魔法最弱の世界で魔法少女に転生する〜魔法少女はチート魔導士?〜

東雲ノノメ

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15章 魔法少女と帝国活動記

471話 被験者少女の敷かれたレール

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 目の前の少女に向けて、彼女はナイフの切先を向けた。帝国のため、皇帝のため。

 これはただの棒だ。小さな鉄の棒。比喩でもなんでもなく、ほんの小指程度の棒なのだ。
 ただ情報という驚異的な力によって脚色されているだけの。

 被験体No.5、「0092」ことネインアーレは思い出す。今のネインアーレが生まれたあの日のことを。

—————————

 それは8年前のことだった。多くの国々と併合しできているヘルベリスタ帝国では戦争が絶えない。内乱もまた同じだ。
 戦災孤児も絶えず生まれ、「5番被験体0092」もその1人であった。

 帝国は戦災孤児を国で保護した。しかしそれは事実上の奴隷であり、生活支援をする代わりに人体実験の道具とされる。

 この頃商業ギルドから全面的な奴隷に対する人体実験等の非人道行為を禁止する政策が取られたため、表立って作業することは叶わなかった。しかし、これにより正当な「対価」として人体実験を可能とした。

 話は変わるが、帝国がここまで力を伸ばせているのはなぜか。知略に長けている?武力や物資が豊富?
 いや違う。異世界人の存在だ。

 現皇帝ディティーの先先先代ほどの皇帝がめざとく異世界人の存在に気づき、異世界人の保護と称した軟禁または誘拐、拉致を繰り返し兵を作り上げた。異世界人の力はとてつもないものだった。

 過去にあったとされる空力や存在するどんな魔法よりも高位であり、またステータスに至っては人智を越える。そんなミサイルのような秘密兵器を持つ帝国になす術などあるはずもなく、拡大は広がる一方であった。

 そんな戦略を持つ帝国が、なぜ人体実験という回りくどい手順を踏むのか。
 それはより強力な兵器を作るため。異世界と異世界の交わりにより生まれる強力なエネルギーは、国をも揺るがす。
 そのエネルギーを内包した人間を作ることができたら、と。異世界の異能を身につけた人間を作ることができるならば、と。彼らは始めたのだ。

 異世界人の細胞を、魔力を、肉体を、組み換えてねじ込んで。当然死者は大勢発生した。膨大な魔力に耐えきれなかった者、暴走して蒸発した者。目の前で精神を崩壊させていった者。面白いように別の死に方をしていく被験体たち。

「0091、次。」
軍人に顎で指され、カプセルに入っていく。この頃はまだ魔壊病は奇病としか思われていなかったが、皮肉なことにこの人体実験で原理が解明された。

 魔力回路の損傷。地球で言えば血管のあちこちが破れたようなもの。魔力を血に置き換えれば、この実験は、人間の血管にとめどなく血を注入し逆流しても気にしないような道徳のかけらもない非道だ。

 それが許されてしまうのが帝国だった。

 カプセルに入った孤児は、謎の魔導具に体の自由を奪われ、苦しそうに呻いて喉を掻きむしるように苦しみを訴える。瞳孔は開き、あの世を見ている。

 これすら実験の一端だなんて考えたくもない。いったい1日に何人の死者が出ているのか、悍ましくて直視したくない。

 そんな地獄とも表現できる苦痛をただ1人克服し、力を得た。その代わりに大半の感情と痛みを失った。

 そして生ける兵器、ネインアーレが生まれた。

 彼女には拒否する権利も意思もなかった。その日から強引に行われた戦闘訓練。
 帝国の精鋭どもが集い、異能、物理、魔導具、ありとあらゆる攻撃を試されボコボコにされた。

 そりゃそうだ。異能を手に入れたとて、それを扱う知識も方法も知らない中でどうしろというのか。
 しかし痛みも恐怖も悲しみも感じない。全てが洗い流されてしまったから。

