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第一章

第37話 神の僕

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「え? 上級精霊が書いた本の、しかも傑作に落書き?
 そりゃ一族郎党連座で死罪だな」

 護衛の兵士や受付嬢たちに今回の不始末について相談すると、なぜか領主の代わりという名目でマルコルフがやってきた。
 こいつ、結構な身分だとは言っていたけど……どこまで偉い奴なんだろう?
 少なくとも、公爵令嬢であるスタニスラーヴァに公衆の面前でキスしても問題にされなかったよなぁ。

「いや、心情的には万死に値すると思うけど、実際に死罪になるのはどうかと。
 しかも、罪のない家族にまで責任を求めるのはやりすぎだろ」

 えらそうなマルコルフに向かい、俺は反論をかえした。
 いろいろと意見はあるだろうけど、個人的には死刑反対派である。
 だから、本をぞんざいに扱うクソ野郎であったとしても、なんとか罪を償う方向に持ってゆきたい。

「おいおい、とてもじゃないが智の番人であるスフィンクスの台詞とは思んな。
 お前ら、どっちかってーと『智の神の蒐集物に手をつける愚か者は皆殺しだー』って、この町で殺戮を始めちまうような生き物だろうがよ」

 え? まじでそういう生き物なの?
 ろくな説明も受けてないから知らないし。

「そもそも、死罪を回避しようにも、ほかに賠償する方法がないしなぁ。
 むしろ、個人じゃすまなくて一族郎党すべて連座ってのが妥当だろう。
 このままだと、怒り狂った精霊が大災害を引き起こすだろうし……その対応を考えるだけでも頭がいたいぞ。
 吟遊詩人ギルドとしても、半永久的に語り継がれるレベルの不名誉だな」

 おいおい、そこまでのことなのかよ。
 だったら、もうちょっと自重できる奴を連れてくるべきだったんじゃないのか?

 いや、むしろ自重ができない連中だからまとめてついてきちゃったのか。
 吟遊詩人ギルドの長に雷鳴サンダーボルトの半分ほどでも能力があれば結果は違っていたのかもしれないが、いまさら無いものねだりをしても仕方が無いな。

「たとえ何かの奇跡がおきて死刑にならなかったとしても、今度は精霊をあがめる魔術師共に全力で呪いをかけられる可能性も高いしな。
 いずれ起きる災害の被害者からも報復を受けるだろう。
 まぁ、救おうとするだけいろいろと無駄な感じだぞ」

 いや、全力で呪い殺すってなんだよ。
 怖いよこの世界の魔術師!
 
「それぐらいとんでもないことをやっちまったってことだ。
 いっそ、この街の吟遊詩人ギルド全てをこの寺院に隷属させる契約をするなら、償いとして釣り合いがとれるかもしれんが……精霊の怒りまではどうにもならんしなぁ」

 マルコルフは、そこでチラリと吟遊詩人ギルドのマスターに目をやる。
 先ほどまでは精霊の書いた書物に目をキラキラとさせていた彼だが、今は真っ青に血の気が引いた顔になっており、すっかり憔悴していた。

「あ、あの……智の神殿の方々にそれで許していただけるならば。
 精霊の怒りに関しては、当方のギルドで祭礼を行ってなんとか鎮めようと思います」

「今回の当事者を生贄に捧げ、精霊に許しを請うということか」

「はい。 不肖この私めも共に命を捧げる所存です」

 おい、その内容で納得するのか?
 俺には信じがたい話である。

 そもそもこの街の吟遊詩人ギルド全てをこの寺院に隷属させるといわれても、日本育ちの俺に隷属という概念になじみは無い……事もないな。
 ブラック企業みたいなものか。

 まぁ、なんだかんだいいつつも、一言でこの気持ちを表現するならこうなるだろう。

「なんかしっくりこないんだよなぁ」

「つまり、更なる厳罰を求めていると?」

 マルコルフの誤った解釈に、俺はあわてて首を横に振る。
 なんでそう、厳罰を下したがるんだよ。
 恨みでもあるのだろうか?
 まぁ、これから災害が起きることを考えれば恨みたくもなるか。

「いや、そういう事じゃなくて。
 利益を感じないというか、なんというか……ひとまずマルコルフの権限で裁判の類は保留にできない?」

 すると、マルコルフは頭がおかしいんじゃないのかお前はとでも言いたそうな顔をになった。
 あまり納得してもらえてないらしい。

「被害者の代表であるトシキがそれで納得するなら可能だが、何をする気だ?」

「これでも智の神の眷属だからな。
 この本を何とかして修復する方法がないか探ってみるよ。
 本さえ綺麗になれば精霊の怒りも静まり、死罪にしたり呪い殺したりするほどに罪にしなくてすむんじゃないかと思うんだが、どうかな?」

「理屈として通らなくは無い。
 だが、俺には不可能に思えるな。
 そもそも、なぜお前がそこまでする必要がある?
 まぁ、本音を言えば精霊の怒りだけでもどうにかしてほしいところだが」

「罪をあがなう手段は命を奪うことだけじゃないだろうし、罪人に対して償いの方法を与えるのは神の僕の責務じゃないかな?
 罰するのではなく許しの道を示すことこそ、神の御技だろ。
 すくなくとも、俺の考える神の代理人ってのはそういうものなんだが」

 だが、かえってきたのはため息。
 たぶん、俺のことを度し難いお人よしとでも思っているんだろうな。
 悪かったな、お人よしで。

 だが、それが俺って事なんだよ。
 この価値観だけは、馬鹿だといわれてもかえるつもりは無い。

「そうやって綺麗ごとを口にしていると、なぜかお前が立派な聖職者に見えるよ、トシキ。
 まぁ、好きにやれ。 手助けはしてやる」

「お前、普段から俺のことどう思ってるんだ」

 たぶん褒められているのだろうが、どうにも上から目線が気に入らない。

「そこは素直にありがたがるところだろ。
 細かいことを気にしていると器の狭い大人になるぞ」

「やかましい。
 他人に都合のいい大人っていうんだよ、それは」

 そもそも精神的には完全に成人しているのだ。
 肉体に引きずられて多少は子供っぽくなっているかもしれないが、そこだけは変えようが無い。

「……で、その本を綺麗にする方法、何かあてはあるのか?」

「それなんだがな」

 興味深そうに覗き込むマルコルフの目を見返し、俺は自らの考えを告げた。

「水の精霊に尋ねてみようと思う」
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