悪魔の公爵

月野犬猫先生

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ーーーその男は一際威厳さを放つ佇まいで、鋭く尖るような赤黒い瞳をこちらに向けていた。
まるで獲物を捉えた獣のようだーーーリアンは悪寒を感じ、ブルっと身震いをした。

その男はかなり身長がかなり高かった。ガタイのいいロイドさえ軽々超えている。
そして額に分けられた髪を律儀に整えており、黒色のコートとスーツ、手には白い手袋をはめていた。他には生地のいいコートもしっかり着こなしていて、かなりの金持ちなのだろうと思われた。
でも貴族ってだけでこんなにもオーラがあるものなのだろうか?
リアンは男の頭から爪先まで、珍しいものでも目の当たりにしたかのように眺めた。


(人間なのに人間じゃないみたい……この人が僕を買うの…?)


「わ、分かりました。で、では!これをもって15番は800ポンドで落札する!」


ガンッ…ガベルが薄暗い会場内に尖った音を響かせると、会場内に怪物たちの雄叫びが響いた。


ーーー
ーーーーーーーーー

 その後オークションの幕が閉じると、改めて商品を受け渡す契約をするために会場裏にある奥の部屋に運ばれた。
その部屋は鉄製で、窓はなく、テーブルと椅子、そして無造作に置かれた造花だけがある狭苦しく殺風景な部屋だった。
リアンはテーブルの横に運ばれると、会場内に待機していた男にそこで待つようにと言われた。あとから買取主とロイドが来るという。

(なにか置いてたりしないかな…)

リアンは人が来ないうちにそっと膝を立ててテーブルの上を覗いてみる。するとそこには1枚の紙が置れていた。
ーーー契約書だ。
そこには自分の名前ーーーではなく商品番号と年齢、性別。生まれ育った家のことなどがこと細かく書かれている。

(僕の本当の親の名前もちゃんと書いてあるのかなーーー)

 リアンが限界まで足を伸ばし、目を細めているとーーー突然ガチャッと扉が開いた。

(あっ…)

「こちらにお座りください」

 先程の赤いスーツから黒いスーツに着替えたロイドが扉を開けながら、そう促すと扉の奥からあの男ーーーヴァーレンが現れた。
男はカツンと尖った革靴を鳴らしながら、リアンの目の前まで来ると、舐めるようにリアンを見つめる。

「っ……」
 リアンは強ばる身体を手で抑えながら目を逸らした。
この男の近くにいるとなんとも言えない威圧感がする。まるで肺を圧迫されてるみたいに息苦しい。
リアンが目を向けていると、突然頭上から低い声が聞こえた。

「その服の中に傷はあるのか」

「えっ…」

顔を上げると、ヴァーレンは長い指先をリアンの胸元のはだけたシャツに当て、ぴっと弾いた。

「き、傷は……」

「あるのか?」

ーーーー傷は、ある。だけどもしそう言ったら?やっぱり要らないってなるだろうか。
でもそしたら自分はどこへ行くのだろう。この薄暗い牢獄の中で先程自分を襲った化け物のいるゴミ置き場に放り込まれでもするだろうかーーーー?
リアンは言葉に詰まった。怖いーーーー。

「ーーーー話も出来なくなったか」

ヴァーレンが鼻で笑うようにそう呟く。
するとロイドがすかさず「申し訳ありません。」と頭を下げた。自分の商品だからだろうか。

「まあいい。今すぐ支配人を手配しろ。今日中に私の所へ連れていく。」

「はっ…かしこまりました。ではここにサインを。」

ロイドが申し訳なさそうに机の上に置かれた先程の契約書のような紙をヴァーレンに捧げる。
ペンも何も無いのにどうサインするのだろうーーーーリアンはそんな単純な疑問を抱きながらそちらを眺めていた。
  すると突然ーーーーヴァーレンが紙に向かい、手を掲げた。すると黒い爪先からインクのような糸が現れ、先程まで綺麗な白い紙だったものがジリジリと煙を出しながら黒い文字を書き連ねていった。
  物が焼ける匂いが鼻先を刺激する。
恐ろしい魔法使いだーーーーこれが本物の悪魔のサイン。
リアンはその光景に目が離せなかった。

「ーーーー契約は済んだ。わかっているな?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからというもの、リアンは怪しげな地下牢の廊下を通り過ぎ、奥の広い部屋に案内された。
そしてロイドによって薄汚い布の服から綺麗な水色チェックのシャツと黒いズボンを履かされ、ふかふかのソファで待つように指示された。

ーーーーまるでさっきと扱いが違う。
もうオークションとしての売り物としてではなく、誰かの’所有物’だからだろうか。
傷一つつけるなーーーーとロイドが召使いに目配せするのがわかった。
いかにあの男ーーーーヴァーレンが大きい存在なのかが感じられる。
だけど何故自分なんかをーーーー?

 その時クスクスっと笑い声が響いた。
リアンがそちらに目をやると、召使いの女たちがコソコソとこちらを見ながら話をしていた。

ーーーー「あの悪魔に引き取られたんですって」

ーーーー「やだ、もう何人目?ほんとに悪趣味ね。」

ーーーー「きっとあの子もそうなってしまうわ」



ーーーーそれはまあ、お気の毒にーーーー


(何人目…?それに悪魔って…僕を買った男のこと…?)

リアンはその会話を聞いて、胸騒ぎに襲われた。
 もしかして、本当にやばい所に連れてかれてしまうのではないか?
 今は大丈夫でもあとから地獄のような拷問が待ち受けてるのかもーーーーリアンは唾をごくり、飲み込んだ。
 あの人たちは何か知ってるんだーーーーそして僕以外にも過去にあの男に買われた人がいて何かあったんだーーーー
でも何があったんだーーーー?

その疑問を聞きたい。知りたい。怖い。しかし、リアンが召使いの方に声をかけるや否や、召使い達は「さあ行きましょ」とそそくさと部屋を後にした。
ーーーーリアンは完全に避けられているのだ。
あまりに露骨だったので少し悲しくなる。
そもそもここにいる人たちはオークションに出されていたような売り物の人間とまともに会話などしてくれない、そんなのわかりきっていたことだけど。


ーーーー時間が刻一刻と過ぎる。
ロイドはここで待てというが、もう何分待ったか分からない。
支配人と呼ばれる人物が遅いのだろうか?

時が経てば経つほどーーーーその静けさにリアンは不安になった。
着慣れないきちっとした服装に緊張が滲み、足が霞む。気づけば手も震えだす。
リアンはソファに横たわると自分の体を隠すように抱きしめて、ぎゅっと目を瞑る。

その時だったーーーー
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