 過酷な訓練を無心で耐えた。
 殴られ斬られ、殴られて。

「異能を使え!」
「天から授かった奇跡をなぜ使えない!」
帝国軍人からは殴られた。

「人を斬れるからって聞いたんだけどな。」
「もっと痛がれよつまんねぇな。」
性格の捻じ曲がった異世界人からは何度も異能で斬りつけられた。

 そして死亡した。

 そして生き返った。
 時を遡って。

 目が覚めて飛び起きた。脳の生存本能によって体が反射的に動いてしまった。痛みはなくとも生きることには固執しているようだった。

 初めは何が何だか分からなかった。暗く外の見えない独房に閉じ込められている彼女に、指標となるものなどないためループか否かを判断することはできない。
 しかしそれからすぐに理解した。それは、戦闘訓練のことだった。

「異能を使え!」
「天から授かった奇跡をなぜ使えない!」
帝国軍人からは殴られた。

「人を斬れるからって聞いたんだけどな。」
「もっと痛がれよつまんねぇな。」
性格の捻じ曲がった異世界人からは何度も異能で斬りつけられた。

 見覚えがあった。動きが読めた。
 そして殺された。

 また飛び起きた。

「…………これが、異能……」
よく分からなかった。いや、正解でないからかと彼女は理解した。異能を持つ彼女の深層意識はそう考えた。

 それからは地道な作業だった。

 死んでもなぜか生き返り自分だけ記憶があるという奇妙な状況を、10回、100回、1000回と繰り返して全てを記憶した。
 初めは避けられなかった攻撃が、するりするりと止まって見えるようになった。そうしてこの日を乗り切る日が訪れた。

 時が更に経ち、この異能について少しばかりの理解を深めた。しかし他言はしなかった。する必要がないと考えた。

 この能力は『情報』に関する能力なのだと悟った。情報と言っても、誰がどうしただとか何をするのに何が必要かなどという世間一般で聞くものとは異なる。
 いや、間違ってはいないのだが実際には量子的な情報の話だ。

 本質を言えば並外れた情報処理能力と理解能力を持ちこの世の全ての位置情報、原子の位置を把握できる。つまり異世界に生まれた『ラプラスの悪魔』というわけだ。
 この世のすべての原子の流れを元に戻せば、実質的なループ現象を引き起こすことができる。

 そんな神の領域に踏み込んだ彼女にできないことはなかった。
 まずは情報を消してみた。触れなければできなかったため、訓練中に遊んでやった。
 世間的には悪者と思えた軍人の、存在するすべての情報を消去した。すると、本人含めた全ての存在が認識できなくなった……事実上の消滅という状況となった。しかしその場には存在する。誰も分からないだけで。

 生きているとはなんだろう、と思った。

 しかし、皆消えた彼のことを覚えていた。それはそうだ。彼を構成する情報を消したところで、以前から彼が他者に与えていた情報は他者の情報に根付いている。

 だから消したのだ。実験程度に。

 彼らが実験でネインアーレらを苦しめたように。彼のことを実験台のひとつとして、すべての人間から情報を消滅させた。

 生きるとはなんだろうと、また思った。

 今度は情報は追加した。

 特に思いつかなかったので、家の鍵を閉め忘れたやペットの餌をやり忘れただとか、適当なことを追加して様子を見た。

 そして最後に情報を動かした。

 記憶の情報の一端を入れ替えて遊んだ。なんでお前が知ってるんだ、とか。その逆も。
 愉快とは思わなかった。世間にはこれが面白いという人間もいる、という情報はあるが。

 こうやって異能は発達を遂げてゆく。感情は消えたわけではなく、情報になっただけ。しかし、触れるうちに微少ながらも感情を理解できることもあった。

 ステータスの壁は異世界の血を取り込んで手に入れた。別に何が欲しいわけでもなく、何がしたいわけでもない。おつかいでもするようにやることを上から順にやっていき、敷かれたレールを歩くのみ。

 生きるってなんだろう。

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 風邪に加え、ちょっとアニメみて感動しちゃったので執筆スピード半減です。いつも遅いくせにそのスピードがさらに半分。時間に追われてます。
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