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【第1章:飛翔】
第18話:Seven Turns & Eight Rises
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「…若越くん!」
部室に着くと、巴月にそう呼ばれた。
若越が声のする方に向かうと、蘭奈と紀良は既にお昼ご飯に手をつけていた。
「…遅ぇぞ?…全く…。」
「…口にもの入れて喋んなよ、蘭。」
食べながら話す蘭奈に、紀良は鋭く注意をした。
若越は、紀良が蘭奈の事を"蘭"と呼んだことに違和感を感じた。
「…なんだ?それ。」
若越も3人の側に座ると、すぐにその違和感に切り込んだ。
「私たち1年生の親睦を深める為に、呼び名を考えようってなったの。」
巴月は嬉しそうに笑顔でそう言った。
どこか精神面は小学生の様な彼女にとって、そういったことが嬉しく感じるようであった。
「…はぁ?何だそれ。」
「お前の事は、俺は"若"って呼ぶ事にした。」
紀良も自慢げにそう言った。
普段はどこかクールに決めている紀良も、何故かノリノリである事で若越に更に不思議さが増した。
「おお!いいな!でも俺は、"跳哉"って呼ぶ事にする。お前は俺のこと、"陸"って呼べよな!」
蘭奈はいつもの如く、まるでガキ大将のようにそう言った。若越は困惑しながらも、この流れに合わせた方が良さそうだと判断する。
「…はぁ、分かった分かった。
"陸"に"光季"に"巴月"。俺は親しみを込めてそう呼ばせてもらうよ。」
若越はやれやれと堪忍してそう宣言した。
その様子に3人は満足そうである。
「ところで跳哉くん?桃木先輩と何のお話してたのかなぁ?」
巴月がわざとらしくそう言った事で、蘭奈と紀良も若越に注目した。
若越は、巴月のわざとらしい呼び方とその内容に、飲んでいたお茶を吹きそうになりながら動揺を隠せずにいた。
「…いや別に、今後のプランに関しての話をしただけだよ。」
若越の答えもまた、言葉足らずであった。
巴月は更にニヤニヤしながら質問した。
「…今後のプラン!?まさかもう…?」
「…はぁ?何言ってんだよ。棒高の事に決まってんだろ?」
若越は浮つく巴月にキッパリとそう言った。
「なんだぁ…。」
少し残念そうな巴月を横目に、先程まで小学生の様にはしゃいでいた蘭奈と紀良は、真剣な眼差しで若越を見た。
「…ところで若、聞いてもいいか?」
紀良の真面目な問いかけに、若越は黙って首を縦に振った。
「…若は、中学の時全国優勝したんだったよな?
しかも、中学生記録の4m97を出して。
それなのに何で、伍代先輩と入部を賭けた跳躍勝負なんてしてたんだ?
伍代先輩に嫌われでもしてんのか?」
「…それ!俺も思った!俺が先輩の立場だったら、そんな奴態々そんな事しなくてもすぐに入部させるぜ?」
どうやら2人は、若越が入学当初に伍代と行った跳躍勝負についての詳細を知らないらしい。
跳躍勝負をした事とその詳細くらいしか2人は愚か周りの皆は知らないらしい。
「…あぁ、ちょっと長くなるけど、いいか?」
若越は意を決して、3人に事の詳細と自身のこれまでの事を打ち明けた。
全国優勝の事、父親の死の事、そして伍代との出会いについて。
3人とも、食事しながらではあったが、若越の話を真剣に聞いていた。
「…そりゃ当然、先輩たちにも期待されたり厳しい目では見られるって事は、入部するって決めた時から覚悟はしてたつもりだよ。…だけど、俺は結果を出せなかった。
一度やるって決めた以上は、グダグダまた辞めるとか言うつもりはないんだけど…。」
若越がそこまで言うと、蘭奈が割り込むように話し始めた。
「…なんというか、跳哉が思い詰める気持ちは分からなくは無いかもしれない。
…だけど俺は、跳哉が素直に羨ましいとさえ思うぞ。」
えっ、と若越は蘭奈の顔を見た。
ここまで話した内容は、若越が背負ってきた苦悩の話であっただけに、蘭奈の言葉の真意が若越には理解できなかった。
「…確かに、お父さんが亡くなったり競技に対する不安が現れたりしたのは、大変だったと思う。
だけど跳哉は、ちゃんと結果出して認められてる。」
蘭奈はそう言うと、ちょっとすまん。と言って自分の話を始めた。
「…俺も実は、中3の時に全国大会に出たことがある。全国に出れたのもその時が初めてだった。
一応、都内では2、3番めくらいには速かったんだぜ?それで一応、準決勝まで進むことは出来た。
…だけど、そこで負けた。8人中7位。1人途中で棄権したとはいえ、最後まで走りきった中では最後尾だった。
悔しかった。それまでに何度も負けてきたけど、そうじゃなかった。
全国ベスト8になれるチャンスが目の前まで迫ってたのに、それを掴み取れなかった。
結局、都内で速かったとはいえ、全国準決勝落ちじゃそこまで誰も相手にしない。
…だから高校では、絶対に全国決勝の舞台に立って俺の名前を全国に知らしめてやりたい。
もちろん、最終目標は日本一のスプリンターだ。
…それに比べて、既にタイトルを持ってて周りから注目されてるだけで、俺は羨ましいと思う。
そりゃもちろん、そうは言っても結果が出ないときだってあるだろ。だけど、結果が無いよりは全然良いと思うよ。俺は。」
初めて語られた蘭奈の過去に、若越はもちろん紀良と巴月も目を丸くしながら聞き入った。
日頃活発で、ただ元気だけが取り柄だと思っていた蘭奈の意外な新たな一面が垣間見えた瞬間であった。
「…だからさ、何ていうか…こういう奴もいるんだから、跳哉はもっと自由にやればいいと思うぜ。"誰よりも高い空を跳ぶ"ってのが目標なんだろ?
俺たちは跳躍選手じゃないから、見せてくれよ。その景色ってやつを。」
蘭奈はこういった恥ずかしくなってしまうような台詞をあっさりと述べてしまう。
それは、彼が心の底からそう思っているという証拠なのかもしれない。
「…あぁ、必ず見せるよ。ありがとう、陸。」
若越はそう言って右拳を差し出した。蘭奈もそれに応えるように、右拳を合わせる。
「…じゃあ、俺も置いていかれないように着いていくぜ。
なんだか、お前らとならこれまで見たことがない景色が見られる気がする。」
そこへ、紀良もそう言って拳を合わせた。
2人に心を動かされたのか、入部当初の不安感はとっくに無くなっていた。
「…えー!なにそれズルいっ!…じゃあ私は、そんな君たちが目一杯目標に突き進めるようにサポートするっ!」
男同士の友情のようなものに羨ましさを感じたのか、巴月も慌てて拳を合わせた。
心做しか、初夏の爽やかな風が4人の間を流れていく。
それは運命の追い風なのか、将又向かい風となるのか。
それはまだ、もう少し先のお話…。
_
インターハイ支部予選から早2週間が過ぎ去った。
5月後半の2週に渡り、投擲種目(ハンマー投げ)を含めた計5日間に及ぶインターハイ東京都大会当日を迎えることとなった。
伍代が参加する男子棒高跳びの決勝は、大会4日目に相当する2週目の土曜の開催となった。
大会初日に当たる日は、ハンマー投げの決勝が品川区にある大井陸上競技場で行われた。
大会2日目以降、ハンマー投げ以外の種目は世田谷区にある駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場、通称駒沢陸上競技場で行われる。
よって、大会2日目に相当する1週目の土曜の試合。
この日に競技に挑むのは、男子砲丸投げ予選に出場する室井と男子100m予選に出場する泊麻と七槻の3名であった。
男子砲丸投げは予選が2組に分かれており、12mの通過標準記録を3投以内に記録すれば午後にそのまま行われる決勝へと進出となる。
男子100mは予選6組が行われ、各組3着までと+タイム順2名の計20名が明日の準決勝へと駒を進めることが出来る。
_
先に競技が始まったのは、室井が出場する男子砲丸投げ予選1組目。
24名がエントリーする中、3名の選手が既に出場を棄権していた為21名での投擲となる。
各選手3投まで投擲が可能であり、その中で12m以上の記録を残した者が決勝へと駒を進める事ができる。
ここまで20名の選手が1投目を終えて、12m以上の記録を既に出していたのは僅か2名のみであった。
そして21人目の投擲者、室井の番が呼ばれた。
