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第三十六話 文化祭
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二学期も始まってもう4日が経ち、匠南の文化祭まで残すところあと2日、明後日になった。
けれどそれでも相変わらず小牧は仕事で忙しく、学校に顔を見せることが無かったため、葵もあれ以降小牧の分のノートをとったりはしていたが、特に会話などのやりとりはしていなかった。
まあ、バレてしまったものは仕方ないのだし、今更こちら側がずっと気にしていても、それは逆に小牧に怪しい印象しか与えかねないことだと葵は思った。
それに、今の葵は正直、文化祭の事だけに集中しなければならないのだ。
和樹も葵がたまにぼーっとするのを見ると、度々心配そうに声をかけてくれる。ただ、そんなようでは同じ実行委員という負担をかけられている和樹を余計に疲れさせてしまうだけだと昨日、葵は自ら反省した。
(この匠南の文化祭を担ってるのは俺らなんだし頑張らないと…)
葵は体育の授業後の疲れた体を労りながらも、放課後実行委員として全校舎にポスターの張り付けを手伝い、その後リーダーである稲川陽太の活発的な指示のもとで文化祭の細かい材料を倉庫に移し終え、自分たちのクラスのお化け屋敷のポスターも無事に完成したのだった。
「お疲れ様!!あとは明日の前夜祭を楽しんで本番に控えて頑張るのみです!!!当日は頑張りましょう!」
元気よく返事をして18時半過ぎ、ようやく葵は家に帰ることが出来たのだった。
明日は前夜祭で匠南のミスコンの発表が行われ、その後ゲームをするという感じになっていた。
実行委員は少し早めに学校へ来ることになっていてまだ手伝いもある。
体力をかなり使うものだな、と自分の体力の無さに驚く。
こうなると文化祭当日はどんなに忙しいことだろう。
考えただけでだるくなりそうだ。
けれど葵は内心文化祭が楽しみになっていた。
実行委員として積極的に参加したこともあるからか、成功させたいという気持ちが湧き上がっていたのだ。
(文化祭に参加するのは初めてだし…どんな感じになるか楽しみだな…)
初めはあまり乗り気でなかったものの、実行委員になって放課後に活動を始めてから少しずつ自分が学校というものに溶け込めていっているような気がした。
交友関係が特別広がったという訳では無いが、昔を思い返せば、自分がこんな事をしているなんてありえなかった事だ。
それが単純に嬉しくなった。
葵がそんなことを考えつつ、手作りのハンバーグをぱくりと食べていると、向かいの席でパソコンを弄りながら夕飯をつまむ優一がふと葵の顔を覗いた。
「…どうしました?」
「実行委員の仕事で帰りが遅かったわりには、上機嫌だなって思ってね。」
「ああ、まあ…実際は疲れているんですけど…文化祭が本当に来るんだなって実感が今頃湧いてきて…凄く楽しみなんです。」
「そっか。それは凄くいい事だね。そう言えば、葵くんのところは何をやるんだっけ?」
「お化け屋敷です。俺はまあ受け付けとかその他に回ったりしてあんまりそこにはいないと思うんですけど…もう内装は結構作り込んだので、凄く怖くなってると思います。」
「へぇ。それは興味深いね。」
優一はパソコンを閉じると、考えるように腕を組んだ。
「母校の文化祭かぁ…そう言えばもう何年も見てないや。…この機会に久々にお邪魔しちゃおうかな。」
「えぇっ!?」
葵は驚きで思わず箸を落としかけて素早く掴んだ。
(ぶ、文化祭に優一さんが!?)
「ゆ、優一さん…それ、本気ですか?」
「え?…んまあ、実際のところ本当に気になるしね。年々クオリティが上がってるって言われているし。」
「で、でも優一さんが来たら生徒がもう文化祭どころではなくなるかと…」
(ただでさえ国民的な俳優なのに…!)
「んー、そう?そこは別に大丈夫じゃない?勿論だけど変装していくし。」
(入学式の時だって変装しててもざわついてた気がするけど…!)
