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第一章
第79話 トシキ、チキンになる
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「色、形、香り、味、触感、できるだけ細密に思い出していただけると助かります」
……といわれても、前に記憶を覗かれたときのトラウマから上手く集中できない。
えっと、ニンニク、ニンニク。
形は下膨れで、中がいくつにも分かれていて、そうそう匂いがキツいんだ。
そういえば、アレを臭いと感じるのは日本人特有のものらしいな。
まぁ、他人がどうあれ、臭いものは臭いんだけど。
味は生だと辛いんだよな。
じっくり火を通して黒ニンニクにすると独特の甘みも出てきて……おっと、ヨダレが。
んー、食感はよく覚えてないな。
「はい、できました」
そう声をかけられて目をあけると、なんと目の前にニンニクがあった。
「うわ、本当にできてる」
ただし、俺が知っているよりもかなり大きめだ。
だが、かすかに漂う匂いは間違いなくニンニクである。
けっしてタマネギではない。
しかも、六個もあるではないか。
そして、そのタイミングでジスベアードが戻ってきた。
「おい、鳥肉を買ってきてもらったぞ。
切り身になっているが大丈夫か?」
「問題ないと思う。
じゃあ、そのニンニクを使って料理をしようか」
だが、そう告げた瞬間、周囲の視線が俺に集まる。
「なんで俺を見るんだよ?」
「だって、お前しかその野菜の使い方知らないし」
「いや、俺は子供だぞ」
「いまさらそういわれましてもねぇ」
「早くするのじゃトシキ。
我が特別にお前の体にあったエプロンを用意してやったぞえ」
そう告げながら、ドランケンフローラが子供サイズのエプロンを投げてよこす。
そんなの、いつのまに用意した?
しかも、無駄にフリルとかついているの、すごく嫌なんですけど?
これ、わざとだよなぁ。
「いやいやいや、台所のいろんなものが俺の体には大きすぎるし!
無理がありすぎるだろ!!」
「よし、誰か厨房に椅子を準備してやってくれ」
「えーっと、俺の知っている料理には大豆と塩で発酵させたソースが必要で……」
「似たような食文化が昔エルフたちにありましたね。
わたし、再現できますよ」
そう言ってアンバジャックが出してきた黒いソースは、ちょっと甘い九州地方の醤油にそっくりだった。
つーか、醤油があるのかよ!
だったら、もっと早くほしかったぞ!!
「あー、もぅ、わかったよ。
どんなものができても知らないからな」
俺はブツブツと文句を言いながら厨房に立つ。
なお、フリルつきのエプロンは横のゴミ箱に投げた。
服が汚れるとまずいので、上半身は服を脱ぐ。
ドランケンフローラがなぜかニヤニヤと妙な視線を向けてくるが、とりあえず気にしない方向で。
不確定名【ニンニク】を持って調理台の前にくると、ジスベアードの部下がニコニコして椅子を差し出してきた。
まぁ、これが無いと調理できないからな。
しかたがないので、俺はおとなしく椅子の上に乗ることにした。
くそっ、ちょうどいい高さになってるじゃねぇかよ。
えっと、まずは鶏肉の下ごしらえだな。
前にイオニスが見つけてきた胡椒っぽいものがあるから、これと塩をまぶしておくか。
「すいませーん、この種をつぶして粉にしてほしいんですけど」
「あいよ、まかせてけ」
自警団の今日の料理当番らしい兄ちゃんは、俺のリクエストに気軽にこたえてくれた。
そして、乳鉢のようなものでガリゴリと子気味良い音をたてて胡椒モドキをすりつぶす。
男臭い自警団の事務所の中に、ふわっとスパイスの香りが広がった。
「おぉ、なんかいい匂いだな。
食欲をそそるぜ」
「まぁまぁ、本番はここからですよ」
俺はニンニクの株に手をかけると、中の粒を小分けにする。
そしてざるを二つ用意して、その間に挟んだ。
これをゆすることで、手に匂いをつけずに皮をむくのだ。
「うわぁ、ニンニクの香りだよ。
久しぶりだなぁ」
周囲に漂う鼻が痛くなるほどの匂いに、俺は思わず苦笑いする。
