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【第1章:飛翔】

第29話:View at the Top.

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『…この後11時より、バックストレートにて男子棒高跳びの決勝が行われます。』

真夏を象徴するような鋭い日差しと、サウナに入っているかのような僅かに息苦しい気温の中、高校生の日本一を決めるインターハイの全国大会が着々と行われていた。
大会は3日目に突入し、決勝種目も全体の3分の1が行われている。

今日は室井が出場する男子砲丸投げの予選及び決勝が行われる。
当然、羽瀬高陸上部メンバーはそちらの応援に向かったのだが、若越は1人そこを抜けてバックストレートのピットで行われる男子棒高跳びの決勝を見ていた。


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結局、昨晩は伍代とも桃木とも顔を合わせることは無かった。
どうやら2人共合流はしていたようであった。
七槻や音木は彼らと会っていたようであったが、若越は敢えて会わずにいた。

巴月と別れた後、若越は蘭奈や紀良とも口を聞かずに1人黙って眠りに就いた。
2人共、不思議がってはいたが敢えて若越に深追いするようなことはせず、大人しくわざと放っておいてくれたようだ。

若越は布団に入ると、ふと巴月の言葉を思い返した。
彼女がなぜ、あのようなことを言ったのかという心理までは理解できなかったものの、味方でいると言ってくれたことに若越は妙な安心感を覚えていた。

(…なんで、あいつはあんなに俺の肩を持ってくれているんだろう…。)

そんなことを考えているうちに、若越は眠ってしまった。

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「…本当に不甲斐ない結果で、申し訳なかったです。」

今朝、競技場にて部で集合した際、伍代はそう言って皆に謝罪の意を表した。
誰一人伍代を責め立てるものはいなかった。

「…結果は残念だったが、決して無駄な時間では無かったはずだ。
今回の経験を糧に、来年の活躍を期待してるぞ。伍代。」

室井はそう言って伍代を労った。彼がそう言うからには、尚更伍代を責めたりなどは誰も出来ない。

「…お前の分も、などと言うつもりはないが…今日は俺が全身全霊を尽くしてこの舞台に挑む。
必ずその結果で皆に応えてみせる。」

室井が皆の前でそう宣言すると、拍手喝采に包まれた。
前年のリベンジを掲げて挑んだ伍代とは違う。室井は、羽瀬高陸上部を背負い、前年優勝者という見えない枷を背負い、その大きな舞台へと向かっていった。

競技のためにフィールドに向かう前に、室井は若越を呼びつけた。
何事かと緊迫した空気が流れる中、室井は一言だけ言い残して競技場へと向かっていった。

「…若越。俺のことは気にしなくて良い。皆がいる。
それよりお前は棒高の決勝を見ろ。来年、お前がその舞台で活躍してる様をイメージしながら、脳みそに刻み込め。」

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その指示通り、若越は1人棒高跳びを観戦していたのであった。

バックストレート側の観客席には、決勝ということもあってか多くのそれぞれのチームメイトや保護者、関係者が集っていた。
若越が座った席の周辺は少し疎らに空席があった。
すると若越の隣に人影が現れ、若越の隣に腰掛けた。

「…悪かったな、若越。あんな無様な結果になってしまって…。」

伍代 拝璃である。彼は申し訳無さそうに若越に向かって両手を合わせながら、頭を下げてそう言った。

「…俺に謝られても困ります…。それに、お疲れ様でした。」

昨日とは打って変わって、若越は伍代に後輩らしくそう労いの言葉をかけた。
すると、伍代の隣に桃木の姿も現れた。
彼女の顔はいつもより少し暗く、目元は少し赤く腫れているようにも見えた。
その姿を見て、若越は何かを察した。そして、伍代に向かって強い口調で一言言い放った。

「…ただ、これで漸く決心しました。…僕は先輩に勝ってみせる。
来年先輩がいい景色を見るチャンスは、僕が潰してみせます。」

伍代はただただ、呆気にとられた。自分のパフォーマンスが、後輩に意図しない形で火をつけてしまったことに、少しだけ後悔の気持ちを感じながら…。

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男子棒高跳び決勝。
バーの高さは4m90cmにまで進んでいた。

