上 下
68 / 121
第一章

第67話 森の神の神殿にて

しおりを挟む
 さて、見た目はかなり怪しいが、せっかくできた薬である。
 すぐに怪我人のところに運ぼう。
 こうしている間にも、苦しんでいる人はたくさんいるはずだ。

 兵士の詰め所で聞いた話だと、火事で焼け出された人々や怪我人はこの町で一番大きな森の神を祭る神殿に集められているとのことである。
 壷を台車の上に載せ、俺はひっくりかえさないように舗装の悪い道を進む。
 子供の体では体力も腕力も足りなくて、台車を引くのも一苦労だ。

 そして、たどり着いた森の神の神殿だが、周囲にはろくな手当てもされていない怪我人が放置されていた。

「これ……どういうこと?」

 見れば、治療の順番を待っているという様子でもない。
 慈悲を求める怪我人たちを、門番の男が邪険に追い払っているようにしか見えなかった。

「たぶん、この人たちは治療費が払えないんでしょうね」

 シェーナの声に、聞き間違えようがないほど侮蔑の色が混ざる。

「だからと言って、この扱いかよ」

 俺の目の前で、母親の手当てを求めて泣きすがる子供が兵士によって殴り飛ばされた。
 夫の傷の手当を求める女性にも、槍の切っ先が突きつけられる。

 なんだ、この地獄は。
 火事で焼け出された人々は、森の神殿で保護されるているはずじゃなかったのか?

 たしかに、聖職者だって生活するには金が要る。
 対応できる人間の数にだって限界はあるだろう。
 無償で全ての怪我人を治療しろだなんて言うほど、世間知らずなわけではない。

 だが、これはなんかおかしいだろ!?
 胸の奥にどうしようもない苛立ちを感じながら、俺は前に進み出た。

「門番のおじさん。
 ここに怪我人がいると聞いてきたから、治療の手伝いに来たんだけど」

「はぁ?
 お前みたいな子供に何ができる。
 邪魔だからさっさと帰れ」

「これでも神官だから治療の魔術は使えるし、傷に効く薬も持ってきたんだ」

 そう言って、俺は台車の上の壷を示す。
 すると、門番はあからさまに疑いの目を向けながら、どうせ嘘だろうといわんばかりの声色で俺に尋ねた。

「……失礼ですが、どちらの神官で?
 聖印を見せていただけますかな?」

「あ……いえ、持ってないです」

 そんなものがあると聞いたのは初めてだし、スフィンクスである俺にはそもそもそんなものは必要なかった。
 なにせ、種族自体が神の使いであるという立場の証明になっていたからな。

 マントで隠している翼を見せれば一発で相手が平伏すことになるのかもしれないが、そんな気にもなれない。
 こんなところでそれをやれば、人攫いに目をつけられるリスクも高くなるしな。
 なによりも、こいつらを信用できない。

「ちっ、子供の遊びに付き合っている暇はねぇんだよ!
 あと、金の無……信心の足りない奴にも用はねぇ!
 さっさとここから出てゆかないと、痛い目を見ることになるぞ!」

「神官として認めてもらえないのはかまいません。
 ですが、せめてここにいる人たちに傷薬を分ける事は……」

「なに? 薬を持っているのか?
 どんな薬だ。 見せてみろ」

 おそらく薬を掠め取ろうとしたのだろう。
 門番の男は俺をドンと押しのけて台車の上の壷を覗き込んだ。

「うぇっ!? なんじゃこりゃあ!
 こんなの、見るからに毒じゃねぇか!
 ふざけんな!!」

 門番の男は、怒りに任せて俺を殴りつけようとする。
 だが、その瞬間、男の顔が一気に青ざめた。
 そして、腹を押さえたままものすごい勢いで建物の中へと駆け込んでゆく。

 あ、たぶん呪いだぞアレ。
 犯人は、隣でニコニコと笑顔を浮かべたまま激怒していたシェーナだ。
 全身からほとばしるオーラのようなものに巻き上げられて、髪の先端がユラユラと揺れている。

「ふん、人間風情がえらそうに。
 私の開発した傷薬を毒ですって?
 罰として一週間ほどトイレと親交を深めるがいいわ!」

 小さな声ではあるが、寒気するほどの悪意がこめられていた。
 まぁ、これは向こうが悪いから俺から言うべき事は何もない。

「さぁ、馬鹿がいない間にここにいる人から治療しちゃいましょ。
 誰か、桶に水を汲んできて!」

 シェーナが周囲に声をかけると、身動きのできる人間がすぐに水を汲みに行った。
 そして汲んできた水に、シェーナは先ほどの毒々しい薬を一滴たらす。
 するとどうだろうか……桶の中の水が緑の光を放つ神々しい液体にかわったのである。

「うぉぉぉぉ!」

「すげぇ、こんな薬見たことないぞ!」

 なんと、シェーナの生み出した外傷治癒薬は濃縮タイプであった。
 たぶん、運んだり保存することも考えてこの仕様になっているのだろう。
 俺の見た限りシェーナはそういう性格だ。

「さぁ、驚いてないで、この水を火傷した部分にかけなさい!
 効果は保証するわ」

 威勢のいい声をあげるシェーナの横で、俺は桶の中の薬をちょうど横で様子を伺っていた男に使う。
 足を火傷しているみたいだな。
 実演させてもらうぞ。

「おわっ、冷てぇっ!?」

 ふいをつかれて悲鳴を上げる男。
 だが、その悲鳴はすぐに歓声にかった。

「おおお!?
 俺の火傷が……一瞬で消えたぞ!?」

「本当か!」

「こっちにも薬をくれ!
 娘がひどい状態なんだ!!」

 薬の効果を見て、人々が一斉に押し寄せてくる。
 くっ、これはまずい。

「重傷者から先につれてきてくれ!
 順番を飛ばした奴は治療しないぞ!!」

 俺が声を張り上げると、民衆の動きがぴたっと止まる。
 そのあとは、自然と場を仕切る者が現れてくれたおかげで特に混乱もなく治療が進んだ。

 傷薬の効果はすさまじく、どんな火傷を負ったやつも、数秒後には跡形見なく綺麗な肌を覗かせている。
 それどころか、皺や染み、ほくろまで消えるものだから、女性陣が薬の壷を見る目がちょっと怖い。

 だが、ようやく怪我人の半分ぐらいが無事に治療を終えた頃だった。

「おい、お前らか!
 ここで勝手に治療行為を行っている奴は!!」

 どうやら神殿の人間が兵士にタレ込んだらしい。
 すさまじいブーイングをかき分けて、何人もの兵士がこちらにやってくる。

「神殿の人間から、営業妨害の訴えがあった!
 話を聞かせてもらうので、詰め所までご同行願おう!!」

 ……残念だがここまでのようである。
 俺は荷物を台車にまとめると、残った怪我人の嘆願を背に受けながらその場を後にした。

 だが、しばらく歩いてからの事である。
 あと、兵士の足が止まった。
 なにごと?

「明日は広場の一角でやるといい。
 場所は押さえておいたから」

 そういって、俺たちを連衡しているはずの兵士から一枚の紙を渡された。
 自警団と商業ギルドの印鑑が押してある、正式な露店の許可書だ。

 俺たちが驚いた顔をすると、兵士たちはしてやったりとばかりにニヤッと笑った。
 彼らの中に、俺たちがこの町で最初に世話になった兵士がいたことを、いまさらながらに気づく。

 ……どうやら、世の中そう捨てたもんじゃないらしい。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...