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12章 魔法少女と学園生活
閑話 《女王》
しおりを挟む稲神恵理は転生者だ。
現在彼女は、炎に囲まれながらとある寮の一室で多少雑味のある水を片手に外の景色を眺めていた。
「これも、私が作り出した地獄よね。」
少し渋いその水を口に転がし、まるで今の状況みたいだと口の端を曲げる。
「さて、これを解決させれば私は……」
翡翠のロケットペンダントを人差し指でなぞり、まだ開けそうにないなと指を離す。
せめて、着物でない状態がいい。
醜い私を見て欲しくない。そう思っていた。
「なんで、こうなっちゃったんだ。」
《女王》節はない。この世界で、恵理は人と会話するのが苦手だ。いつだって《女王》だった頃の癖が抜けず、皮肉のように聞こえてしまう。だから、この口調は案外レアなのだ。
恵理は思い出す。あの日の衝撃。なぜ死んだのかも分からず死ねたのは幸いだが……死因を知らないというのもまた悲しいものだ。
転落死か失血死か、それとも頭でもぶつけたか。
そのまま目を瞑り、静かに思い出す。
ここに辿り着いつしまうまでの自らの足跡を。
—————————
まず思い出したのは、最も濃い記憶。《女王》としての記憶。
「《女王》!仕事を果たしてきました!麻薬の密輸犯をきっちり始末してまいりましたっ!」
まるでお手が出来たから褒めてというような犬のように、目を輝かせて報告するのは最も長く《黒蜂》に所属しているであろう少女だ。
名をイレイアという。
長い髪をポニーテルにし、腰には3本の刀。
これは恵理の持つスキル武具製造、鍛冶師によって作られた。
武具製造は名の通り、普遍的な武器を製造することができ、鍛冶師は能力を付与できる。
少し話は逸れるが、ここでひとつ話しておこう。
恵理がスキルを使える所以は、言わずもがな手の甲にある紋様。黒蜂全員についている。
これは、代行印というものだ。
恵理の持つチートは3つ。
ジョブ選択・代行印・神楽歌。この3種。
ジョブは鉄扇を選び、神楽歌を手に入れた。代行印は初めからあり、魔力のない恵理に変わり魔力を吸収、貯蔵し自動操作をしてくれるものだ。
後に手に入った複製付与というスキルにより、性質上格は下がるものの付与させたというわけだ。
話を戻そう。
「よくやりました。次の任務も期待しています。」
「ありがたき幸せっ!」
バッと膝をつき、頭を少し下げた。そこから少し経つも、動く様子はない。
「休んでいても構わないのですよ。」
「いえ、女王。」
「そこで、何を?」
「忠犬の真似事でしょうか?」
「疑問を疑問で返さないでもらえませんか。」
恵理は指で眉間をほぐした。仕方なくその手をイレイアの頭に伸ばし、期待の眼差しを向けられているような気がした。
「よくやりました。」
「~~~んぅぅ……!」
まるで何かの動物だ。反応が愉快で、少しずつ手を下ろしていった。頬、顎、顎下と。んにぁ~、と猫のように鳴く。
「恐悦至極ッ!」
「そ、そうですか……?」
そう叫んだと思いきや、イレイアは座る時と同様に勢いよく立ち上がり一礼。踵を返しポニーテールを振りまいた。
よく懐いてくれるのはいいが、もう少し警戒心を持っても良いと思っている。
それでも息抜きは大事と、心底理解はしている。
中学のテストだって、息抜きなしに勉強などしていられない。数学や英語(苦手教科)を連続でやった時の疲労感はなんとも言えない。英語はもちろんだが、数学まで異国の文字を読んでいるかのような気分で、1字1字注視していると……と考えたあたりで、恵理は頭を振る。
「無駄な考えはやめにして、レベル上げでもしに行きましょうか。」
鉄扇を手に納め、そう呟く。
最初に思い出す記憶はそれだった。やけに日常的な一コマであったが、恵理にとってはこれこそ非日常。気が緩まり過ぎている。
