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第四十八話 天体観測

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「ふぁぁあ…」

葵は一つ欠伸をしながら身体を伸ばすと、ゆっくりと起き上がった。今は何時だろう。
枕横にあるスマホの画面を見ると、時刻はもう7時を過ぎていた。

(7時15分か…んん……)

いつもより少し長く眠ってしまった気がするがーーーそれでも問題はなかった。

むしろ、まだまだ時間はある。なぜなら今日は天体観測の日であり、学校がお休みの日でもあるからだ。
つまりはーーー至福の二度寝ができるというわけだ。

(よし……もう一度寝よ…)

葵はそう決めると毛布に潜って目を瞑った。

しかしその僅か数分後の事だったーーー

ジリリリリリ!!!と突然躊躇なく大音量のアラームが耳元で鳴り響いて、葵はまるで猫が跳ね上がるようにベッドから起こされた。
別に自分はいくらでも寝ていられるのに何故アラームなんかーーー!!

しかしそこで葵は気付くのである。

このアラームは自分を起こすものではなく、を起こすためのものだと。
そう、自分はあのドタキャン王子の家にいる以上ーーー

二度寝など出来ないのだ。


「ぁぁぁあ!!!優一さん!優一さん起きて!!!」

葵は寝巻きのまま慌てて優一の部屋へと向かった。
すると優一はやはり寝ていた。

「んん……まだ……」

「まだじゃなくて!!今日撮影って言ってましたよね!?早く起きないと遅刻します!」

「昨日も遅かったのに…」

「そ、それはーーーとにかく頑張ってくださいよ!!!今が一番大切な時なんでしょう!?」

「うーん………」

「優一さんっ!!」


ーーーちなみに、一昨日の監督との対談は無事上手く行ったようだった。
あの時は夜遅くに思わぬ来客ーーー高本敬浩という男が来たこともあって、一時は大丈夫なのかと不安にもなったが、優一もやる時はやるらしい。(遅刻しないのは当然のことだが)
優一は僅か数時間しか寝てないと言うのに30分前には家を出て、余裕を持って対談を行えたのだそうだ。
そうしたらなんと、監督にかなり気にいられてしまったらしく、まさかの次の日に飲み会を誘われ、波に乗るようにして撮影や映画スタッフの打ち合わせを朝から晩までこなした後、夜遅くに何件も飲みに連れて行かれたそうだった。

そしてーーー今日がその朝である。

夜遅くまで飲まされていたのだから当然体が怠くても仕方ないのだがーーーここは心を鬼にするしかない、と思った。


「優一さん!!!」

葵がそう呼び掛けながら、いつまでも毛布に潜っている優一に痺れを切らして毛布を取り上げると、ついに、この眠り王子も目が覚めたようだった。

「……今、何時…」

優一は眠たい目を擦りながら葵に尋ねた。

「7時半です。7時半に起こしてってメモに書いてあったので。」

葵が何も問題ないと言ったようにそう言うと、優一は暫く天井を眺めたあとで、呟いた。

「ああ、そうか。ーーーーーー遅刻だ。」

「ちょ!?え!?遅刻!?」

「本当は6時半起きなんだけど、もっと寝たいと思ったから7時半でもいいかなーって。」

「は、はい……?それ、まじですか。」

「え?……うん。」

優一はまるで満足した子供のように綺麗な顔で頷いた。
しかし、その瞬間葵は全身の脱力感に襲われ、はち切れそうな気持ちになりーーーそしてついには叫ぶのだった。


「どうしていつもこうなるんだぁぁあ!!!」と。



ーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それからはまたいつものように優一を着替えさせ、支度をさせ、まるでお母さんのような立ち回りをしながら無理やり外へと追い出した。
そして優一以上にどっと疲れた体を振り絞ってソファまで歩むと、勢いよく突っ伏すのだった。

(もうほんと毎回毎回…。優一さんのマネージャーさんに会えるなら土下座したいよ…。あと、普通に二度寝したい…。)

でもーーー葵自身も支度をしなければならなかった。
葵は起き上がると、予め昨日メモしておいた持ち物リストを確認した。
今日は秋の天体観測で少し山の方に行くからちゃんと暖かい格好で、懐中電灯や何かあった時のための携帯バッテリーなんかも持っていく必要があった。
そしてあとはーーー

「もう、優一さんはなんでこう…酒に酔ってたのか知らないけど…」

そこには昨日、優一が買ってきたという防犯ブザーが置いてあった。
実は天体観測があるんだと言うことを伝えた後、優一が何を思ったのか葵にと買ってきたのだ。
なので、最初渡された時は絶対ウケ狙いだろうと葵は思ったのだが、そのうち優一は凄く真面目な顔になると「夜遅いし危ないから。」と言ってきたのだった。
本物の天然だ……葵はそう思った。それと同時に自分がお子様に見られていることを知り、虚しくもなった。

