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第一章

第20話 言語学習の裏道

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 翌日、俺の魔術修行がスタニスラーヴァの自宅で始まった。

 なお、寺院の再建は俺が魔術を身につけてからということになるので、しばらくはお預けである。
 まぁ、人を雇って修復する資金が無い以上、そうするしかないよな。

 なお、授業料は彼女の膝の上で授業をうけること。
 予想はしていたが、迷うことなく交渉してきやがったよ。

 とはいえ、俺に選択肢はなかった。
 スタニスラーヴァという超がつく一流の魔術師に金で報酬支払っていたら、一日で無一文になるからな。

 ……体を売ったと言われたら、たぶん泣くのでやめてね。

「さぁ、授業を始めましょう」

 スタニスラーヴァの機嫌の良い声で最初の授業が始まる。

「最初の授業は、まず魔術とはどのようなものであるかということについて説明しますね」

 なお、雰囲気作りか今日の彼女は眼鏡をかけていた。
 いけない女教師風である。
 わかっててやっているなら、こいつ……なかなかにあざとい。

 ちなみに、この授業に教科書は無い。
 全ての知識は最初から彼女の頭の中に入っているのだろう。
 まるでその場にカンペがあるかと思うぐらい、彼女はすらすらと講義内容を語り始めた。
 そして最初に教えられたことは……。

「魔術とは、精霊や英霊などのこの世の摂理に干渉できる存在に呼びかけて、その力を貸してもらう技術です。
 そのため、魔術師は魔術を自分の力と思って使うことは慎まなくてはなりません。
 所詮は借り物の力です。
 もしも術の源となる霊に嫌われたら、その魔術は使えなくなると思ってください」

 なるほど、この世界の魔術師の考え方は意外とつつましいのだな。
 前に見た魔術師の態度が悪かったせいか、まったく違う印象を持っていたよ。

 俺はスタニスラーヴァの言葉に耳を傾け、この授業の内容をこのまま本にするつもりでメモを取りはじめた。
 そして俺がメモを書き終えたのを見計らい、彼女は次の内容を語りだす。

「さて、次はなぜこの世界に魔術というものが生まれたか……についてです。
 古い時代、私たちの生活は常に魔物という強大な敵に脅かされていました。
 ですが、彼らには魔物と戦うための知識も技術も足りていなかったのです。
 そこで彼らは、精霊たちに助けを求めることを思いつきました」

 俺が魔物を見たのは一度だけだが、確かにあんな化け物と戦おうとしたら魔術のひとつも欲しくなるだろう。

「つまり、魔術が生まれたのは、人類をはるかに上回る力を持つ魔物たちと戦うためです。
 そのため、魔術は神聖な戦いの道具だと考えられており、戦う以外で魔術を使うことは精霊に対して失礼だと考えられています」

 なるほど、このあたりが戦闘以外の魔術を蔑む原因か。
 誠実さというのも、時には面倒なものだな。
 いや、面倒なのは一方的な誠意という名の代物か。

「でも、実際にはそうでない精霊もいますよ。
 少なくとも、先日執筆依頼をした精霊はそうでした」

 俺がそんな反論をぶつけると、スタニスラーヴァは同意するかのようにうなずいた。
 ちょっと意外だ。
 下手をすれば烈火のごとく怒るのではないかと思ったが、まさか腕利きの魔術師からそんな反応があるとはな。

「それはあると思います。
 精霊を源とする技術を使っていながらも、われわれは精霊についてよく知っているとは言いがたいですからね。
 その証拠に、精霊を召喚しても契約に応じてくれるケースは極僅か。
 今のところは、人間に好意的なものだけが契約に応じてくれているという説が主流です。
 けれど、それは争いに力を貸すことを好むかどうかなのかもしれません」

 ほほう?
 まさか、スタニスラーヴァが精霊に対してそんな認識を持っているとは思わなかった。

 だが、昨日の魔術師のほうが一般的な反応のようだし、もしかしたら彼女は魔術師として異端に近い思考の持ち主なのかもしれない。

「さて、座学だけでは退屈でしょうから、すこし実践に入ります。
 うまく行けば、すぐに魔術が使用できるようになりますよ」

 そういいながら、彼女は小さな黒板と、私物であろう小さな本を出してきた。

「いったい何を?」

「魔術に使われる精霊文字の意味を感じてみましょう」

 ……感じてみる?
 その表現に違和感を感じるものの、俺は素直に従うことにした。

 スタニスラーヴァは黒板に黄色いチョークで四角を書き、その真ん中に象形文字を書き加える。

「まずはその本に手を置いて。
 その図形をよく見た後、目を閉じて頭の中でその図形と文字を思い描いてください」

「……けっこう難しいな」

 黄色い四角までは頭の中に思い浮かぶものの、中に記した象形文字を正確に思い浮かべるのが難しい。
 何度も黒板をにらみつけ、それから目を閉じ、網膜に焼きついた残像を手がかりに文字を描く。

「できた……いや、ダメだ」

 やっとのことで文字を描いても、今度は黄色い四角が意識から消える。
 両方を思い描くことに成功しても、こんどは口を開こうとしてほんのちょっと思考が揺らいだだけでそれが消えてしまうのだ。
 ……これは難しい。

「しばらくそのままがんばってくださいね。
 もし、うまく思い描くことができたら、その象形文字を発音してください。
 音は、ヴィヴィ・ヴラツカです」

 ふたたび瞑想を開始すると、横からそんな声をかけられる。
 いや、集中乱れるから、話しかけないで!!

 しかし、ずいぶんと元日本人には発音しづらい音を要求されてしまったな。
 LとVの発音は日本語に無いから、日本育ちの俺にとって鬼門なんだぞ……と、そんなことより集中集中。

 ふたたび黒板を凝視して、それを網膜に焼き付けてから目を閉じる。
 プールでおぼれかけているような不安定さでなんとか脳裏に像を結ぶと、俺は教えられた言葉を口にした。

「ヴィヴィ・ヴラツカ」

 俺がその音を口にした瞬間である。
 周囲が広い草原へと変わった。

 これは……幻か?

「目を開かないで。
 周囲に何があるか確認してください。
 いま感じている世界は、魔導書の内容を抽象化した代物です。
 その世界にあるものに触れたりすることで、なんとなくこの魔導書に書かれている精霊文字の意味がわかるようになります」

 俺が目を開こうとまぶたを震わせるより早く、スタニスラーヴァが真剣な声で語りかけてくる。
 なるほど、魔導書の読解にはこんな裏口があるのか。

 その指示に従って周囲を見渡そうとすると、俺の隣にはいつのまにか小柄な少女が立っていた。
 白いリネンの上着とスカート。
 真っ赤な上着をはおり、栗色の長い巻き毛を揺らしながら、いたずらっぽい笑顔浮かべて俺を見ている。

 そして彼女は、手を突き出して俺の前で開いた。
 彼女の掌には、赤い果実がひとつ。
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