「こいつはなかなか匂いが強いな」
「これをざっくりつぶして、鳥肉にまぶしててください」
「お前、手に匂いつくのが嫌でこっちに投げただろ」
さて、何のことやら存じ上げませんなぁ。
「あ、料理に酒を使いたいんだけど、ジスベアード隊長の持っているヤツの中で一番高い酒はどれ?」
「それならこれだなぁ」
「あぁっ、貴様それは……!?」
部下の人は、迷いもなくやたらと細かい彫刻の入った瓶を戸棚から引っ張り出した。
念のために栓を開けてみると、ブランデーによくにた香りがする。
「ニンニクと塩コショウをまぶした肉をフライパンで焼き、この酒を醤油と俺の秘蔵のハチミツと混ぜて蓋をして……と」
あとは焼けるのを待つだけで、トシキ流照り焼きチキンの出来上がりだ。
すると、料理の出来上がりを察知したのかジスベアードを先頭に自警団の連中がぞくぞくと厨房に踏み込んできたではないか。
「おいおい、遠慮が無さすぎだろ。
せめて、焼き上がりまでもう少しまって……」
そのときだった。
パンっ! と大きな音と共に、フライパンのふたが跳ね上がる。
同時に、臭いというより鼻に槍を突き刺して脳天を突き抜けたかと思うレベルの激臭が俺を襲った。
……はっ、気を失っていた?
見れば、まわりにいた自警団がバタバタと倒れている。
いや、動いているヤツがいるぞ。
俺の背後で、ガツガツと何かを一心不乱に食べている音がする。
振り向くと、そこには……。
「ウマイ、ウマイゾ!」
「モット、モットトリニクをヨコセ!!」
完全にトリップした状態で、奪い合いながら鶏肉を貪るジスベアードと妖魔たちの姿があった。
幸い、料理に気を釣られていて俺のことには気づいていない。
俺は、そっと奴らに気づかれないように外に出る。
そして、訓練場で羊と抱き合いながら事が終わるまでガタガタと臆病なニワトリのように震えていたのであった。
……いったい、何が悪かったのだろうか?
とりあえず、あの料理は二度と作るまい。
……といわれても、前に記憶を覗かれたときのトラウマから上手く集中できない。
えっと、ニンニク、ニンニク。
形は下膨れで、中がいくつにも分かれていて、そうそう匂いがキツいんだ。
そういえば、アレを臭いと感じるのは日本人特有のものらしいな。
まぁ、他人がどうあれ、臭いものは臭いんだけど。
味は生だと辛いんだよな。
じっくり火を通して黒ニンニクにすると独特の甘みも出てきて……おっと、ヨダレが。
んー、食感はよく覚えてないな。
「はい、できました」
そう声をかけられて目をあけると、なんと目の前にニンニクがあった。
「うわ、本当にできてる」
ただし、俺が知っているよりもかなり大きめだ。
だが、かすかに漂う匂いは間違いなくニンニクである。
けっしてタマネギではない。
しかも、六個もあるではないか。
そして、そのタイミングでジスベアードが戻ってきた。
「おい、鳥肉を買ってきてもらったぞ。
切り身になっているが大丈夫か?」
「問題ないと思う。
じゃあ、そのニンニクを使って料理をしようか」
だが、そう告げた瞬間、周囲の視線が俺に集まる。
「なんで俺を見るんだよ?」
「だって、お前しかその野菜の使い方知らないし」
「いや、俺は子供だぞ」
「いまさらそういわれましてもねぇ」
「早くするのじゃトシキ。
我が特別にお前の体にあったエプロンを用意してやったぞえ」
そう告げながら、ドランケンフローラが子供サイズのエプロンを投げてよこす。
そんなの、いつのまに用意した?
しかも、無駄にフリルとかついているの、すごく嫌なんですけど?
これ、わざとだよなぁ。
「いやいやいや、台所のいろんなものが俺の体には大きすぎるし!
無理がありすぎるだろ!!」
「よし、誰か厨房に椅子を準備してやってくれ」
「えーっと、俺の知っている料理には大豆と塩で発酵させたソースが必要で……」
「似たような食文化が昔エルフたちにありましたね。
わたし、再現できますよ」
そう言ってアンバジャックが出してきた黒いソースは、ちょっと甘い九州地方の醤油にそっくりだった。
つーか、醤油があるのかよ!
