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11章 魔法少女と精霊の森
338話 ナリア・セントラル
しおりを挟む長い黒髪が靡いた。
それと同時にレイピアを地面に突き刺すサクッという音と、片膝をついた際の土の音。
髪の色素が変わりゆく姿を、横目で感じた。
その黒髪は、だんだんと透き通り磨き抜かれたブラックダイヤモンドのようになり、これなら案外悪くないかと苦笑する。
しかし、そんな暇などもうどこにもない。体が熱い。痺れるような筋肉の痛み(一部千切れているだろう)と、倦怠感。魔力を限界まで消費した感覚に近い。
そして何よりも、目が燃えるように熱い。特に右目だ。触っても何もないのだが、燃えている感覚がある。
(あぁ……これは……何年ぶりだろう。学園を退学させられる、少し前だったか。……まぁいい。ギリシスとアズベルには面目が立たないな)
薄れゆく意識の中、動く思考を働かせた。
それと一緒に聞こえる、記憶の、過去の声。
「ばっ、化け物だぁ!」「———を殺したのはあんたよ!」「人殺しだ!人殺しの裏切り者!」「あなた、姿を変えてこの時を待っていたんでしょう!」
(何とでも呼べばいい。私は、私がすべきと思ったことをしたまでだから)
とは思うが、しかし悔しいし苛立ちはある。思考は蝕まれる。
(もう直ぐ、ソラも来るでしょう。この状況は、私の不調と判断ミス、ソラのせいじゃ、ない)
スッと抜ける手からこぼれ落ちるレイピア。抜ける力に何とか争い、剣士として、騎士として意地でもレイピアは離さない。
(最後は人頼りか……みっともないな。2人はどう思うだろう、今の私を。化け物と、罵るだろうか。……こんなに争う力があるなら、いっそ自決でも)
「「ナリア!」」
「……………ぇ。」
意地で持ち上げたレイピアは、思いもよらぬ声に阻まれ地に溢れる。小気味いい音が跳ね、痛む目を開けて顔を上げた。
「なにやってんだよ、ナリア!騎士の誇りとやらはどうした!」
「……この暴走する体の息の根を、止めることが、最後の、足掻きだから………」
ゆっくり、最期の言葉と思って発する。そんな覚悟を知ってか知らずか、「はぁ……」という荒っぽいため息を吐いた男が1人。
「バカか、テメェ。」
ギリシスだ。
「それがテメェが隠したかった秘密ってか?ふざけんじゃねぇ。それになんのトラウマがあるかしらねぇが、1番信用できてねぇのは自分じゃねぇのか?」
要領を得ない言葉に、苦痛と一緒に曲げられた眉。ギリシスは、ガシガシと頭をかいて乱暴に言った。
「暴走するだぁ?そんなもんナリア、テメェのプライドで吹き飛ばしちまえばいい。それができねぇのは、ナリア自身が信じられてねぇからだ。いつか知らねぇが、それを使ったその日の恐怖に負けてよ。」
「……………ふっ……そう、か。私は、怖かったのか。2人に、恐れられることを。」
まさか、と思う。よもや、ギリシスに気付かされるとはと深く思った。
自覚すれば、馬鹿らしいなと思わざるを得ない。
自分では割り切ったと思っていた出来事。割り切ったのなら、いちいち思い出して苛立つ必要などなかったのだ。
あの言葉は、ナリアの思うより深く心に刺さっていたようだ。
そもそも、レイピアの力を引き出して暴走、というのはおかしいことだ。武器とは己を守るもの。では、暴走にも守るという意味があって然るべきであり、それがナリア自身の心だったというだけだ。
それでも、それが自分だ。聞きたくない言葉にみっともなく心を乱し、醜く暴れる。
が、それでも誰かを守るために振るった剣が命を救った。自分を貫くという想いを否定させる気などない。
「申し訳ない、取り乱した。私は、もう守るべきものを守った。仲間を、信頼すべきだったよ。そこも、ごめん。」
そう言った時には、目が別の暖かさに包まれた。痛みは温もりに包まれ、熱いものが溢れ出した。
今、このナリア・セントラルという少女は、王都の〈主位騎士〉総騎士長レイアード・セントラルの娘は、ただの少女ナリアになった。
「怖かった、怖かったよ……私は、ただ人を、仲間を守ろうと全力を出しただけなのに、蔑まれて、貶められて……痛かった、苦しかったよ……!」
「大丈夫だ。オレたちはんなことしねぇ。ナリアは、ナリアだ。側が変わったって、代替になるわけがねぇ。お前は強ぇんだからな。」
泣き出すと止まらない。人の温かさがこれほど心強いものなのか。ボロボロと、大粒の涙が、脱力し倒れた地面を湿らせていく。
「僕らは受け止める。なにがあっても。吐き出した方が楽になることだってこの世にはあるんだ。」
いつもの飄々さはどこへ行ったのか。腕を痛そうに抑えながら、それでも微笑んで声をかける。
一理あった。
今、感情を全て表に出している。とても楽だ。何も考えなくてもいい。
決して、ナリアは感情が希薄なわけではない。ただ、押さえ込んでいただけだ。
その分、心は疲弊し切っていたが。
「分かった、話そう。」
ようやく決心がついた。
そして、ナリアは過去を語る。
—————————
王都の中心である城は、当然中心に威厳を湛えてそこに建っている。
城を中心に、有力貴族や騎士団の住居、その他の貴族、商人、商店、民家、郊外、森。このように広がっていた。
そんな王都の、騎士団のトップの次女として産まれたのがナリア・セントラルだった。