「それにーーー」
優一はゆっくりとテーブルに肘をつくとにこりと葵の方を見て微笑んだ。
「小牧ちゃんにも是非来て欲しいって言われていたところなんだ。」
「えっ…あ、そ、そうなんですか?」
不意の言葉に葵は思わず固まってしまった。
小牧という名前が優一の口から出てきたこともそうだが、何よりも、小牧が優一を誘ったことで優一が文化祭に行こうとしている事実になんとも言えない感情が走った。
「うん。結構話聞いてると楽しそうだなぁってね。」
「そうなんですか…。」
(でも小牧さんは仕事の方が忙しくて学校にあまり来てないけどなぁ…)
「そういえば、葵くんはお化け役とかにはならないの?」
「あ…俺は多分…基本的に手伝いとかそういう役回りなので…お化け屋敷の中に入って何かするとかはないと思います…」
(ってそう言えばーーー)
昨日の話し合いで休んでいた小牧は、お化け屋敷の案内人兼看板娘としての役割の1人になったのだと葵は思い出した。
もし優一がお化け屋敷に来たら、変装していても小牧にはすぐ分かるだろうしきっと話したりすることもできるだろう。
もっと言えばーーー
(一緒に文化祭を巡ったりも……?)
そう考えるとなんだかまたなんとも言えない感情に飲み込まれそうになる。
「まぁ、文化祭頑張ってね。行くかはまだわからないけど。」
「は、はいっ…」
それから優一は軽く微笑むと、パソコンを再び開け、作業に戻ったのだった。
それを見ながら手作りの美味しいハンバーグを口に運んだ葵だったが、なんだかお腹がいっぱいになった気がして、そのまま残してしまった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから一日はあっという間に経ってしまった。
昨日の前夜祭はなんとか上手くいき、ゲームの企画もみんな楽しめたようだった。
そして前夜祭で発表される今年のミスコンでは、高校三年生のとても綺麗な先輩が選ばれた。
でも葵は特に興味がなかったので名前も顔ももうよく覚えていなかった。
1年生の間では、小牧が候補に上がるかと思っていた人も何名かいて、ちらっとその名前が聞こえた時には内心ドキッとしてしまった。
しかしそんな小牧はというと、前夜祭にも参加していないようだった。
ただ先生からは文化祭の時の話を聞いているらしく、頼まれた役割の仕事は既に把握しているらしかった。
と、まあそんな人のことを考えているうちに葵は学校の最寄りの駅につき、そのまま改札で和樹と合流すると急いで学校へと向かった。
「いやぁ、昨日の盛り上がりはすごかったね…」
和樹はそういうなり欠伸をひとつついた。
昨日の実行委員は準備やら何やらでゲーム所ではなかった。でも終盤に差し掛かると先生達がやってくれたりしたので休む時間もあった。
ただそれは前夜祭であって、文化祭はこれからなのだと思うと気が重たい。
「今日と明日、どうなるんだろうな…」
「匠南は他校からも注目されるから頑張らないとね…。お化け役の人ちゃんとやってくれるかな…」
「ああ…たしかに」
葵もそう言われて、少し前のことを思い出した。
実は、お化け役をする人がなかなか決まらなかったのだ。
それで無理やり候補にあげられた人がいたのだが、なんとその人が学年でトップを争えるようなほどの問題児、いわゆるチャラ男だったのだ。
そんなチャラ男は校則をあまり守らず女性関係も淫らだと噂されていて、おまけには人に仕事を押し付け、教室の掃除さえしないような人なのだ。(そしていつも葵がやる。)
だからこそお化け役の候補になった時には絶対に断るだろうと思っていたのだが、その時はチャラ男の機嫌がよかったのか、「やりまーす。」と何故か即座にOKしてしまったのだ。
それが故、今になって面倒臭いとか一緒に回りたい子がいるとか言い出して仕事を投げ出してしまいそうで、そこがとても心配だった。
(匠南って結構名門なのになんでこうも癖が強いひとが多いのだろうか…)
葵はふとそんなことを思った。
上京までして真面目に勉強して受けた高校だというのに、自分より遥かに勉強をしてなくて近くの推薦校からエレベーター式のような感じに楽に上がってきたような人がクラスメイトにいると、なんだか落ち込んでしまいそうだ。
「もしもお化け役サボったりしても注意しないとだよね。あそこのグループの人たちとはあまり話したくないんだけど…」
あそこのグループとは、チャラ男が入っているパリピグループのことだった。
クラスの中心にいつも居るような人達で、自分たちとは到底意見が合いそうにないーーーーーと実際少ししか話してはいないものの、葵も和樹も話すまでもないと勘づいていた。
「まあ、俺たち実行委員だしそこでガツンと言っても流石に文句言われる筋合いないだろ?…大丈夫だよ。」
葵は文化祭前だというのにすっかり落ち込んだ様子の和樹の肩をポンっと叩いた。
「そっか…まあそうだよね。今日…頑張ろうね!」
葵の言葉に和樹に笑顔が戻ったところで、葵達は実行委員の集合場所である2階の多目的室のドアを開けたのだった。
ーーーーー
文化祭は9時半からだった。
それまで受け付けやらパンフレットやらの確認をして準備をして、やっと文化祭が開始された。
1年生達は自分たちの教室のお化け屋敷で役割に沿って、もう準備をしている。
最初の客引きが肝心なので声掛けやポスター配りは張り切ってしてくれているようだった。
葵はその間お化け屋敷付近にはおらず、実行委員のオリジナルTシャツを着て受付辺りで待機していた。
9時半から12時までは、受付付近を葵が担当をすることになっていたのだ。
そんな葵は来た人達にパンフレットを渡しながら、匠南高校の文化祭に来る人の人数の多さに改めて感心を抱いた。
葵は中学の文化祭に参加したことがないため比べようがないが、地元の文化祭でこの人数は恐らく来ないだろうと思った。
(流石東京だな…)
おばさんに話したらきっと驚くことだろう。
そういえば、おばさんにメールすることさえ忘れていた。
と、葵がそんなことを考えつつぼーっとしていたその時だった。
「葵くーんっ」
突然聞き覚えのある声が自分の名を呼んで、慌てて振り返った。
(この声は…)
そこには白いワンピースを着たお洒落な格好の小牧がにこりと笑って立っていた。
相変わらず可愛い私服だ。顔も可愛いのでよく似合っていた。
「こ、小牧さんっ」
まだ心の準備が出来ていなかっただけに、やけに緊張したような声が出てしまった。
まあそれもそのはず、小牧が昨日まで休んでいたために、あの夏祭り以来しっかりと顔を見ていなかったからだ。
「ふふっ…実行委員、頑張ってるみたいだね?何時まで?」
「とりあえず12時までだよ。まあ実行委員だからその後も何かしら手伝ったりするだろうけど…。ところで小牧さんはまだだっけ?」
「そっかぁ!うん。担当は14時からだよー。」
「そうなんだ。」
「うん!……あ、そういえばさぁ」
小牧はそう言うともう少し葵の近くまで来て、何故かあたりをキョロキョロと見渡すと耳元を貸すように促した。
葵がそっと耳を近づける。
「優一さんって…来るの?」
(あっ…)
やはり思っていたような質問だった。
まあそれもそのはず、小牧が最初に優一を誘ったぐらいなのだし、気になることだろう。
葵はそれについて、昨日のことを正直に答えることにした。
