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第一章
第77話 羊たちの敗北
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食堂を出てしばらく。
昼時だというのに空が翳り始めた。
「はぁ……なんか雨ふりそうな天気だな」
「めぇー」
羊の背にのりながら、俺はため息混じりにつぶやく。
一緒になって鳴く羊の声も、どこか物憂げだ。
「それで、どうするんですか、トシキさん?」
「どうするって、どういう意味だよ、アンバジャック」
言っている意味はなんとなくわかるが、どちらかというと知りたくは無い。
できればもう少し現実逃避をしていたかった。
「さっきの連中、ほかの所でも貴方の悪口広めてますよ?
ええ、それはもう確実に」
「これはもはや、やるしかないのぉ」
そうつぶやくドランケンフローラは、拳を握り締め、にやにやと笑みを浮かべている。
あいかわらず理由は知りたくも無いが、やけに楽しそうだ。
「何をだよ、ドランケンフローラ」
「戦争じゃよ。 宗教戦争」
聞いてほしそうな顔だったので仕方なく尋ねてみたが、帰ってきたのはやはりろくでもない単語。
「……絶対に嫌だから」
それで地球の皆さんがどれだけ死んでいるかと思うと、『うんざり』という言葉しか出てこない。
これが日本にいるときならば、宗教を超えた博愛でも理想として掲げていればよかったのだが、ここは神が実在して干渉してくる世界である。
その厄介な世界での宗教戦争など、想像すらしたくなかった。
「しかし、もう向こうは動いておるぞよ?
いま動かなかったら、一方的に殴られるだけになるではないか」
「それはわかっているんだけどねぇ」
だが、それでもなんとか戦争は避けたいと思ってしまうのだ。
そんなことを考えてうつむいた俺に、アンバジャックはあいまいな笑みを浮かべながら料理の入った袋を掲げて見せる。
「まぁ、殴られたところで痛くもかゆくもありませんがね。
とりあえず、どこかでお昼にしましょう」
やれやれ、のんきなものだな。
とはいえ、この町の人間が何かしてくる程度ならばたしかになんとも無いだろう。
彼らを何とかしたければ、せめてポメリィさんぐらいの凶悪な戦力が必要だ。
「あー、その前に羊たちをどうにかしてやらないと。
雨でずぶ濡れになったら可愛そうだろ」
「やれやれ、緊張感のない連中じゃのぉ。
それと、あの魔羊共なら野生の生き物じゃぞ?
雨ぐらいなんともないに決まっておるわい」
腰に手をあてて、ドランケンフローラが不満げに鼻をならす。
ずいぶんとご機嫌斜めだが、単に戦争に乗り気でないのが不満なだけだろう。
そんなやり取りをしているうちに、俺たちは自警団の詰め所の近くに到着した。
併設されている訓練用の広場には、トースターの中で焼いた餅のように毛が絡まった羊たちが、てんでバラバラな方向に移動しようとしてメーメーと悲鳴を上げている。
そんな中、毛がちぎれてうまく逃げ出せた羊は、仲間を助けるでもなく訓練所に生えている雑草をもぐもぐしていた。
なんというか、マイペースな生き物である。
しかし、ひどい見た目だな。
一部の綿毛がちぎれてひどい状態になっているため、羊の毛をカットして整えてやりたい衝動が沸いてきた。
「お、きたきた。
トシキ、いいかげんこの羊どもを引き取ってくれ。
訓練で広場を使いたいんだ」
昼食のパンを片手にやってきたのは、ここの責任者であるジスベアード。
朝は綺麗にそってあった顎にはすでに無精ひげが生えており、むさくるしいことこの上ない。
さらには横にポメリィさんがいないので、いつもより口調がぞんざいだ。
「……となると、あの羊の毛を解くか刈り取るかする必要があるんですが」
「あぁ、そういう事ならまかせておけ。
俺の実家は牧畜の盛んな村でな。
羊の毛を刈るのには慣れているんだ」
そう告げながら、ジスベアードは手をワキワキさせつつ羊に近づくと、サイドベルトについている袋からバリカンを取り出した。
なぜ……持ってる?