それにしても、と。イレイアは元気かと思いを馳せる。拷問にかかっていそうだが、彼女はそんなちゃちなもので吐くほど弱くはない。
次に思い出すのは。
「イレイア。貴方は《黒蜂》最初のメンバーであり、私の側近として動いてもらいます。」
「はいっ!」
2人とも、現在より4、5年若い。声に幼さが残っているものの、腰に挿さる刀に変わりはない。
「私には、目的があります。貴方には打ち明けましたね。貴方以外に話すことなどないでしょうが。」
「ボスは異世界のお方なんですよね?」
「そのボスというのはやめてくださいと言っているでしょう。」
「なんででしょう?ボスは《黒蜂》のボスです!…………嫌でしたら、《女王》はどうですか?」
まだ幼さの残るイレイアはそんな質問もしてしまう。恵理は、少しくらいは聞いてやってもいいだろうと、その名を名乗ることを決めた。
イレイアはこの世で今もなお1番に信頼している人物だ。彼女は恵理自身が育てたと言っても過言ではない。共にした時間は少ないが、恵理自身そう思っている。
イレイアは森に捨てられていた。ボサボサに伸び散らした髪。切り傷だらけで魔物に食われかけたのを、冒険者時代に見つけた。
現在の《女王》の言葉遣いが定着した頃だった。舐められないよう、と思いつけたキャラだった。
「それで元の世界に戻りたいと。応援しています。手伝えることがあれば何なりと!」
「えぇ。もし叶えば、貴方にも私の世界を見せてあげますよ。」
「約束ですよ!?」
「えぇ。」
やったやった、ときゃぴきゃぴ騒ぐイレイア。可愛らしいその様子につい頬を緩める。
しかし頬を揉む。これからは冒険者メグリではなく、ここ東商に居を構える小規模情報屋だ。
そう。初めは暗殺集団などでは決してなかった。情報屋。それが《黒蜂》の最初の姿。
逆に、日本人の少女がどのような思考をしたら日本へ戻るため暗殺集団を作り上げるのか。
情報を集め、それを売る。一石二鳥。
主に情報収集を行うのはイレイア。
蜂のように素早く、針で突くように情報を掠め取る。そういう意味で名付けられた《黒蜂》。
思い出すと、本当に懐かしい。
それから知った。このエンヴェルという国の汚さを、醜さを。だから、ついでと言っては悪いが変えたかった。少しでもよくするために、暗殺稼業に手を染めた。
相変わらずイレイアはついてきた。
人殺しには躊躇いはなかったようだった。情報屋は、金さえあれば情報も人の命も軽い。殺しにはなれなければならなかった。
恵理も、例に漏れずそうだ。
初めて人を殺した夜は、1人嗚咽し胃の中の全てを吐いた。
が、今は立派な暗殺者。
「1番。進みなさい。3番は後方支援、4番は逃げ場を塞ぎなさい。手早く済ませるのですよ。」
「「「はっ!」」」
それぞれの隊長が返事をし、駆けていく。これは何度目の任務だったか。東商に殺人ウイルスを持ち込んだという研究所を叩きにいった。
そんなことまで思い出すと、《女王》時代の記憶が蘇ってくる。
そしてその末に思い出す。
日本での思い出。
—————————
「…………どんな、顔だっけ。お母さん、お父さん……思い、出せない?」
火の海の中、呆然と外を眺めていた。胸元に答えがあるのにそれは見られない。記憶も薄れて、もう分からない。
「私は、なんで……」
手に持った水を頭にかぶる。今はこんなことを考えてる時間はない。頭を冷やしたかった。
思い出せなくてもいいじゃないか。稲神恵理として、また再会できるのなら。
空になったコップを握ったまま、恵理はその場にとどまり続けた。
———————————————————————
今まで書いてこなかった恵理、《女王》のお話でした。
途中に出てきた脇役的存在のポニテ女子。あの子、ほんとは恵理の理解者で、初期メンバー。
今はあの刑務所(?)の中の牢屋にぶっ込まれてる頃でしょう。知りませんけど。
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