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第五十七話 遊園地にて
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「……敬浩さん、ここ…って」
約2時間ほど走っていた車がついに停まろうとしている場所を改めて見渡し、葵は恐る恐る尋ねた。
「遊園地…ですよね?」
まさかとは思ったが、確かにそこはテレビで見た事のある遊園地の大きな駐車場だった。
遊園地の入口の更に向こうには観覧車やジェットコースターなどが見えていて、平日だというのに大勢の人で賑わっていた。
「あの……敬浩さん?な、なんで遊園地に?」
「んー?遊園地デートしてみたかったんだよ!いいだろ?!」
「は、はい……?」
(な、なんでそうなる!?ていうか学校終わりで疲れてるんだけど……)
「さ、とにかく降りようぜ。早くしないと遊ぶ時間が無くなるしな!」
「えっ、ちょ……えええ!?」
こうして葵はわけも分からず敬浩と共に遊園地゛デート゛をする羽目になったのであった。
ーーー
ーーーーーー
「にしても人多いなぁ。」
「そ、そうですね。」
葵はそう答えながら、周りを改めて見渡した。
今日は一応冬休み前ではあるがまだ平日だ。なのにこの遊園地では家族連れや学生などで大いに賑わいを見せていた。
屋台もいつも開いてる訳じゃないけれど、冬休みから年越しにかけて開催されてるようだった。
(テーマパーク…か…)
昔のことを思い出してしまいそうで少し怖くなる。
けれど、敬浩にそんな一面を見せるわけには行かない。
葵はなるべく昔のことを考えないようにして、敬浩の後に続いた。
すると敬浩が「あー!」と突然声を上げた。
「ふぇっ、ど、どうしました…?」
立ち止まった敬浩の顔を慌てて覗き込むと、敬浩は真っ直ぐ向かって右の方にある屋台の並びの一部を指さした。
「あれ!あれ食べよう!食べてみたかったんだよ!」
敬浩が指をさした方を見ると、そこにはお祭りによくあるチョコレートバナナの屋台があった。
「いいか?」
「えっ…あ、はい。いいですけど……」
その時だった。
『こら、優一ー!』
遊園地の敷地内に大きな女性の声が響いた。
(えっ……優一さん?!)
葵が咄嗟に振り返ると、そこには5歳くらいの小さい男の子が屋台の方でぽつんと立っていた。
そして母親にもう一度大声で呼ばれると、後ろを振り返り『ママこれ!』と笑顔で屋台を指さした。
(あっ……ーーー)
『え、それが食べたいの?』
『うん!やきそば!』
『あーはいはい。待っててね。もう、食い意地だけは凄いんだから』
母親はそう言うと、優一と呼ばれた男の子を連れて焼きそばの屋台の方へと向かっていった。
その様子に葵は何故か高鳴る自分自身の胸に動揺していた。
(そうだよな。優一さんがここにいるわけない。なのに俺、いつも優一って名前聞くと……)
そう思うと急に凄く恥ずかしく思えてきて、葵は俯きざまに前を振り向いた。敬浩はその姿をじっと見つめていた。
「えっあ、その……」
葵が口ごもる中、敬浩はガシッと突然葵の手首を掴むと、「行こっか!」と何も気にしてないかのように歩き出した。
(なっ……今絶対、見てたよな……?)
それでも敬浩が何も言い出さないのだから、大丈夫と思うしかないかーーー葵はそう思いながらズルズルと屋台まで連れていかれたのだった。
「あのーチョコバナナ2つお願いしますー!」
「はーい。四百円ねー」
活気溢れる屋台のおばさんに敬浩は小銭をちゃらんと渡すと、立たされたチョコバナナを見つめて葵に「どれがいい?」と尋ねた。
「え……ど、どれでも」
「じゃあ、俺が勝手に選んじゃうよ?」
敬浩はそう言うと、手前にある2つのチョコバナナをとって、葵に渡した。
「ありがとうございます……」
(なんかデートっぽい感じ、変だな……)
「さて、食べながらでもいいから奥の方行こうぜ!折角だし乗り始めはあれからだな!」
「え、あれって…ど、どれに乗るんですか」
「決まってるだろ。あれだよアレ」
敬浩そう言って指さした先には、垂直に高々と聳え立つジェットコースターがあった。
(はぁあ!?)
ーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それから3時間後ーーーー
「ひゃー!楽しかったなぁ葵ちゃん!沢山乗れたしおじさん満足だわ!」
「は、はぁ、怖かっだ……」
葵はヘトヘトになった体を前屈みにして肩で息をしながらなんとか、アトラクションの出口から出ることが出来た。
(まさかこんなに本格的に遊びに付き合わされるとは……)
もう外はとっくに夕暮れ時で、だんだんと人の数も減ってきていた。
屋台も売り切れたのか、今日はもう店を閉めるようだった。
「んじゃ、そろそろどっかで休むかー」
「そうですね」
こうして葵達は近くにあったレストランへとりあえず入ることになった。
ドサッと重たく腰を下ろすともうそこから立ち上がることは億劫だろうと葵は思った。
「楽しかった?」
「ま、まあ……」
「初めて乗っただろ?あーいう凄いやつ。ここにしかないんだぜ!」
「そうなんですか、怖すぎですよあれ……」
「そうか?それにさ、葵ちゃん女の子みたいに叫ぶから面白かったよ?」
「お、俺…普通に絶叫そんな得意じゃないかもしれないんで……」
「あ、そうなの!?それはごめんごめん」
敬浩はそう言いながらも、絶対そう思ってなさそうな笑顔を向けながら頼んだジュースをひと口飲んで、改めて話を切り出した。
「俺さー、遊園地誰かと来たこと無かったんだよ」
「え、そうなんですか!?今までで1度も?」
「一度も。ミュージカル小さい頃からやっててさ、親が叫んだりすると喉を痛めるからって連れてってくれなくってさ。でももういい加減いいかなーって思って来ちゃったってわけ」
敬浩はそんなふうに言うと、無邪気に歯をむき出して笑った。
「もうミュージカルの道もほぼ諦めてるしなぁ」
「え、でも海外で勉強したんじゃないんですか?」
「勉強はしたさ、何年も。学生の頃から英語も勉強して海外に行くとは決めてたし、だからその夢は叶った。でもそれからはどんなに頑張っても無理だと思うことが増えたよ。それに年齢が年齢だし?ははっ……」
(あれ……?この人ーーーー無理して笑ってる?)
そう話す敬浩の目は笑っているけど何故か悲しそうに思えた。
この人はいつも変なテンションで優一に避けられてて、勝手に家に入るしおかしな人だと思っていたけれどきっと本当はそんな部分は上辺でしかなくて、影で密かに頑張ってきた人なのかもしれないーーー葵はなんとなくそう思った。
「……そうなんですか。もう日本では一切やらないんですか?」
「んー、やろうとしてたけど、もういいなぁって」
「勿体ない気がしますけど…それに、敬浩さんは色々勉強してて凄いと思います!俺なんか、全然そういうの出来ないし行動力ないし優柔不断だし…」
「っ…そんな褒めたって何も出ねぇぞ!?…ま、まあ、海外に行くってのは元々決めてたからな。でもその考えだって、今なら自分の身をわきまえてやればよかったと思うよ。優一みたいに多数に認められる明らかな才能なんてものもなかったし、栄人みたいに運も強くないしな」
(あ、それはーーーー少し分かるかもしれない。)
優一の凄さに圧倒されて、こんな自分が果たしてそばにいていいのか、もっと同じような環境で頑張ってる子の方がお似合いなんじゃないか---小牧さんとか---過去の人とか。
そう思うことがある。自分なんかじゃ、と。
葵でさえ思うのに、この人は何年も一緒に仕事をして生きてきてそんな優一を見てきて自分の無力さや差を感じてプレッシャーを持っていたのかもしれない。
「結局俺はダメなんだよ。何やってもさぁ。何しても仕事が入る奴らとは違うし?仕事を自分で必死に探してる今が馬鹿馬鹿しくなってな。この業界じゃ売れ残りは大概枯れてくだけ、花開くのだって一部だ。だから俺は向いてないって---」
「そんな事ないですから!!」
「っえ……?」
「才能がない人なんてむしろ沢山いるじゃないですか!それに、才能も努力と一緒だと思います!敬浩さんがどんな人生送ってきたか俺よくわかってないですけど何となく気持ちわかるんで……だからそんな自分なんかとか思って周りと比べて落ち込まないでください!俺は海外行っただけでもすごいと思いますよ!だから、その、応援してるんで諦めないでください!」
葵が思わず口調を強めに無理やり話をまとめると、敬浩は初めてのものを見るかのように目を見開いて、ぱちぱちと大きく瞬きをした。
その様子に葵は一瞬にして我に返ると急に恥ずかしくなり、慌てて頼んだココアをゴクリと飲み込んだ。
「す、すみません……そんなこと俺に言われてもですよね……」
敬浩は暫く黙っていたが、それから口を開くと何かを諦めたようにぽつりと呟いた。
「っ……はぁ、葵ちゃんってそういうとこあるよねぇ」
「あ…はい。俺の悪い所なんだと思います……」
「悪い所?かな?」
(え……?)
「いーや、なんでもない。あ、そだ!葵ちゃんさ、あともう少し時間ある?」
「まあ30分くらいなら……ってまたどこか行くんですか?」
「おう。最後にお土産見ていこうぜ!」
「……?はい」
ーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それから敬浩と葵は少し混雑したお土産屋の中に入ると、とあるストラップのコーナーへと向かった。
「ストラップ?」
「そうそう。俺こういうの好きなんだよなー。意外?」
「まあ、小さい頃は俺も好きでしたけど」
(懐かしいなぁ。こういうご当地限定ストラップみたいなやつ…どこにでもあるんだ)
「んじゃあ、お揃いにしようぜ!葵ちゃんとのデート記念に」
「はっ!?な、何言ってるんですか!言っときますけどこれはただ、敬浩さんに付き合っただけって言うか……!」
「えー?頑なだなぁ~。俺、絶叫してる時の葵ちゃんが俺の手を掴もうとしたの知ってるんだぜ?」
「なっ……!」
「かーわい。はははっ……ま、こんなこと言ったら優一に殺されそうだけど」
「あ……」
(そういえば……)
葵は眺めていた2つの遊園地限定ストラップを見つめると、2つ手に取った。
(もしこれあげたら喜ぶかなーーー)
「……なぁ、葵ちゃん」
ふと、敬浩に名前を呼ばれて顔を上げると、敬浩の顔がズイッと葵の顔に近づいた。
「ちょっ……?」
(なに……?)
「葵ちゃんってーーー」
ピリリリリ!!
その時、葵のスマホが鳴り響いた。
「あっ、す、すみません!!」
葵は一気に顔を逸らすと、慌ててポケットからスマホを取りだした。
画面には優一から着信と表示されていた。
「優一さんからだ……」
「え?優一から?」
「ちょっと外でます!お土産屋見ててください」
「……おう」
葵は急いでお土産屋から出ると、ボタンをポチッと押した。
『もしもし、葵くん。今何処?』
「えっあっ…えーっと外に…居ます」
(うーん。なんて言おう……?敬浩さんと一緒とか言ったら絶対気分悪くするよな……)
『外?』
「あ、はい…すみません連絡できなくて……」
『それはいいんだけど、1人でこの時間まで?』
「あ、いやその、友達と……」
『友達か』
「はいっ」
(よし、これでーーー)
しかし……
「そうそう。大人のお友達だよ。」
『え…?』
葵が慌てて振り向くと、肩から顔を覗かせた敬浩がニコッと葵に微笑んでいた。
(ちょっ……敬浩さん!?)
『何故、敬浩さんが?葵くん教えて。今どこにいる?』
「え、えっと、その……遊園地に……」
『遊園地?敬浩さんと……?』
「えっとこれには訳が……」
『訳?まあいい…今からいくから待っててくれる?』
「え、あっ……はい。」
(き、来てくれるの?!)
「おーい。優一、迎えは大丈夫だぞ?俺が車で送ってくからさ。あ、お土産何かいるかー?」
『…敬浩さんには聞いてません』
「おいおい。なんでそんな心配するんだよ?車だし、それに葵ちゃんだってもう高校生だぜ?」
「ちょっと敬浩さっ……」
『高校生だからです。危ないでしょう。とにかく葵くんはそこにいて』
『高校生は二十二時までバイトできるんだぜ?閉園までいたって平気じゃんか!あ、それとも何か予定とか理由でもあるのかー?』
敬浩の問いに暫くの沈黙を続けた後、優一はポツリと呟いた。
『……そんなの決まってます。敬浩さんだと不安だからです』
優一はそれからプツッと電話を切ってしまった。
(あ……。絶対機嫌損ねてる……もう最悪だ……)
「あの……敬浩さん!なんで突然電話に入ったりなんかーーーー」
葵は振り向きざまに言いかけたが、敬浩の目を見るなり言葉が引っ込んでしまった。
何故かーーーー敬浩はいつもの表情ではなく、眉間に皺を寄せ険しそうな表情をしていた。
(え、なんで?)
葵が不思議に思ってると、敬浩は徐に口を開いた。
「ねぇ、葵ちゃんさ。いつもこんな感じなの?優一って」
「ま、まあ、迎えに来てくれたりは結構ありますが……」
「ふーん……そうかぁ」
(なんだろう?何か言いたげだけど何も言ってこない。この感じ……)
「何か……?」
「いーや、何も?……ただ、折角のおデートなのになぁって?なぁ、優一が迎えに来るってよ。どうする?」
「え、どうするって待ってるしか……」
「優一には「敬浩と帰る」って連絡しといたらいいじゃんか?俺まだ葵ちゃんと話し足りないんだよー」
「え、でも行き違いになっちゃうから……」
「葵ちゃん、そんなに俺と帰るのが嫌なの?」
「あっえっと……そういう訳じゃなくて、その……」
(なんでそんなこと言うんだ?)
「何?そういう訳じゃなくて?」
「そ、その……折角迎えに来てくれてる……から……」
葵が声を絞り出してそう言うと敬浩はフッと少し諦めたような笑みで俯いた。
「そういう事か……なるほどね」
「……さ、さっきからなんなんですか?あの、もし言いたいことがあるならーーーー」
「言いたいこと?んーそうだなあ、じゃあ言っちゃっていい?」
「え?な、何……?」
「俺さ、葵ちゃん好きだよ。」
ーーーーーーーーは?
約2時間ほど走っていた車がついに停まろうとしている場所を改めて見渡し、葵は恐る恐る尋ねた。
「遊園地…ですよね?」
まさかとは思ったが、確かにそこはテレビで見た事のある遊園地の大きな駐車場だった。
遊園地の入口の更に向こうには観覧車やジェットコースターなどが見えていて、平日だというのに大勢の人で賑わっていた。
「あの……敬浩さん?な、なんで遊園地に?」
「んー?遊園地デートしてみたかったんだよ!いいだろ?!」
「は、はい……?」
(な、なんでそうなる!?ていうか学校終わりで疲れてるんだけど……)
「さ、とにかく降りようぜ。早くしないと遊ぶ時間が無くなるしな!」
「えっ、ちょ……えええ!?」
こうして葵はわけも分からず敬浩と共に遊園地゛デート゛をする羽目になったのであった。
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「にしても人多いなぁ。」
「そ、そうですね。」
葵はそう答えながら、周りを改めて見渡した。
今日は一応冬休み前ではあるがまだ平日だ。なのにこの遊園地では家族連れや学生などで大いに賑わいを見せていた。
屋台もいつも開いてる訳じゃないけれど、冬休みから年越しにかけて開催されてるようだった。
(テーマパーク…か…)
昔のことを思い出してしまいそうで少し怖くなる。
けれど、敬浩にそんな一面を見せるわけには行かない。
葵はなるべく昔のことを考えないようにして、敬浩の後に続いた。
すると敬浩が「あー!」と突然声を上げた。
「ふぇっ、ど、どうしました…?」
立ち止まった敬浩の顔を慌てて覗き込むと、敬浩は真っ直ぐ向かって右の方にある屋台の並びの一部を指さした。
「あれ!あれ食べよう!食べてみたかったんだよ!」
敬浩が指をさした方を見ると、そこにはお祭りによくあるチョコレートバナナの屋台があった。
「いいか?」
「えっ…あ、はい。いいですけど……」
その時だった。
『こら、優一ー!』
遊園地の敷地内に大きな女性の声が響いた。
(えっ……優一さん?!)
葵が咄嗟に振り返ると、そこには5歳くらいの小さい男の子が屋台の方でぽつんと立っていた。
そして母親にもう一度大声で呼ばれると、後ろを振り返り『ママこれ!』と笑顔で屋台を指さした。
(あっ……ーーー)
『え、それが食べたいの?』
『うん!やきそば!』
『あーはいはい。待っててね。もう、食い意地だけは凄いんだから』
母親はそう言うと、優一と呼ばれた男の子を連れて焼きそばの屋台の方へと向かっていった。
その様子に葵は何故か高鳴る自分自身の胸に動揺していた。
(そうだよな。優一さんがここにいるわけない。なのに俺、いつも優一って名前聞くと……)
そう思うと急に凄く恥ずかしく思えてきて、葵は俯きざまに前を振り向いた。敬浩はその姿をじっと見つめていた。
「えっあ、その……」
葵が口ごもる中、敬浩はガシッと突然葵の手首を掴むと、「行こっか!」と何も気にしてないかのように歩き出した。
(なっ……今絶対、見てたよな……?)
それでも敬浩が何も言い出さないのだから、大丈夫と思うしかないかーーー葵はそう思いながらズルズルと屋台まで連れていかれたのだった。
「あのーチョコバナナ2つお願いしますー!」
「はーい。四百円ねー」
活気溢れる屋台のおばさんに敬浩は小銭をちゃらんと渡すと、立たされたチョコバナナを見つめて葵に「どれがいい?」と尋ねた。
「え……ど、どれでも」
「じゃあ、俺が勝手に選んじゃうよ?」
敬浩はそう言うと、手前にある2つのチョコバナナをとって、葵に渡した。
「ありがとうございます……」
(なんかデートっぽい感じ、変だな……)
「さて、食べながらでもいいから奥の方行こうぜ!折角だし乗り始めはあれからだな!」
「え、あれって…ど、どれに乗るんですか」
「決まってるだろ。あれだよアレ」
敬浩そう言って指さした先には、垂直に高々と聳え立つジェットコースターがあった。
(はぁあ!?)
ーーーー
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それから3時間後ーーーー
「ひゃー!楽しかったなぁ葵ちゃん!沢山乗れたしおじさん満足だわ!」
「は、はぁ、怖かっだ……」
葵はヘトヘトになった体を前屈みにして肩で息をしながらなんとか、アトラクションの出口から出ることが出来た。
(まさかこんなに本格的に遊びに付き合わされるとは……)
もう外はとっくに夕暮れ時で、だんだんと人の数も減ってきていた。
屋台も売り切れたのか、今日はもう店を閉めるようだった。
「んじゃ、そろそろどっかで休むかー」
「そうですね」
こうして葵達は近くにあったレストランへとりあえず入ることになった。
ドサッと重たく腰を下ろすともうそこから立ち上がることは億劫だろうと葵は思った。
「楽しかった?」
「ま、まあ……」
「初めて乗っただろ?あーいう凄いやつ。ここにしかないんだぜ!」
「そうなんですか、怖すぎですよあれ……」
「そうか?それにさ、葵ちゃん女の子みたいに叫ぶから面白かったよ?」
「お、俺…普通に絶叫そんな得意じゃないかもしれないんで……」
「あ、そうなの!?それはごめんごめん」
敬浩はそう言いながらも、絶対そう思ってなさそうな笑顔を向けながら頼んだジュースをひと口飲んで、改めて話を切り出した。
「俺さー、遊園地誰かと来たこと無かったんだよ」
「え、そうなんですか!?今までで1度も?」
「一度も。ミュージカル小さい頃からやっててさ、親が叫んだりすると喉を痛めるからって連れてってくれなくってさ。でももういい加減いいかなーって思って来ちゃったってわけ」
敬浩はそんなふうに言うと、無邪気に歯をむき出して笑った。
「もうミュージカルの道もほぼ諦めてるしなぁ」
「え、でも海外で勉強したんじゃないんですか?」
「勉強はしたさ、何年も。学生の頃から英語も勉強して海外に行くとは決めてたし、だからその夢は叶った。でもそれからはどんなに頑張っても無理だと思うことが増えたよ。それに年齢が年齢だし?ははっ……」
(あれ……?この人ーーーー無理して笑ってる?)