男子100mの予選に出場する泊麻と七槻、2人のウォーミングアップをサポートする音木とマネージャーの桃木を除く羽瀬高メンバーが、緊張感の中で室井の投擲を見守っていた。
「…行きまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすっっ!!!!!!」
室井の低く野太い叫び声の合図が、競技場一帯に響き渡った。
はぁぁぁい!!と合図に応える羽瀬高メンバーの返事と比べても、とても1人が出している声とは信じ難い声量であった。
室井は自慢の回転投法(※1)を封じ、グライド投法(※2)にて砲丸を放った。
室井の手元から砲丸が離れると、室井は大きな雄叫びを上げた。
1投目から凄まじいパワーを掛けていることが伺える。
他の選手の1投目よりも遥かに長い滞空時間で宙を舞う砲丸は、勢いよく地面に着地して転がった。
2年連続東京チャンピオンの室井の投擲に、会場には歓声が沸く。
「…15m52っ!!」
審判員も驚きながらその記録を述べた。
1投目から圧倒的な投擲を見せた室井は、堂々の決勝進出を決めた。
_
室井の投擲が終わるとすぐに、男子100mの予選が始まった。
3組目に七槻、4組目には継聖学院の都筑、そして最終6組目に泊麻が出場する。
陸上競技の花形種目と評されるだけあって、その注目度は圧倒的に高い。
緊張感を伴った少し冷たい風が、曇り空が覆う駒沢陸上競技場に吹き込む…。
※1:砲丸投げの投法は大きく2種類。身体を回転させて遠心力による力で砲丸を投げる回転投法。より長い時間砲丸に力を加えることが出来るので飛距離を出しやすいが、砲丸が離れるポイントがずれるとファールになりやすい。
※2:投げる方向に対して背を向けた状態から準備動作を行って、砲丸を勢いよく押し出すように投げるのがグライド投法。より正確に方向を定めることが出来るので、枠外に飛び出してファールになる確率は回転投法より少ない。
「…若越くん!」
部室に着くと、巴月にそう呼ばれた。
若越が声のする方に向かうと、蘭奈と紀良は既にお昼ご飯に手をつけていた。
「…遅ぇぞ?…全く…。」
「…口にもの入れて喋んなよ、蘭。」
食べながら話す蘭奈に、紀良は鋭く注意をした。
若越は、紀良が蘭奈の事を"蘭"と呼んだことに違和感を感じた。
「…なんだ?それ。」
若越も3人の側に座ると、すぐにその違和感に切り込んだ。
「私たち1年生の親睦を深める為に、呼び名を考えようってなったの。」
巴月は嬉しそうに笑顔でそう言った。
どこか精神面は小学生の様な彼女にとって、そういったことが嬉しく感じるようであった。
「…はぁ?何だそれ。」
「お前の事は、俺は"若"って呼ぶ事にした。」
紀良も自慢げにそう言った。
普段はどこかクールに決めている紀良も、何故かノリノリである事で若越に更に不思議さが増した。
「おお!いいな!でも俺は、"跳哉"って呼ぶ事にする。お前は俺のこと、"陸"って呼べよな!」
蘭奈はいつもの如く、まるでガキ大将のようにそう言った。若越は困惑しながらも、この流れに合わせた方が良さそうだと判断する。
「…はぁ、分かった分かった。
"陸"に"光季"に"巴月"。俺は親しみを込めてそう呼ばせてもらうよ。」
若越はやれやれと堪忍してそう宣言した。
その様子に3人は満足そうである。
「ところで跳哉くん?桃木先輩と何のお話してたのかなぁ?」
巴月がわざとらしくそう言った事で、蘭奈と紀良も若越に注目した。
若越は、巴月のわざとらしい呼び方とその内容に、飲んでいたお茶を吹きそうになりながら動揺を隠せずにいた。
「…いや別に、今後のプランに関しての話をしただけだよ。」
若越の答えもまた、言葉足らずであった。
巴月は更にニヤニヤしながら質問した。
「…今後のプラン!?まさかもう…?」
「…はぁ?何言ってんだよ。棒高の事に決まってんだろ?」
若越は浮つく巴月にキッパリとそう言った。
「なんだぁ…。」
少し残念そうな巴月を横目に、先程まで小学生の様にはしゃいでいた蘭奈と紀良は、真剣な眼差しで若越を見た。
「…ところで若、聞いてもいいか?」
紀良の真面目な問いかけに、若越は黙って首を縦に振った。
「…若は、中学の時全国優勝したんだったよな?
