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蟇蛙の末路 (1)
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「はぁ、誰か受けてくれる奴がいればいいんだがな」
俺は先輩から押し付けられた依頼の張り紙を持って、ギルドのエントランスへと続く廊下をトボトボと歩いていた。
にこやかな口調で『頼むよ』とは言っていたが、目が完全に笑っていなかったよな。
つまり、なんとしてでもこの依頼を誰かに受けてもらわなくては、ひっそりとキレた先輩があとで何をするかわからない。
だが、この依頼……うまみが少ない仕事なのである。
――なにせ、その素材のほとんどを捨てることが前提なのだから。
我がアッシュガルド支局素材管理課のモットーは『素材管理課に捨てる物無し!』だが、何事にも例外というものは存在している。
具体的には、三つの例外が存在しているのだ。
一つはそれが禁忌に触れてしまうもの。
魔獣の素材から得られるものには社外的に作り出してはならないものが存在するわけで、主に麻薬の原料となるものがそれに該当する。
このような素材は、たとえどんな有用なものであっても厳重な管理の下すべて廃棄されるのが我が課のルールだ。
二つ目は需要がなくて倉庫を圧迫するもの。
先日の魔力の減退した狼の毛皮などは、まさにその項目に該当する。
我がギルドの倉庫は無限ではないし、ギルドが営利団体である以上、これは避けられない話だ。
そして最後は……。
「お、ディオーナ! いいところに! 助けてくれ!!」
俺はエントランスにディオーナの姿を見つけた瞬間、考え事を中断した。
彼女にはいろいろと貸しがあるし、うまくすればこの依頼を受けてくれるかもしれない。
「誰かと思えば……どうしたのシエル。 貴方がそんなことを言い出すのは珍しいわね」
すがるような俺の言葉に、彼女は怪訝な顔で振り返る。
おっと、俺としたことが少し焦っていたようだ。
「そうか? そんなことはないと思うんだが……ところで、今日はもう依頼をうけたのか?」
「まだよ。 あんまり美味しい依頼が無いから、休みにしようかと思っていたところ」
よし、これはいけるかもしれない!!
「じゃあ、この依頼を受けてくれないかな……」
だが、俺が期待をこめつつ手にしていた依頼表を差し出すと、ディオーナの顔が一瞬で引きつった。
「い、いやよ!!」
「えぇっ!?」
思いもよらぬ強い拒絶に、俺は思わず絶句してしまう。
いや、確かに受けるかどうかはディオーナの自由だけど、何もそんな風に断らなくてもいいじゃないかよ。
「あ、ごめん。 でも、その依頼だけはダメなの」
俺が気分を悪くしたことを見て取ると、ディオーナはばつが悪そうにうつむいて力なく呟いた。
「だってそれ……ジャイアント・トードの討伐じゃない!!」
「まぁ、たしかにそうなんだが」
そう語るディアーナの表情は、台所の怪奇生物について語るのとよく似ていた。
どうやら俺は、意図せず彼女の地雷を踏み抜いてしまったらしい。
「シエルにはいろいろとお世話になっているからどうにかしたいんだけど、それだけは無理! わたし、どうもカエルって生き物がダメなのよね……」
まぁ、誰にだって苦手なものはあるよな。
むろん、俺にだってある。
「そうか……ディオーナがダメとなると、誰に頼めばいいんだろ。
こんな儲けの無い仕事、誰も請けないだろうしなぁ」
しかも、この依頼は時間制限があるのだ。
今日と明日は月が金牛宮に入る時期であり、月属性の生き物の素材の質が高くなる期間である。
逆に言うと、この時期のジャイアント・トードにしか用は無いのだ。
「そんなに困ってるの?」
「まぁ、ちょっとヤバい。
この依頼、今日のうちに誰かがやってくれないと、たぶん俺が狩りにゆくことになる」
別にカエルを捕獲するのが無理というわけではないが、そちらに時間をとられると、もうすぐ本業のほうが修羅場に突入するからヤバいのだ。
……ったく、誰だよブルーイーグルの羽を大量発注した営業は!?
あれの色固定、手間がかかる上に利益薄いからやめてくれってあれほど言っておいたのに!!
次に大きな仕事を回してくれると約束してくれたから?
その仕事でさらに負担を強いられるのは誰だと思ってやがる!!
「ちょ、ちょっとまってよ! 冒険者でもないシエルがなんでそんな危ないことしなきゃならないの!?」
「だって、仕方が無いだろ。 冒険者が誰も受けてくれないんだから」
俺にとってはいつものことなのだが、どうやらディオーナにとってはそうでもなかったらしい。
目を見開いて、なんて馬鹿なことをと言わんばかりに非難に満ちた目を向けてきた。
「だからといって、非戦闘員にそんなことを押し付けることが許されるの!?
頭きた! 一言文句を言わなきゃ気がすまないわ!!」
「うわわわ、待って! ちょっとまって!!
大丈夫だから! 非戦闘員だけど、カエル狩りぐらいわりと余裕でできるから!!」
腕まくりをしてギルドマスターの部屋を目指そうとするディオーナを、俺はあわてて羽交い絞めにする。
この依頼、ギルド内でも暗黙の了解として見逃されている類のものなのだ。
ギルドマスターを引っ張り出して大事にすれば、むしろ非難されるのは俺である。
「そんな嘘言わなくてもいいのよ。
だって、シエル……見るからに弱そうだし」
だが、ディオーナは俺が脅されていると思ったらしく、急に哀れむような目になって優しい声で話しかけてきた。
いや、弱そうって……間違ってはいないかもしれんが、男としては色々と刺さるわ。
「いや、強くはないんだけど……冒険者のやり方がすべてってわけでもないんだ。
俺たちには俺たちのやりかたってのがあってだな」
「なんか、言い訳くさいんだけど?」
どうやら信じてはもらえないらしい。
いや、そこまで言われると俺としてもこのまま引き下がれないんだが。
「じゃあ、証明してやろうじゃないか。
俺にだってカエル退治ぐらい出来るってところを見せてやるよ。
どうせこの依頼を受けてくれるような冒険者なんていないだろうから、そんな器の小さい連中を当てにして下げたくも無い頭を下げるより、最初から俺が行ったほうが早い」
「やめときなさいよ。 怪我してからじゃおそいのよ?
素材管理課の人が魔物を狩りに行くとか、無理に決まっているじゃない。
笑い話にもならないわよ」
ほほう、言ってくれますねディオーナさん。
こちとら、冒険者たちが依頼をえり好みするせいで月に五回は狩りに行くのですが、そうですか。
無理ですか。
……ここまでコケにされては、このままで済ませるわけには行かないだろ。
「じゃあ、ディオーナにも一緒にきてもらおうか」
「な、なんでそうなるのよ!!」
俺がそう告げた瞬間、ディオーナの顔が真っ青になった。
よほどカエルが嫌いなのだろう。
だが、今の言葉はギルドのエントランスにいた全員の耳に聞こえているはずだ。
許すわけにはゆかない。
「俺たち素材管理課にはカエル一匹しとめる力がないと、ディオーナが見くびっているからだろ。
馬鹿にされたまま黙っていられるほど、素材管理課は甘くないんだ」
「え? ちょっとまって、そんなこと言ってない!!」
「覚えとけ。 言葉ってのはその気が無くとも、誰かを容易に傷つけるんだ。
さて、責任をとってもらおうか」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺はディオーナの腕をつかむと、そのままギルドの外に連れ出した。
俺は先輩から押し付けられた依頼の張り紙を持って、ギルドのエントランスへと続く廊下をトボトボと歩いていた。
にこやかな口調で『頼むよ』とは言っていたが、目が完全に笑っていなかったよな。
つまり、なんとしてでもこの依頼を誰かに受けてもらわなくては、ひっそりとキレた先輩があとで何をするかわからない。
だが、この依頼……うまみが少ない仕事なのである。
――なにせ、その素材のほとんどを捨てることが前提なのだから。
我がアッシュガルド支局素材管理課のモットーは『素材管理課に捨てる物無し!』だが、何事にも例外というものは存在している。
具体的には、三つの例外が存在しているのだ。
一つはそれが禁忌に触れてしまうもの。
魔獣の素材から得られるものには社外的に作り出してはならないものが存在するわけで、主に麻薬の原料となるものがそれに該当する。
このような素材は、たとえどんな有用なものであっても厳重な管理の下すべて廃棄されるのが我が課のルールだ。
二つ目は需要がなくて倉庫を圧迫するもの。
先日の魔力の減退した狼の毛皮などは、まさにその項目に該当する。
我がギルドの倉庫は無限ではないし、ギルドが営利団体である以上、これは避けられない話だ。
そして最後は……。
「お、ディオーナ! いいところに! 助けてくれ!!」
俺はエントランスにディオーナの姿を見つけた瞬間、考え事を中断した。
彼女にはいろいろと貸しがあるし、うまくすればこの依頼を受けてくれるかもしれない。
「誰かと思えば……どうしたのシエル。 貴方がそんなことを言い出すのは珍しいわね」
すがるような俺の言葉に、彼女は怪訝な顔で振り返る。
おっと、俺としたことが少し焦っていたようだ。
「そうか? そんなことはないと思うんだが……ところで、今日はもう依頼をうけたのか?」
「まだよ。 あんまり美味しい依頼が無いから、休みにしようかと思っていたところ」
よし、これはいけるかもしれない!!