「うーん…優一さん自身は行こうかなって思っているみたいだよ。…小牧さんに誘われたし…って。」
葵が最後の言葉を少し小さめな声でそう言うと、途端に小牧の顔は柔らかくなった。
小牧に誘われたから、という言葉が嬉しかったのだろう。
「そっか!!一体いつ来るのかなぁ…。変装するのかな?」
小牧がワクワクした面持ちで疑問を呟くように言ったその後だった。
「小牧ー!!」
「小牧ちゃんー!」
「おーい!なにしてんのー!」
遠くから小牧を呼ぶ数名の声が聞こえた。
葵と小牧が振り返ると、そこにはパリピグループと、数名の女子が小牧に手招きをしていた。
どうやらあのメンバーで文化祭を回るらしい。
葵の苦手なメンバーだ。
「あっ、…葵くんごめん!呼ばれたからいくね!じゃ、仕事頑張ってね!」
小牧はそう言ってその人たちの方へと足早に向かっていった。
そして皆の輪の中に入って楽しそうに笑う小牧を見ながら、今ではもう頑張ろうと思えているが、実際に最初から自分がやりたいと思ったわけでもなかった実行委員をして、文化祭を一緒に回る相手すらいない自分を考えると、改めて小牧と自分は何故こんなにも話したりできているのだろう?と考えさせられるのだった。
思えば一人ぼっちだった葵に小牧から突然声をかけてきてくれたのが始まりだった。
あの時は単純に嬉しかったし、小牧とは気持ちが共有できそうで、同じ世界のような人間かと思っていた。
でもそれはだんだん違うのだなと思うようになってきた。
小牧も最近周りから、何故葵とつるんでいるのか、と聞かれているそうだった。
小牧がそれに対してなんて答えているかまでは分からなかったが、事務所の父のことも、優一が好きということもクラスのみんなには内緒だということなので、恐らく正直には言っていないだろう。
(ただ、小牧さんは優一さんが好きで、それだけでもう充分絡んでいく理由があるとするなら…)
ーーーーーその理由がなくなれば小牧さんも……。
葵はそこで、自分が考えたどり着いてしまいそうな思考を無理やり停止させた。
(いけないいけない…)
はっきり言って今はそんなことを考えている場合じゃない。
自分は今、仕事を全うしなければならない立場なのだ。
文化祭はまだ始まったばかりなのだから、考えるのは仕事が終わったあとにしなければ。
こうして気持ちを切り替えようと一旦深呼吸をすると、改めてパンフレットを配る作業へと戻ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
けれどそれでも相変わらず小牧は仕事で忙しく、学校に顔を見せることが無かったため、葵もあれ以降小牧の分のノートをとったりはしていたが、特に会話などのやりとりはしていなかった。
まあ、バレてしまったものは仕方ないのだし、今更こちら側がずっと気にしていても、それは逆に小牧に怪しい印象しか与えかねないことだと葵は思った。
それに、今の葵は正直、文化祭の事だけに集中しなければならないのだ。
和樹も葵がたまにぼーっとするのを見ると、度々心配そうに声をかけてくれる。ただ、そんなようでは同じ実行委員という負担をかけられている和樹を余計に疲れさせてしまうだけだと昨日、葵は自ら反省した。
(この匠南の文化祭を担ってるのは俺らなんだし頑張らないと…)
葵は体育の授業後の疲れた体を労りながらも、放課後実行委員として全校舎にポスターの張り付けを手伝い、その後リーダーである稲川陽太の活発的な指示のもとで文化祭の細かい材料を倉庫に移し終え、自分たちのクラスのお化け屋敷のポスターも無事に完成したのだった。
「お疲れ様!!あとは明日の前夜祭を楽しんで本番に控えて頑張るのみです!!!当日は頑張りましょう!」
元気よく返事をして18時半過ぎ、ようやく葵は家に帰ることが出来たのだった。
明日は前夜祭で匠南のミスコンの発表が行われ、その後ゲームをするという感じになっていた。
実行委員は少し早めに学校へ来ることになっていてまだ手伝いもある。
体力をかなり使うものだな、と自分の体力の無さに驚く。
こうなると文化祭当日はどんなに忙しいことだろう。
考えただけでだるくなりそうだ。
けれど葵は内心文化祭が楽しみになっていた。
実行委員として積極的に参加したこともあるからか、成功させたいという気持ちが湧き上がっていたのだ。
(文化祭に参加するのは初めてだし…どんな感じになるか楽しみだな…)
初めはあまり乗り気でなかったものの、実行委員になって放課後に活動を始めてから少しずつ自分が学校というものに溶け込めていっているような気がした。
交友関係が特別広がったという訳では無いが、昔を思い返せば、自分がこんな事をしているなんてありえなかった事だ。
それが単純に嬉しくなった。
葵がそんなことを考えつつ、手作りのハンバーグをぱくりと食べていると、向かいの席でパソコンを弄りながら夕飯をつまむ優一がふと葵の顔を覗いた。
「…どうしました?」
「実行委員の仕事で帰りが遅かったわりには、上機嫌だなって思ってね。」
「ああ、まあ…実際は疲れているんですけど…文化祭が本当に来るんだなって実感が今頃湧いてきて…凄く楽しみなんです。」
「そっか。それは凄くいい事だね。そう言えば、葵くんのところは何をやるんだっけ?」
「お化け屋敷です。俺はまあ受け付けとかその他に回ったりしてあんまりそこにはいないと思うんですけど…もう内装は結構作り込んだので、凄く怖くなってると思います。」
「へぇ。それは興味深いね。」
優一はパソコンを閉じると、考えるように腕を組んだ。
「母校の文化祭かぁ…そう言えばもう何年も見てないや。…この機会に久々にお邪魔しちゃおうかな。」
「えぇっ!?」
葵は驚きで思わず箸を落としかけて素早く掴んだ。
(ぶ、文化祭に優一さんが!?)
「ゆ、優一さん…それ、本気ですか?」
「え?…んまあ、実際のところ本当に気になるしね。年々クオリティが上がってるって言われているし。」
「で、でも優一さんが来たら生徒がもう文化祭どころではなくなるかと…」
(ただでさえ国民的な俳優なのに…!)
「んー、そう?そこは別に大丈夫じゃない?勿論だけど変装していくし。」
(入学式の時だって変装しててもざわついてた気がするけど…!)
「それにーーー」
優一はゆっくりとテーブルに肘をつくとにこりと葵の方を見て微笑んだ。
「小牧ちゃんにも是非来て欲しいって言われていたところなんだ。」
「えっ…あ、そ、そうなんですか?」
不意の言葉に葵は思わず固まってしまった。
小牧という名前が優一の口から出てきたこともそうだが、何よりも、小牧が優一を誘ったことで優一が文化祭に行こうとしている事実になんとも言えない感情が走った。
「うん。結構話聞いてると楽しそうだなぁってね。」
「そうなんですか…。」
(でも小牧さんは仕事の方が忙しくて学校にあまり来てないけどなぁ…)
「そういえば、葵くんはお化け役とかにはならないの?」
「あ…俺は多分…基本的に手伝いとかそういう役回りなので…お化け屋敷の中に入って何かするとかはないと思います…」
(ってそう言えばーーー)
昨日の話し合いで休んでいた小牧は、お化け屋敷の案内人兼看板娘としての役割の1人になったのだと葵は思い出した。
もし優一がお化け屋敷に来たら、変装していても小牧にはすぐ分かるだろうしきっと話したりすることもできるだろう。
もっと言えばーーー
(一緒に文化祭を巡ったりも……?)
