11 / 22
11話 聖女の能力 その2
しおりを挟む その後、泣きながら一通りの説明をしてくれたエミリオの話を要約すると、以下の通りであった。
まず、エミリオは食料を探すためにまた誰にも告げず無断で森に入っている。
どうやら帝国によって森が焼かれていることは、自分が想像していたよりも大きな被害をこの村に与えていたらしく、エミリオが危険を冒して森に入るのは相応の理由があったわけだ。
そして次に、エミリオが森で食べ物を収穫していると、数人の帝国兵が森の中を散策しているのを見かけたそうだ。
何をしていたのかは知らないが、そのうち散り散りになって辺りを歩き回り始めたとのことだ。
そして、その中の一人を、隙を見て谷底へと突き落としたらしい。
その谷の底には村へ続く水流が流れており、もしかすると直に死体がこの村の水源まで漂ってくるかもしれないという話だった。
ミルフィに抱きしめられたまま暗い声で語ったエミリオの話が終わると、周囲の人間の何人かが彼を責めるように声を荒げた。
やれとんでもないことだの、これでこの村はお終いだの、挙句の果てには全ての責任はエミリオにあるのだから、ドリトンの家で責任を取るべきだなどと言い出す始末であった。
それを未だに目を閉じたまま聞いていた燐子は、自分の中で怒りや苛立ちといった感情が鎌首をもたげているのを感じながら、鼻を鳴らした。
くだらなすぎて、逆に笑いが出そうだ。
我が身惜しさに、自分ではない誰かを矢面に立たせる。
確かに、分からぬ話でもない。自分たちのような誇りと信念を持って、死ぬことにすら価値を見いだせる人間でもなければ、こうなることが自然なのかもしれない。
(しかし、しかしだ……。それを許せるかどうかは、また話が違う)
ようやく目を開けた燐子は、馬の手綱をドリトンに預けて、一歩、村人たちの輪のほうへと近づいた。
急に渡された手綱に慌てた様子を見せながら、ドリトンだけが唯一、彼女の姿をしっかりと捉えていた。
「みんな、聞け」
燐子が凛とした声を響かせて、周囲の注目を集める。
「帝国はすでに、こちらに向けて動き出している」
彼女の一声を呼び水にして、喧騒が広がっていく。
誰も彼もが不安や、絶望、焦燥に駆られて好き放題に話をしていたが、そこでもう一度燐子が声を発したことで静けさが戻ってきた。
「アズールで騎士の連中に聞いた。『もしかすると』という話だったが、また裏の森に兵が来ていたのなら、やはり事実のようだな」
「じゃあ、やっぱりエミリオのせいで……」
「いや、動き出したのは昨日今日の話ではない。エミリオは無関係だ」
少年のいわれなき罪を晴らすことはできたが、逆に考えれば、帝国の進行は避けられない事実であるということなのだ。
何を契機に攻め込んできたのかは予測できないが、いよいよ恐れていた事態が、この村に災厄となって降り注いできたことになる。
「じゃあ、もうこの村は……」
「そういうことです」
「……ならば、全員で避難を始めなければ」
「ドリトン殿、それで良いのですか」
「良いも何も――」
「エミリオが殺めたという帝国兵、恐らくは斥候です」
それがどうした、今すぐ逃げなければ、と騒ぎ立てる連中に向けて、燐子が一喝を入れる。
「いい加減に落ち着け!」
燐子の出した大声に、栗毛の馬がわずかに反応して鼻息を荒くする。
周囲の人々が水を打ったように静まり返り、腕を組み直した燐子の顔を、恐る恐るといった雰囲気で見つめていた。
燐子は声の大きさを落とすことなく、そのまま続けた。
「今頃、斥候が一人欠けたこと気がついて、あの森に引き返してきているところかもしれない。あるいはすでに本隊に合流して、大軍を引き連れて進軍している最中かもしれない」
燐子は、他人事のようにこの村の破滅への一途を語った。
「それで、お前たちはどうするんだ。大人しく故郷とともに灰になるか、故郷を捨てて逃げられるところまで逃げるか、帝国に降って奴隷か嬲りものにでもなるか……。ついでに忠告しておくと、戦火に呑まれた村や民というのは悲惨なものだぞ。決して人の死に方ではない、とだけ伝えておく」
燐子が告げる言葉には、形容し難い現実味が込められていて、それが脅しでも何でもないということはすぐに分かった。
どう出る、と燐子は心の中で唱えた。
顔だけは平静を保っていたが、内心は誰かが自分の言葉に牙を剥いて来ることを祈っていた。
そうでなければ、この村は本当に終わりだ。
自分一人抵抗したところで、大軍相手には無意味である。
「年老いた連中や、女子供を引き連れて、魔物だらけの湿地を抜けられると思うか?仮に抜けられたとしても、果たして一体何人生き残るか……」
そんな燐子の想いに答えたのは、この世界において、自分が一番知っている人物で、それでいて自分のことを一番知っている人物であった。
「冗談じゃないわ……!」
エミリオの体からその身を離し、振り返りながら立ち上がったミルフィと目が合った。
「誰かの都合に振り回されるのはもうたくさん!うんざりなのよ!燐子!」
……やはり、彼女はこうでなければならない。
「あんたがそうして焚きつけるからには、何か考えがあるんでしょうね?」
爛々と炎を滾らせるミルフィが、一番美しい。
この世界に来て知ったことの一つだ。
紅色の髪はとても風情があって、趣深いと。
「当然だ、ミルフィ」
まず、エミリオは食料を探すためにまた誰にも告げず無断で森に入っている。
どうやら帝国によって森が焼かれていることは、自分が想像していたよりも大きな被害をこの村に与えていたらしく、エミリオが危険を冒して森に入るのは相応の理由があったわけだ。
