悪魔の公爵

月野犬猫先生

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----「少年!起きろ!」
  突然リアンの脳内に男の声が響き渡った。
リアンはその声でハッと目を覚ます。
気づけば先程まで誰もいなかった部屋に、赤いマントを羽織った銀髪の男がリアンを見下ろしていた。
 「……誰、ですか?」
  あの男ではない。まさか迎え----かと思ったが、その緊迫した顔色からは周りを警戒しているのが見て取れた。
 迎えのものでも無さそう----なら一体?
リアンが驚いて固まっていると、男はそっと屈みリアンの顔近くまで自分の顔を寄せる。
「どうしてこんな所にいる。ここは人間がいていいところではない!」
そんなことを言われても----自分はオークションで売られて、ここで待てと言われてるからただ待っているだけ----
そう説明しようとしても口を塞がれた。
「まあいい。逃げ道を教えてやるから来い。そうしなければお前は悪魔の餌食になる。どういうことかわかるか?お前は誰に買われたか覚えているだろう?」
悪魔----リアンはその言葉でハッと我に返った。
そういえば、と自分が眠る前に周りの使いのものたちにヒソヒソ投げかけられていた言葉を思い出したのだ。
ああーーーーーやはりあの人は自分を買った人は恐ろしい人なのだ。
どうしたら良いんだろう?まだ自分には逃げるチャンスがあるのだろうか?
リアンは訴えるような目で男を見つめる。
「わかっている。俺も何とかしたい。逃げ道を教えるからその通りに動けるか?」
男はリアンの目を優しい眼差しで見つめた。
ーーーーーーーー逃げよう、逃げてどこかに助けを求めよう。
リアンが頷くと、男は軽く頷き、暗闇のドアを指さした。

「あのドアを出ると、左の床に板が重なっている。すごく重いが、あれをどかすと別通路のドアが出てくるんだ。そこの階段をひたすら上がれば外に出られる。」
男はそう言うなり前に出て、リアンについて来いと手招きした。
リアンは周りを気にしながら必死に男について行った。
 この人はきっと味方だ。ここでのちゃんとした人だ。
リアンは男がそっとドアを開けると、先に通してもらった。
リアンはそのまま真っ直ぐ階段を駆け上がった。息が切れても、足を止めることはなく。
リアンがふと歩みを止め、後ろを振り返ると男は階段の手前でリアンが安全に上がるのを見守っていた。
(なんでこんな僕を逃がしてくれるんだろう?)
悪魔からこんな人間を逃がしてくれた。
それはきっとリアンにとって救世主だろう。

ーーーありがとうございます。
リアンは心で呟くとまた顔を正面に戻した。
しかし1歩、リアンが階段を踏みしめると途端に外の空気と街の雑踏が聞こえ始めた。
その瞬間今迄の嫌な記憶が脳内に流れ始め、リアンの足はそこから竦んでしまったーーーーーー
助けてもらったはずなのに、何故か気持ちがそこまで高ぶらないのだろう。

(……僕は外に出てーーーどうする?)
 リアンには行くあてがないのだ。生きられるかも分からない。
こんな街中でボロ雑巾を着た人間がさ迷えば、今度こそ怖い人間に話す言葉すら与えられず命を奪われてしまうかもしれないのだから。
悪魔の方がまだ楽に殺してくれるか?ーーー
そんな考えがリアンの足を止めてしまった。
「ーーーおいっ!少年、早く上がるんだっ」
すると下の方であの男の声が聞こえた。
リアンはハッと我に返る。
ーーー行かなくては。そう自分の心を奮い立たせて、また1歩階段を昇った。
ーーーしかしその時だった。

「っうぅぐぁあ!!!」

突然苦しそうな男の叫びが聞こえた。
リアンが咄嗟に振り返るとそこには男の首を掴んだヴァーレンが、赤い目をこちらに向けて立っていた。
「っ……」
距離はあるはずなのに、その大きな赤い瞳の茨のような鋭さに、思わずリアンは息を呑む。
「あっ……いや……」
「弱々しい体をしておいて、まだ気力はあるようだな」
ヴァーレンは男を地面に叩きつける。男は「ぐはっ」と苦しそうに自分の首を抑えてもがいた。
ヴァーレンはゆっくりこちらに近づいてきた。
「どこへ行く気だった?お前にーーー逃げる場所は無いのに?」
リアンはグッと口を噤んだ。
それでも外に出たい気持ちは少しあった。
こんな自分を助けてくれる人がまだいるのならきっとーーー
リアンの気持ちを汲み取るかのようにヴァーレンはやれやれと口を挟む。
「哀れだな。すっかり人助けされたような顔をして。"この男もお前の臓器を売り金儲けしようとしている下っ端"だというのに」

(…えっ……?)
リアンは揺れ動く瞳でさっきの男の方を見る。
すると男はさっきとは打って変わってムスッとした表情でバツが悪そうに視線を逸らした。
よく見れば腕の裏に黒い刻印がされている。
確か刻印がある人間は臓器を売買してる悪徳な商売人だったという噂だ。
だとしたらリアンを助けるふりをして臓器を売ろうとしていたーーー?
リアンはショックで言葉が出なかった。
「それとも人身売買され、臓器諸共ズタズタに切り刻まれた方が良かったか?」

ニヤリと笑うヴァーレンに対し、リアンは首を横に振る。
(そんなの嫌だ……)
「ふっ……ならば引き返すことだ。その足で。」

リアンは赤い瞳から目をそらす事が出来なかった。
(もう悪魔に身を委ねるしかないーーー)
リアンはやっと覚悟が決まった。
これが現実だと、身をもって体感した。
リアンは足を引き返し、ヴァーレンの元に戻った。
「いいか?契約破棄すれば、お前は死ぬ。次逃げることがあるならそれを思い出すがいい。」
「……はい。」
リアンはコクリ頷くと、その黒い渦の中に身を委ねたーーー
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