そう考えるとなんだかまたなんとも言えない感情に飲み込まれそうになる。
「まぁ、文化祭頑張ってね。行くかはまだわからないけど。」
「は、はいっ…」
それから優一は軽く微笑むと、パソコンを再び開け、作業に戻ったのだった。
それを見ながら手作りの美味しいハンバーグを口に運んだ葵だったが、なんだかお腹がいっぱいになった気がして、そのまま残してしまった。
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それから一日はあっという間に経ってしまった。
昨日の前夜祭はなんとか上手くいき、ゲームの企画もみんな楽しめたようだった。
そして前夜祭で発表される今年のミスコンでは、高校三年生のとても綺麗な先輩が選ばれた。
でも葵は特に興味がなかったので名前も顔ももうよく覚えていなかった。
1年生の間では、小牧が候補に上がるかと思っていた人も何名かいて、ちらっとその名前が聞こえた時には内心ドキッとしてしまった。
しかしそんな小牧はというと、前夜祭にも参加していないようだった。
ただ先生からは文化祭の時の話を聞いているらしく、頼まれた役割の仕事は既に把握しているらしかった。
と、まあそんな人のことを考えているうちに葵は学校の最寄りの駅につき、そのまま改札で和樹と合流すると急いで学校へと向かった。
「いやぁ、昨日の盛り上がりはすごかったね…」
和樹はそういうなり欠伸をひとつついた。
昨日の実行委員は準備やら何やらでゲーム所ではなかった。でも終盤に差し掛かると先生達がやってくれたりしたので休む時間もあった。
ただそれは前夜祭であって、文化祭はこれからなのだと思うと気が重たい。
「今日と明日、どうなるんだろうな…」
「匠南は他校からも注目されるから頑張らないとね…。お化け役の人ちゃんとやってくれるかな…」
「ああ…たしかに」
葵もそう言われて、少し前のことを思い出した。
実は、お化け役をする人がなかなか決まらなかったのだ。
それで無理やり候補にあげられた人がいたのだが、なんとその人が学年でトップを争えるようなほどの問題児、いわゆるチャラ男だったのだ。
そんなチャラ男は校則をあまり守らず女性関係も淫らだと噂されていて、おまけには人に仕事を押し付け、教室の掃除さえしないような人なのだ。(そしていつも葵がやる。)
だからこそお化け役の候補になった時には絶対に断るだろうと思っていたのだが、その時はチャラ男の機嫌がよかったのか、「やりまーす。」と何故か即座にOKしてしまったのだ。
それが故、今になって面倒臭いとか一緒に回りたい子がいるとか言い出して仕事を投げ出してしまいそうで、そこがとても心配だった。
(匠南って結構名門なのになんでこうも癖が強いひとが多いのだろうか…)
葵はふとそんなことを思った。
上京までして真面目に勉強して受けた高校だというのに、自分より遥かに勉強をしてなくて近くの推薦校からエレベーター式のような感じに楽に上がってきたような人がクラスメイトにいると、なんだか落ち込んでしまいそうだ。
「もしもお化け役サボったりしても注意しないとだよね。あそこのグループの人たちとはあまり話したくないんだけど…」
あそこのグループとは、チャラ男が入っているパリピグループのことだった。
クラスの中心にいつも居るような人達で、自分たちとは到底意見が合いそうにないーーーーーと実際少ししか話してはいないものの、葵も和樹も話すまでもないと勘づいていた。
「まあ、俺たち実行委員だしそこでガツンと言っても流石に文句言われる筋合いないだろ?…大丈夫だよ。」
葵は文化祭前だというのにすっかり落ち込んだ様子の和樹の肩をポンっと叩いた。
「そっか…まあそうだよね。今日…頑張ろうね!」
葵の言葉に和樹に笑顔が戻ったところで、葵達は実行委員の集合場所である2階の多目的室のドアを開けたのだった。
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文化祭は9時半からだった。
それまで受け付けやらパンフレットやらの確認をして準備をして、やっと文化祭が開始された。
1年生達は自分たちの教室のお化け屋敷で役割に沿って、もう準備をしている。
最初の客引きが肝心なので声掛けやポスター配りは張り切ってしてくれているようだった。
葵はその間お化け屋敷付近にはおらず、実行委員のオリジナルTシャツを着て受付辺りで待機していた。
