であり初恋の魔法少女の痛ましい様を見て膝枕なんて妄言は吐けない。これはいつものお遊びではないのだ。
人の気配が感じられぬ森の中を、異様な2人は通っていく。
起きないように慎重に運んでいた結果、暗闇の空の中に薄らとした明るさが生まれ始めた。同じ暗闇でも、明るさを感じる。
「もう、こんな時間です?」
遠くに見える高い壁を目印に、もう1度歩き出した。
着いた時には、死臭と嫌な気配が漂っていた。出来るだけ、他者と会わないようにしていたつもりだが、それでも臭う。
ここはイグルか。目印はないが、なんとなくそう思った。
本来なら魔法少女が言うべきセリフだろうが、今はそんなことは言っていられない。魔法少女のために、百合乃は声を張り上げた。
それと同時に、魔法少女のポケットに入っていた通信器具の個人ではなく全体放送のスイッチも入れる。
「みなさん聴いてください!戦争はもう終わりました!1人の勇敢な魔法少女が、皇帝ディティー・ヘルベリスタを討ち取りました!帝国軍は今すぐ撤退か、捕虜になるかの選択を願います!」
自身の喉が壊れる覚悟で、出せる限りの音量を絞り出した。
「繰り返します!ディティー・ヘルベリスタは、討ち取りました!証拠として、こちらに彼女の剣とティアラを所持しています!今すぐ撤退か、捕虜として捕えられるかを選択してください!」
百合乃は一心不乱に、腹から叫ぶ。最後は咳き込んでしまい、締まらなかったが、それでも言うべきことは言った。
この戦争は終わったのだ。
「誰か、空の手当てをお願いします。それと、静かなところで寝かせてあげてください。」
大声を出し過ぎて、枯れた喉で口にした。今の叫びは、少し彼女に悪かったかもしれない。
「何があった!」
イグルの西門から走ってくる人影につられ、百合乃は振り返る。
「総騎士長さん……」
「お嬢さんは…………いや、いい。今の放送は……いや、これも違うな。」
総騎士長は、何度も何かを言おうとして、何度も口を噤んだ。最後に、通信機を手に持った。
「反撃の意思を見せる者は容赦なく殺せ。敵意のない者は捕虜とし、隔離しろ。これが最後の命令だ。我々は、勝利したのだ。」
ブツっと通信を切った。
「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
続いて、大歓声。辺りにいる者は、全て歓喜の声を隠さず上げた。
「今は、察しておこう。全てはソラが起きた時にでも話そう。今は、落ち着くまで様子を見るのが1番だ。」
「そう、ですね……」
百合乃は、この喧騒の波から逃げるように村の外れの村長(仮)の家へ向かうのだった。
—————————
あの突然の放送の後、6つの戦の姿は激変させた。
終戦の流れは巨大なうねりとなってその姿を変容させる。
初めは王国が嘘を騙っていると、逆に奮起し始めた。しかし、冷静になって考えてみるとどうだ。
王国が好き勝手しているというのに、肝心の皇帝はなぜ姿を見せない。なぜ否定しない。
次第に、現実味を帯びてきた。
王国が作れる程度の通信機を、帝国が所有していないわけがない。各自に支給されたその道具を用いて帝国に連絡を繋げようとしても、誰にも繋がらない。
なぜなら、帝国では今、魑魅魍魎が街を這いずっている。そして、民間からの通報や文句が鳴り止むことなく鳴り続け、現代でいう回線落ちというものが発生していた。
さらに、混乱は膨張していく。
「降伏しろ!さもなくば、容赦なくその首を斬り落とす!」
各戦線に数名派遣されている《高位騎士》の特級正騎士が現場リーダーを務め、彼ら中心に捕縛を始めた。
その言葉はさらにこの非現実に現実という漆喰を塗っていった。
いくら人体実験を施した人間だからといって、混乱が広がって仕舞えば統率もなにもない雑兵に成り下がるを
こんなものは嘘だと、撤退を促す者もいれば、八つ当たりのように剣を振るう者もいる。
皇帝陛下に絶対の服従を示す彼ら騎士は、捕虜の辱めは受けぬという意志を示した。
割合で言えば、6割撤退2割自害2割特攻といった様子だ。
士気が爆上がりしている王国に、そんな2割程度の騎士に負けるはずもなく、帝国軍はあっという間に制圧され始めていた。
勝利が確定した今、憚ることは何もなく突撃できているのも大きい。勝つか負けるかの不安の最中戦うのより、よっぽど心が晴れやかだ。
これはもう、勝ち戦なのだ。
撤退組は2割弱ほどしか討つことはできなかったが、深追いして無駄な犠牲を出す必要もない。
残った4割強の騎士は、帝国へ帰っていく。しかし、そこには地獄しかないだろう。
徘徊する化け物、帝国と皇帝に非難を始める国民。皇帝はこの世にいない。騎士らは敗戦し逃げ帰ってきた。
王国が手を入れなくとも、十二分に瓦解する。
王国軍の死亡者は全体の約4割。
帝国は約8割が死亡した。土地や民間人に大きな被害はなく(帝国では多少あるが)、王国は勝利を手にした。
グランド・レイト王国及びラミア合衆国vsヘルベリスタ帝国及びアズリア神国の国を巡った大戦に、王国が勝利したという号外は、後に大陸中に広がることとなった。
示し合わせたわけではないが、皆、各村にある食材を持ち寄りイグルに集っていた。
酒はない。代わりに、互いに水を注ぎあって飲み明かす。
魔法少女が意識を取り戻した後、帝国に最後の一打を与えるためにもう一働きする必要はあるが、彼ら騎士には関係のない話だ。
「オンオフが激しいな……」
それに混ざれないのが、蓮。
気まずそうに、作られる料理を肴に水を飲み干す。存外乾いていたようで、喉は潤う。
「ぼっちとか寂しくないの?」
とてとてと寄ってくるのは、エインミール。
「テメェもだろうが。」
「ぼっちも寄れば脱ぼっち。だからぼっちじゃないの。」
両手で握ったコップを呷る。新卒で初めて参加した会社の飲み会のような飲み方。
「大統領の言う通りだったの。」
「なにがだよ。」
「今まで、帝国や皇帝は次元の違う化け物だと思っていたけれど、違ったの。大統領は、アレも人間だと言っていたの。」
「人間なぁ。」
現場にいなかった蓮は、あまり実感の湧かない。どこか手持ち無沙汰で、沈み始めた月を見た。
「ま、実際あんな暴動起こさせてるんだから、レベチなのは確かだな。」
空になったコップを手のひらで転がして言った。
魔法少女はそれを打破したのだから、本当に凄い。癪だが、アレにはステータス以外では勝てる気がしない。
「これが終わりになるといいけれど、戦争はまだ終わらないの。」
「もう終わってんだろ。」
「終わらないの。戦争は続くの。」
蓮と同じく空を見た。
「この地面を果てしなく覆う、鮮やかな空ができるもっと前から、世界はあるの。それだけ長い時間世界はあって、争って争って、そして今がある。」
「だから、どうした?」
エインミールは少し黙って、また口を開いた。
「もう、争いはいらないと思ったの。それだけ。」
2人の声は、終戦の喧騒の中には残らずにかき消されていった。
———————————————————————
帝国は完全なる独裁政治をとっているので、司令塔であり全てであり、神のような存在の皇帝が死亡した場合それが意図として自決するよう教育されています。
ちなみにこれはディティーの仕業ではなく、風潮的なやつです。やめられない止まらないです。
廃止しなかった理由は、負けることがまずないからでしょうね。
一斉に自決する姿。皆さん中学校でやるであろう万歳クリフを思い出しますね。え、やりますよね?信じてますよ?
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。
みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい!
だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる