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【第2章:推進】

第33話:Confidence & Anxiety

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そして木曜を迎える。
2日間に及ぶテスト期間を終えた後、週末にはとうとう新人戦の支部予選がスタートする。

「…跳哉くん、大丈夫そう?テスト。」

朝のホームルームで、担任からテストのスケジュールやら何やらが共有されている中、巴月は小さな声で若越にそう言った。

「…んー、まあ、ぼちぼちかな。結果は支部予選の方が期待して欲しいところなのが本音。」

若越は教室の天井を見上げながら、そう呟いた。
その脳裏に蘇るインターハイ支部予選の記憶。これまでずっと耐え続けてきた雪辱を晴らす機会は、もう目の前に迫っている。

「…もちろん、それは期待してるよ。…伍代先輩に勝つ…んだもんね?」

巴月は慎重に言葉を選びながらそう言った。
インターハイ全国大会の時、若越が巴月に打ち明けた本心を巴月は信じていた。
"伍代 拝璃に勝つ"ことは簡単なことではない。しかし、若越はその可能性を誰よりも秘めている。
その可能性に、巴月は賭けることにした。

「…あぁ。あの人に勝たなきゃいけない。…棒高でも…。」

若越は意味深にそう言いかけた。
何か言いたげな事があったようだが、口を紡いでしまった。
その先の言葉を巴月は理解したように、無理に若越に詮索するようなことはしなかった。
それは、棒高跳び選手として実力で勝るだけではない、若越のもう一つの思い…。



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2日間に及ぶ定期テストの全過程が終了した。
最後のテストの時間が終わる鐘の音が鳴ると、若越は天井を見上げて大きく項垂れた。

「…お疲れ様!跳哉くん、どう?自信の程は。」

そう問いかける巴月は、至って余裕な表情であった。

「…まぁ、まずまずってところかな。それでも、前よりは自信ある気がする。
巴月と光季に教えてもらったお陰かな。ありがと。」

若越はそう答えた。どうやら不安な結果にはならなそうである。
すると、解答用紙を回収した監督教師が教室を出たのと同時に、担任教師が教室に入ってきた。

「…テストお疲れさん。テスト終わって間もなくで申し訳ないんだが…このままホームルームやるぞー。」

担任教師はそう言うと、1枚のプリントを全員に行き渡るように渡した。

「まぁ、知ってると思うが、今月末に学園祭が行われる。
お前たち1年生は、今年は殆ど先輩たちの出し物に参加する側になると思うが…。
うちの学校は文化祭2日間の後、そのまま体育祭が行われる。
体育祭はもちろんお前らも参加することになる。そこでだ。」

そう言うと、担任教師は黒板にスラスラと配られたプリントにも書いてある体育祭の競技の種目を書き始めた。

「一応プリントにもある通り、体育祭には最低でも1人2種目は参加必須となる。
クラスでのチーム戦となる種目もあれば、個人種目、選抜種目もある。
いきなりだが、今からこの出場種目を決める時間を取るぞー。」

担任が突然そう言ったので、クラスメイトはざわざわとし始めた。

「…はーい、お前ら落ち着けー。時間もないしサクサク進めるぞー。」

担任はお構いなしに進行し始めた。そして1つ目の種目を指してクラスの皆に問いかける。

「…まずは…徒競走だな。男子は200m、女子は100m走ることになる。
プレッシャーをかけるつもりはないが、かなりの花形競技だ。
これは男女各1名ずつだな。誰か、やりたいやついるかー?」

またも、クラスメイトはざわざわし始めた。
その状況の中、若越は窓の外を見ながら別のことを考えていた。

(…月末…支部予選を越えたら、都大会の後か…。)

若越の脳内は、新人戦一色であった。継聖学院の高薙兄弟や江國、緑川学園の六織や田伏の姿が昨日の事のように脳裏に浮かんでくる。

(…江國…。)

江國への強いライバル心を抱いていた時、クラスメイトの1人が担任に質問した。

「先生ぇー、うちのクラスで50m1番速い奴って誰なんですかー?」

そう言ったのは、クラスの中心的で陽気な、サッカー部に所属する大橋おおはしという男子生徒であった。

「…あー、そうだな…一応、体育の橋倉先生に体力テストのデータ貰ったからな。…えーっと…。」

担任はそう言うと、タブレットを素早く操作して資料を見た。
データが見つかったのか、担任は納得したような表情で答えた。

「…まあ、やっぱりか。男子は50mだとお前だ、大橋。女子は…高津が1番だな。」

それを聞いて、大橋はクラスメイトのサッカー部員たちと盛り上がりながら、お前やれよーなどと速くも決定ムードを漂わせていた。

「…ただ。」

その雰囲気もつかの間、担任は自信気な表情で大橋たちを見た。

「大橋。お前らの部活でのデータも各顧問の先生から貰ったんだが、100m以降だと一番速いのは…陸上部の若越だな。女子は変わらずやっぱり陸上部の高津だ。」

盛り上がりムードだった大橋たちは、一斉に静かになって若越に視線を送った。
担任の話を殆ど聞いていなかったのは愚か、余所事を考えていた若越は、急に自分の名を呼ばれて白羽の矢が立ったことでビクッと驚いた。