「ひゃっはあぁぁぁぁぁ!
ひさしぶりの羊狩りだぜ!!」
「刈り取った毛は、我々自警団が預からせてもらう!」
「ふははははは、副収入ゲットだぁっ!!」
羊の毛を刈り始めたのは、ジスベアードだけではなかった。
ほかの団員たちもまた、懐からバリカンを取り出し、羊たちに襲い掛かる。
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
自警団の訓練場に、羊たちの悲鳴が響き渡った。
あ、黒いニンジャ羊たちが一斉に逃げ出したぞ!
なお、ジスベアードのバリカン捌きはすばらしかったと言っておこう。
羊たちも毛を操って自警団を縛り上げようとするが、彼らはバリカンを振りかざしてそれを次々と断ち切る。
まさか、こんなところに彼らの天敵がいようとは……。
「かわいそうだから、全部の毛を刈り取るのは勘弁してやろう!
ありがたく思いな!」
ただし、彼らの作業はきめ細かさとは無縁の代物である。
そして、奴らの仕事に芸術性という文字は無い。
一言で言うと、荒いのだ。
特にジスベアードの奴はひどかった。
なにも頭の毛をモヒカン状態に残す事はないだろ。
うわ、こんどは絶妙な刈り残しが貧相さを……。
まったく、お前の美的センスを疑うよ。
当然ながら、羊さんたちにはめちゃくちゃ不評だからな。
「ぷぷぷ……なに、その格好!?」
「ははは、毛がないとずいぶんスッキリした体形になりますねぇ」
「……ぶめぇ」
爆笑するドランケンフローラの前には、ジスベアードによって前衛的なカットを施された羊たちが意気消沈したまま横たわっていた。
ほかの羊たちも、のきなみ変なカットを施されている。
程なくして、彼らは悲しげに鳴きながら森へと戻っていった。
しかし、この冬のさなかにあの格好は可哀想だな。
あとでヨハンナを呼び出して羊用の服を作ってやらねばなるまい。
昼時だというのに空が翳り始めた。
「はぁ……なんか雨ふりそうな天気だな」
「めぇー」
羊の背にのりながら、俺はため息混じりにつぶやく。
一緒になって鳴く羊の声も、どこか物憂げだ。
「それで、どうするんですか、トシキさん?」
「どうするって、どういう意味だよ、アンバジャック」
言っている意味はなんとなくわかるが、どちらかというと知りたくは無い。
できればもう少し現実逃避をしていたかった。
「さっきの連中、ほかの所でも貴方の悪口広めてますよ?
ええ、それはもう確実に」
「これはもはや、やるしかないのぉ」
そうつぶやくドランケンフローラは、拳を握り締め、にやにやと笑みを浮かべている。
あいかわらず理由は知りたくも無いが、やけに楽しそうだ。
「何をだよ、ドランケンフローラ」
「戦争じゃよ。 宗教戦争」
聞いてほしそうな顔だったので仕方なく尋ねてみたが、帰ってきたのはやはりろくでもない単語。
「……絶対に嫌だから」
それで地球の皆さんがどれだけ死んでいるかと思うと、『うんざり』という言葉しか出てこない。
これが日本にいるときならば、宗教を超えた博愛でも理想として掲げていればよかったのだが、ここは神が実在して干渉してくる世界である。
その厄介な世界での宗教戦争など、想像すらしたくなかった。
「しかし、もう向こうは動いておるぞよ?
いま動かなかったら、一方的に殴られるだけになるではないか」
「それはわかっているんだけどねぇ」
だが、それでもなんとか戦争は避けたいと思ってしまうのだ。
そんなことを考えてうつむいた俺に、アンバジャックはあいまいな笑みを浮かべながら料理の入った袋を掲げて見せる。
「まぁ、殴られたところで痛くもかゆくもありませんがね。
とりあえず、どこかでお昼にしましょう」
やれやれ、のんきなものだな。
とはいえ、この町の人間が何かしてくる程度ならばたしかになんとも無いだろう。
彼らを何とかしたければ、せめてポメリィさんぐらいの凶悪な戦力が必要だ。
「あー、その前に羊たちをどうにかしてやらないと。
雨でずぶ濡れになったら可愛そうだろ」
「やれやれ、緊張感のない連中じゃのぉ。
それと、あの魔羊共なら野生の生き物じゃぞ?
