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第一章

第117話 拙速と巧遅

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 さて、いまこの近くにエルフたちがいる事は間違いないだろう。
 だが、いったいどこに?
 戦いの素人である俺に、彼ら位置を探るような術はない。
 いや、今の俺の耳ならば、彼らの心臓の音で察知できるかもしれないか。

 とりあえず、今地面に刺さった矢はただの警告だろう。
 本格的に仕掛けてきたら精霊たちに頼むしかないな。

 そんなことを考えながら、俺はまずエルフたちに呼びかけることにした。

「敵意は無い! 話がしたい!!」

 すると、どこからとも無くささやくような声が聞こえてきた。
 こっそり呟いているつもりだろうが、頑張れば会話の内容も聞き取れそうである。
 俺のこの耳、本当に性能いいんだよ。

「あの子供が代表なのか?」
「獣人の子か。 獅子獣人は珍しいな」
「……モフりたい」

 なんか、一人不本意な感想を持っている奴がいるな。
 要注意だ。

 俺が心の中のブラックリストに書き込みを行っているうちに、エルフの誰かがレクスシェーナとネグローニャの正体に気付いた奴がいたらしい。

「よく見ろ、横にいる二人は精霊だぞ!?」

 その警告の言葉に、他のエルフたちがハッと息を飲む音が聞こえる。
 よし、いいタイミングだ。

「もう一度言う。
 敵意は無い!
 君たちと話がしたい!!」

 俺の言葉に、エルフたちは戸惑っているようである。
 たぶん、俺の後ろにいる精霊たちが気になっているんだろうな。

 ふむ、これはまずかったかもしれん。
 用心棒をかねて精霊を連れてきたつもりだが、相手から見るとロケットランチャーを構えながら話し合いを求めているのと変わらないのだろう。
 ようするに、こちらの過剰戦力にビビって頭が混乱しているのだ。

 さて、どうしたものか。
 俺が少し考え込んでいると、ネグローニャが前に出た。

「トシキ、それでは時間がかかりすぎる。
 時には強引で拙い手段こそが最適であることも理解したまえ」

 俺が返事を返すよりも早く、彼女は片腕を天に突き上げた。
 ゴォォォォォォォォォ……と思わず地面に伏せたくなるような音と共に風が吹き荒れ、草がその頭を垂れる。
 気がつくと、倒れた草の海の向こうに、数人のエルフが所在無げな顔をして突っ立っていた。

 なんか……ゴメン。

「トシキ、例の杖を」

 すかさず右からレクスシェーナの助言が飛ぶ。
 あぁ、そうだ。
 コレの存在をまた忘れていたよ。

 俺は手にしていた杖を印籠のように突き出し、彼らの反応をうかがう。
 すると、効果はてきめんであった。
 エルフの男たちは、一瞬で全員が戦意を失ってしりもちをついたではないか。

「そ、それは森の妖魔の祝福!?」

 どうやらあの妖魔二人は精霊の存在よりも恐ろしい代物であったらしい。
 あいつ等……いったいエルフたちに何したんだよ?

「もう一度いいますが、争いは望みません。
 話をしたいのです」

 にこやかな笑みを浮かべながら、俺はエルフたちのと距離をつめる。
 威圧的なのも困るが、やたらとおびえられてしまうのも交渉しづらいものだ。

 怖くないよー。
 痛いこともしないぞー。
 だから……。

「話を聞いてくれますね?」

 エルフたちは、なぜか涙目で頷いた。
 そうかそうか、そんなに妖魔たちのことが怖いのか。

「このモフモフ、怖い……」
「なんだよ、この子供のふりした魔物は……」

 なぜ俺が怖がられてんだよ。
 解せぬ!

「返答をいただけませんか?」

 この世の理不尽を奥歯と一緒に噛みしめながら、俺は一歩前に踏み出した。
 それにあわせて、エルフたちも一歩後ろに動く。

 ……だから、なんでおびえるのかなぁ?

「トシキ、あんた今、子供にあるまじきすごい怖い顔してるわよ」

「え、マジで?」

 あわてて自分の顔を手で触ってみるが、たしかに頬が引きつっているかもしれない。

「あーぁ、交渉失敗か。
 さて、どうしようかねぇ」

 その言葉を、交渉なしでエルフの村に襲い掛かると解釈したのだろう。
 エルフたちは膝をついたまま、すがりつくようにこちらに這いよってきた。

「待ってくれ! こちらにも争いをするつもりは無い!
 ただ、自分たちには返答をする権限が無いんだ!
 どうか、話を……!」

 だから! 俺は最初から話しをしたいといっているのに!
 まぁ……いいや。
 この際、目的が果たせるならなんだっていい。

「なら、権限のある者に相談なさるとよろしい。
 それを待つぐらいの譲歩はいたしますよ?」

「……ありがたい」

 呟くようにそう告げると、エルフの男たちは俺たちの見張りを二人残して草原の奥へと走り去った。

「ずいぶんと高圧的な交渉だな。
 その見た目にはずいぶんとそぐわないようだが?」

 こちらを遠巻きに伺っているエルフたちを見ながら、ネグローニャがこらをからかってくる。

「智の神の眷属であるスフィンクスに、一般的な年齢と知性を当てはめようとする方が無理ではないかと」

「なるほど、そういうことにしておこうか」

 おのれ、ネグローニャ。
 俺の不幸を楽しんでいやがるな?
 まったく、精霊って奴はどいつもこいつも面倒くさい。

「ところでトシキ。
 エルフたちはどう出ると思う?」

 レクスシェーナの質問に、俺はただ肩をすくめる。
 思えば、こいつも精霊の中では比較的マシの奴なのかもしれない。

「まぁ、普通に対応するでしょ。
 むしろ、ここから予想外の対応をしてくるというなら見せてもらいたいですね」

「まぁ、少なくとも面白いことをしてくる事はないだろうな。
 エルフとは、とてもつまらない生き物だ」

 ネグローニャの侮蔑とも取れる台詞を聞き流していると、ようやくエルフの使者がこちらに近づいてくる。
 思ったより早かったな。

「ご返答を伺いましょうか」

 そう問いただす俺に、その使者であるエルフは告げた。

「我らの代表との会談の席を設けたい。
 今しばらく待たれよ」
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