決勝に進んだ12名の選手のうち、この時点でも10名の選手が残っているハイレベルな戦いとなっていた。
桐暮、大ヶ樹、江麻寺ら3名の選手が、この高さを1回でクリアした。
高薙や江國、六織といった選手たちは1回目を失敗したものの、なんとか次の高さへと駒を進めていた。

バーの高さが5mとなると、森川、大ヶ樹の2名の選手が脱落。
5mを越えて、残るは桐暮、志木、六織、江麻寺、高薙の5名。
ここからが大一番となる。

続く5m05cmの試技、なんと桐暮、江麻寺はこの高さをパスしていた。
試技順により、志木、六織、高薙の順で跳躍を進めることとなり、1回目時点で志木と六織は失敗に終わった。


助走路には高薙 宙一が姿を現した。
普段と大きく変わらぬ様子に見えた彼も、その内心は大きなプレッシャーと戦っていた。

(…桐と美鶴さんがパスしやがったか…。そう簡単に1番は取らせてくれねぇってことか…。)

宙一は両手のタンマグを馴染ませながら、目の前に聳え立つ5m05cm上のバーを見つめた。
視線を下ろして吹き流しの様子を見ると、風は少し横向きに流れていた。

(…まぁ、簡単に頂点に辿り着いても、それはそれで面白くない…。
この壁を乗り越えてこそ、真の主人公になれるってもんだもんな。)

宙一が、両手でポールを握りしめてその時を待った。
するとその時。

「…ぁぁぁ兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!負けんなぁぁぁぁぁぁっ!!!!
ブチかませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!」

観客席からスタジアムに響き渡るような大声が聞こえてきた。
声の主はもちろん、皇次である。
多くの継聖学院のメンバーと共に、彼は兄である宙一にエールを送った。

その大きすぎるエールに、宙一は笑みを浮かべて俯いた。

(…うるせぇよ、んなこた分かってる。)

そして、控えテントにて試技を終えた江國に視線を送る。

(…見てろよ、江國ぃ…。来年はお前らが、もっと俺の壁になるんだからなぁ。
しかと焼き付けとけ。これが、俺の"本気"ってやつだ。)

宙一の思いが届いたのか、届くはずは無いのだが、江國の視線は真っ直ぐに宙一に向けられていた。

「…ぃぃぃ行きまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっすっ!!!!!!!!!!!!!」

宙一が咆哮する。その瞬間、横向きだった吹き流しが強い追い風を示した。
観客席の継聖学院メンバーの大きな返事を受け取ると、宙一は一歩踏み出して走り出した。

その助走は速く、力強く、気持ちが良いほどに良いテンポを刻んでいた。

(…香川の奴らに負けてられっかよっ!勝つのは、俺だぁぁぁ!!)

ポールの先端をボックスに突き刺すと、宙一は力強く左足で踏み切る。
その体は宙に向かって跳ね上がると、勢いよく下半身が上空に振り出されてバーの上を目指した。

腹部まではバーに触れること無く越えていき、残すはポールを手放した右腕がその上を越えるだけとなった。

「…うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

溢れ出る思いが声となって放たれた。
力を振り絞って右腕を上空に放ると、ギリギリの位置で宙一はバーに触れること無くその高さを越えていった。


マットに落下するや、すぐさま立ち上がり宙一はガッツポーズで喜びを現した。
思わず観客席からは大きな拍手が送られる。敵味方関係無く、彼のパフォーマンスはここまでで1番と言っていい程観客の心を鷲掴みにしていた。


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一連の光景を目の当たりにしていた若越も、思わず拍手をした。
同時に、改めて宙一に対してのライバル心をより一層強めることとなった。

会場が歓喜に包まれる中、若越の右隣の空席にまたも人影が現れた。
彼女の香りに、若越は目を向けずとも誰が来たのか察した。

「部長、無事に決勝進出決めたよ。」

そう報告したのは、巴月だった。
彼女は若越の右隣に腰掛けると、若越の反対隣にいる伍代と桃木にお疲れ様です。と挨拶をした。

「室井部長、決勝なんだ!よかった…。」

桃木は漸く嬉しそうな表情になり、第1コーナー内の砲丸投げピットに視線を送った。

「…どう?決勝戦。」

巴月は若越に向かってそう問いかけた。

「宙一さんが5m05クリアした。暫定1位だよ。」

若越は何故かまるで自分のことかのように、少し誇らしげに巴月にそう報告した。

「…次の人が2回目って事は、高薙さんが1回でクリアしたんだ。残りは何人?」

「…あと5人いる。」

「…5人も!?」

巴月は若越の報告に驚いた。
近年着実にその競技レベルが上がっているとも言える高校生男子棒高跳びではあるが、5mを越えてトップ3が決まっていない状況は、そのレベルの高さを見事に物語っていた。

「…強敵が2人。この高さをパスしているからね。まだ分かんないよ、どうなるか…。」

若越は再び神妙な面持ちでピットに視線を送った。

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5m05cmの試技が終わり、志木が2回目でクリア。
六織は残念ながら失敗に終わり、5mの記録で5位入賞を果たしていた。

続く5m10cm。
桐暮、江麻寺が再び参加する事で上位4名の直接対決となった。

桐暮が5m10cmを1回でクリア。
江麻寺と志木が2回目でクリアし、宙一は3回目でクリアし、バーは選手たちの希望により一気に5m30cmまで上げられた。

どうやら4人とも、ここで勝負を決めようという事になったようだ…。

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5m30cm、1回目。
桐暮、志木が失敗。試技は続く江麻寺の番となった。


「…あの江麻寺って人、去年の全国2位だったんだよね?確か…。」

巴月が言う通り、江麻寺は昨年のインターハイで全国2位。
それも、関西地区では江麻寺の上に出る者はいない程の実力者であった。

そんな彼の下につく桐暮、志木も彼に次いで中国四国エリアや関西エリアの試合を総なめする実力者たち。

一方の高薙は、これまで伍代や六織に負ける事もあってか、全国的な知名度はやや低い存在であった。
それでも、その実力は一目置かれてはいたものの、それを上回るのが伍代の存在である。

伍代のいない今、宙一にとっては大きなプレッシャーが襲いかかっている…。

「…恐らく、江麻寺さんで間違いないとは思うけど…。」

若越も、その実力からそう言わざるを得なかったが、少し言葉を探しながら続けて言い放った。

「…宙一さんに勝ってほしい。俺が宙一さんの立場だったら、この状況をひっくり返してみせてこそ、だと思うからね。」

若越はその言葉通り、強いイメージを脳内に浮かべていた。
全中とは違う。インターハイ全国大会の舞台。
その場所に自分が立つ姿をじっくり思い浮かべながら、その頂の景色を想像して。


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助走路に、江麻寺が現れた。
見ている者全員が分かる程に、彼のオーラのようなものがこれまでと全く別になっていた。

両手にタンマグを馴染ませると、江麻寺は両手を大きく頭の上で合わせた。何回かその素振りを見せる。
それは、観客に手拍子を要求する合図であった。


彼の手拍子のリズムに合わせて、観客が一斉に手拍子を始めた。
その空気が一気に江麻寺のものとなる。


その手拍子を確認したのも束の間、江麻寺はポールの先を高く上げると、一言言い放って走り始めた。

「…決めますっ!」

はぁぁぁぁい!という九皇院第一のメンバーの声も宛ら、観客の手拍子のリズムが早くなっていく。
それに合わせるかのように、江麻寺の走るリズムも早くなって行った。


(…なんだこれ、まるで父さんみたいだ…。)


若越はぼんやりと、その光景から昔の事を思い出していた。

小学生になった頃、母親に連れられて見に行った父親の何かの試合。
子供心にその高さが高い事は理解できたが、まさかそれが優勝を決める、況してや日本記録となる5m87cmの跳躍だったと知るのは、後のことであった…。

その時の父、浮地郎の走る姿や醸し出すオーラは、今の江麻寺と同じような感じであったと若越は感じた。


手拍子が最も早いテンポとなった時、江麻寺が強く左足で地面を蹴った。


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