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6章 魔法少女と奴隷商の国
閑話 雪狼族
しおりを挟む———これは、ある獣人の少女の物語。ある、魔法少女と出会う前の話———
後にツララと呼ばれる少女、雪狼族の少女はある北方の、雪が多く降る地域の小さな村に住んでいた。
四季は無く、毎日のように寒い。雪は多く降り、雪崩などは日常茶飯事だ。
古い木造建築が雑多に建てられ、冬小麦から作られる硬いパンや雪うさぎなどといったものを主食とし、毎日を過ごしていた。
少女は、長老の孫娘であった。
「じぃちゃん、あたしにも狩りに行かせて。」
「まだ駄目だ。狩りは成人、30になってからだ。いくら孫でも、それはいかん。」
長く生きたことを示す真っ白な髭を蓄えた、鋭い目をした雪狼族の長老は、少女の目をまっすぐ見て言う。
少女の鋭い目つきは、長老から受け継がれたものだった。
長老は、過去は狩り部隊のリーダーだという。それに憧れた少女は、少しでも早く狩りがしたいと頼み込んでいた……が、承諾されることはなかった。
「むぅ……堅物じぃちゃん!」
勢いよく踵を返し、雪山に逃げるように走っていく。
少女はまだまだ子供。幼い言葉がまだ目立つ。
「森は危険だかな……」
追いかけようと思った途端、背中に痛みを感じる。
現役時代、この雪原の守り龍である雪龍につけられた背中の大傷が今でも痛む。
たとえ赤子でも、慈悲の1つも無く殺し尽くすような魔物がごまんといることを知る長老から、何故か「待て」の一言すら出てこなかった。
嫌な予感を感じていた。
今では、その真意を知るものは誰1人としていないが。
一方で少女は、森の奥へ奥へと走っていった。
人生初めての森。
毎日毎日、基礎基礎基礎のトレーニング。そんなつまらない反復練習により、この年にしては異彩を放っていた。
だから、自信はあった。
危険危険、何度もそう言い聞かせられた。でも、こう思う。
「あたしなら大丈夫」と。
「じぃちゃんは頑固過ぎる。あたしは大丈夫なのに……」
かっこよく見せたい、クールでいたい。そんな気持ちは、1人の時では消えてしまっていた。
外見や声は鋭い戦士のようなものだが、その実、やんちゃ盛りの少女である。
「ジィちゃんのバカ。死んじゃえっ。」
森の奥で、木にその怒りを殴り倒す。木は抉られ、薙ぎ倒されてしまう。
ここまでできるのに、狩りができないなんてどうかしている、そう思っていた。
森の危険を知らない、純真な少女だった。
狩りは、もっと別に危険がある。
狩るべき魔物にやられることはまずない。
危険視するべくは、自然災害と流れ竜。
雪に埋められ、雪に潰され、流れ着いた竜。
切り株の根元に腰を下ろし、膝を抱えていた。
「……早く大人になりたい。」
そう呟き、その声は響くことなくかき消された。
「キャァァァァァァァァァ!」
その代わり、雪狼族の女性の悲鳴が轟いた。
ここは森と言っても、まだ入り口。街からは大声を出せば聞こえる程度の位置。
もちろん、少女の耳にも入ってきた。
「……っ、何が……?誰の声?」
咄嗟に立ち上がり、頭をブンブンと回した。
いきなりの悲鳴。まだまだ子供の少女には、正確な判断などつきようもない。
これが、長老だったら。番となれるものを1人連れて逃げることを選んだであろう。
この村の雪狼族が、滅亡する可能性がある。
そんなことも知らず、村に駆け出す少女。
「じいちゃんっ、父さんっ、母さんっ、村のみんなっ、何が起こって………えっ……?」
村の出入り口付近、麻袋に詰められる同胞を見てしまった。
何が起こっている、分からない。そんな言葉ばかりが頭を支配し、口に手を当て、絶望するしかできなかった。
「逃げろ……ここは……かっ……」
左胸を一刺し。そこからはドクドクと血が溢れ、口からは大量の血と吐瀉が吐かれた。
「あ、ぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
目を瞑り、現実から目を背け、鼻を摘み、頭を抱えた。
血なんて見たくない、血なんて嗅ぎたくない、家族が死ぬ様を、見たくない。
「やめてっ、やめてーっ!」
喚き散らすしかできなかった。涙を浮かべ、ただただ。
「老耄は殺せ!価値はねぇ。」
「若ぇのは生かして捉えろ。性奴隷として高くつく。弱そうなのを狙え!」
そんな下衆な声が聞こえる。だが、聞かぬふりをして座り込む。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ!」
真っ白な雪に、幾つもの紅い液体が飛び散る。それは、少女の体にも。
「おぉ。上玉じゃねぇか。いいもん見つけたぜ。」
舌なめずりをする、気色の悪い音が耳に入る。
恐怖で何もできない。戦士たちは今、狩りに出ている。
今できることはなんだ。
そう、戦うこと。
「うらぁぁぁぁっ!」
そう判断した途端、力が湧き出てくるように強くなった気がした。
渾身の右ストレート。
「へっ、凶暴なのも悪かねぇ。こういうのを屈服させて、犯す様が目に浮かぶぜ。」
汚い目で胸部から下腹部じろじろと見る。
「おい、袋持ってこい。」
その声とともに、鋭い痛みが首にはしる。そこからの記憶は、もうなかった。
こうして、たった数10分で全てが崩壊した。
家は焼かれ、仲間は死に、攫われた。
そこからは、2年にもわたる地獄のような日々だった。
まず買われたのは、悪徳貴族。
肉壁として買われたが、実際はただのサンドバッグ。殴られ蹴られの生活。
やり返せば、隷属の魔法印が発動し焼かれる痛みを味わう。
その貴族が暗殺され、また奴隷商に戻された。
何度も何度も同じような人に買われ、戻された。
その繰り返し、痛みに満ちたつまらない日々。
だが少女は、運が良かった。
1度たりとも犯されることはなかったのだ。
奴隷商で小耳に挟む話では、大抵の者が犯されて死んだという。
首を絞められながら行為を受けさせられ、昼夜問わず1日中、苦しむ様を見られてヤられ、叩かれ、四肢を切断されて犯される者もいるという。
そんな中、犯されずに生きていることは僥倖であった。
それでも少女は、そうは思わない。
「何でもいいから、早く死にたい。」
そうとしか思ってなかった。
初めて犯されそうになった時は、男の大事な砲台を噛みちぎり、火薬を潰した。
それが、約2年間の暮らしだった。
「じゃ、私は変人だね。私、この子を買うから。」
いつもの欲望に満たされた男の声じゃない。優しい、女の子の声が聞こえてきた。
反射的に唸りを上げてしまったが、今までとは違った。
心地いい声だった。
でも、全てを信じられなくなった少女には、その程度では心は開かれない。
この女の子に買われ、1日が経つ。
優しく語りかけ、下手に出てくれた。少女が唸っても、苦微笑を浮かべるだけ。
殴りもしなければ、隷属の魔法印も使わない。
あまつさえ、名前までもくれた。
それだけでは飽き足らず、ステータスという力すらも与えてくれた。
「信用できる人かな?」そう感じてくる。
少女、改めツララは、新しい人生を送り始めた。
———————————————————————
ツララがソラに買われるまでの出来事。
色々あったんですね。
それにしても、男の大事な砲台、火薬、とか、超健全魔法少女小説であるこの作品にしては、汚いワードですね。
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