しかも、中学生記録の4m97を出して。
それなのに何で、伍代先輩と入部を賭けた跳躍勝負なんてしてたんだ?
伍代先輩に嫌われでもしてんのか?」
「…それ!俺も思った!俺が先輩の立場だったら、そんな奴態々そんな事しなくてもすぐに入部させるぜ?」
どうやら2人は、若越が入学当初に伍代と行った跳躍勝負についての詳細を知らないらしい。
跳躍勝負をした事とその詳細くらいしか2人は愚か周りの皆は知らないらしい。
「…あぁ、ちょっと長くなるけど、いいか?」
若越は意を決して、3人に事の詳細と自身のこれまでの事を打ち明けた。
全国優勝の事、父親の死の事、そして伍代との出会いについて。
3人とも、食事しながらではあったが、若越の話を真剣に聞いていた。
「…そりゃ当然、先輩たちにも期待されたり厳しい目では見られるって事は、入部するって決めた時から覚悟はしてたつもりだよ。…だけど、俺は結果を出せなかった。
一度やるって決めた以上は、グダグダまた辞めるとか言うつもりはないんだけど…。」
若越がそこまで言うと、蘭奈が割り込むように話し始めた。
「…なんというか、跳哉が思い詰める気持ちは分からなくは無いかもしれない。
…だけど俺は、跳哉が素直に羨ましいとさえ思うぞ。」
えっ、と若越は蘭奈の顔を見た。
ここまで話した内容は、若越が背負ってきた苦悩の話であっただけに、蘭奈の言葉の真意が若越には理解できなかった。
「…確かに、お父さんが亡くなったり競技に対する不安が現れたりしたのは、大変だったと思う。
だけど跳哉は、ちゃんと結果出して認められてる。」
蘭奈はそう言うと、ちょっとすまん。と言って自分の話を始めた。
「…俺も実は、中3の時に全国大会に出たことがある。全国に出れたのもその時が初めてだった。
一応、都内では2、3番めくらいには速かったんだぜ?それで一応、準決勝まで進むことは出来た。
…だけど、そこで負けた。8人中7位。1人途中で棄権したとはいえ、最後まで走りきった中では最後尾だった。
悔しかった。それまでに何度も負けてきたけど、そうじゃなかった。
全国ベスト8になれるチャンスが目の前まで迫ってたのに、それを掴み取れなかった。
結局、都内で速かったとはいえ、全国準決勝落ちじゃそこまで誰も相手にしない。
…だから高校では、絶対に全国決勝の舞台に立って俺の名前を全国に知らしめてやりたい。
もちろん、最終目標は日本一のスプリンターだ。
…それに比べて、既にタイトルを持ってて周りから注目されてるだけで、俺は羨ましいと思う。
そりゃもちろん、そうは言っても結果が出ないときだってあるだろ。だけど、結果が無いよりは全然良いと思うよ。俺は。」
初めて語られた蘭奈の過去に、若越はもちろん紀良と巴月も目を丸くしながら聞き入った。
日頃活発で、ただ元気だけが取り柄だと思っていた蘭奈の意外な新たな一面が垣間見えた瞬間であった。
「…だからさ、何ていうか…こういう奴もいるんだから、跳哉はもっと自由にやればいいと思うぜ。"誰よりも高い空を跳ぶ"ってのが目標なんだろ?
俺たちは跳躍選手じゃないから、見せてくれよ。その景色ってやつを。」
蘭奈はこういった恥ずかしくなってしまうような台詞をあっさりと述べてしまう。
それは、彼が心の底からそう思っているという証拠なのかもしれない。
「…あぁ、必ず見せるよ。ありがとう、陸。」
若越はそう言って右拳を差し出した。蘭奈もそれに応えるように、右拳を合わせる。
「…じゃあ、俺も置いていかれないように着いていくぜ。
なんだか、お前らとならこれまで見たことがない景色が見られる気がする。」
そこへ、紀良もそう言って拳を合わせた。
2人に心を動かされたのか、入部当初の不安感はとっくに無くなっていた。
「…えー!なにそれズルいっ!…じゃあ私は、そんな君たちが目一杯目標に突き進めるようにサポートするっ!」
男同士の友情のようなものに羨ましさを感じたのか、巴月も慌てて拳を合わせた。
心做しか、初夏の爽やかな風が4人の間を流れていく。
それは運命の追い風なのか、将又向かい風となるのか。
それはまだ、もう少し先のお話…。
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インターハイ支部予選から早2週間が過ぎ去った。
5月後半の2週に渡り、投擲種目(ハンマー投げ)を含めた計5日間に及ぶインターハイ東京都大会当日を迎えることとなった。
伍代が参加する男子棒高跳びの決勝は、大会4日目に相当する2週目の土曜の開催となった。
大会初日に当たる日は、ハンマー投げの決勝が品川区にある大井陸上競技場で行われた。
大会2日目以降、ハンマー投げ以外の種目は世田谷区にある駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場、通称駒沢陸上競技場で行われる。
よって、大会2日目に相当する1週目の土曜の試合。
この日に競技に挑むのは、男子砲丸投げ予選に出場する室井と男子100m予選に出場する泊麻と七槻の3名であった。
男子砲丸投げは予選が2組に分かれており、12mの通過標準記録を3投以内に記録すれば午後にそのまま行われる決勝へと進出となる。
男子100mは予選6組が行われ、各組3着までと+タイム順2名の計20名が明日の準決勝へと駒を進めることが出来る。
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先に競技が始まったのは、室井が出場する男子砲丸投げ予選1組目。
24名がエントリーする中、3名の選手が既に出場を棄権していた為21名での投擲となる。
各選手3投まで投擲が可能であり、その中で12m以上の記録を残した者が決勝へと駒を進める事ができる。
ここまで20名の選手が1投目を終えて、12m以上の記録を既に出していたのは僅か2名のみであった。
そして21人目の投擲者、室井の番が呼ばれた。
男子100mの予選に出場する泊麻と七槻、2人のウォーミングアップをサポートする音木とマネージャーの桃木を除く羽瀬高メンバーが、緊張感の中で室井の投擲を見守っていた。
「…行きまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすっっ!!!!!!」
室井の低く野太い叫び声の合図が、競技場一帯に響き渡った。
はぁぁぁい!!と合図に応える羽瀬高メンバーの返事と比べても、とても1人が出している声とは信じ難い声量であった。
室井は自慢の回転投法(※1)を封じ、グライド投法(※2)にて砲丸を放った。
室井の手元から砲丸が離れると、室井は大きな雄叫びを上げた。
1投目から凄まじいパワーを掛けていることが伺える。
他の選手の1投目よりも遥かに長い滞空時間で宙を舞う砲丸は、勢いよく地面に着地して転がった。
2年連続東京チャンピオンの室井の投擲に、会場には歓声が沸く。
「…15m52っ!!」
審判員も驚きながらその記録を述べた。
1投目から圧倒的な投擲を見せた室井は、堂々の決勝進出を決めた。
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室井の投擲が終わるとすぐに、男子100mの予選が始まった。
3組目に七槻、4組目には継聖学院の都筑、そして最終6組目に泊麻が出場する。
陸上競技の花形種目と評されるだけあって、その注目度は圧倒的に高い。
緊張感を伴った少し冷たい風が、曇り空が覆う駒沢陸上競技場に吹き込む…。
※1:砲丸投げの投法は大きく2種類。身体を回転させて遠心力による力で砲丸を投げる回転投法。より長い時間砲丸に力を加えることが出来るので飛距離を出しやすいが、砲丸が離れるポイントがずれるとファールになりやすい。
※2:投げる方向に対して背を向けた状態から準備動作を行って、砲丸を勢いよく押し出すように投げるのがグライド投法。より正確に方向を定めることが出来るので、枠外に飛び出してファールになる確率は回転投法より少ない。
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