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17章 魔法少女と四国大戦
566話 散りゆく花は綺麗だった
しおりを挟む死というものをこれほど如実に感じることはなかった。今まで、死というものを自由自在に操ってきた自身だからこそ、その意味の真意を知ることはなかった。
ヘルベリスタ帝国皇帝、ディティー・ヘルベリスタは最期に、そう思った。
「いいだろう。朕が悪になってやる。」
気づいた時にはそう言っていた。
魔法少女が何かを言っていた。重力に押しつぶされ、耳がキンキン言っている。それでも、なんとなく、意味が理解できた。
次第に、痛みは激しくなる。膝が地球に擦り付けられるようで、背骨もミシミシと音を立てているのが聞いていて分かる。体の節々はもう機能を停止しているらしかった。血流も悪い。
きっと、帝国は終わるだろう。
ディティーは聡明だ。
きっと、魔法少女らは皇帝を殺してしまっても文句の出ないような方法を取るだろう。その手段を持っているだろう。そう理解した。
だから、何かを残しておきたかった。
「いいではないか。くれてやろう。」
軍服を着た、自身を斬って見せた少女に託した。我が愛剣である、帝剣を。
その頃には聴覚は行き場を失い視覚はチカチカと光っていた。触覚は何かを感じる程度にまで低下している。
ディティーは再度思う。
走馬灯のように人生を振り返る。記憶が駆け巡る。
—————————
ディティーは捨て子だった。
その捨て子を拾ったのは、前皇帝ディスアルテ・ヘルベリスタ。同じ瞳の色をしていた。それだけの理由だった。
ディスアルテによりディティーと名付けられた。
実子のいなかったディスアルテからは、まるで実子のように扱われた。教育も、家族愛も。
ある日、彼女に連れられ花園へ出向いた。
ディティーは帝国府に植えられたとある花をたいそう好んだ。それはディスアルテの好む花でもあり、彼女らと同じように燃えるような意志の宿った桔梗のような色。
綺麗だった。美しかった。守りたかった。
何度も耳にした戦争報告も、死んでしまう転生者も、大嫌いだった。守りたいものが守れないようで寂しさを覚えた。
だから、己が皇帝になってみせ、世界を変えてやろうと本気で思った。無謀と思われた理想。しかし、それは天性の才により現実のものとした。
才能はどんな貴族をも飛び越え、ディスアルテには実子がいないこともあり、皇帝の座を明け渡された。
その頃だった。ディティーを変えたのは。
代々皇帝のみに知らされるこの世の姿を。醜い世界の形を。歪められる真実を。
この世界の統治者は神であり、その神の意のままに世界は崩壊の一途を辿る。現在はその途上なのだ。民の意思は自由たれ。神に支配されるべからず。
ディティーはその意志に、強く共感した。共感してしまった。
皮肉にも、嫌だと思った姿に自ら進んでしまった。
皇帝になれるのは、この想いに賛同できるものだけなのだ。
神に叛逆しようと思ったのも、同じ頃だ。
大好きだったあの花も、大嫌いだった戦争も、ディティーは全て記憶から消したように振る舞った。
神を撃ち倒すに必要な領土のため、西に領土を拡大していった。東には大国がある。特にラミアは危険だ。
だから西に向けて侵攻を進めていた。
領土の次は、力だ。
人間の力では到底敵わない神。それを打ち破るための力を求めた。
そこで、以前から勧められていた研究をさらに進歩させていった。犠牲者は多いが、これが救いになる。未来の多くの救われない人々が笑えるようになると思えば、なんの躊躇いもなかった。
かの神国とも手を組んだ。敵を討つには、敵を知ることが大切だ。
転生者について興味のあるという、副機卿が派遣された。交流を深めるにつれ、危険分子ということが明らかになっていった。
ひとつの為に、多くの犠牲を払う。歴代の皇帝と同じ道を、同じレールを、ディティーは走っていた。それが今の彼女を作っている。
そんな一生を、一瞬にして思い返した。
—————————
そうか、過去の自分はそんなことを思っていたのだったな。
ディティーは自分と向かい合う。
戦争を否定し、好きなものを肯定したディティーと、戦争を肯定し、無駄を否定したディティー。矛盾しあい、交わることは決してない。
それでも、どちらの選択に間違いはなかったと確信した。
正義とか悪とか、正解だとか間違いだとか、そんなものは最初からない。
どちらにも正解はない。そもそも解答用紙のない問題に正解不正解を決めるなんておかしいではないか。
ただ、どちらも受け入れ否定しないこと。それが今のディティーにできること。
行動に移せることはない。もう死ぬのだし。
でも、最期にあの花を見たかった。名も知らぬ力強き色の花を。
今この瞬間には、かつての少女だった頃のディティーと、皇帝ディティーが同時に存在している。
走馬灯の影響か。よく分からない。
けれど、もし、次の人生があったなら。世界や神のことなど気にせず、スローライフとやらを送ってみるのもいいかもしれない。
そしてまた、あの花と出会うのだ。
「もう2度と会いたくない。」
魔法少女が言った。その言葉とは裏腹に、少し困ったような目をしていた。
だから、最期の言葉は決まってる。
「朕はしぶといんだ。」
死んで、生まれ変わる。そんな奇跡が起こるなんて思わない。しかし、起こればいいと思うのはタダだ。
いつか、生まれ変わって、もう一度。
後悔のない一生を送れたからこそ、新しい人生を見てみたいという思いが溢れた。
ここまでくるともう何も考えられない。痛いかどうかも分からない。
皇帝の自分はここに置いていく。この正しさは報われるべきで、裁かれるべきでもある。
それを受け入れるべきだ。
少女の自分だけを連れていく。
少しは世界を変えられただろうか。技術は進歩させた。己の手で神を討ち滅ぼすところまではいかなかったが、いいだろう。過ぎたことは仕方ない。
帝国が王国を喰らうのも、王国が帝国を喰らうのも変わらない。
願いはただ、神の意思の存在しない世界。
ディティー・ヘルベリスタは死亡した。
—————————
「ここは……」
目が覚めると、何もない空間が広がっていた。
いや違う。記憶だ。記憶の塊の中にいた。
波紋が広がる。記憶が掻き消える。そうか、これが死というものか。ディティーは小さくため息を吐いた。
「記憶が……自分の一部が切り落とされるとはこのような気持ちなのだな。」
譫言のように呟き、他人事のように眺める。
もう1度振り返るチャンスが巡ってくるとは思わなかった。
消える記憶を見つめながら、信じたものをただ信じる。
スクリーンのように流れていく記憶。新しいものから古いものへ、スクロールするように消えていく。
そして、最後に映ったのは。
「……………………っ!」
ディスアルテと、桔梗色の花。大輪を咲かせ、列を成す。かけられた水が太陽の光を含んで輝く。
やはり、綺麗だ。
ディティーは、死亡した。
———————————————————————
今回は短めです。ディティーの記憶やらなんやら、ごった煮です。
今回の話を書いていて、自分でも何を書きたいか途中から分からなく……いえ、この言い方は適当ではないですね。
ディティーの幼少の願いと現在の皇帝としての願い。その両立できない矛盾と、その矛盾を受け止めようとするディティーの心情が複雑で、思ったように書けませんね。
心って難しいです。
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