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第四十四話 偽りと動揺[栄人Side]
しおりを挟むずっと近くで見ていたからただ気になっているだけ。
それだけだと思っていたんだーーー
ーーー
ーーーーーーーーー
(はぁ·····疲れた)
午後13時からぶっ続けで今冬発売のファッション雑誌の撮影を終え、栄人はいつものように事務所から出ると、待ち合わせ場所であるカフェへと向かった。
(久々に会うっつーのに行きつけのカフェで良かったんだろうか····)
天候はもうすっかり秋といったところだろうか。
都会でも少しだけ、紅葉がビルの狭間を彩っている。
でもーーー
洒落たガラスには、一人気分の浮かない男がコーヒーを飲んでいるだけだ。
(あー、俺も歳とったなぁ·····)
栄人はカウンターから外の景色を眺めつつ、ふと右手につけられた腕時計を確認した。
時刻は16時半過ぎ、待ち合わせ時間の15分前だった。
(まだ時間早かったか·····?まあ、でもいいか。外にいるのもだるいしそれにーーー)
最近はこうして一人でいる時間の方が気が楽だと思うようになってきた。
前まではガヤガヤした雰囲気が好きだったのに、これも歳をとったせいなのだろうか。
けれどそうした時、いつも関係なく頭に浮かんでしまうその顔に、栄人はまた深くため息をついて、そういうことじゃないと思い知ることになるだけだった。
自分でももう何度も呆れているというのに。
ーーー
ーーーーーーーーーーーー
『お前、本当に同居してんのか?』
栄人は向かいあわせで座って、チョコレートパフェを食べる優一に早速尋ねた。
優一はふと口に含んだばかりのスプーンを離すと、もう一度「そう。」と頷いた。
「まじ·····なのか。」
栄人は掴みかけたスプーンを置いて、暫く困惑していた。
確かにーーーイチャイチャ同棲中だなんてのは嘘だとはわかったけれど、それでもこれからあの子供が優一の家に住むというのはどうやら本当の話らしい。
「驚いた?」
「驚くに決まってんだろ。本当に、大丈夫なのかよ?」
「うん、悪い子じゃないから。それにこれは人助けみたいなものです。」
優一はそういうと、またパクりとチョコレートを口に含んだ。
相変わらず何を考えてそんな余裕で平然とできるのか、考えてもわからない。
「人助けって·····。あのなぁ、そんなこと言ってるけどお前どうせ家事できないからだろ?」
「んー、それもあるけど、手作りのご飯というものを食べたくなったという理由もーーーあ、あとは原稿が進むという理由もあるね。」
「っておい!変態小説の材料にすんのやめろ!!」
(ーーーまあこんなこと言ってるけど、こいつの事だからそんな理由で受け入れたわけじゃ無いだろうけどーーー)
ーーーそれでも本当は内心混乱してたしなんでこのタイミングでって思ってしまった。
それに、今は優一の冗談も上手く受け流せないような気がして、いつもみたいな上手い言葉が出せなかったから、自分でも上手く動揺が隠せているかわからなかった。
ーーーーーー
(まあでも、実際話してみたら葵は悪い奴じゃなそうだし·····。優一のこと好きじゃないって言ってたからそれを信じるべきなのか·····?何度も聞いてしまったが·····。てか俺、さっむ。年下の男と居候してるってだけでこんなことばっか考えるとか·····)
(まじ····· さむいやつだろ·······)
栄人が自分の気持ちに身震いしながら冷め始めたコーヒーカップに手を伸ばし、もう一口啜ろうとしたその時だった。
「待ったか?栄人」
栄人が振り返るとそこには何年かぶりに見る顔があった。
気づけばもう待ち合わせ時刻を過ぎていた。
栄人は久々に見る顔をまじまじとみながら、返事をした。
「おお·····久々だな」
「だな。」
そう言って向かいの席に座ったのは、高本敬浩ーーー29歳で同じ俳優として前に何度か共演したことのある同じ俳優仲間で友人である。
濃い髭が特徴的な彼は、かなりハードなバトル系の役を演じることも多く、高い年齢層に支持をされている渋い俳優として有名で多くの作品を演じてきたが、5年前に突然アメリカに舞台を学びに行きたいーーーと言いだして、連絡がとれなくなったかと思えば、いつの間にかアメリカに住んでいたという話だった。
そしてこの前久々にマネージャー伝いで連絡先を聞き出すことが出来て連絡しようと思っていた矢先、敬浩から「日本に帰る」という突然の電話を貰って、急遽敬浩とこのカフェで待ち合わせをすることになったーーーというのが今に至る経緯だった。
「それにしてもここら辺はあのころとあまり変わってないんだな。5年ぶりに来たってのにそこに1番驚いたよ。」
「歩道はこの前の工事で綺麗になったけどな。ってそれよりーーー久々の再会がここで本当に良かったのか?もっと前に教えてくれれば予約できた店いくつかあるのに。」
「いやいや、何年間も通ってたこの場所だから良いんだろ。変わってたら軽くショック受けるとこだったし安心した。」
敬浩はそう言って向かい側の席に座ると、早速メニューを広げて店員を呼んだ。
ーーー
ーーーーーーーーー
「ーーーそれにしても突然だったな。もうずっとアメリカで仕事するのかとばかり思っていたんだが。」
栄人は追加で頼んでおいたコーヒーをスプーンで掻き回しながら話を切り出した。
こうして敬浩とお茶をすることももうないと思っていたから、新鮮だった。
「そうか?まあ、急に日本を出て5年も帰ってこなけりゃそう思うのも無理はないか。」
