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13話 生贄にされるアミーナ その2

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「つまりですね、父上。話の元凶は全て、アミーナにあるわけでして……」

「なるほど、アミーナ嬢が元凶だったか。まあ、お前が私が居ないことを良しとし、バークス家で好き勝手やっているとは思っていなかったがな」


 リグリット様の完全にデタラメ話ではあるけれど、気のせいかガイア様は信じそうになっているような。


「だからリグリット! 勝手に話を進めないでよ。話の元凶って一体、何のことを言っているの!?」


 アミーナ様は本当に混乱している様子だった。自分が生贄にされるという恐怖だけは伝わっているだろうから、焦るのも無理はないと言える。


「とにかく私に任せておくんだ、アミーナ。なんなら、別室を用意させるからそこで寝ていてもいいんだぞ?」

「そんなわけにはいかないわ……! だって、話を聞いてると……」

「うるさい、黙れ!」

「ひっ……! リグリット……!?」


 リグリット様の怒号は部屋全体に響き渡った。アミーナ様はその声に驚いてしまい、一気に静かになる。


「今からお前のせいで誤解が生まれてしまった点を、父上に話さなければならないのだ。余計な手間を掛けさせないでくれ」

「私のせいで生まれた誤解……?」

「ああ、そういうことだ」


 アミーナ様からしても、何のことか全く分かっていないだろう。完全なとばっちりなのだから、当たり前だ。でも、ガイア様はそれを嘘だとは思っていなかった。


「リグリット……もう少し冷静に話すのだ。いくらアミーナ嬢に原因があるとはいえ、必要以上に大きな声を出すものではないぞ」

「これは失礼いたしました、父上。それでは、話を続きをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ、話すがよい」


 普通だったら、今のやり取りでリグリット様の言葉なんて信じるに値しないと分かるはずだけれど、ガイア様は話の続きを聞く姿勢になっている。リグリット様は当然として、ガイア様も大概な気がする。本当に大丈夫かしらこの親子……。



-----------------------------



「アミーナ嬢は私の元を離れたくないと必死で申しておりました。それはもう、必死の形相で……」

「ほう……それでどうしたのだ?」

「私は婚約者のエレナが居るから、君とは一緒になれない、彼女の気持ちを裏切ることは出来ない、と言いました。さらに、エレナとの婚約破棄はバークス公爵家にとって汚点になってしまうということも告げたのですが」

「なるほど、そんなことがあったのか。少し話が見えて来たな……」


 ガイア様はリグリット様の話を真に受け、先ほどから大きく頷いている。リグリット様から出ている言葉当然、全てデタラメなのだけれど、あそこまで大袈裟な身振り手振りを交えられると、嘘が真に思えてきてしまうから不思議だ。リグリット様は街などで披露する劇団員のような派手なしゃべりで、ガイア様を騙しているのだ。

 ガイア様の視線はアミーナ様に向かっていた。

「清楚な貴族令嬢の皮を被った、とんだ疫病神のようだな……ふん!!」

「ガイア様……そんな、誤解です! リグリットの言ったことは全て嘘でなんですよ!?」

「何をたわけたことを言っているのだ、この女狐め。リグリットの優しさに付け込み、我が一族を破滅へと導く伝道師といったところだな」

「父上、それは言い過ぎでございます。いくら、自分を優先しなければ死んでやる、とまで言われたとはいえ……彼女を優先することを選んだのは私自身。その時点でエレナには、とても迷惑を掛けることになってしまいました……」


 大きく肩を落とす動作をしたリグリット様。ここまで嘘を並べられるなら、別の仕事で生きていけそうなくらい見事だった。なにせ、最初から最後まで全部を嘘で塗り固めたのだから。


「気を落とすことはない、リグリット。お前の優し過ぎる精神が今回のことを招いたのだ。だが優し過ぎる気持ちというのは非常に重要なことだ。今回の事件について反省し、今後の糧にしていけば、全く問題はないだろう」

「父上……ありがとうございます……ありがとうございます!」


 肩を落とす息子に寄り添うお父様の構図の完成だった。

 アミーナ様は開いた口が塞がっておらず、ヨハン様は先ほどからずっと無口のままだ。私も同じだったけれど。


「さて、ヨハン王子殿下。よろしいですかな?」

「ああ、ガイア殿。どうしたのだ?」

「話の概要については以上のようでございます。先ほどのリグリットの態度の裏には非常に大きな誤解が含まれていたようでして……」

「うむ、そうだったのか」


 抑揚のないヨハン様の言葉……リグリット様の言葉をまったく信じている様子はなかった。

「エレナ嬢、其方への厳しい態度についても、余裕のなかったリグリットの精神面が引き起こした事態と言えるだろう。なにせ、リグリットは女狐の相手をしなければならない事態だったのだからな」

「は、はあ……」

 上手く言葉に出来ないけれど、ガイア様は完璧にリグリット様を信用している様子だ。先ほどまではとても怒っていたのに、ここまで言い包められてしまうとは。今までに何回こういう状況があったのか、想像できないわね。

 もしも、アミーナ様との話が本当だったとして、自分が主催するイベントの管理運営すら私に任せるなんておかしいにも程があるのだけれど。そこすら、アミーナを優先しなければならなかった! で通すつもりかしら? そうだとしたら逆に感心するわね。


「まさかとは思うが、ガイア殿。今のリグリット殿の話を全て信じているわけではないだろうな?」

「ヨハン王子殿下は信じていらっしゃらないのですか? これは嘆かわしい……やはり身内と他人の違い、といったところでしょうか」


 あ、本当に駄目だわこの人……今の発言で確信してしまった。


「とにかく、私はアミーナ・ファルス伯爵令嬢……いえ、薄汚い女狐に罰を与える必要がありますので。この娘、どうしてくれようか?」

「父上……どうか穏便に……」


 リグリット様は言葉ではガイア様を止めているけれど、事が上手くいったと悟ったのか、少し笑顔になっていた。最早、アミーナ様のことなんてどうでも良いんでしょうね。

「罰って……そ、そんな……!」

「リグリットを誑かした罪を決して軽いと思うなよ! 女狐が! ヨハン王子殿下が居なければ、この場で殴り倒していたかもしれんのだぞ!? 身体的な罰を与えんだけでもありがたく思え!」


 とんでもないことを言い出したガイア様……これはリグリット様よりも先に、彼を止めることが必要になってきた。

 今にもアミーナ様の長い髪を掴みかねない状況だ。この状況で動かないヨハン様ではなかった。
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