56 / 121
第一章
第55話 森のご馳走
しおりを挟む
「この銀の燭台は……」
「主様、そろそろ食事の時間でございます」
物語を暗誦していると、ふいにドアの向こうからヨハンナの声が聞こえた。
「あぁ、もうそんな時間か。
フェリシア、続きはまた今度」
俺が暗誦を中断すると、フェリシアは「いいところだったのに」と小さくつぶやき、ため息をついた。
「それは残念でございますわ。
できるだけ早めに続きをお願いいたします。
……では」
それだけを告げると、フェリシアの姿が召喚陣の向こうに消える。
「よし、食事に行こうヨハンナ。
けど、どうやって食材を用意したんだ?」
「いえ、村の方々から食材を分けていただいたので、それを使って準備いたしました」
「この村の食材か……どんなものだろう?
畑で作物を作っているわけでもないんだよなぁ?」
考えられるのは、森の生き物を狩ったジビエ料理ぐらいである。
イオニスの調べた限りでは、農業に手を出している様子はないということだしな。
この村でちゃんとした食料が手に入るかどうかが不安だったから、さっきイオニスを森に派遣してしまったよ。
さて、どんな肉を用意したのかねぇ。
リスとかネズミだったらちょっと嫌だなぁ。
そんなことを考えつつ食堂にたどり着いた俺が見たものは……。
「うわぁ、こ、これは予想外だったな」
そこにあった食材を見て、俺は思わず声をもらしてしまった。
いや、食材としてはたぶん木の実なのだが、形がちょっと……。
「これ、エルフの赤ん坊じゃねぇだろうな」
俺がどう表現しようか迷っていると、誰かが思ったことを素直に口にした。
そう、この食材……全体が緑色で、形が手足を丸めてちぢこまっているエルフの幼女そっくりなのだ。
目は閉じているものの、ちゃんと鼻の穴まであいていやがる。
なんて無駄なリアルさだろうか。
大きさはだいたいウサギぐらい。
表面はわりとザラザラしている。
ちょうど、若いアボカドの形をエルフの胎児の形にしたとでも思ってくれるとちょうどいいかもしれない。
俺の旅を西遊記にたとえたのはつい先日の話だが、その西遊記にも人参果という人の形をした果物の話があった事を思い出す。
たしか、三蔵法師も仏が口にするまではその食材を食うことをためらっていたっけ。
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」
村人はにこやかな笑顔のままそう告げるが、これを素直に口にする勇気は誰にもない。
「あぁ、このままでは食べにくいということですね」
そう告げると、村人はその木の実の頭に見える部分に包丁をあて、縦に切れ目を入れた。
哀れ、エルフモドキは真っ二つである。
「な、中身はいがいとまともだな」
恐る恐る割った果実を覗き込むと、中身はアボカドそっくりだった。
緑色の果肉といい、その質感といい、本当に大きなアボカドである。
「惜しむらくは、調味料が塩しかないことかな」
だが、こんな山奥で塩が使えるだけマシなほうだ。
前にサバイバルをしたときは、それでけっこう悩んだものである。
「よ、よし……食うぞ」
薄茶色をした荒塩を上からパラパラとかけ、俺は思い切ってかぶりついた。
うん、アボカドだこれ。
熟し具合もばっちりである。
「トシキ様、こちらにスープもご用意しました」
「おお、ありがとうヨハンナ!」
見れば、手持ちの調理器具を使い、ヨハンナがポタージュスープを作っていた。
材料は、羊の乳とアボカドもどきと塩のみである。
だが、これが予想以上に美味い。
奴隷狩りたちがうらやましそうにこちらを見ているが、お前らの分はないからな。
そもそも、俺たちってそういう親しい関係じゃないし。
「よろしかったら、これもどうぞ」
村人たちが出してきたのは、オレンジ色をした飲み物だった。
鼻を近づけると、濃厚なアルコールの香り……酒だ、これ。
差し出されたのが酒だとわかった瞬間、奴隷狩り共から歓声が上がる。
単純な奴らめ。
この世界に未成年の飲酒を禁じる法律はなさそうだが、俺は一応やめておいたほうがいいだろう。