そう話す敬浩の目は笑っているけど何故か悲しそうに思えた。
この人はいつも変なテンションで優一に避けられてて、勝手に家に入るしおかしな人だと思っていたけれどきっと本当はそんな部分は上辺でしかなくて、影で密かに頑張ってきた人なのかもしれないーーー葵はなんとなくそう思った。
「……そうなんですか。もう日本では一切やらないんですか?」
「んー、やろうとしてたけど、もういいなぁって」
「勿体ない気がしますけど…それに、敬浩さんは色々勉強してて凄いと思います!俺なんか、全然そういうの出来ないし行動力ないし優柔不断だし…」
「っ…そんな褒めたって何も出ねぇぞ!?…ま、まあ、海外に行くってのは元々決めてたからな。でもその考えだって、今なら自分の身をわきまえてやればよかったと思うよ。優一みたいに多数に認められる明らかな才能なんてものもなかったし、栄人みたいに運も強くないしな」
(あ、それはーーーー少し分かるかもしれない。)
優一の凄さに圧倒されて、こんな自分が果たしてそばにいていいのか、もっと同じような環境で頑張ってる子の方がお似合いなんじゃないか---小牧さんとか---過去の人とか。
そう思うことがある。自分なんかじゃ、と。
葵でさえ思うのに、この人は何年も一緒に仕事をして生きてきてそんな優一を見てきて自分の無力さや差を感じてプレッシャーを持っていたのかもしれない。
「結局俺はダメなんだよ。何やってもさぁ。何しても仕事が入る奴らとは違うし?仕事を自分で必死に探してる今が馬鹿馬鹿しくなってな。この業界じゃ売れ残りは大概枯れてくだけ、花開くのだって一部だ。だから俺は向いてないって---」
「そんな事ないですから!!」
「っえ……?」
「才能がない人なんてむしろ沢山いるじゃないですか!それに、才能も努力と一緒だと思います!敬浩さんがどんな人生送ってきたか俺よくわかってないですけど何となく気持ちわかるんで……だからそんな自分なんかとか思って周りと比べて落ち込まないでください!俺は海外行っただけでもすごいと思いますよ!だから、その、応援してるんで諦めないでください!」
葵が思わず口調を強めに無理やり話をまとめると、敬浩は初めてのものを見るかのように目を見開いて、ぱちぱちと大きく瞬きをした。
その様子に葵は一瞬にして我に返ると急に恥ずかしくなり、慌てて頼んだココアをゴクリと飲み込んだ。
「す、すみません……そんなこと俺に言われてもですよね……」
敬浩は暫く黙っていたが、それから口を開くと何かを諦めたようにぽつりと呟いた。
「っ……はぁ、葵ちゃんってそういうとこあるよねぇ」
「あ…はい。俺の悪い所なんだと思います……」
「悪い所?かな?」
(え……?)
「いーや、なんでもない。あ、そだ!葵ちゃんさ、あともう少し時間ある?」
「まあ30分くらいなら……ってまたどこか行くんですか?」
「おう。最後にお土産見ていこうぜ!」
「……?はい」
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それから敬浩と葵は少し混雑したお土産屋の中に入ると、とあるストラップのコーナーへと向かった。
「ストラップ?」
「そうそう。俺こういうの好きなんだよなー。意外?」
「まあ、小さい頃は俺も好きでしたけど」
(懐かしいなぁ。こういうご当地限定ストラップみたいなやつ…どこにでもあるんだ)
「んじゃあ、お揃いにしようぜ!葵ちゃんとのデート記念に」
「はっ!?な、何言ってるんですか!言っときますけどこれはただ、敬浩さんに付き合っただけって言うか……!」
「えー?頑なだなぁ~。俺、絶叫してる時の葵ちゃんが俺の手を掴もうとしたの知ってるんだぜ?」
「なっ……!」
「かーわい。はははっ……ま、こんなこと言ったら優一に殺されそうだけど」
「あ……」
(そういえば……)
葵は眺めていた2つの遊園地限定ストラップを見つめると、2つ手に取った。
(もしこれあげたら喜ぶかなーーー)
「……なぁ、葵ちゃん」
ふと、敬浩に名前を呼ばれて顔を上げると、敬浩の顔がズイッと葵の顔に近づいた。
「ちょっ……?」
(なに……?)
「葵ちゃんってーーー」
ピリリリリ!!
その時、葵のスマホが鳴り響いた。
「あっ、す、すみません!!」
葵は一気に顔を逸らすと、慌ててポケットからスマホを取りだした。
画面には優一から着信と表示されていた。
「優一さんからだ……」
「え?優一から?」
「ちょっと外でます!お土産屋見ててください」
「……おう」
葵は急いでお土産屋から出ると、ボタンをポチッと押した。
『もしもし、葵くん。今何処?』
「えっあっ…えーっと外に…居ます」
(うーん。なんて言おう……?敬浩さんと一緒とか言ったら絶対気分悪くするよな……)
『外?』
「あ、はい…すみません連絡できなくて……」
『それはいいんだけど、1人でこの時間まで?』
「あ、いやその、友達と……」
『友達か』
「はいっ」
(よし、これでーーー)
しかし……
「そうそう。大人のお友達だよ。」
『え…?』
葵が慌てて振り向くと、肩から顔を覗かせた敬浩がニコッと葵に微笑んでいた。
(ちょっ……敬浩さん!?)
『何故、敬浩さんが?葵くん教えて。今どこにいる?』
「え、えっと、その……遊園地に……」
『遊園地?敬浩さんと……?』
「えっとこれには訳が……」
『訳?まあいい…今からいくから待っててくれる?』
「え、あっ……はい。」
(き、来てくれるの?!)
「おーい。優一、迎えは大丈夫だぞ?俺が車で送ってくからさ。あ、お土産何かいるかー?」
『…敬浩さんには聞いてません』
「おいおい。なんでそんな心配するんだよ?車だし、それに葵ちゃんだってもう高校生だぜ?」
「ちょっと敬浩さっ……」
『高校生だからです。危ないでしょう。とにかく葵くんはそこにいて』
『高校生は二十二時までバイトできるんだぜ?閉園までいたって平気じゃんか!あ、それとも何か予定とか理由でもあるのかー?』
敬浩の問いに暫くの沈黙を続けた後、優一はポツリと呟いた。
『……そんなの決まってます。敬浩さんだと不安だからです』
優一はそれからプツッと電話を切ってしまった。
(あ……。絶対機嫌損ねてる……もう最悪だ……)
「あの……敬浩さん!なんで突然電話に入ったりなんかーーーー」
葵は振り向きざまに言いかけたが、敬浩の目を見るなり言葉が引っ込んでしまった。
何故かーーーー敬浩はいつもの表情ではなく、眉間に皺を寄せ険しそうな表情をしていた。
(え、なんで?)
葵が不思議に思ってると、敬浩は徐に口を開いた。
「ねぇ、葵ちゃんさ。いつもこんな感じなの?優一って」
「ま、まあ、迎えに来てくれたりは結構ありますが……」
「ふーん……そうかぁ」
(なんだろう?何か言いたげだけど何も言ってこない。この感じ……)
「何か……?」
「いーや、何も?……ただ、折角のおデートなのになぁって?なぁ、優一が迎えに来るってよ。どうする?」
「え、どうするって待ってるしか……」
「優一には「敬浩と帰る」って連絡しといたらいいじゃんか?俺まだ葵ちゃんと話し足りないんだよー」
「え、でも行き違いになっちゃうから……」
「葵ちゃん、そんなに俺と帰るのが嫌なの?」
「あっえっと……そういう訳じゃなくて、その……」
(なんでそんなこと言うんだ?)
「何?そういう訳じゃなくて?」
「そ、その……折角迎えに来てくれてる……から……」
葵が声を絞り出してそう言うと敬浩はフッと少し諦めたような笑みで俯いた。
「そういう事か……なるほどね」
「……さ、さっきからなんなんですか?あの、もし言いたいことがあるならーーーー」
「言いたいこと?んーそうだなあ、じゃあ言っちゃっていい?」
「え?な、何……?」
「俺さ、葵ちゃん好きだよ。」
ーーーーーーーーは?
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