長男は、洗練の剣と呼ばれ、その名の通り完璧な剣技により敵を圧倒した。父の後を継ぐ者として、若くして王都騎士団〈中位騎士〉の大尉……一級騎士として活躍していた。
長女は、連々の剣と呼ばれ、同じく〈中位騎士〉の一級騎士として猛威を振るっていた。
そんな家の次女として生まれたナリアは、3人の背中を見て育った。そして、最も感銘を受けたのは父の剣。堅実の剣。様々な雑技の末に生まれた、現在の剣とは違い、昔ながらの剣。
1発に命を賭ける、まさに堅実の剣。
彼の剣を、一度だけ見たことがあった。
「穿殺しッ!」
手を翳したくなるほどの真っ直ぐで、力強い光。次の一瞬には、目の前にいたはずの魔物は消えていた。
その時に思った。
———私も、こんな剣を振ってみたい———
ちなみに、ナリアの使う穿滅しとは穿殺しの劣化版だ。型で見れば同じなのだが、質が違いすぎる。だから、同じ名は嫌だった。
それからは毎日のように剣を振った。学園にも入学し、首席と呼べるほどの実力と学を持った。そんなある日だった。
それは、実践学習。
引率の教師の下、実際に魔物を討伐してみるというもの。
しかし、思いもよらぬ事件が起こった。大量の魔物の集団が、押し寄せてきたのだ。あり得ない数だった。
もちろん、抗えるはずもなかった。血が飛び散り、鉄の匂いが混乱を広げる。
「きゃぁぁぁぁあああ!」
目の前で、死んだ。人が死にゆく様をみるのは、これが初めてだった。子供ながらにして、最悪の現場を目撃してしまった。
どうすれば良いかなど、まだまだ未熟な子供のナリアに判断できるはずもない。頼みの教師も魔物を相手にするのに手一杯の様子。
なら、やらなければいけない。自分が、今動けるナリアが。
『いいか、ナリア。世の中、自分の無い奴は正直言ってゴミだ。たとえ弱かろうが、最後まで自分を貫く奴はどんな騎士よりも強い。ナリアも、いつかこれだと決めた信念を持てるようになったなら、貫き通せ。それでもう、最強の騎士だ』
父の言葉を思い出す。
ナリアの信念は、父のような、何者も守る騎士になること。父のような現実の剣で、理不尽を断ち切ること。
「はぁぁぁあああああああっ!!!」
これ以上殺させはしない。これ以上、理不尽を振り撒かさせない。
「鬼死殲奪ッ!」
レイピアが赤紫に発光する。その死体から先は絶対に行かせないという強い思いのこもった一撃。目の前に迫ってきていた魔物、全てが消滅していった。
それは剣の間合いじゃなかった。
そして、同じように体が熱く、目が燃えるように痛かった。自分では分からなかったが、目を覆うような巨大な痣が現れていた。
魔物が消え、駆け寄ってきた学友達はそれを見て口々に呟く。化け物だと。
やめて、やめて。聞きたくない。
耳を抑え、しかし苦痛に耐えられず暴走する。化け物という言葉が暴走を助長し、さらに蔑まれ、暴走は加速する。
悪循環だ。
幸い、この暴走で死者は出なかった。
窮地を脱したと言えばそうだが、側から見れば魔物のように暴走した(実際には自分を守るための防衛本能)悪にしか見えない。
父はナリアの言うことを全て信じた。
『ナリアは融通が効かないが、剣を見れば分かる。誰かを守りたい真っ直ぐな剣だ。自分がしたかったことを貫けたのなら、誰がなんと言おうとお前が英雄だ』
と、励ましの言葉をかけてくれた。
しかし、退学は余儀なくされた。
父のような騎士にはもうなれない。
ナリアは、冒険者として姿を消した。
騎士にはなれなくとも、父のように偉大な剣を振るえるようになりたかった。
そして巡り会ったのが、ギリシスとアズベルだった。自分よりは弱い。バカで調子に乗りやすい。しかし、何も気にせずに誰かと言い合える関係というのは、なんとなく気が楽だった。
だからこの関係を崩したくなかった。
彼らは、自分が誰もが忌避する化け物だと知ったらどう思うか。心に深く刺さっていた痛みを、打ち明けることはできなかった。
もう誰も覚えちゃいない。言われれば思い出す程度だ。そんな大層な事件も、時の流れとともに忘れられていく。
ナリア自身は、風化することなくじくじくと傷み続けていた。
それを今実感した。
—————————
そこまで語って、ナリアは話を終わらせた。
———————————————————————
またまたなんか訳わからない話になりましたね。これからはずっと空の話をしていくので、ここら辺で別視点を入れ込もうかと。
ちなみに王都騎士団の階級は下の通りです。上の方が位が高いって感じです。本当は軽く済ませようと思いましたが、なんとなく厨二心がこうさせました。
〈主位騎士〉
・大将 総騎士長
・中将 正騎士長
・少将 騎士長
〈高位騎士〉
・大佐 特級正騎士
・中佐 上級正騎士
・少佐 正騎士
〈中位騎士〉
・大尉 一級騎士
・中尉 二級騎士
・少尉 三級騎士
〈低位騎士〉
・曹長 上等騎士
・軍曹 一等騎士
・伍長 二等騎士
・上等兵 三等騎士
・一等兵 四等騎士
・二等兵 五等騎士
この知識はどこからって?コピペです。
この世界では、総騎士長がそのままで騎士団のトップ。正騎士長が高位騎士を纏める正騎士のトップ。騎士長が中位騎士を纏める騎士のトップ。その下に低位騎士がつくと言う形です。
国の中を見回るのは大抵低位騎士ですね。常に城を守るのが高位騎士で、外に出て色々するのが中位騎士。
高位騎士はいざという時にしか出ません。
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