悪魔の公爵

月野犬猫先生

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気が付くとそこは酷く寒い茨の大地だった。
リアンは足を竦めた。
どうしてこんなところにいるんだろうかーーー
リアンは朧気な記憶を頼りに、今の状況を理解しようと試みた。
しかしどうにも頭がグラグラする。
ーーー上手く立てない。大地が歪んでいる。
ガタガタと地面が揺れ始めた。
揺れる体、視界がぶれるとリアンは体制を崩した。
恐怖の中、リアンは思った。

ーーーだめだ、転ぶーーー

リアンの体は途端に大地から深い闇に滑り落ち、鋭い茨に食いこんでいくーーー

(嫌だ!まだ、死にたくない…死にたくない!)

「っ……はっ!!!」

目を覚ますと、リアンは揺れる薄暗いソファの上で寝ていた。
ふかふかで暖かいが、古いのかギシギシと音を立てていて少し耳障りだ。
リアンは額の汗を拭うと、上半身だけ起こし辺りを見渡す。
すると右側に窓が付いていた。
リアンはその窓からおそるおそる景色を見る。
夜の静かな田舎町が物凄い速さで通り過ぎていく。リアンは思わず身を乗り出す。
(これは、夜行列車……?)
 どうやら自分が乗っているのは田舎町を走る黒い夜行列車のようだった。
何行きかも何故乗っているかすらも分からないが、現に今乗っているということはあの後ーーーーヴァーレンに乗せられたのだろう。
 リアンはホッと肩を撫で下ろした。
 ーーー安心した。
実際のところ悪魔と関わることなんて全く無かったため、自分が絵本で見てきた世界ばかりを想像していたのだ。
あの時身を委ねた瞬間から黒い無の世界に閉じ込められでもして、最悪血肉が飢えた時に食べられるのだろうと思い込んでいたのに、意外と移動手段は人間味がある。
特に夜行列車なんて豪華な乗り物だと聞いた事がある。
リアンは複雑な気持ちでふかふかのソファを撫でた。
 その時だった。
コンコンと2回ノック音がした。
リアンはビクッと軽く肩を震わせたが、向こうからアクションを待たれているような気がしたので小さく「はいっ」と返事をした。
「はーい!開けますね。」
思ったよりも明るい男性の声だった。
ガラガラとスライドのドアが開くとそこには白いスーツを着こなした小綺麗な男が立っていた。
「ようやく起きましたね。おはようございます。」
「お、おはようございます…」
リアンは周りをキョロキョロしつつ訝しげに挨拶を返す。
「怖がらないでくださいよ!私は怪しいものなんかじゃありませんから!」
(そう言われても……)
悪魔に買われたりさっき救世主だと思った人物に命を狙われたかけたり変な世界ばかり見てきたリアンにとって出会う人全て要注意人物でしかない。
「まあそう言われてもですよね。安心してください。あなたに傷1つつけません。あなたは尊敬する方の大事な所有物ですから。」
男は「なんてね」と付け足しながらリアンに優しく微笑みかけた。
(この人はヴァーレンって人の知り合いか…)
まあそうだよな…と思っていたが悪魔とつるむような人なんて結局悪魔と同じような人なのだとばかり思っていただけに、少し竦んでしまった。
だってそこにいるのは至って普通の人間だからだ。
赤茶色の髪も綺麗で毛先まで手入れが行き届いている。
 まるでどこかの国のお坊ちゃまみたいだ。

「それにしても、お腹すきません?」
「あ……はいっ」
不意打ちの質問にリアンはすぐ答えてしまった。
男は笑って数回満足気に頷くと「いいものを持ってきました。」と後ろから何かを取りだした。
「ハーブティーとクッキーです。召し上がってください。」
男はそう言うと、小洒落たお皿に盛り付けられた可愛らしいチョコのクッキーと可愛いティーカップに入ったハーブティーを机に置いた。
この部屋には窓の横にちょこんと物置机があるので、そこに置いて食べ物を食べることが出来るようだ。
「わ、すごい…」
リアンは素の声を出してしまった。
だってこんなにも美味しそうなもの、今まで食べてきたことがないのだ。
甘い香りにお腹もぎゅるる…と音を立てる。
リアンは少し気恥しそうに俯いた。
「いいんですか…?こんないいものを食べて」
リアンが男に聞くと、男は食いつくように「いいんですよ!」と返事をした。

「これはヴァーレン様の指示でもあるので」
「えっ」
あの悪魔……ヴァーレンが?
リアンは机に置かれた美味しそうなそれをもう一度見つめた。
ーーー合わない。
イメージとどうしても合わない。
リアンは少し困惑した。
それでもこの男が嘘をついているようにも思えない。
「……ありがとうございます。」
「うーん、やっぱ口数少ないねぇ。まあそれもそうか。大丈夫大丈夫!今はしっかり身体休めて、まだもう少しかかるからね。」
(そういえば……)
リアンは聞いていなかった質問をふと思い出した。
「…あの」
「ん?」
リアンが口を挟むと、男は首を少し傾けた。
「この列車はどこに向かって……今ここはどこなんですか…?」
リアンは戸惑いながら窓の外に視線を流す。
どこかの田舎町ではあるだろうが、自分がいた場所とは少し遠い気がするのだ。
微かな窓の隙間から、外の匂いがする。
 緑の生い茂った綺麗な空気だ。
「あーここはそう。確か丁度ーーー」
男はリアンにニコリと微笑む。

「イングランドに入ったところだね」

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