なにせ子供の体だからな。
今後の成長に差しさわりのありそうなものは口にしたくないのである。
いつかマルコルフを追い越して、やつの頭を見下ろしながら笑ってやるのだ。
……ついでに、一度飲み始めたらたぶんアル中一直線。
自力でとどまる自信が、まったくない。
「あ、ところでこの酒の代金ですが……」
俺の手持ちは決して多いわけではない。
奴隷狩りの連中も、さほど持っているわけではないだろう。
こちらから何か言う前に村人から持ってきてくれた酒だが、後から支払えないような料金を請求されたら困るしな。
そこのところは確認しておかないと。
すると、村人の一人が笑いながら俺の疑問に答えた。
「大丈夫ですよ。
これはこの村の歓迎の印として進呈させていただきます」
「はぁ、そうですか……」
こうも話がうますぎると、つい疑いたくなるのが俺の性格である。
眉間にしわをよせて考え込んでいると、ふいにヨハンナから話しかけられた。
「主様、少しよろしいでしょうか」
「どうした、ヨハンナ。
何かおかしなことでも起きたか?」
「はい。
周囲を探索していたイオニスが、魔物の群れを見つけたようです」
「へぇ、どんな魔物だろう?」
ヤバい奴なら、逃げることもかんがえなくてはならない。
「なんでも、悪魔のような顔のついた巨大な樹木を中心に、無数の骸骨がうごめいているのだとか。
悪いことに、その魔物の進行方向にこの村があります」
「それは……この村の責任者に報告すべき案件だろうな」
いささか怪しいところはあるものの、歓待されているのは事実である。
それなのに、村に迫る危険について何も教えずに立ち去るのはちょっと嫌だ。
なによりも、今の俺は神の使いである。
人よりもモラルの高い振る舞いをする必要があるのだ。
面倒なことにならなければいいが……。
そんな思いを抱えたまま村人を部屋に呼んで先ほどの内容を告げると、特に驚くこともなく彼女は答えた。
「それはきっと、ドランケンフローグでしょう」
「主様、そろそろ食事の時間でございます」
物語を暗誦していると、ふいにドアの向こうからヨハンナの声が聞こえた。
「あぁ、もうそんな時間か。
フェリシア、続きはまた今度」
俺が暗誦を中断すると、フェリシアは「いいところだったのに」と小さくつぶやき、ため息をついた。
「それは残念でございますわ。
できるだけ早めに続きをお願いいたします。
……では」
それだけを告げると、フェリシアの姿が召喚陣の向こうに消える。
「よし、食事に行こうヨハンナ。
けど、どうやって食材を用意したんだ?」
「いえ、村の方々から食材を分けていただいたので、それを使って準備いたしました」
「この村の食材か……どんなものだろう?
畑で作物を作っているわけでもないんだよなぁ?」
考えられるのは、森の生き物を狩ったジビエ料理ぐらいである。
イオニスの調べた限りでは、農業に手を出している様子はないということだしな。
この村でちゃんとした食料が手に入るかどうかが不安だったから、さっきイオニスを森に派遣してしまったよ。
さて、どんな肉を用意したのかねぇ。
リスとかネズミだったらちょっと嫌だなぁ。
そんなことを考えつつ食堂にたどり着いた俺が見たものは……。
「うわぁ、こ、これは予想外だったな」
そこにあった食材を見て、俺は思わず声をもらしてしまった。
いや、食材としてはたぶん木の実なのだが、形がちょっと……。
「これ、エルフの赤ん坊じゃねぇだろうな」
俺がどう表現しようか迷っていると、誰かが思ったことを素直に口にした。
そう、この食材……全体が緑色で、形が手足を丸めてちぢこまっているエルフの幼女そっくりなのだ。
目は閉じているものの、ちゃんと鼻の穴まであいていやがる。
なんて無駄なリアルさだろうか。
大きさはだいたいウサギぐらい。
表面はわりとザラザラしている。
ちょうど、若いアボカドの形をエルフの胎児の形にしたとでも思ってくれるとちょうどいいかもしれない。
俺の旅を西遊記にたとえたのはつい先日の話だが、その西遊記にも人参果という人の形をした果物の話があった事を思い出す。
たしか、三蔵法師も仏が口にするまではその食材を食うことをためらっていたっけ。
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」
村人はにこやかな笑顔のままそう告げるが、これを素直に口にする勇気は誰にもない。
「あぁ、このままでは食べにくいということですね」
そう告げると、村人はその木の実の頭に見える部分に包丁をあて、縦に切れ目を入れた。
哀れ、エルフモドキは真っ二つである。
「な、中身はいがいとまともだな」
恐る恐る割った果実を覗き込むと、中身はアボカドそっくりだった。
緑色の果肉といい、その質感といい、本当に大きなアボカドである。
「惜しむらくは、調味料が塩しかないことかな」
だが、こんな山奥で塩が使えるだけマシなほうだ。
前にサバイバルをしたときは、それでけっこう悩んだものである。
「よ、よし……食うぞ」
薄茶色をした荒塩を上からパラパラとかけ、俺は思い切ってかぶりついた。
うん、アボカドだこれ。
熟し具合もばっちりである。
「トシキ様、こちらにスープもご用意しました」
「おお、ありがとうヨハンナ!」
見れば、手持ちの調理器具を使い、ヨハンナがポタージュスープを作っていた。
材料は、羊の乳とアボカドもどきと塩のみである。
だが、これが予想以上に美味い。
奴隷狩りたちがうらやましそうにこちらを見ているが、お前らの分はないからな。
そもそも、俺たちってそういう親しい関係じゃないし。
「よろしかったら、これもどうぞ」
村人たちが出してきたのは、オレンジ色をした飲み物だった。
鼻を近づけると、濃厚なアルコールの香り……酒だ、これ。
差し出されたのが酒だとわかった瞬間、奴隷狩り共から歓声が上がる。
単純な奴らめ。
この世界に未成年の飲酒を禁じる法律はなさそうだが、俺は一応やめておいたほうがいいだろう。
なにせ子供の体だからな。
今後の成長に差しさわりのありそうなものは口にしたくないのである。
いつかマルコルフを追い越して、やつの頭を見下ろしながら笑ってやるのだ。
……ついでに、一度飲み始めたらたぶんアル中一直線。
自力でとどまる自信が、まったくない。
「あ、ところでこの酒の代金ですが……」
俺の手持ちは決して多いわけではない。
奴隷狩りの連中も、さほど持っているわけではないだろう。
こちらから何か言う前に村人から持ってきてくれた酒だが、後から支払えないような料金を請求されたら困るしな。
そこのところは確認しておかないと。
すると、村人の一人が笑いながら俺の疑問に答えた。
「大丈夫ですよ。
これはこの村の歓迎の印として進呈させていただきます」
「はぁ、そうですか……」
こうも話がうますぎると、つい疑いたくなるのが俺の性格である。
眉間にしわをよせて考え込んでいると、ふいにヨハンナから話しかけられた。
「主様、少しよろしいでしょうか」
「どうした、ヨハンナ。
何かおかしなことでも起きたか?」
「はい。
周囲を探索していたイオニスが、魔物の群れを見つけたようです」
「へぇ、どんな魔物だろう?」
ヤバい奴なら、逃げることもかんがえなくてはならない。
「なんでも、悪魔のような顔のついた巨大な樹木を中心に、無数の骸骨がうごめいているのだとか。
悪いことに、その魔物の進行方向にこの村があります」
「それは……この村の責任者に報告すべき案件だろうな」
いささか怪しいところはあるものの、歓待されているのは事実である。
それなのに、村に迫る危険について何も教えずに立ち去るのはちょっと嫌だ。
なによりも、今の俺は神の使いである。
人よりもモラルの高い振る舞いをする必要があるのだ。
面倒なことにならなければいいが……。
そんな思いを抱えたまま村人を部屋に呼んで先ほどの内容を告げると、特に驚くこともなく彼女は答えた。
「それはきっと、ドランケンフローグでしょう」
0
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる