429 / 681
13章 魔法少女と異世界紛争
403話 暗殺少女は護り切る 2
しおりを挟むカラの精神安定を名目に、休息を5分とった。ぶっ通しで働いているので、休息は必須だった。
過去に身につけた、ステータスに関係のない彼女自身のスキルにより、どんな環境でどんな時間であろうと休息を取る力が役に立った。
「そろそろね。」
左手で鉄扇を握り直すと、その場で立ち上がる。カラを右手で立たせると、しゃんとしなさい、と声をかけてみるが反応はない。
相当なショックだったようだ。何しろ、学園の悲劇も目の当たりにしているわけだ。加えて、自然の声も聞こえてくる。悲鳴に耐えきれなかったのだろう。
「足元に気をつけて。何があるか分からない。」
意味はないと知っていても口にする。自分自身に喝を入れるという意味でもそれは機能していた。
龍神ルーアは敵の殲滅に出てはいけないなど一言も言っていなかった。護れるならいいと言っていた。なら、護りながら進むだけだ。
恵理もまた、殺意に変わりはない。
まっすぐな道を歩き、程なくして角を曲がった。迷路のような構造で、戦いにくい。
「魔力眼は見えにくくなっているのね……せめて、配下の1人でも斬り倒したいところね。」
そう都合よくはいかないか、とため息と一緒に押し流す。
しかしこのまま無作為に探索したところで、危険が高くなるだけだ。集中力も保たない。
「……私も、人のこと言えないのね。」
左手に握った鉄扇を広げ、春風。と一言呟く。そのまま流れに乗り、詠唱を開始した。
「酔いに酔いしれ、呑み呑まれ。泡沫の月に願うなら、眠りて夢の我を滅さん。神楽歌2節『酔月』」
千鳥足のような不調律なステップを刻むと、四方八方に鉄扇を叩き続ける。風に舞う蝶のように開かれた鉄扇を翻し、何度も何度も壁を穿つ。
もちろん、振動はとてつもない。騒ぎを聞きつけ、その振動に負けない足音と怒号を耳で捉える。
「今度こそ、やるのです。」
その中心に、明らかに格の違う人間……天使がいた。
「汚名を返上するのです。ボスに捨てられないために、わたしは結果を出すのです……!」
両手には3枚ずつの光るお札が。恵理は瞬時に思考を巡らせ、最速で答えに辿り着く。
セクステット。
魔法少女からの事前情報によれば、物理に対する防御が低く、近距離戦に持ち込めば勝ちとのこと。この狭い通路で、これ以上の好条件はないだろう。
そして手に持つお札、合計6枚。これはこのスキルの必殺技。1日1度と制約付きのスキルであるらしく、1枚1枚効果が異なるらしい。
「セクステット、魅惑の限り弾き奏でん。」
予想通りの宣言、そして取り巻きが迫る。事前情報の通りに後衛らしい。
「流れ巻かれて夢に落つ。」
風を払うと、竜巻に吸い込まれるようにして恵理の元までやってくる敵を破壊していく。
実際にはそう錯覚させるほどの足捌きをしているだけだが、それを知る者はいない。
通常の神楽歌とは違う、瞬節歌。
簡単に言えば、詠唱短縮のようなものだ。
「極惑の領域。」
取り巻き連中を全て崩し切った頃、札がひらひらと舞い落ちた。ペタリと床につくと、淡いピンクの煙が広がったと思いきや空間が拡張された。そしてまた、もう1枚を自身の胸元に貼る。
「極惑の壁。」
これが札の力なのか。片手に2枚ずつ、4枚の札を残してセクステットは空に浮かび見下した。
「下がってちょうだい。」
カラを後ろにやると、少し突き飛ばすようにして距離を離した。
「誘惑の剣。わたしに魅了されるといいのです。」
「あいにく、私は同性を好きになる趣味はないのよね。」
空いた手に鉄扇を収めると、光の大地を蹴って空に飛び込む。
無謀なつもりはない。実際空中戦は何度か経験しているが、スキル浮遊にて空中の滞在時間が長くなり、瞬節歌には空間に足場を生むものもある。
しっかり相性が合っているスキル達だと、褒めたくなるようなものばかりだ。
「誘惑の雨。」
「その情報は、もう知ってる。」
情報屋の頃の記憶定着能力もしっかり働いている。羽の雨を、神楽歌を唄い弾き飛ばす。その反動でさらに上昇すると、壁を作り一気に下降。
「神楽歌3節『衝月』」
強い衝撃を生みながら振るわれる鉄の塊。淡い色をした剣で受け止められるも、粉々に粉砕させる。そしてもう一閃。
「極惑の封!」
セクステットに触れる寸前に、札が全ての衝撃を受け止めた。
「弱点を晒しているようなものね。」
春風を真下に起こし、勢いで空中に止まる。回し蹴りを喰らわすものの、受け止められる。それくらいの防御力はあるらしい。
これなら精々素の鉄扇を受け止められるくらいか、と予測を立てながら地面に着地し、春風を鉄扇に纏わせる。
魔法に対する耐性は強くとも、強いと言うだけ。妨害という意味では効果的だ。
「舞風。」
操作可能な小規模なトルネードを発生させる。それをセクステットに向けて放つと、先に発動された極惑の壁にて弾かれる。まるで進行方向をねじ曲げられたように。
「流れ流され、吹き吹かれ。満点の月を臨むなら、仄かな光は我が身照らさん。神楽歌7節『瞬月』」
早口で唄うと、一瞬にして接近を終わらせる。一瞬なら神速にも匹敵する速度だ。
「穿てっ!」
勢いのままに振り抜いた鉄扇が、ガンッ!と甲高い音を鳴らした。
正確にどこからと言えば、セクステットの体からだった。
恵理は冷静さを欠いていた。情報を持っているからと少し舐めていたようだった。札という、情報のないものがあったのにも関わらず。
さっき使われた極惑の封とは、ブラフだった。
「極惑の荊棘。」
残り2枚。札を舞わせると燃え尽きるように消滅する。その瞬間、拷問道具もびっくりな可愛らしい色をした茨が噴水から飛び出すように現れた。
「っ、見誤った……」
それらに絡め取られた恵理は呻く。
「わたしは誰にも止められないのです。わたしは覚醒した、この力を手に入れたのです!」
「ぐ、ぅぅぅぅ……」
棘が食い込み、血が流れる。全身から少しずつ血が抜けていう感覚があり、このままなら失血死してしまうと脳が判断する。
ここは極惑の領域。誰も入っては来れない。このままでは確実に……
「こんなところで、足踏みしてられない……」
恵理は自身の歯をギリッと噛み締める。
1度は、死んだ方がいいかとも考えた。
しかし。
こいつに殺されるのだけは絶対に御免だ!
「誘惑の風。」
生ぬるい風が頬を撫でた。しかし、対象は恵理ではなかった。その先にいる、カラ。
精神が不安定な今、精神操作系にはめっぽう弱い。
操られるようにしてテクテクと力無く歩いてくるカラに、「駄目!」と叫ぶが聞こえていない。
無力感に苛まれる。牢屋生活で勘が鈍っているのか、と言い訳をするのも馬鹿馬鹿しいほどの失態だった。
他人の情報を安易に信じる?情報屋であっても《黒蜂》であってもそんなことは1度たりともなかった。全て精査した上で飲み込み、確定ではないと釘を打った。
もしわざと情報を流していた場合にも対処できるよう。
恵理は抵抗をやめた。
「それでいい、静かに死んでいくのです。」
そんな言葉は無視する。
高位の転生者に与えられるスキル。それは形や効果は違えど、似たようなもの。
魔法少女の覚醒しかり、軍服少女の狂天下しかり。
神楽歌に付属したスキル。万華唄。
全ステータスを一時3倍にし、神楽歌の代わりに万華唄を使えるようになる。
トリガーとなる唄は。
「狂い狂わせ引き引かれ。奈落の底へ沈んでも、我が咲き誇る、道を歩まん。桜並木に火を灯し、我楽多を埋め臨みたまう。身に宿すは、万華の唄!」
1度使うと1日は動けなくなるほどの激痛に襲われるそれを、迷いなく発動した。
———————————————————————
恵理さん、最初の紹介では19歳と表記してありますが、牢屋の中で誕生日迎えておりますので二十歳でございます。
牢屋の中に酒もタバコもないので何の関係もありませんが。
成人年齢が引き下げられましたが、お酒とタバコは二十歳からですのでお気をつけを。そしてほどほどに!本当にほどほどに。でないとあなたの胆のうは無くなるかもしれませんよ。
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。
みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい!
だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる