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ーーーあれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
リアンはいつしか疲労と馬車の揺れの心地良さに身を委ね、寝てしまっていたようだった。
リアンは慌てて客車のカーテンを捲り、馬車の中から外を見てみる。
すると真っ暗だった空が少しずつ明るみを帯びてきてるように感じた。
ーーーそれにしても、見たことの無い景色だ。お屋敷があった場所は開拓地だったからか街に近く、街の騒ぎがよく聞こえてきたが、ここは店が並んでいるものの、閑散としている雰囲気で街灯も少ない気がする。
(一体どこまで行くのだろう?お屋敷からそんなに遠いのかな)
リアンが過ぎ去っていく町並みをしばらく目で追っていると、馬車はとある郊外の路地裏に入っていった。
(うわっ…)
石畳の地面に入ったのか、馬車が大きく揺れ始め、リアンは崩れた体制を必死に保とうとする。だが、慣れない揺れで少し酔いそうだった。
馬車はその石畳を少し進むと、今度は路地裏の日陰になった狭い道に入っていき、やがて足を遅めーーー停車した。
(随分と中途半端なところで止まるんだな…)
「ーーー起きていますか?着きましたよ」
外からロイドが声をかける。
リアンは慌てて馬車の扉を開けようと押した。しかし、どうやら内側から扉を開くことができないらしい。
ガチャっとロイドが馬車の扉を開け、リアンは軽く会釈しながら馬車を降りた。
久々に郊外に来た気がする。小さい頃一回このような街並みに母と買い物に来たのだ。でもその時は、お目当てのものが見当たらなくてすぐに帰ってしまったのだ。
ーーーあの時お母さんともっといろんなところに行ってたらよかったな。
リアンはそんなことを思った。
リアンがぼーっと街を眺めていると、ロイドが顔を覗く。
「まだ…眠気が抜けませんか?」
「あ、いえ!大丈夫です」
「そうですか、それは良かった」
ロイドはなんだか屋敷で話した時より受け答えが柔らかくなっている気がした。
きっとマリアンヌの前だけであんな冷たい態度をとったに違いない。
リアンは少し安心して、改めて聞きたかった質問をした。
「僕はここら辺の人に引き取られるのですか?」
「まあ…そうかもしれませんね。そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。きっとやさしい人ですから」
きっとーーーなんだか何も知らないみたいな言い方だ。
けれどリアンはそれ以上深掘りする気にもなれず、口を噤んだ。
(それにしても、一体いつ着くんだろう?)
ーーーリアンはロイドに連れられるまま、暗がりの路地裏を歩いていた。
時折、ネズミが端からバタバタと駆け抜けていく。
古いチラシなんかもいつしか降った土砂降りで汚れたのか、真っ黒くなって地面にクシャッと落ちている。
とてもじゃないけれど綺麗な場所とは言えなさそうだった。
「ーーーさて、着きました」
ロイドはとある路地裏の一番奥の行き止まりまで来ると、ふう…と汗を拭う仕草をした。
「ーーーえ、ここですか?行き止まりじゃ…」
「はい。まあまあ…お待ちください」
ロイドは困惑するリアンにニコリと笑うと、石で積まれた分厚そうな壁に向かってコンコンと2回ノックをしたのだった。
すると、ゴゴゴッという大きく鈍い音ともになんと行き止まりであったはずの壁が開き、まるで隠家のような空間が現れたのだ。
だが、灯りが全くないのか真っ暗でよく見えない。
リアンが驚きつつ暗闇の中を覗くと、ロイドが手に持っていたライトでその暗闇を照らした。
そこにはなんと遥か下に続く階段があったのだ。
「郊外にこんな場所が…?」
「ふふ、信じられませんよね。私もこれを知った時には興奮しましたよ。本当に凝ったをするお人だ」
凝ったことをするお人ーーーロイドがそういうのでリアンは誰ですか?と尋ねるが、ロイドはリアンの質問には答えず、階段を降り始めた。
「気をつけてくださいね」
「はい…」
リアンは暗闇の中に足を踏み入れた。
しかしその瞬間ーーー
「うっ…」
鼻をつくようなきつい匂いが漂ってきたのだった。
何の匂いかはわからないーーーしかし酷く嫌な匂いだ。
でもリアンはこれをどこかで嗅いだことがある気がした。
なんだろう?言葉で説明するならば、何か鉄の錆びたーーー
ーーーいや、人が死んだ時の匂いだ。
リアンはそれに気づくと階段を降りる足を止めた。
「どうされました?」
ロイドはリアンの方に振り向くと、怪しい笑みを浮かべた。
リアンが何かを察したことにどうやら気づいたようだった。
よく見ればこの階段も薄暗さでよくわからなかったが、血のような紫黒い汚れがこびりついていた。
「ロイドさん、この下を降りたら、何があるんですか?本当のことを教えてください」
リアンの体から嫌な汗が流れ落ちる。
そして手の震えも止まらなくなる。
まさかーーーそんなまさか。
リアンの怯えた様子にロイドはふふっと笑ったが、リアンの変わらぬ態度にそのうち手のひらをおでこに当て更に大袈裟に笑いだした。
「アヒャヒャヒャ!あーおかしい!ここまで演じてても気付かなかったが、やっと気づきました?愚かですねぇ全く」
ーーーえ?
それは先程の優しそうな男の声ではなかった。まるで化け物だ。
「ええ?もうーーー気づいてるんでしょう?坊や。ここがどこなのかーーー」
「どういうことですか…?」
「まさかまだ分からないと?あはははは!それはそれは、すみません。辿り着いてからのお楽しみにしたかったけれど仕方ないですねぇ」
ロイドはパチッと指を鳴らす。
すると、今までロイドのもっているライトだけで照らされていた空間が、一気に明るくなる。
その瞬間、リアンの目に飛び込んできたのはーーー
血に染まった地下室だったーーー
「離してっ!嫌だ!!助けて!」
リアンは逃げようとしたが、ロイドにがっしりと抱き抱えられ、地下室の檻に連れ込まれてしまった。
ここまでくるともはや確実に生き物の腐敗したような匂いだとわかる。
その強烈な匂いにリアンは吐きそうになりながらも藻掻いた。
だが、リアンの力ではどう足掻いても逃げることなどできるわけが無い。
ロイドはリアンを檻の中に投げ入れると、ガチャっと檻を閉めた。
「助けなんて来ませんよ?あなたは売られたのですから、あのマリアンヌという婦人に」
「そんなっ!そんな酷い!」
「酷い?当然じゃないですか?こんな子供誰も欲しくないでしょうしね」
(なんでそんなことをーーー)
それじゃあ引き取り手なんて言うのもみんな全て嘘だとわかっての茶番ーーーリアンがこの男に大人しく着いていくための演技だったのだ。
父親も母親もあんな何食わぬ顔で、リアンを殺すつもりだったのだ。
リアンはあまりの悲しさに涙が溢れた。
自分の人生なんてこんなものだと思っていたけれどーーーそれにしてもあんまりじゃないか。
「まあ、そういう事なので大人しく諦めなさい。言っておきますが泣いてる暇はありませんよ?なぜならあなたは今宵行われるオークションで怪物に買われる餌となるのだから。」
「…怪物?」
(なにを…言っているんだ?)
「ええ。怪物。信じられませんか?まあ、無理はないでしょうね。世の中を何も知らないような子供だーーー見せてあげてもいいですよ?どんな奴らが買いに来るかーーー」
ロイドは怪しげな笑みを浮かべると、暗い空間に密かに置かれていた黒い樽のようなものをガンッと思い切り蹴った。
するとその瞬間グァァア!とえげつないほど不気味な鳴き声が部屋の中に響き渡る。
「はっ……」
リアンは驚き思わず後退りして壁にもたれ掛かると、大きく揺れ始める胸を両手で抑える。
恐怖で声すらも出ない。
(何だこの声…聞いたことも無い恐ろしい声…こんな怪物に僕が売られるの…?)
「ふふふ、この中にいるのはまだ子供だがーーー良い鳴き声をするでしょう?ゾクゾクしますねーーー?」
(狂ってるーーー狂ってる!!!)
リアンは肩で大きく息をしながら、目をぎゅっと瞑った。
夢ならいいのにーーーそう思うリアンに追い打ちをかけるように怪物が唸り続ける。
「ふふ、良い顔をするな、その恐怖に脅えてる顔。いかにもあの方が喜びそうだ。今夜は楽しませてくださいね。ちなみにあなたはオークション最後の商品。トリですから、くれぐれもヘマはしないように。まあこんな痩せっぽちの子供がトリを飾るなんて納得いきませんがね」
ロイドはそう嫌味を言うと、高笑いをした。
そしてそこら辺に落ちていた汚れた灰色の布を拾い上げると、檻の中に投げ入れる。
埃が舞って、リアンは思わず咳き込んだ。
「では、この衣装に着替えておいてください。またオークションが始まる前に迎えに来ますので。あーーーひとつ言っておきますが、そこにいるのは決まりを破って罰を受けてるものなので、昨日から何も食べてないんですよ。なので私がいない時に檻から逃げ出しでもすればーーーすぐ噛み殺して食べてしまうかもしれません。では」
ロイドはそう言うと、向かいにある鉄の扉を開け、軽くお辞儀をするとガチャリと施錠して出ていった。
一気に静まり返る檻の中ーーーリアンは足元に投げ入れられたボロボロの布を広げる。
こんな薄着じゃ凍えてしまいそうだ。今だって凄く寒い。
でも、そんな事などリアンには最早どうでもいいことなのかもしれない。
なぜなら自分は今夜恐ろしい怪物に売られてーーー餌になって死ぬのだから。
ーーー逃げることなんてもうできない。早く死ぬか遅く死ぬかの違いなのだ。
「お母さんごめんなさい…長生きできなくて。もうすぐ僕も会いに行きます…」
リアンは天井に向かって呟いた。
もうじき母に会えると思ったら楽じゃないかーーー
けれど怖くて痛い思いをして死ぬのは嫌だ。
せめて最後くらい安からに逝きたかった。
いや、そんなことを考えることすら罪なのだろうか。
リアンはポケットに入れていた四つ葉のクローバーを取り出す。
祈れば願いが叶うのよーーーそう母は言っていた。
リアンはその言葉をずっと胸に抱いて、今日まで平穏に暮らせる 日が来るように祈り、持ち歩いてきた。
ーーーでも叶わなかった。
マリアンヌからの虐待は止まらず、父親だってマリアンヌを庇うばかりで、リアンの事なんて本当にどうでも良かったのだ。
今日という最後の日までーーー
「ぐぁぁあ…グッウウウ!!!」
樽の中にいた怪物が大きく唸ると、リアンは慌てて口を抑えた。
血の匂いが、腐敗した生き物の匂いが、錆びた埃の室内に漂う。
(嫌だ。やっぱり死にたくないーーーーー)
僕はどうすればいいーーー?
リアンは溢れ出す思いを抑えるように蹲った。
こうして寝ていれば全てが夢だったと思えるようなそんな都合のいい話なんてない。
夢なんてない。
そう分かっていてもーーー信じたくなかった。
リアンはいつしか疲労と馬車の揺れの心地良さに身を委ね、寝てしまっていたようだった。
リアンは慌てて客車のカーテンを捲り、馬車の中から外を見てみる。
すると真っ暗だった空が少しずつ明るみを帯びてきてるように感じた。
ーーーそれにしても、見たことの無い景色だ。お屋敷があった場所は開拓地だったからか街に近く、街の騒ぎがよく聞こえてきたが、ここは店が並んでいるものの、閑散としている雰囲気で街灯も少ない気がする。
(一体どこまで行くのだろう?お屋敷からそんなに遠いのかな)
リアンが過ぎ去っていく町並みをしばらく目で追っていると、馬車はとある郊外の路地裏に入っていった。
(うわっ…)
石畳の地面に入ったのか、馬車が大きく揺れ始め、リアンは崩れた体制を必死に保とうとする。だが、慣れない揺れで少し酔いそうだった。
馬車はその石畳を少し進むと、今度は路地裏の日陰になった狭い道に入っていき、やがて足を遅めーーー停車した。
(随分と中途半端なところで止まるんだな…)
「ーーー起きていますか?着きましたよ」
外からロイドが声をかける。
リアンは慌てて馬車の扉を開けようと押した。しかし、どうやら内側から扉を開くことができないらしい。
ガチャっとロイドが馬車の扉を開け、リアンは軽く会釈しながら馬車を降りた。
久々に郊外に来た気がする。小さい頃一回このような街並みに母と買い物に来たのだ。でもその時は、お目当てのものが見当たらなくてすぐに帰ってしまったのだ。
ーーーあの時お母さんともっといろんなところに行ってたらよかったな。
リアンはそんなことを思った。
リアンがぼーっと街を眺めていると、ロイドが顔を覗く。
「まだ…眠気が抜けませんか?」
「あ、いえ!大丈夫です」
「そうですか、それは良かった」
ロイドはなんだか屋敷で話した時より受け答えが柔らかくなっている気がした。
きっとマリアンヌの前だけであんな冷たい態度をとったに違いない。
リアンは少し安心して、改めて聞きたかった質問をした。
「僕はここら辺の人に引き取られるのですか?」
「まあ…そうかもしれませんね。そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。きっとやさしい人ですから」
きっとーーーなんだか何も知らないみたいな言い方だ。
けれどリアンはそれ以上深掘りする気にもなれず、口を噤んだ。
(それにしても、一体いつ着くんだろう?)
ーーーリアンはロイドに連れられるまま、暗がりの路地裏を歩いていた。
時折、ネズミが端からバタバタと駆け抜けていく。
古いチラシなんかもいつしか降った土砂降りで汚れたのか、真っ黒くなって地面にクシャッと落ちている。
とてもじゃないけれど綺麗な場所とは言えなさそうだった。
「ーーーさて、着きました」
ロイドはとある路地裏の一番奥の行き止まりまで来ると、ふう…と汗を拭う仕草をした。
「ーーーえ、ここですか?行き止まりじゃ…」
「はい。まあまあ…お待ちください」
ロイドは困惑するリアンにニコリと笑うと、石で積まれた分厚そうな壁に向かってコンコンと2回ノックをしたのだった。
すると、ゴゴゴッという大きく鈍い音ともになんと行き止まりであったはずの壁が開き、まるで隠家のような空間が現れたのだ。
だが、灯りが全くないのか真っ暗でよく見えない。
リアンが驚きつつ暗闇の中を覗くと、ロイドが手に持っていたライトでその暗闇を照らした。
そこにはなんと遥か下に続く階段があったのだ。
「郊外にこんな場所が…?」
「ふふ、信じられませんよね。私もこれを知った時には興奮しましたよ。本当に凝ったをするお人だ」
凝ったことをするお人ーーーロイドがそういうのでリアンは誰ですか?と尋ねるが、ロイドはリアンの質問には答えず、階段を降り始めた。
「気をつけてくださいね」
「はい…」
リアンは暗闇の中に足を踏み入れた。
しかしその瞬間ーーー
「うっ…」
鼻をつくようなきつい匂いが漂ってきたのだった。
何の匂いかはわからないーーーしかし酷く嫌な匂いだ。
でもリアンはこれをどこかで嗅いだことがある気がした。
なんだろう?言葉で説明するならば、何か鉄の錆びたーーー
ーーーいや、人が死んだ時の匂いだ。
リアンはそれに気づくと階段を降りる足を止めた。
「どうされました?」
ロイドはリアンの方に振り向くと、怪しい笑みを浮かべた。
リアンが何かを察したことにどうやら気づいたようだった。
よく見ればこの階段も薄暗さでよくわからなかったが、血のような紫黒い汚れがこびりついていた。
「ロイドさん、この下を降りたら、何があるんですか?本当のことを教えてください」
リアンの体から嫌な汗が流れ落ちる。
そして手の震えも止まらなくなる。
まさかーーーそんなまさか。
リアンの怯えた様子にロイドはふふっと笑ったが、リアンの変わらぬ態度にそのうち手のひらをおでこに当て更に大袈裟に笑いだした。
「アヒャヒャヒャ!あーおかしい!ここまで演じてても気付かなかったが、やっと気づきました?愚かですねぇ全く」
ーーーえ?
それは先程の優しそうな男の声ではなかった。まるで化け物だ。
「ええ?もうーーー気づいてるんでしょう?坊や。ここがどこなのかーーー」
「どういうことですか…?」
「まさかまだ分からないと?あはははは!それはそれは、すみません。辿り着いてからのお楽しみにしたかったけれど仕方ないですねぇ」
ロイドはパチッと指を鳴らす。
すると、今までロイドのもっているライトだけで照らされていた空間が、一気に明るくなる。
その瞬間、リアンの目に飛び込んできたのはーーー
血に染まった地下室だったーーー
「離してっ!嫌だ!!助けて!」
リアンは逃げようとしたが、ロイドにがっしりと抱き抱えられ、地下室の檻に連れ込まれてしまった。
ここまでくるともはや確実に生き物の腐敗したような匂いだとわかる。
その強烈な匂いにリアンは吐きそうになりながらも藻掻いた。
だが、リアンの力ではどう足掻いても逃げることなどできるわけが無い。
ロイドはリアンを檻の中に投げ入れると、ガチャっと檻を閉めた。
「助けなんて来ませんよ?あなたは売られたのですから、あのマリアンヌという婦人に」
「そんなっ!そんな酷い!」
「酷い?当然じゃないですか?こんな子供誰も欲しくないでしょうしね」
(なんでそんなことをーーー)
それじゃあ引き取り手なんて言うのもみんな全て嘘だとわかっての茶番ーーーリアンがこの男に大人しく着いていくための演技だったのだ。
父親も母親もあんな何食わぬ顔で、リアンを殺すつもりだったのだ。
リアンはあまりの悲しさに涙が溢れた。
自分の人生なんてこんなものだと思っていたけれどーーーそれにしてもあんまりじゃないか。
「まあ、そういう事なので大人しく諦めなさい。言っておきますが泣いてる暇はありませんよ?なぜならあなたは今宵行われるオークションで怪物に買われる餌となるのだから。」
「…怪物?」
(なにを…言っているんだ?)
「ええ。怪物。信じられませんか?まあ、無理はないでしょうね。世の中を何も知らないような子供だーーー見せてあげてもいいですよ?どんな奴らが買いに来るかーーー」
ロイドは怪しげな笑みを浮かべると、暗い空間に密かに置かれていた黒い樽のようなものをガンッと思い切り蹴った。
するとその瞬間グァァア!とえげつないほど不気味な鳴き声が部屋の中に響き渡る。
「はっ……」
リアンは驚き思わず後退りして壁にもたれ掛かると、大きく揺れ始める胸を両手で抑える。
恐怖で声すらも出ない。
(何だこの声…聞いたことも無い恐ろしい声…こんな怪物に僕が売られるの…?)
「ふふふ、この中にいるのはまだ子供だがーーー良い鳴き声をするでしょう?ゾクゾクしますねーーー?」
(狂ってるーーー狂ってる!!!)
リアンは肩で大きく息をしながら、目をぎゅっと瞑った。
夢ならいいのにーーーそう思うリアンに追い打ちをかけるように怪物が唸り続ける。
「ふふ、良い顔をするな、その恐怖に脅えてる顔。いかにもあの方が喜びそうだ。今夜は楽しませてくださいね。ちなみにあなたはオークション最後の商品。トリですから、くれぐれもヘマはしないように。まあこんな痩せっぽちの子供がトリを飾るなんて納得いきませんがね」
ロイドはそう嫌味を言うと、高笑いをした。
そしてそこら辺に落ちていた汚れた灰色の布を拾い上げると、檻の中に投げ入れる。
埃が舞って、リアンは思わず咳き込んだ。
「では、この衣装に着替えておいてください。またオークションが始まる前に迎えに来ますので。あーーーひとつ言っておきますが、そこにいるのは決まりを破って罰を受けてるものなので、昨日から何も食べてないんですよ。なので私がいない時に檻から逃げ出しでもすればーーーすぐ噛み殺して食べてしまうかもしれません。では」
ロイドはそう言うと、向かいにある鉄の扉を開け、軽くお辞儀をするとガチャリと施錠して出ていった。
一気に静まり返る檻の中ーーーリアンは足元に投げ入れられたボロボロの布を広げる。
こんな薄着じゃ凍えてしまいそうだ。今だって凄く寒い。
でも、そんな事などリアンには最早どうでもいいことなのかもしれない。
なぜなら自分は今夜恐ろしい怪物に売られてーーー餌になって死ぬのだから。
ーーー逃げることなんてもうできない。早く死ぬか遅く死ぬかの違いなのだ。
「お母さんごめんなさい…長生きできなくて。もうすぐ僕も会いに行きます…」
リアンは天井に向かって呟いた。
もうじき母に会えると思ったら楽じゃないかーーー
けれど怖くて痛い思いをして死ぬのは嫌だ。
せめて最後くらい安からに逝きたかった。
いや、そんなことを考えることすら罪なのだろうか。
リアンはポケットに入れていた四つ葉のクローバーを取り出す。
祈れば願いが叶うのよーーーそう母は言っていた。
リアンはその言葉をずっと胸に抱いて、今日まで平穏に暮らせる 日が来るように祈り、持ち歩いてきた。
ーーーでも叶わなかった。
マリアンヌからの虐待は止まらず、父親だってマリアンヌを庇うばかりで、リアンの事なんて本当にどうでも良かったのだ。
今日という最後の日までーーー
「ぐぁぁあ…グッウウウ!!!」
樽の中にいた怪物が大きく唸ると、リアンは慌てて口を抑えた。
血の匂いが、腐敗した生き物の匂いが、錆びた埃の室内に漂う。
(嫌だ。やっぱり死にたくないーーーーー)
僕はどうすればいいーーー?
リアンは溢れ出す思いを抑えるように蹲った。
こうして寝ていれば全てが夢だったと思えるようなそんな都合のいい話なんてない。
夢なんてない。
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