「じゃあ、この依頼を受けてくれないかな……」
だが、俺が期待をこめつつ手にしていた依頼表を差し出すと、ディオーナの顔が一瞬で引きつった。
「い、いやよ!!」
「えぇっ!?」
思いもよらぬ強い拒絶に、俺は思わず絶句してしまう。
いや、確かに受けるかどうかはディオーナの自由だけど、何もそんな風に断らなくてもいいじゃないかよ。
「あ、ごめん。 でも、その依頼だけはダメなの」
俺が気分を悪くしたことを見て取ると、ディオーナはばつが悪そうにうつむいて力なく呟いた。
「だってそれ……ジャイアント・トードの討伐じゃない!!」
「まぁ、たしかにそうなんだが」
そう語るディアーナの表情は、台所の怪奇生物について語るのとよく似ていた。
どうやら俺は、意図せず彼女の地雷を踏み抜いてしまったらしい。
「シエルにはいろいろとお世話になっているからどうにかしたいんだけど、それだけは無理! わたし、どうもカエルって生き物がダメなのよね……」
まぁ、誰にだって苦手なものはあるよな。
むろん、俺にだってある。
「そうか……ディオーナがダメとなると、誰に頼めばいいんだろ。
こんな儲けの無い仕事、誰も請けないだろうしなぁ」
しかも、この依頼は時間制限があるのだ。
今日と明日は月が金牛宮に入る時期であり、月属性の生き物の素材の質が高くなる期間である。
逆に言うと、この時期のジャイアント・トードにしか用は無いのだ。
「そんなに困ってるの?」
「まぁ、ちょっとヤバい。
この依頼、今日のうちに誰かがやってくれないと、たぶん俺が狩りにゆくことになる」
別にカエルを捕獲するのが無理というわけではないが、そちらに時間をとられると、もうすぐ本業のほうが修羅場に突入するからヤバいのだ。
……ったく、誰だよブルーイーグルの羽を大量発注した営業は!?
あれの色固定、手間がかかる上に利益薄いからやめてくれってあれほど言っておいたのに!!
次に大きな仕事を回してくれると約束してくれたから?
その仕事でさらに負担を強いられるのは誰だと思ってやがる!!
「ちょ、ちょっとまってよ! 冒険者でもないシエルがなんでそんな危ないことしなきゃならないの!?」
「だって、仕方が無いだろ。 冒険者が誰も受けてくれないんだから」
俺にとってはいつものことなのだが、どうやらディオーナにとってはそうでもなかったらしい。
目を見開いて、なんて馬鹿なことをと言わんばかりに非難に満ちた目を向けてきた。
「だからといって、非戦闘員にそんなことを押し付けることが許されるの!?
頭きた! 一言文句を言わなきゃ気がすまないわ!!」
「うわわわ、待って! ちょっとまって!!
大丈夫だから! 非戦闘員だけど、カエル狩りぐらいわりと余裕でできるから!!」
腕まくりをしてギルドマスターの部屋を目指そうとするディオーナを、俺はあわてて羽交い絞めにする。
この依頼、ギルド内でも暗黙の了解として見逃されている類のものなのだ。
ギルドマスターを引っ張り出して大事にすれば、むしろ非難されるのは俺である。
「そんな嘘言わなくてもいいのよ。
だって、シエル……見るからに弱そうだし」
だが、ディオーナは俺が脅されていると思ったらしく、急に哀れむような目になって優しい声で話しかけてきた。
いや、弱そうって……間違ってはいないかもしれんが、男としては色々と刺さるわ。
「いや、強くはないんだけど……冒険者のやり方がすべてってわけでもないんだ。
俺たちには俺たちのやりかたってのがあってだな」
「なんか、言い訳くさいんだけど?」
どうやら信じてはもらえないらしい。
いや、そこまで言われると俺としてもこのまま引き下がれないんだが。
「じゃあ、証明してやろうじゃないか。
俺にだってカエル退治ぐらい出来るってところを見せてやるよ。
どうせこの依頼を受けてくれるような冒険者なんていないだろうから、そんな器の小さい連中を当てにして下げたくも無い頭を下げるより、最初から俺が行ったほうが早い」
「やめときなさいよ。 怪我してからじゃおそいのよ?
素材管理課の人が魔物を狩りに行くとか、無理に決まっているじゃない。
笑い話にもならないわよ」
ほほう、言ってくれますねディオーナさん。
こちとら、冒険者たちが依頼をえり好みするせいで月に五回は狩りに行くのですが、そうですか。
無理ですか。
……ここまでコケにされては、このままで済ませるわけには行かないだろ。
「じゃあ、ディオーナにも一緒にきてもらおうか」
「な、なんでそうなるのよ!!」
俺がそう告げた瞬間、ディオーナの顔が真っ青になった。
よほどカエルが嫌いなのだろう。
だが、今の言葉はギルドのエントランスにいた全員の耳に聞こえているはずだ。
許すわけにはゆかない。
「俺たち素材管理課にはカエル一匹しとめる力がないと、ディオーナが見くびっているからだろ。
馬鹿にされたまま黙っていられるほど、素材管理課は甘くないんだ」
「え? ちょっとまって、そんなこと言ってない!!」
「覚えとけ。 言葉ってのはその気が無くとも、誰かを容易に傷つけるんだ。
さて、責任をとってもらおうか」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺はディオーナの腕をつかむと、そのままギルドの外に連れ出した。
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