雨ぐらいなんともないに決まっておるわい」
腰に手をあてて、ドランケンフローラが不満げに鼻をならす。
ずいぶんとご機嫌斜めだが、単に戦争に乗り気でないのが不満なだけだろう。
そんなやり取りをしているうちに、俺たちは自警団の詰め所の近くに到着した。
併設されている訓練用の広場には、トースターの中で焼いた餅のように毛が絡まった羊たちが、てんでバラバラな方向に移動しようとしてメーメーと悲鳴を上げている。
そんな中、毛がちぎれてうまく逃げ出せた羊は、仲間を助けるでもなく訓練所に生えている雑草をもぐもぐしていた。
なんというか、マイペースな生き物である。
しかし、ひどい見た目だな。
一部の綿毛がちぎれてひどい状態になっているため、羊の毛をカットして整えてやりたい衝動が沸いてきた。
「お、きたきた。
トシキ、いいかげんこの羊どもを引き取ってくれ。
訓練で広場を使いたいんだ」
昼食のパンを片手にやってきたのは、ここの責任者であるジスベアード。
朝は綺麗にそってあった顎にはすでに無精ひげが生えており、むさくるしいことこの上ない。
さらには横にポメリィさんがいないので、いつもより口調がぞんざいだ。
「……となると、あの羊の毛を解くか刈り取るかする必要があるんですが」
「あぁ、そういう事ならまかせておけ。
俺の実家は牧畜の盛んな村でな。
羊の毛を刈るのには慣れているんだ」
そう告げながら、ジスベアードは手をワキワキさせつつ羊に近づくと、サイドベルトについている袋からバリカンを取り出した。
なぜ……持ってる?
「ひゃっはあぁぁぁぁぁ!
ひさしぶりの羊狩りだぜ!!」
「刈り取った毛は、我々自警団が預からせてもらう!」
「ふははははは、副収入ゲットだぁっ!!」
羊の毛を刈り始めたのは、ジスベアードだけではなかった。
ほかの団員たちもまた、懐からバリカンを取り出し、羊たちに襲い掛かる。
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
自警団の訓練場に、羊たちの悲鳴が響き渡った。
あ、黒いニンジャ羊たちが一斉に逃げ出したぞ!
なお、ジスベアードのバリカン捌きはすばらしかったと言っておこう。
羊たちも毛を操って自警団を縛り上げようとするが、彼らはバリカンを振りかざしてそれを次々と断ち切る。
まさか、こんなところに彼らの天敵がいようとは……。
「かわいそうだから、全部の毛を刈り取るのは勘弁してやろう!
ありがたく思いな!」
ただし、彼らの作業はきめ細かさとは無縁の代物である。
そして、奴らの仕事に芸術性という文字は無い。
一言で言うと、荒いのだ。
特にジスベアードの奴はひどかった。
なにも頭の毛をモヒカン状態に残す事はないだろ。
うわ、こんどは絶妙な刈り残しが貧相さを……。
まったく、お前の美的センスを疑うよ。
当然ながら、羊さんたちにはめちゃくちゃ不評だからな。
「ぷぷぷ……なに、その格好!?」
「ははは、毛がないとずいぶんスッキリした体形になりますねぇ」
「……ぶめぇ」
爆笑するドランケンフローラの前には、ジスベアードによって前衛的なカットを施された羊たちが意気消沈したまま横たわっていた。
ほかの羊たちも、のきなみ変なカットを施されている。
程なくして、彼らは悲しげに鳴きながら森へと戻っていった。
しかし、この冬のさなかにあの格好は可哀想だな。
あとでヨハンナを呼び出して羊用の服を作ってやらねばなるまい。
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