(いや、でもきっと優一さん仕事で疲れてるだけだよね、うん。だって高校生に防犯ブザーとか渡す人普通にいないしね、うん。まあ心配はありがたいけどさーーーーーー絶対付けねぇよ。)

葵は防犯ブザーをカバンの奥底にしまうと、引き続き支度をしたのだった。

そう言えばーーーあれから和樹にはサインを頼んでいたのを断ったのだが、あの先輩には既に言ってしまったらしくーーー結局今日その先輩から圭一郎さんのサインを貰うことになったのだった。
優一が貰いにいってくれるとは言っていたから本当なら和樹にも悪いし断りたかったのだが、まあーーー早めにサインを貰えるのならその方が嬉しい。
それに、優一のあの感じだと色々頼むのは無理そうだった。
ただでさえ、あんなに忙しくて疲れているというのに今日は絶対に迎えに行くからと言い張っているのだ。
おばさんがまた優一に何か言っていたのかはわからないけれど、これ以上なにかさせてぶっ倒れでもされたら、それこそ困る。

ただーーーあの先輩とはちゃんと会話をしたことが無いので心配ではあった。兄のことになると人が変わる、というのは聞いたが、それでもだ。
それにあの3人組先輩も昨日になってようやく葵に天体観測の日を連絡してないことを思い出したのか、謝りの電話を入れてきたのだった。
だからかなんだか色々バタバタしていたような気がするーーー


(まあ、とりあえず今日は天体観測楽しめるといいな。何事もなく…)

葵はそう祈りながら、改めて電車の時刻を確認した。
それによると17時に家を出て15分の電車に乗れば、大体18時半ぐらいには着くらしい。
集合時刻は19時であるため恐らく迷わなければ余裕だ。

ーーー

ーーーーーーーーー

そしてやがて時刻は17時になると、葵は家を出た。

ーーー行くのは自分が思っていたよりもかなり、山の方だった。
星が綺麗だし、資料で見た時はなかなかいいスポットだと思っていたが、現実的に行くとなるとやはり近場の方が良かっただろうか?と思い始めてきた。
まあ、天体観測だから星は綺麗な方がいいに越したことないけれど。

葵は最寄り駅からいつもは乗らない電車へと乗りこむと、目的地へと向かう足を早めた。
自分が方向音痴なのは上京したての時にもう痛いほど思い知っているから早め早めの行動をしなければならないと思っていたのだ。遅れでもしたら大変だ。

時間はきっちり守らなくてはーーー

(あ、あれぇ?ここどこ…?)

慎重にグー〇ル先生の地図アプリを見ていたにも関わらず、気づけば全く知らない駅に辿り着いていた。

確か、最寄りの駅から五駅、そこから乗り換えて八駅ほどだったような気がするのだがーーー

(いや…落ち着け俺…落ち着くんだ俺……!)


ーーー迷子になって焦るなんて高校生男児として情けないぞ俺!!!ーーー

葵が焦りを募らせ電光掲示板を睨みながらホームで立ち往生していたその時だった。

バサバサバサッ!

「わぁぁあぁあ!!!」

激しく何かが落ちる音と共に、男の叫び声が近くで聞こえてきた。
葵が慌てて音のした方を振り返るとスーツを着た天然パーマで細身の男がなんと紙の束をホームにばらまいていて、四つん這いになって頭を抱えていたのだった。
その横には破れた紙袋があって、どうやら紙の束をあの紙袋に入れていて、敗れたのだろうというのが推測できた。

(ちょっ……!?)

葵は慌ててその人のところへ行くと散らばった紙を拾った。

けれど、その他の人達は見て見ぬふりをするかのようにチラチラとこちらを見るばかりで決して拾おうとはしない。

(と、都会の人って冷たいって言うけど…本当だ…)

葵はそんなことを思いながら、ある程度紙を拾うと頭を抱えている男性の肩をちょんちょんと叩いた。

男は驚いたようにビクッと身体を震わせると、こちらにバッと振り向いた。
そして、涙目で見つめると思いきや、葵が紙を集めてくれたのだと気づくと、突然抱きついてきたのだった。

「ふぇっ!?」

「うわぁぁぁあ天使だぁぁあ!!!ぁぁあありがとうお!!!」

(え、て、天使ーーー!?)