だったら、もっと早くほしかったぞ!!
「あー、もぅ、わかったよ。
どんなものができても知らないからな」
俺はブツブツと文句を言いながら厨房に立つ。
なお、フリルつきのエプロンは横のゴミ箱に投げた。
服が汚れるとまずいので、上半身は服を脱ぐ。
ドランケンフローラがなぜかニヤニヤと妙な視線を向けてくるが、とりあえず気にしない方向で。
不確定名【ニンニク】を持って調理台の前にくると、ジスベアードの部下がニコニコして椅子を差し出してきた。
まぁ、これが無いと調理できないからな。
しかたがないので、俺はおとなしく椅子の上に乗ることにした。
くそっ、ちょうどいい高さになってるじゃねぇかよ。
えっと、まずは鶏肉の下ごしらえだな。
前にイオニスが見つけてきた胡椒っぽいものがあるから、これと塩をまぶしておくか。
「すいませーん、この種をつぶして粉にしてほしいんですけど」
「あいよ、まかせてけ」
自警団の今日の料理当番らしい兄ちゃんは、俺のリクエストに気軽にこたえてくれた。
そして、乳鉢のようなものでガリゴリと子気味良い音をたてて胡椒モドキをすりつぶす。
男臭い自警団の事務所の中に、ふわっとスパイスの香りが広がった。
「おぉ、なんかいい匂いだな。
食欲をそそるぜ」
「まぁまぁ、本番はここからですよ」
俺はニンニクの株に手をかけると、中の粒を小分けにする。
そしてざるを二つ用意して、その間に挟んだ。
これをゆすることで、手に匂いをつけずに皮をむくのだ。
「うわぁ、ニンニクの香りだよ。
久しぶりだなぁ」
周囲に漂う鼻が痛くなるほどの匂いに、俺は思わず苦笑いする。
「こいつはなかなか匂いが強いな」
「これをざっくりつぶして、鳥肉にまぶしててください」
「お前、手に匂いつくのが嫌でこっちに投げただろ」
さて、何のことやら存じ上げませんなぁ。
「あ、料理に酒を使いたいんだけど、ジスベアード隊長の持っているヤツの中で一番高い酒はどれ?」
「それならこれだなぁ」
「あぁっ、貴様それは……!?」
部下の人は、迷いもなくやたらと細かい彫刻の入った瓶を戸棚から引っ張り出した。
念のために栓を開けてみると、ブランデーによくにた香りがする。
「ニンニクと塩コショウをまぶした肉をフライパンで焼き、この酒を醤油と俺の秘蔵のハチミツと混ぜて蓋をして……と」
あとは焼けるのを待つだけで、トシキ流照り焼きチキンの出来上がりだ。
すると、料理の出来上がりを察知したのかジスベアードを先頭に自警団の連中がぞくぞくと厨房に踏み込んできたではないか。
「おいおい、遠慮が無さすぎだろ。
せめて、焼き上がりまでもう少しまって……」
そのときだった。
パンっ! と大きな音と共に、フライパンのふたが跳ね上がる。
同時に、臭いというより鼻に槍を突き刺して脳天を突き抜けたかと思うレベルの激臭が俺を襲った。
……はっ、気を失っていた?
見れば、まわりにいた自警団がバタバタと倒れている。
いや、動いているヤツがいるぞ。
俺の背後で、ガツガツと何かを一心不乱に食べている音がする。
振り向くと、そこには……。
「ウマイ、ウマイゾ!」
「モット、モットトリニクをヨコセ!!」
完全にトリップした状態で、奪い合いながら鶏肉を貪るジスベアードと妖魔たちの姿があった。
幸い、料理に気を釣られていて俺のことには気づいていない。
俺は、そっと奴らに気づかれないように外に出る。
そして、訓練場で羊と抱き合いながら事が終わるまでガタガタと臆病なニワトリのように震えていたのであった。
……いったい、何が悪かったのだろうか?
とりあえず、あの料理は二度と作るまい。
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