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第一章

第95話 浮遊図書館移動中

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 お姫様救出作戦が始まったのは、翌日のことであった。

「はぁい、トシキ。
 こちら地上のヴィヴィちゃんよ。
 ちゃんと聞こえている?」

 ヴィヴィからの通信音には、大きな雨の音が混じっている。
 浮遊図書館の姿を隠すために雨雲を呼んでいるせいだが、下界は俺が想像していたより天気が悪いらしい。

「こちら、浮遊図書館のトシキ。
 雨の音が少しうるさいけど、ヴィヴィの声自体はクリアに聞こえているよ」

 俺が通信を返すと、後ろから雨具もを呼んでいるレクスシェーナの不機嫌な声がした。

「雨の音がうるさくて悪かったわね。
 少し弱くする?」

「いや、そのままで。
 下から船の影が見えると不味いしな。
 シェーナの作ってくれた雨雲には感謝しているから、そう拗ねるなよ」

 少しだけ振り返ってそう返事を返すと、彼女は急にプイッと横を向いた。

「べっ、別に拗ねてなんかないから!」

「シェーナってば、素直じゃないから。
 うふふふふ」

 ヴィヴィが地上からそんな通信を入れると、レクスシェーナはいきなり俺を押しのけ、身を乗り出すようにして通信用のマイクにかじりつく。

「ヴィヴィ!
 あとで覚えてらっしゃい!!」

「それよりも、モニターの調子確認してよ。
 あたしの可愛い顔、ちゃんと見える?」

 そういわれてスイッチを入れると、猫耳のついたの雨合羽をかぶったヴィヴィが、羊の上で手を振っていた。
 なお、これは前にヴィヴィに渡された鏡と同じ技術を使っているらしい。
 ドローンはまだ完成していなかったが、これなら最初からドローンなんか必要ないんじゃないだろうか?

「……なんだよ、その雨合羽。
 目立ちすぎだろ」

「かわいいでしょ?」

 文句をつけたつもりだったのだが、ヴィヴィは悪びれるどころか羊のうえに立ち、その衣装を見せびらかすようにくるりと回る。
 靴でグリッとやられたのが痛かったのか、羊がメェーと恨みがましい声で鳴いた。

「今は誰も見てないからいいけど、町の中でそれは完全に浮くぞ。
 それから手を振るな。
 お前、隠密の意味ちゃんと分かってるのか!?」

「誰も見てないんだからいいじゃない」

 そのあっけらかんとした様子に、俺は思わず額に手を当てた。
 おそらく、さっきまでヴィヴィと一緒に地上に降りていたジスベアードも苦労したことだろう。

 なお、奴がヴィヴィと一緒に地上に降りたのは、クジで選ばれたからではない。
 この雨のせいで地上がまったく見えず、街の位置が分からなかったからだ。

 なので、土地勘のあるジスベアードと一緒にヴィヴィ(+ヒツジ)を先に送り出し、この激しい雨の中……街までの進路を誘導してもらったのである。
 まぁ、いくら空を飛ぶ船を作ることができても、GPS機能がなければこんなものだよな。

 そして、先ほどずぶ濡れ状態で帰ってきたジスベアードは、ブツブツ文句を言いながらシャワーを浴びに行ったばかりである。
 おっと、うわさをすればジスベアードが作戦室に戻ってきたようだ。
 ずいぶんと早風呂……って、お前、その格好!!

「おー、ヴィヴィちゃんじゃねぇか。
 ちゃんと映るんだなぁ」

「ジスベアード!
 ここには女性がいるんだぞ!パンツ一枚でうろつくな!!」

 だいたい、それはレクスシェーナかポメリィさんの役目だろ!!
 シックスパックのマッチョの裸とか、興味ないわっ!!

「お、悪い悪い。
 普段男しかいない宿舎で生活しているもんだからよ……ぶはっ、冷てぇ!?」

 頭をかくジスベアードの顔に、冷たい水が降り注ぐ。

「一度だけは許してあげる。
 もう一度シャワーを浴びて、今度はちゃんと服を着て出直してらっしゃい」

 声の主は、絶対零度の表情を浮かべたレクスシェーナであった。

「……へぃ」

 当然、逆らえるはずも無く、ジスベアードはションボリしたままとぼとぼと通路に戻っていった。

「シェーナもやりすぎ。
 奴が風邪でも引いたらどうするんだ?
 あいつには、今から大仕事が待っているんだからな」

 今回の作戦に奴の存在は必須である。
 なにせ、救出対象であるお姫様と面識があるのはジスベアード一人だけなのだから。

 考えてみればすぐにわかるだろうが、面識の無い俺たちが救出に押しかけても、たぶんお姫様は警戒する。
 最悪、何かの陰謀に巻き込まれることを恐れて救出を拒まれてもおかしくないのだ。
 それゆえ、救出に向かう面子からジスベアードをはずす事はできない。

「なによぉ、セクハラ男の味方する気?」

「俺を失望させるなよ、シェーナ。
 相手に非があるからと言って、何でもしていいわけないだろ。
 そんな子供じみた理屈、俺が言わなきゃ分からないのか?」
 
「……なによぉ、トシキの癖に説教?」

「やーい、シェーナったら怒られてやんのー」

「ヴィヴィはその雨合羽を目立たないものに変えてから街に入ってくれ。
 それから、警備の連中に警戒されない範囲で領主の館に接近。
 適当なところに現在地の信号を放つボールを投げ入れたら、その時点で連絡してほしい」

「えー、この雨合羽、気にいっているのに!」

 ヴィヴィは不満を口にするが、ここで奴のわがままを許すわけには行かない。
 つーか、遊びじゃねぇんだぞ。
 たとえ、ヴィヴィにとっては遊びと変わらないようなことだとしてもな。

 だから、俺はボソリと呟くように彼女へと告げる。

「みんなの足を引っ張って楽しいか?
 俺は楽しくないし、みんなも楽しくないぞ。
 次からお前と遊ぶのは無しだ。
 ハブにしてやる」

「ちぇー」

 最近気付いたのだが、ヴィヴィとアドルフはどちらも孤独という感情を非常に嫌う。
 フェリシアは感情を表に出さないのでよく分からないが、どうやら地の精霊はそういうものらしい。

「あ、シェーナはポメリィさんとフローラの様子を見てきてくれるか?
 あの二人もほっとくと何しでかすかわからないから」

 なお、ドランケンフローラはポメリィさんを特訓中である。
 だってあの人、動くたびにガチャガチャ音を立てるからこのままではつれてゆけないし。
 なので、暇そうにしているドランケンフローラに監修をお願いしたのだ。

 ……もっとも、ドランケンフローラ自体も隠密行動に関してはまったく知識が無いそうだが。
 まぁ、他に適任者がいるわけでもないし、無駄に色々と知識は蓄えているっぽいから、なんとかしてくれるだろ。

「そうね。
 じゃあ、ヴィヴィの見張りはトシキにお願いね」

 そう言ってレクスシェーナも部屋を出てゆく。
 ふむ、久しぶりに一人になった気がするな。

「……さぁて、俺も作戦開始の時間が来るまで何か有意義なことしておかないとな」

 俺は大きく伸びをすると、読みかけの魔導書を広げるのであった。
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