「まあお前に限ってはいつも急だから納得がいくけどな。ちなみにこっち戻ってきたってことは、また俳優として復帰すんの?」
「んー、俳優も復帰しようかとは思うけど、起点にするのはミュージカルの方かな。」
「へぇーミュージカルか。でもやったことねぇじゃないの?」
「ないよ。でも、だからこそやってみたいと思ってる。丁度学んできたのもそれだし。なんでも行き当たりばったりの方が経験になるだろ?その方が人生は面白い。」
「ほうーーー。まあそれもそうか。」
(こういうとこは相変わらずーーー変わらないな。)
栄人がもう一口コーヒーを飲んで何かを考えるように窓に視線を移すと、ふと敬浩が思いたったように口を開いた。
「ーーーーーーそういえばさぁ、優一は元気?」
「え?あっ·····ああ、元気だけど。」
「彼、まだ俳優続けてる?」
「ああ、続けてるよ。相変わらず人気沸騰中の王子様を売りに。ちなみに今年は白本監督の話題作に出演が決まってる。多分あれが映画化されたんなら、舞台もやるだろうって話になってるよ。」
「ほぇー。5年の間に変わるもんだなぁ。」
「まああいつは元々人気だったけどな。それでも5年前と比べりゃあ今の方が人気だよ。」
「そうか。まあでも、俳優続けてんなら良かった。」
「·····もしかして優一に帰ってきたことまだ言ってないのか?」
「いやぁ·····実は今日連絡しようと思ったんだけど電話かけても通じなくてさぁ。」
「あー·····それ多分スマホの電源切ってる。」
「ああ·····っておい!今を輝くスターがスマホの電源半日以上も切っておくなんてことあるのか?!」
「あいつに限ってはあるぞ·····」
(そんでいつもマネージャーを泣かせているというのを俺は知ってる·····)
「まあ、あいつ携帯見るなら台本読むか小説読むかしたほうがいいっていうタイプだしな。結構変わってるよなー。」
「ああ。ーーーほんと変わってるよ。」
栄人が呆れたように頷くと、敬浩は突然考え込むような面持ちを浮かべて、栄人の顔をじっと見つめた。
「ん·····?」
栄人はその視線に気づいてコーヒーカップを口から離した。
「なんだよ。」
「そういえばずっと聞こうと思ってたんだけどよ·········」
「ん?」
敬浩はカチャンとトレーにカップを置くと、一呼吸置いて訊ねた。
「お前、優一にちゃんと告白したの?」
(·····は····?)
「お、おい!何言ってんだよいきなり·····」
「その反応、まさかまだしてなかったのか?」
「は····?す、するわけねぇだろ。てか、本当になんだよいきなり。」
「いや·····なんとなくね。優一の話振ったら目、逸らしたから。」
「な、なんとなくで聞くなよそういう事。」
「ていうかもうあれから何年も経ってるだろ。告白するだとか言ってたくせにまーだそんな曖昧な感じなわけ?まさかお前ほかに好きな人でも出来たのか?」
「んなわけ·····ねぇだろ。てかなんだお前。結局俺と会いたかったのって恋バナがしたかっただけかよ。」
「そりゃあ気になるに決まってんじゃん?5年ぶりの再会なわけだし。近状報告大事だろう?」
「はぁ、·····。言っとくが、告白なんてしねぇよ。」
「10年以上も好きなのに諦めんのか?虚しいねぇ」
「うるせぇ·····てか、それに今はそんなことできる状態じゃねぇし·····」
「相手が忙しいから?」
「いやそれもあるけど·····」
ふと頭に浮かんだのは、あの居候している高校生ーーー葵の事だった。
二人の間にはそれ以上は無いと思うにしても、やっぱりあの様子だと不安だった。
それに優一は想像以上に葵のことを大切にしているような気がして、小牧にこの前言われた言葉にも引っ掛かりを感じているのは間違いでは無かった。
(ハッ····まさか、あいつの代わりーーーだなんてことは·····。)
「·····お?その様子じゃあなんかほかに問題でも出てきたか?恋のお悩みがあるんなら、この敬浩様がちゃちゃっと解決してやるぞ?·····ってそんな呆れた顔するなよ。」
「いや、お前もやっぱ変わんねぇーなと思って。」
「変わらん方がいいだろ?·····てか、まあ今日じゃなくてもいいけどな。もう俺はずっと日本にいるし。だからお前が話したくなった時に相談乗ってやるよ。な?」
「··········っ。もういいんだよ。あいつのことは」
栄人はそう言って立ち上がると、かけていた上着を羽織った。
「んー、なんだ?なんか、お前らしくないな。前までは当たって砕けろの精神だっただろ。」
「そりゃそうだけど·····。あいつが·····何考えてるかわかんねぇんだよ、正直」
「ふぅん?·····じゃあ聞けば?」
「聞いてもなぁ!」
「·····ふーん?ま、いいや。お前がそんなに言うんなら今日のところは聞かないでおいてやるとするよ。」
「なんだそれ。··········。てか、敬浩。このあと飲みにいかね?」
「おー···いいぞ。·····なぁ。」
「なんだよ····?」
「ずっと応援してきたんだろ。諦めんなよ?」
「·····っ!つ、つーかお前事務所にも寄りたいんだろ?早く行くぞ。」
「ほーい。」
俺は別に、諦めたわけじゃない。ーーーけど、
それ以上に失いそうで自信が無いだけなのかもしれない。
それに俺は知ってる。
あいつが傷つきやすくて、繊細で、それも隠そうとしている所も、他人の事でも馬鹿みたいに優先するようになった理由も
あいつがきっともうーーー
人を愛すことなんてしないことも。
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