「…ん?俺?何かした?」

蚊帳の外であった若越は、不思議そうな顔をした。
隣の席の巴月が呆れてため息を吐きながら、状況を説明してくれた。

「…跳哉くん、聞いてなかったでしょ?体育祭の徒競走、君が候補者になってるの。」

巴月からことの詳細を聞いた若越は、えっ?俺?と気怠そうな顔で自分を指さした。

「…どうだ?走るか?若越。」

担任にそう聞かれて、若越は困り顔でうーんと唸っている。
言うならば、クラスの"一軍"と表せる大橋たちにとって、あまりクラスで目立った存在でない若越に注目が集まっている事に、大橋たちは良い気がしていない様子であった。
それどころか、陸上部であるものの、男子人気の高い巴月と日頃から仲の良い様子の若越のことを、大橋たちは気に食わないようでもあった。

「…先生ぇー、若越がやる気ないなら、俺走りますよー?」

大橋が、大きな声でわざとらしくそう言った。
クラスで目立った存在ではない若越に対する擁護に対し、やはり注目されやすい大橋に対する信頼の方が、クラスの総意かと思われた時…。

「先生!私も若越くんが良いと思います。私、陸上部のマネージャーだから分かるんですけど、多分今一番学年で速いの、2組の蘭奈くんなんです。
彼に対抗できるのは、若越くんだと思います!」

何故か、巴月が若越の擁護に入った。
若越は自分が持ち上げられている状況に驚きつつ、自分が注目されていることをよく思っていないのか、怪訝そうな表情であった。
もちろん、その様子は大橋たちの火に油を注いでおり、大橋も怪訝そうな表情である。
そこへ、追い打ちをかけるように高津が手を上げて喋った。

「私も賛成ぇー。大橋ぃー、あんたに蘭奈くんの相手は無理よ。
彼、全中準決勝走ってるくらいヤバイ奴だからね?
それに、若越くんだって全中出場者。しかも棒高跳びで中学生記録更新の全中チャンピオンなんだから。
惨めに負けるのが嫌だったら、大人しく若越くんに任せた方が良いと思うけどなぁー。」

思わず高津が暴露したことで、クラスは若越の全中チャンピオンという実力にざわついた。

「…余計なことを…。」

若越は思いも寄らない状況に呆れて深いため息を吐いた。
しかし、状況は一変して若越が選抜されるムードになっていた。

「…だとよ、若越。どうだ?やるか?」

担任が期待の眼差しで若越に問いかけた。
決断を渋る若越に、前の席に座る数少ない若越と交流のあるクラスメイトで野球部の三伯さえきが振り返ってきた。

「若越、やったらいいんじゃない?大橋たちもうるさいし、この際実力見せつけて黙らせてやれよ!」

三伯にそう言われた若越は、三伯の言う大橋たちのことではなく蘭奈の事を考えていた。

(…考えてみれば、同じ競技じゃない陸と真面目に走って戦うのも、体育祭くらいしか無いのか…。)

若越は大きく息を吐いた。
まるで跳躍前の大きな決意をするときと同じように…。

「…まぁ、みんなが良いならやります。
…ただ、都大会後になるのでコンディション次第では走れるか分からないので、その時はよろしく。。」

大橋に比べて彼を毛嫌いしている訳ではなかったが、"やる気がない"と言われたことに対して許せなかったのか、若越は盛大な煽りを交えてそう決断した。

こうして若越たち1年3組の徒競走出場者は、若越と高津に決定した。

その後も、様々な競技の出場者が決定された。
徒競走に選ばれなかった大橋も、騎馬戦でのクラスの大将枠を獲得したことで、徒競走で選ばれなかったことを忘れたかのように満足そうであった。
若越は、怪我のリスクを避けて騎馬戦への出場は回避した。

「…んじゃぁ、学年別クラス対抗リレーは、男子が大橋、三伯、八須賀、若越。女子が高津、七槻、佐藤、秋田の計8人で決定だな。走順とかは、体育の時間にでも決めてくれ。
…これで、全部決まったかな!」

担任はそう言うと、決まった内容を提出書類にメモしながらそう言った。
そして、思い出したかのように付け加えた。

「…あ、そうそう言い忘れてた。ご存知の通り、俺は男子バスケ部の顧問だ。なぁ?八須賀。
…だから俺は負けず嫌いなんだよ。体育祭、絶対学年優勝狙うからな?気合い入れて挑めよー。」

学年別対抗リレーに若越と共に選ばれた八須賀は、バスケ部の部員ということもあって大きなプレッシャーをかけられていた。
こうして、ホームルームが終わると若越はそそくさと荷物をまとめて急ぎ足で部室に向かった。

テストが終わり、とうとう明日は新人戦支部予選。
若越にとって重要なリベンジ戦を控えていた…。



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