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第2章

幕間.暗躍の予感?

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キサギ達が出発する時間から遡る事少し前。


人払いのされた執務室で1人、王太子ランバートは己の魔宝石から流れてくるリカルドの報告にくつくつと喉を鳴らしながら笑みをこぼす。


「成る程。こちらの思惑は全てお見通しだったか……これはしてやられたな……まぁ何にしても魔宝石の通信が途絶えたままだった故、焦ったぞ。無事で何よりだ」


『申し訳ありません』


魔宝石の向こうのリカルドの声は重い。


任務に失敗した、というほどの大袈裟なものでは無いにしても、思惑がキサギに筒抜けで下手をすれば怒りを買っていたかもしれないのだ。


だが未遂に終わった事で一応事なきを得た。


真面目なリカルドらしいな、とランバートはクスリと悠然と微笑む。


「旅団を侮った訳ではないが、今回はそうなると予測出来なかった私の不備だ。気にするな。それに其方とバリーが見届け人となるならば、これは好機かもしれん」


『好機?……どういう事ですか?』


ランバートの言葉に訝しむリカルドが、困惑気にバリトンの声を響かせる。


「ザガンを何かしらの手段でジェノヴィアからこちらのエルバン平原へと連れ出してくれるのであれば、暗部ですら掴めなかった神楽旅団の情報を直接得る事が出来るやもしれん」


ゆったりとソファーで寛ぎながら、ランバートがアームレストに肘をつき片手に顎を乗せ、もう片手に持ったティーカップを優雅に揺らす。


『……兄上。あまり彼女達を刺激しないで頂きたい。今回とて、王権介入と言っても過言ではなかった。流石に俺とて本意ではない」


「わかっている。今回の件も抵触スレスレではあったが、そもそも王族がギルドに出向いているのだ。手段を講じたに過ぎん……まぁ確実に言い訳ではあるから、あちらには嫌われるがな。そもそも旅団には王族は毛嫌いされているのだろう?今更だ」


『ですが……今回はたまたま見逃して貰えたに過ぎません。やり過ぎれば国が危ういのですよ』


「リカルド。何も彼女らに手を出そうと言うわけではない。ただエルバン平原で何が起こるのかを見届けさせて貰うだけだ……名目上はな」


『貴方はそうでも、他の者達は兄上の思考を深読みし過ぎて暴走する可能性とてあります……それに、また暗部を動かすなど……私とバリーが見届け人である必要が無くなるのですが?』


「馬鹿正直に綺麗事ばかりでは政治は回らん。こちらが知らぬ振りをせねばならん事もある……無論、行き過ぎた行為には手を打つ。それに暗部とて、お前が表に立って見届け人をしてくれるから、こちらはそれを隠れ蓑に動けるというもの。大掛かりな事はせんし、別に旅団の邪魔をするわけではない。何名か選抜してエルバンに潜ませ、情報収集の傍ら不測の事態に備えるだけだ」


悠然としたランバートの声に、リカルドが魔宝石の向こうから溜息を吐く声が聞こえてくる。


『……何が起こっても知りませんからね』


「念には念を、というだけだ。ロレンツォへは私から話しておく。勿論シエラ姫には内密にな」


呆れを含んだバリトンの声に、ランバートが愉快気にまたクツクツとが喉をならす。


『キサギという少女を、年齢と見た目だけで甘く見ない方がいいですよ。あれは我々が知る今までのS級冒険者とは全く違う……そもそも本当に我らと同じ人間なのかと疑ってしまう程です。あの様に恐ろしいと思える存在に出会ったのは初めてだ』


「其方にそこまで言わせるとは……是非臣下に欲しかったところではあるが……まぁ、今更そのような事を言ったところで詮無きことだな……しかし、その様な他国にはないであろう力量を備えた冒険者を持てるのは、この国の誉れ。逆に敵に回せば相当危険。くくく、これは腕がなるな」


ランバートの表情に挑発的な笑みが浮かぶ。


『兄上……遊びではないのですよ』


リカルドの苛立ちが含む呆れ声に、ランバートはスッと目を細める。


「間違えてくれるな、リカルド。確かに冒険者に対し、国が介入する事など絶対にあってはならん。だが冒険者と言えど、只人。例え冒険者にある程度の特権が与えられているとはいえ、所詮この世は階級社会。王侯貴族の前では、生まれ持った只人の性ゆえに、彼らは自然と頭を垂れるもの。表面上は特権階級との差異など感じさせる事なく、彼らとは上手く共存しているように見せ、ごく自然に平然と使いこなすのが為政者だ」


『仰る事はわかります。現に天狼は王家にある程度の恭順の姿勢を見せてくれていますから。ですがそれは一部でしょう?神楽旅団や他のS級はそうはいかない……』


「強者とは劇薬。他国のS級冒険者達など、彼女に比べれば遥かに偏屈でややこしい者達ばかりだ。それでも首脳陣は笑顔という仮面を貼り付け、鋼の精神という鎧を身に纏い、まるで細い一本の綱の上を足元が覚束ない中で堂々と駆け引きをしている。この様な事、遊びなどでは務まらん」


『……兄上のお考えはわかりました。もう何も申しますまい。俺は貴方の臣下だ。ご意思に従います』


フッとランバートが目元を緩め、眉尻を下げる。


「すまんな。リカルドには王族でありながら制約魔法を掛けられてまで見届け人をさせてしまうのだ。私とて其方に申し訳ないと思う。だが、それが務まるのも其方しかおらん。思うところもあるだろうが、頼むぞ」


『……御意』


そしてゆらゆらと揺らしていたティーカップに静かに口をつける。


「さて、ザガンとやらの思惑がわかったのだ。後は奴が本当に四魔闘将と呼ばれる一角なのか、何を根底に目論んでおるのか……そして、それをかの神楽旅団がどの様に対処するのか……我らは高みの見物で良いのだ。せいぜい見届けようではないか」


片手に顎を乗せたまま、ティーカップをゆらゆら揺らす手をそのままに、ランバートは不敵な笑みを浮かべた。














だが彼らは知らない。


全てはキサギの掌の上で踊らされているという、隠された真実を。

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