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第五十六話 裏計画
しおりを挟む「おーい、優一」
「優一ちゃーん、起きてるー?」
もうかれこれ、何時間呑んでいただろうか。
気づけば時刻は24時を上回っていた。
もうそろそろ帰らなくてはーーーーーーーーしかし、そう思った矢先に優一が酔いに酔いすぎてしまったのかカウンター席で寝てしまったのだった。
栄人ははぁと大きなため息をついた。
「なあ、栄人、どーするんだよ?」
「ただでさえ寝たら起きないんだ、酔って眠ってたら何しても無駄だろう」
「まあなー。にしても、相変わらず優一はお酒弱いな」
「だな」
栄人はそう返事しながら、瞳を閉じて、静かな寝息を立てる優一を暫く眺めた。
この姿が栄人はなんとなく好きだった。
寝ている時の優一は、演技をする時の大人びた表情をする俳優とは違い、とても幼い純粋無垢な子供のように見えてしまう。
それは懐かしい光景だった。
学生時代、いつも自分を頼りにしてくれていた優一。
1人のために身を削ってまで、なにかしようとする姿に栄人は自然に心動かされていた。
でも違うーーーーーーそんな距離感じゃ足りなかったのだ。 もしもあのとき、自分がもっと優一のことを守ってやれたらーーーーーー今頃こんなに苦しい思いはさせていなかったのだろうか。
もしもあのとき、もっとそばに居たらーーーーーー
「付き合えてたのか……?」
ポロッと口に出してから、栄人はハッと敬浩の方を見た。
敬浩は一瞬驚いた表情を向けたが、そのうち何かを理解したように大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「ほんと、お前も素直じゃないな。付き合いたくてたまらないくせに」
「……んなこと」
カラン……と小さくウイスキーの氷が音を立てる。
ああ、今ならーーーーーー
優一が寝ている今しかーーーーーー
「あ、あのさ……」
「おん」
「葵と優一って、付き合ってんのかな」
ああーーーーーー聞いてしまった。
栄人が恐る恐る敬浩の表情を窺うと、敬浩は今度こそ驚いたように目を見開いていた。
「……は?葵ちゃんと優一が?さすがにないだろ!?だって、葵ちゃんはただ優一の家に居候してーーーーーー」
「ああ、俺も最初はそう思ってたんだよ。でも違ったのかもしれない。というか、絶対に違う。あいつが全員に平等に向ける優しさじゃなくて、葵に対してはこう…特別扱いしてる気がするんだよな」
「ほほう、なるほどねぇ。栄人はそれが気になってて距離を詰められなかったわけか」
「別に無理に詰めようだなんてしてないが……」
「んー、まあさすがに付き合ってるとは俺は思わなかったけど、優一が葵ちゃんを好きで大切に思ってるってのはすごく伝わったからなぁ。葵ちゃんも優一優一って感じだし」
「やっぱり…おかしいよな。おかしいんだよ。絶対…優一がそんな、まさか」
そんなことが起きてたらーーーーーー
「なあ栄人」
「……ん、なんだよ……?」
「もし、優一と葵が両想いだったらお前どーすんだ?応援すんの?」
「それは……」
「栄人さ、そんなこと俺にわざわざ聞いたってことはよっぽど頼みたいことがあったんだろ?この際だからもう素直に言ったらどうだ?」
(そうだな。もうここまで言ってるんだし、引き下がれないよな……)
栄人は意を決すると、静かに頷いた。
「……ああ、今回ばかりは頼む」
それからオーナーが奥に入ったのを見計らうと、敬浩は早速話を切り出した。
「ーで、どうすんだ?」
「どうするって、言われたってな……」
「あー俺が葵ちゃんと優一の心引き離せばいいな!」
「はっ?ちょ、おい。んなことしたら、葵が困るだろ。居候してるんだから仲悪くなったりなんかしたら……」
「ははは、安心しろ。そんな嫌なやり方じゃないさ」
「じゃあどんなやり方だよ?」
(第一してそんなやり方あるのかよ……?)
不安げな面持ちの栄人に敬浩は怪しげに微笑むと、ウイスキーの瓶を優一のグラスにカンっと当てた。
「そりゃー簡単さ。葵ちゃんに好きになってもらうんだよ」
俺をーーーーーー
ーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
「よーし、テスト終わったぞぉ!!」
「よっしゃぁあ!!」
期末テスト最終日の最後の科目のテストの終わりを告げるチャイムが鳴ると、先程まで筆を走らせる音と誰かの寝息が聞こえていた静かな教室は一変して賑やかになった。
後ろの席の人が順に裏返したテスト用紙を集めて回収すると、そのまま帰りのホームルームの流れとなった。
もうこれで今年の授業ない。あとはテスト返しと冬休みをただ待つだけであるーーーああ、そう思うとなんと気が楽なことか。
(疲れたぁあ……)
葵はそんなことを思いつつ、筆記用具を素早く鞄の中にしまうと、とりあえず優一に学校が終わったことを連絡してスマホをポケットの中へとしまった。
でも今回のテストには少なからず心残りがあった。
栄人の話だったり、麗奈の事もあったりで前回のテストよりはあまり集中は出来なかった気がしたのだ。
いやそれどころか、回答できない問題が何ヶ所かあった。
こんなことならもう少し復習をすれば良かったなーーーとは思ったものの、今回ばかりは仕方がない。
(だめだ。麗奈さんの話がぐるぐるしてる……)
優一の家庭のこと、その過去のこと、色んなことが段々とわかってきていている。けれど一方で優一が心を開くような素振りは全くなくなってしまった。
寧ろ余計に何を考えているのかわからないままになってしまっているーーーーーー
(とりあえず帰るか……)
葵は騒がしい教室を抜けると、足早に駅へと向おうとした。
しかし、門を出たその時だった。
突然目の前に男が立ちはだかり、葵の行くてを阻んだ。
「えっ?」
葵が恐る恐る見上げると、なんとそこにはあの高本敬浩がこちらに向かってにこりと微笑んでいたのだった。
(な、なんで!?)
「葵ちゃんお疲れ様」
「た、敬浩さんなぜここに……?」
(しかもこんな門の前で…学校の人に怪しまれちゃうじゃんか!)
葵がそんなことを気にし周りの様子を窺っていると、敬浩に突然手を掴まれ、門の横に止めてあった車に乗らされてしまった。
「ちょっ……俺これから帰るんですけど!?」
「ほら、早くここ去らないと怪しまれちゃうぞ?」
「うっ……」
葵は仕方なく助手席に座ると、ドアを閉めた。
「いやあ実は今日暇でさぁ、葵ちゃんと出掛けたいと思って迎え来ちゃったんだよねぇ。テスト終わったならいいだろう?それとも予定ある?」
「な、ないですけど……」
「おお、じゃあいーじゃん!あ、優一のことなら心配しないでな?優一にはちゃーんと、葵ちゃんとデートしたいって言ってあるから?」
「え……?」
(そ、そんなこと言ったのか!?でも優一さんに止められてないってことは…優一さんは俺と敬浩さんがデートするのを許可したってこと……?)
ーーーーーーなんで。敬浩さんが家きた時はあんなに俺と敬浩さんが話すの嫌がっていたのに。
「うん?なんか気になることでもあるか?」
「あ、いや……じゃ、じゃあ一応連絡だけはしておきます」
「え、優一に?」
「はい。帰る時間はいつも伝えていて……」
「ほーん……。でもさー、葵ちゃんもう高校生だろー?ましてや同棲してるカップルじゃないんだし、そんないちいち連絡しなくてもねぇ。……あれ、それとも本当に付き合ったとか?」
敬浩の悪戯な笑みに、葵はキョドりながらも咄嗟に否定をした。
「なっ、何言ってるんですか!そんなわけないじゃないですか……」
(な、なんだよ……急に。)
「じゃあ、いいよな?あー腹減った。甘いもんでも食いに行くかー!」
敬浩はそう言うと、戸惑いの表情を浮かべつつシートベルトを仕方なく締める葵の姿を確認してから車を発進させた。
しかし葵の心の中では不安や疑問ばかりが浮かんで、普通に食べに行くだなんてそれどころではなかった。
(なんだなんだ、一体なんなんだ…?テストが終わってやっと冷静にあの事を考えられると思ったのに敬浩さんが急に誘ってくるなんて…どういうことなんだ?)
ーーーーーーしかも連絡もするなって……
「なに?そんなに困らなくてもいいじゃんか?」
「えっあ、いや…なんで急に俺なんかを誘ったのかなって、家に来るならまだしも、学校まで……」
「んー?俺が葵ちゃんと出かけたいって思ったらダメなの?」
「……」
(ずっとこの人の事へんだと思ってたけど、やっぱりへんだ。なにかおかしいーーーーーーいちいち気になるような言い回しばかりしてくるし……)
ああ、また……なにか起きてしまう予感がするーーーーーー
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