9時半から12時までは、受付付近を葵が担当をすることになっていたのだ。
そんな葵は来た人達にパンフレットを渡しながら、匠南高校の文化祭に来る人の人数の多さに改めて感心を抱いた。
葵は中学の文化祭に参加したことがないため比べようがないが、地元の文化祭でこの人数は恐らく来ないだろうと思った。
(流石東京だな…)
おばさんに話したらきっと驚くことだろう。
そういえば、おばさんにメールすることさえ忘れていた。
と、葵がそんなことを考えつつぼーっとしていたその時だった。
「葵くーんっ」
突然聞き覚えのある声が自分の名を呼んで、慌てて振り返った。
(この声は…)
そこには白いワンピースを着たお洒落な格好の小牧がにこりと笑って立っていた。
相変わらず可愛い私服だ。顔も可愛いのでよく似合っていた。
「こ、小牧さんっ」
まだ心の準備が出来ていなかっただけに、やけに緊張したような声が出てしまった。
まあそれもそのはず、小牧が昨日まで休んでいたために、あの夏祭り以来しっかりと顔を見ていなかったからだ。
「ふふっ…実行委員、頑張ってるみたいだね?何時まで?」
「とりあえず12時までだよ。まあ実行委員だからその後も何かしら手伝ったりするだろうけど…。ところで小牧さんはまだだっけ?」
「そっかぁ!うん。担当は14時からだよー。」
「そうなんだ。」
「うん!……あ、そういえばさぁ」
小牧はそう言うともう少し葵の近くまで来て、何故かあたりをキョロキョロと見渡すと耳元を貸すように促した。
葵がそっと耳を近づける。
「優一さんって…来るの?」
(あっ…)
やはり思っていたような質問だった。
まあそれもそのはず、小牧が最初に優一を誘ったぐらいなのだし、気になることだろう。
葵はそれについて、昨日のことを正直に答えることにした。
「うーん…優一さん自身は行こうかなって思っているみたいだよ。…小牧さんに誘われたし…って。」
葵が最後の言葉を少し小さめな声でそう言うと、途端に小牧の顔は柔らかくなった。
小牧に誘われたから、という言葉が嬉しかったのだろう。
「そっか!!一体いつ来るのかなぁ…。変装するのかな?」
小牧がワクワクした面持ちで疑問を呟くように言ったその後だった。
「小牧ー!!」
「小牧ちゃんー!」
「おーい!なにしてんのー!」
遠くから小牧を呼ぶ数名の声が聞こえた。
葵と小牧が振り返ると、そこにはパリピグループと、数名の女子が小牧に手招きをしていた。
どうやらあのメンバーで文化祭を回るらしい。
葵の苦手なメンバーだ。
「あっ、…葵くんごめん!呼ばれたからいくね!じゃ、仕事頑張ってね!」
小牧はそう言ってその人たちの方へと足早に向かっていった。
そして皆の輪の中に入って楽しそうに笑う小牧を見ながら、今ではもう頑張ろうと思えているが、実際に最初から自分がやりたいと思ったわけでもなかった実行委員をして、文化祭を一緒に回る相手すらいない自分を考えると、改めて小牧と自分は何故こんなにも話したりできているのだろう?と考えさせられるのだった。
思えば一人ぼっちだった葵に小牧から突然声をかけてきてくれたのが始まりだった。
あの時は単純に嬉しかったし、小牧とは気持ちが共有できそうで、同じ世界のような人間かと思っていた。
でもそれはだんだん違うのだなと思うようになってきた。
小牧も最近周りから、何故葵とつるんでいるのか、と聞かれているそうだった。
小牧がそれに対してなんて答えているかまでは分からなかったが、事務所の父のことも、優一が好きということもクラスのみんなには内緒だということなので、恐らく正直には言っていないだろう。
(ただ、小牧さんは優一さんが好きで、それだけでもう充分絡んでいく理由があるとするなら…)
ーーーーーその理由がなくなれば小牧さんも……。
葵はそこで、自分が考えたどり着いてしまいそうな思考を無理やり停止させた。
(いけないいけない…)
はっきり言って今はそんなことを考えている場合じゃない。
自分は今、仕事を全うしなければならない立場なのだ。
文化祭はまだ始まったばかりなのだから、考えるのは仕事が終わったあとにしなければ。
こうして気持ちを切り替えようと一旦深呼吸をすると、改めてパンフレットを配る作業へと戻ったのだった。
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