急にそんなことを言われ、葵は思わず目を点にして、口をぽかんと開けてしまった。
ただ散らばった紙を拾っただけなんですけどーーー

「だ、大丈夫ですか…?」

葵がそう訪ねると、男はぐぁーっと涙を流しながら「うぅ」と呻きつつ頷いた。
そして葵から紙の束を受け取ると、それをぎゅっと抱きしめた。そしてまた、泣き出してしまった。

「うわぁぁあ……ぁぁうう…」

(ぁぁ…な、なんかめっちゃ精神的にキテそうだなこの人…)

葵自身、本来ならこんなことしてる場合ではなく早く目的地の駅へと向かわなければならないのだが、こんなふうに豪快に泣いている人を見るとこの場から去れる気がしなかった。
それに、次第に周りから見られる視線が自分に向き始めていて、そのうち、手を出したならその男なんとかしてやれよ。と言われている気がしてきてしまった。

葵は暫く考えた後、紙袋と男の落とした鞄も抱えると男に切り出した。

「ーーーあ、あの、とりあえず場所移動しませんか?ここ…ホームですし人多くて危ないと思うので…」

すると男はゆっくりと頷いて、次第によろよろと立ち上がった。
なんだか痩せた人だと思っていたが、立ち上がると背は意外と高く、百七十五センチくらいはあるように思えた。

それから紙を2人で分けて抱えて持つと、とりあえず駅の階段を上り、人通りの少ない切符売り場の横に移動した。

そして、資料のようなものを順番に並べると、葵が折りたたみ傘の入れ物として丁度よく持ってきていた大きめのビニール袋に先程の紙の束をを入れた。
別に雨が降る予報もなかったし、こういう時に持って来といてちょうど良かったな、と葵は思った。

男はそれでさらにズビズビと泣きながら葵がホームから移動する前に差し出したティッシュで鼻をすすると、重ねるように改めて葵にお礼を言った。

「ありがとう…。本当にありがとう。さっきは突然抱きついてしまってごめんね。つい感動してしまって…」

「い、いえいえそれは本当に大丈夫ですよ。それより紙、全部ありましたか…?一応は並べましたが…」

見た感じ、内容はわからなかったものの重要な資料そうだったので、葵は尚更心配になっていた。
けれど男は頬を緩ませると、安心したような面持ちで言った。

「ああ…君が拾ってくれたし中身みても大丈夫だった。本当にこんなふうに迷いなく拾ってここまでしてくれる人君が初めてだよ…ありがとう。優しいね。」

「あ、いやいやそんな……」

(つーかあんな状況逆にほっとけないし、そんな褒められることじゃないと思うけど…)

「ううん、本当に優しいよ。それで、君になにかお礼したいんだけど…この後時間あるかな?」

「え?この後……?」

男にふとそんなふうに訊ねられそこで葵はハッとした。

そうだーーー俺こんなことしてる間に早く目的地に行かなければ行けなかったんだ!!!

「あっご、ごめんなさい!俺、実はちょっと急いでて…」

「え、そうだったの?それなのに拾ってくれたなんて尚更悪かったね。時間間に合いそう?大丈夫?」

「あ、えーっと…多分?というか、現在進行形で迷っていて…」

(って、そうか!この人に道聞けばいいのか!)

「そうなの?どこ行こうとしてたの?」

葵が訪ねる前に先に男にそう聞かれ、葵は目的地を記したスマホの地図表を見せた。

「こ、ここなんですけど…行き方がわからなくて。」

「はぁー!ここかぁ。何時までに着けばいいのかな?」

「19時までになんですけど…」

「ああ!それなら全然余裕だよ。15分後に四番線に快速出るからそれに乗って5駅目のところで降りれば目的地には3分前にはつくから。」

「え、四番線から快速が出るんですか!ありがとうございます!」

「ええ、これネットで調べてもなかなか出てこないんだよね。まあ、そんな事はいいか。ーーーありがとう。どうか気をつけてね。」

「あ、はい!こちらこそ教えてくださってありがとうございます!ではっ」

「うん。」

葵はぺこりと一礼すると、手を振る男を背にして急いで四番線の階段を駆け上っていった。
そして15分後ーーー快速に乗ると、あの人の言うとおり3分前に無事目的地へと着くことが出来た。

(ぁあ…よかったぁ…)

葵はホッと胸を撫で下ろした。

そして集合場所である改札口に行くと、少し離れたところから呼ばれた。

「おーーい!葵くんこっちこっちーー!」

葵が顔を向けると駅の少し離れた木の前に少し大きめの機材を抱えた顧問と3人組先輩が既に待っていた。

「よかった!もしかして迷ってるかなぁって心配してたのー!」

夏菜子はそう言うと、「はい!」と葵に紙を渡した。

「これは…?」

「今回の観測の目標と秋の四辺形カシオペア座、ケフェウス座、あとおひつじ座の図とデータ!これ、かなり見つけやすいところを抜粋したの!って……簡単すぎたかな?」

「あっいや俺、天体観測初心者なんで助かります。」

「ならよかった!」

その紙には星見表のようなものと解説が書かれていた。

「ーーーじゃ、行くか。」

顧問がそういって歩き出すと3人組も頷いて歩き出した。
だがーーー葵は1人だけ、あれ?と首を傾げていた。

(宮井先輩、まさか今日休み……?それともいつもみたいに遅れてくるのかな…?)


ーーー

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