そして次に、エミリオが森で食べ物を収穫していると、数人の帝国兵が森の中を散策しているのを見かけたそうだ。
何をしていたのかは知らないが、そのうち散り散りになって辺りを歩き回り始めたとのことだ。
そして、その中の一人を、隙を見て谷底へと突き落としたらしい。
その谷の底には村へ続く水流が流れており、もしかすると直に死体がこの村の水源まで漂ってくるかもしれないという話だった。
ミルフィに抱きしめられたまま暗い声で語ったエミリオの話が終わると、周囲の人間の何人かが彼を責めるように声を荒げた。
やれとんでもないことだの、これでこの村はお終いだの、挙句の果てには全ての責任はエミリオにあるのだから、ドリトンの家で責任を取るべきだなどと言い出す始末であった。
それを未だに目を閉じたまま聞いていた燐子は、自分の中で怒りや苛立ちといった感情が鎌首をもたげているのを感じながら、鼻を鳴らした。
くだらなすぎて、逆に笑いが出そうだ。
我が身惜しさに、自分ではない誰かを矢面に立たせる。
確かに、分からぬ話でもない。自分たちのような誇りと信念を持って、死ぬことにすら価値を見いだせる人間でもなければ、こうなることが自然なのかもしれない。
(しかし、しかしだ……。それを許せるかどうかは、また話が違う)
ようやく目を開けた燐子は、馬の手綱をドリトンに預けて、一歩、村人たちの輪のほうへと近づいた。
急に渡された手綱に慌てた様子を見せながら、ドリトンだけが唯一、彼女の姿をしっかりと捉えていた。
「みんな、聞け」
燐子が凛とした声を響かせて、周囲の注目を集める。
「帝国はすでに、こちらに向けて動き出している」
彼女の一声を呼び水にして、喧騒が広がっていく。
誰も彼もが不安や、絶望、焦燥に駆られて好き放題に話をしていたが、そこでもう一度燐子が声を発したことで静けさが戻ってきた。
「アズールで騎士の連中に聞いた。『もしかすると』という話だったが、また裏の森に兵が来ていたのなら、やはり事実のようだな」
「じゃあ、やっぱりエミリオのせいで……」
「いや、動き出したのは昨日今日の話ではない。エミリオは無関係だ」
少年のいわれなき罪を晴らすことはできたが、逆に考えれば、帝国の進行は避けられない事実であるということなのだ。
何を契機に攻め込んできたのかは予測できないが、いよいよ恐れていた事態が、この村に災厄となって降り注いできたことになる。
「じゃあ、もうこの村は……」
「そういうことです」
「……ならば、全員で避難を始めなければ」
「ドリトン殿、それで良いのですか」
「良いも何も――」
「エミリオが殺めたという帝国兵、恐らくは斥候です」
それがどうした、今すぐ逃げなければ、と騒ぎ立てる連中に向けて、燐子が一喝を入れる。
「いい加減に落ち着け!」
燐子の出した大声に、栗毛の馬がわずかに反応して鼻息を荒くする。
周囲の人々が水を打ったように静まり返り、腕を組み直した燐子の顔を、恐る恐るといった雰囲気で見つめていた。
燐子は声の大きさを落とすことなく、そのまま続けた。
「今頃、斥候が一人欠けたこと気がついて、あの森に引き返してきているところかもしれない。あるいはすでに本隊に合流して、大軍を引き連れて進軍している最中かもしれない」
燐子は、他人事のようにこの村の破滅への一途を語った。
「それで、お前たちはどうするんだ。大人しく故郷とともに灰になるか、故郷を捨てて逃げられるところまで逃げるか、帝国に降って奴隷か嬲りものにでもなるか……。ついでに忠告しておくと、戦火に呑まれた村や民というのは悲惨なものだぞ。決して人の死に方ではない、とだけ伝えておく」
燐子が告げる言葉には、形容し難い現実味が込められていて、それが脅しでも何でもないということはすぐに分かった。
どう出る、と燐子は心の中で唱えた。
顔だけは平静を保っていたが、内心は誰かが自分の言葉に牙を剥いて来ることを祈っていた。
そうでなければ、この村は本当に終わりだ。
自分一人抵抗したところで、大軍相手には無意味である。
「年老いた連中や、女子供を引き連れて、魔物だらけの湿地を抜けられると思うか?仮に抜けられたとしても、果たして一体何人生き残るか……」
そんな燐子の想いに答えたのは、この世界において、自分が一番知っている人物で、それでいて自分のことを一番知っている人物であった。
「冗談じゃないわ……!」
エミリオの体からその身を離し、振り返りながら立ち上がったミルフィと目が合った。
「誰かの都合に振り回されるのはもうたくさん!うんざりなのよ!燐子!」
……やはり、彼女はこうでなければならない。
「あんたがそうして焚きつけるからには、何か考えがあるんでしょうね?」
爛々と炎を滾らせるミルフィが、一番美しい。
この世界に来て知ったことの一つだ。
紅色の髪はとても風情があって、趣深いと。
「当然だ、ミルフィ」
15
お気に入りに追加
3,208
あなたにおすすめの小説

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。

理不尽な理由で婚約者から断罪されることを知ったので、ささやかな抵抗をしてみた結果……。
水上
恋愛
バーンズ学園に通う伯爵令嬢である私、マリア・マクベインはある日、とあるトラブルに巻き込まれた。
その際、婚約者である伯爵令息スティーヴ・バークが、理不尽な理由で私のことを断罪するつもりだということを知った。
そこで、ささやかな抵抗をすることにしたのだけれど、その結果……。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる