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第一章

第23話 人間ジョッキー

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「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 奇声をあげながら、俺はそのとき風になっていた。
 くぅっ、昔友人連中とバイクで峠を攻めていた頃を思い出すぜ!
 日本に帰ったら、もっかいバイクのろうかな。

「何事……って、子供!?」

「なんだありゃ? ものすごいスピードで走って……ないな。
 地面の上を滑ってるのか?」

 訓練中の兵士のみなさんの目が、全員俺に釘付けだ。
 察しのいい方は何をしているかすでにお分かりだろうが、魔術『突き放す左手』を自分にかけてみたのである。

 魔術を遊びに使うな?
 いえいえ、精霊のヴィヴィさんはこういうの大好きっぽいですよ?
 さっき使った時も、なんか歓声が聞こえた気がしましたし。

「ひゃっほぅぅぅぅぅぅ!!」

 そんなわけで、俺は魔術をつかってスタニスラーヴァさん家の訓練用ランニングコースを爆走中である。
 精霊が気を利かせたのか、俺の熟練度があがったのか、使っているうちにどんどんスピードは上がっていった。

 そして何度目かの滑走をスタートさせようとしたそのときである。

「おい、お前。
 さっきから何やってるんだ?」

 声をかけてきたのは、この家の警備をしている人たち。
 その中でも、たぶん若手連中だろう。
 およそ高校生ぐらいから新卒までといった感じの年代だ。

「魔術の訓練ですよ。
 突き放す左手って魔術ご存じないですか?」

 いぶかしむ兵士たちに、俺はいけしゃあしゃあとうそぶいた。
 まぁ、半分は本当だけどね。

「俺たちには遊んでいるようにしか見えなかったが?」

「魔術を遊びに使うなんてとんでもない。
 これは、敵に向かって高速で移動するための訓練です。
 戦いにおいて、スピードは大きな力ですからね」

 思いっきり嘘です。
 完全に楽しんでました。

 だがその瞬間、兵士たちの顔に謎の笑顔が浮かぶ。

「おお、そうなのか!
 なぁ、俺たちもその遊……じゃなくて、訓練に参加していいか?」

「もちろんですよ」

 俺と兵士たちは、お互いににっりと笑った。
 どうやら、彼らは娯楽に飢えているらしい。

 これは、たぶんあれだ。
 子供がソロバンをスケーターがわりにして遊ぶのと同じだ。
 誰かがやりだしたらあっという間に蔓延する、やっちゃいけない遊び。

 彼らも俺が不謹慎な遊びをしていることはわかっているが、自分でもやってみたくてしかたがないのである。
 しかも、俺が都合のいい建前を出してきたので、自分ものっかりたいのだ。

 ならば、娯楽大国である日本からやってきたこのわたしくめが、その実力を教えて差し上げましょう。
 存分に楽しむがいい。

「でも、せっかくなので少し趣向をこらしてみませんか?
 たとえば……何人も並んで一斉にスタート。
 誰が最初にゴールするかを競うとか」

「のった!!」

 即座に反応する若手の兵士たち。
 いいね、そういう反応は大好きだよ。

「では、このランニングに使っているコースでやりましょう。
 長さは三周でどうです?
 すこし距離があるほうが、駆け引きが面白くなりますから」

 俺の言葉に、何人かがニヤッと笑みを浮かべる。
 同じコースを三周もするなら、おそらく周回遅れというものが発生する。
 すると、その周回遅れがトップ集団の足を引っ張って、思わぬ結果をもたらしたりするのだ。

「どうせなら、賭けもしないか?」

 お、こちらの意図を読み取った奴が向こうから提案をしてきたぞ。
 いやぁ、君も悪い奴だねぇ。
 ……俺も寺院の復興で物いりだからさ、仕方が無いんだよ。

 って、お前さっきまでいなかったよな?
 その立派な鎧からすると、この責任者か?
 え? 警備隊長?
 しかも、気づいたらほかの古参らしきオッサン連中までいつのまにか集まっている。

 とはいえ、向こうも止める気はないらしい。
 そうですか、お小遣いを稼ぎたいですか。
 よろしい。
 共に利益を分かち合える人間は大好きですよ。 
 
「では、胴元は俺がやりましょう」

 俺はすかさず自分が絶対に損をしないポジションをとる。
 これは発案者の特権ということで許してくれたまえ。

「じゃあ、こちらで走る奴を選出するか」

「あ、ちなみに突き放す左手を使える方は何人いらっしゃいます?」

「そんなマイナーな魔術を使える奴はお前だけだよ。
 一度に何人までならかけられる?」 

「そうですね、さっきつかった感触からすると……一度に八人までぐらいならいけるかと。
 ちょっとぐらい足りなくても、気合でなんとかします」

「そいつは頼もしいな!」

 隊長の顔に笑顔が浮かぶ。
 おそらくは、この遊びのために俺を使い倒す気だろう。
 まぁ、今日のところは使われて差し上げますよ。

 やがて八人の選手が決まると、さっそく兵士たちの間で賭けことが始まる。
 訓練はいいのかって?
 なにをおっしゃいますか、これは遊びじゃなくて訓練ですから。

 部下である兵士の身体能力をどれだけ把握しているかを確認すると同時に、画期的な高速機動の訓練を若手に施しているのです。
 何を言っているのかわからない?
 そうだろうな。
 適当に言っているだけだから。

 あ、隊長さん。
 そのマットレスはあそこにお願いします。
 いやぁ、下準備って結構大変だなぁ。

 あ、そうだ。
 せっかくだから、精霊のヴィヴィさんも呼んであげよう。
 俺は地面に棒でヴィヴィ・ヴラツカの名を記すと、それを円で囲った。
 すると、魔力をこめてもいないのに、その文字が金色の燐光を放つ。

 ようこそ、レディ。
 存分にお楽しみください。

 さてと、オッズはこんなものか。
 おい、まるで謀ったかのようにあからさまな大穴がひとつあるぞ。
 だが、こいつにかけている奴が何人かいる。
 これはたぶん狙っているな。

「……では、位置について。
 よーい、スタート!!」

 隊長の掛け声と共に、選手たちは一斉に飛び出す。
 俺のかけた突き放す左手はわざと衝撃波を最低限に抑えてあり、選手が自分で地面を蹴ることでスピードを出すようにしておいた。

 だが、誰もがのっけから全力だ。
 ……いや、一人だけ違うのがいるな。

 一人だけ、まるでおっかなびっくりといった感じでゆっくり走っている奴がいる。
 例の大穴君だ。
 心細い感じが見ただけで伝わってくる。
 彼に賭けた奴は、おそらくそうとうな玄人だろう。

 さて。
 彼一人だけを残し、団子状になった選手たちはさらにスピードをはやめ、最初のカーブに差し掛かる。
 そこで何人かが気づいた。

「しまった! このスピードじゃ曲がれな……い……」

 だが、時すでにおそし。
 あわててブレーキをかけようとしても、後ろにいる奴がぶつかってくる。
 この魔術、そもそもかけられた相手が曲がるようにはできていないからな!

 その結果は推して知るべし。

「おおーっと、先頭集団、曲がれなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 む、ちょっと予想よりもスピードが出ているな。
 だが、あわてず騒がず、俺は用意しておいた魔術を解き放つ。

「精霊ヴィヴィ・ヴラツカの右手は、全てを包みてやさしく絡めとる。
 ……包みこむ右手」

 俺の放った魔術は効果範囲にいる存在の動きを緩やかにする魔術だった。
 本来の使い道は戦闘のイニシアティブをとるための魔術だが、こんなふうにクッション代わりにも使えるのである。

「おおおーっと、全員が団子になったまま壁に激突したぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
 このレース、いったいどうなるんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 哀れな選手のみなさんは、俺の魔術につつまれたまま、隊長があらかじめ用意しておいたマットレスの山に突っ込んだ。
 そして全員仲良くお昼寝である。
 あぁ、ハリボテの哀歌が聞こえるようだ。

 それを見守る兵士たちは、あるものは絶叫し、あるものは罵声を上げ、そして何人かだけは腹をかかえて大笑いしていた。
 俺の横では、地面に描いた精霊文字が激しく点滅を繰り返している。

 しかし、できる限りのフォローはいれたものの、半分ぐらいはリタイアだろうな、あれ。
 大怪我してなきゃいいんだが。

 そんなことを考えている俺の前で、ぐったりとした選手の一人が、隊長さんに引きずられて医務室に連れてゆかれる。
 幸い、特に骨折などもせず、気を失っているだけらしい。

 そしてケースの結果はいうと……。
 ほかの選手が立ち直る前に、例の大穴君が滑り方のコツを覚えてスムーズに三周を果す……と思いきや、その大穴君も仲間のことが心配なのかレースを放棄してしまった。

 かくして、第一回人間ジョッキーは、まさかの無効試合という結果で幕を閉じたのである。
 ちくしょう、稼ぎそこねてしまったよ。
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