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第三十五話 本音と嘘

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夏休みもとうとう、明け、9月2日の今日。
葵はいつものように制服に着替えてから朝ごはんを食べると、優一が起きる前に家を出た。
いつもの駅の改札前では、和樹が待っている。

夏祭りが終えた三日後から、委員会の仕事に呼ばれていたので、夏休みが今日明けた感じはしなかったものの、やはり9月の初めというものはだるいものがある。
授業も明日から始まるのだが、予習や復習の話よりも先に、葵には文化祭という大きな試練が待ち受けているのだ。

小牧が推薦したおかげで実行委員になったものの、葵は小牧のことを考えると度々モヤモヤとした感情が渦を巻くようになっていった。
夏祭りの帰り、どうしても小牧に会ってしまったような気がしてーーーそれだけがずっと気にかかっていた。
けれど別に小牧から連絡があった訳でもないし、自分が小牧に何か言うようなことも無い。
もしも小牧が優一と葵がいるということに気づいていなければ自爆しかねないからだ。

(本当に文化祭のことだけでも大変なのに…)

問題が増えていく一方で、どうしても頭が追いつかない。

「ーーーって、葵くん、朝からそんな難しい顔してどうしたの?実行委員の事?」

「えっ?あ、ああ!なんでもないよ!ただ、だるいなーって。」

(いけないいけない……今顔に出てたか…?)

和樹は、まだ暑いしね、と困り顔で笑うと話を続けた。

「まあ、それならいいんだけど…実行委員大変だよね。もう、残り僅かなのに構成やステージもなんとなくだし、今日も放課後最終下校時刻まで残りでしょ?」

「そうらしいね。先輩達も気合入ってるし仕方ないけど……結構大変だよな。」

そうーーー今日から文化祭が終わるまでは、ホームルームが終わっても18時までは確実に帰れないのだ。
優一には一応報告したが、おばさんの決めた門限もあるわけだしなるべく早く帰りたいところだが、そういう訳にも行かない。

「もう少しだし、頑張ろうね。」

「そうだな…」

なんともやる気のない返事しかできなかったが、頑張るしかない。
葵はそう胸の中で意気込んで、校舎に足を踏み入れたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからすぐ、始業式を講堂で行うことになっていたのだが、葵は気にしていたあの子の姿がなかなか見当たらず、気にかかっていた。
あの子とは小牧のことだ。

(休みなのかな……)

もしや、夏祭りの事で気にして休んだ…とか?
色々な考えが巡り、心の中が落ち着かなかったが、そういえば仕事で忙しくなってきたって言っていたことを思い出した。
きっと朝から撮影やら何やらで、忙しいのだろう。
小牧は若い子向けのファッション雑誌でも活躍を見せているらしい。
 
(うん、きっとそうだ。)

そう思えば多少はこの胸のざわつきも収まるだろうと、葵はそう思うことにした。
それによく良く考えればあの人混みの中、似てる人になんていくらでも会うだろうし、偶然見つけてあの一瞬で2人の姿が分かるなんてそんなドラマチックな事があるわけないーーーー


「ーーーーそれから実行委員!」

葵がそんなことを考えていると、突然自分の役割である名を呼ばれて、葵はビクッと前を向いた。

(な、なんだ?)

「明日はお化け用の衣装とかカツラとか、色々準備するから帰りが結構ギリギリになるかもしれんが宜しくな。その他のやつも会計と受付担当は準備するものがあるから。」

「どのくらい遅くなるんですかー?」

会計担当とやらに選ばれた一人の女子が挙手してそんな質問をした。
学期明けテストもある事だし、真面目に勉強している生徒からすれば、帰りが遅くなるのは致命的だろう。

「そうだな。最終下校時刻通りに帰れるかどうかは、お前達の頑張り次第ってとこだな!!!」

担任はそう言って、がはは!と豪快に笑ったが、生徒にとってはちっとも面白くないことに気付かないのだろうか。


だからこそ予想通りのブーイングである。

「俺たちまだ1年生だしー!」

「カラオケ行けねぇーじゃん!」

「それなーー!」

クラスの中心的な集まりの人達は大声でそんなことを言うが、葵はその中で一人、そこかい!と黙って突っ込むのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日は掃除をして、新たに席替えをして帰りのホームルームを終え、解散という形になった。
けれど実行委員である葵達は帰ることができない。
文化祭の準備をしなければならないからだ。

けれど葵の頭の中ではいつまでもあの問題がグルグルとしていた。
今日、最後まで小牧は来なかったが、明日からは来ると考えるとどのように顔を合わせればいいかわからなかった。

(なんて声をかけるのがいいんだろ…)

葵はそんなことを考えながら、18時まで準備をした。

それから葵は家に帰るなり夕飯の支度をしながらまた、考えた。

こうなれば最早しらばっくれるのもありだが、それだと尚更小牧を傷つけかねない。
事務所が同じである栄人にも、優一にも言えるわけがない状況なのだから自分にこの質問が来るのは確実なのに。

(どうすれば…)

しかしその時だった。
突然着信が鳴った。

急いで画面を見ると、そこには大きく小牧と書かれていた。

「ふぇ!?」

丁度小牧のことで頭を悩ませていた矢先の出来事で、葵の心臓は喉から出そうなほど飛び上がった。

「こ、こ、こ、小牧さんっ!?」

(どうして!?)

葵は高鳴る鼓動を抑えながらも、鳴り続ける着信に、慎重に受け取るのボタンを押した。


「も、もしもし…小牧さん…?突然どうしたの?」

【葵くん突然ごめんね!!本当に急で悪いんだけどお願いしたいことがあるの!】

「お願い…?」

【うん!雑誌の仕事がいい感じだから三日間くらい学校に行けないから私の代わりにノートとってくれる?】

お願いと言われて内心ドキリとした葵だったが、それを聞いてそっと胸を撫で下ろした。

「ああ、勿論いいよ!文化祭とかは大丈夫そうなの…?」

【うーん、まあ文化祭まで休むと出席が少なくなっちゃうからそれは出るよ!】

「そっか!しっかり休んで頑張ってね!」

【ありがとう!葵くん優しいね!これからもたくさんお願いしちゃうかもっ】

小牧の弾んだ声を聞いて、もしかしたら夏休みのことは気の所為だったのかもしれないなーーーと葵は思った。
というか自分は最近あまりにも優一と小牧のことを気にしすぎている気がする。

(気にしすぎると逆に良くないよな…)

「ーーーそれじゃ、またね。」

葵はそんなことを思いながら小牧と一通り話を終え、電話を切ろうとした。
けれどそれを阻むような小牧の声が耳元に響いた。

【ま、まって……。ねぇ葵くん…葵くんにさ…聞きたいこと、あるの。】

「え…?」

急に改まったように聞かれ、嫌な汗が背中を伝う。

もしかしてーーー?

けれど電話越しの声は何かを躊躇っているようで、なかなか話し出さない。

「小牧さん…?」

葵はそんな暫くの沈黙にも耐えかねて、小牧の名を改めて呼んだ。
するとやっと決意ができたのか、小牧がゆっくりと声を漏らした。

【この前の夏祭り、葵くんは友達と行ったんだよね…?】

ドクンと胸の奥が響いた。

「あっ……え?」

声が上手く出せなかった。やはりあれは気の所為では無かったのだ。確実に小牧は、葵と、葵と手を繋いだ優一の姿を見ていたのだ。

【素直に言って欲しいな…。私別に葵くんのこと責めてる訳じゃないよ】

小牧の声は比較的に落ち着いていた。
もう分かっていたことなのだろう。
けれどそう気づいた小牧はあの時、どんな気持ちだっただろう。
手を繋いでる姿を見たとしたら、小牧の心はボロボロになってしまっただろうか。
もし自分が小牧なら凄く嫌な気持ちになっただろう。

今こそ、本当の気持ちを告げた方が今後のためかもしれない。

【葵くん…?】

葵は一呼吸すると、頭の中で考えた言葉をゆっくりと述べた。


「……ご、ごめん。本当は…本当は優一さんと夏祭りに行ったんだ。」

電話越しの小牧は、息を飲んだように黙り込んだ。

「こ、小牧さんの誘いを断って内緒で行くなんて最低だけど…お、俺…別にやましい気持ちなんてなくて…だから…」

【手を繋いでいたのは…どうなの?】

ドクン…

「っ…そ、それは…その前にま、迷子になって…それではぐれないようにって。で、でも人混みの中だけだよ!繋ぎたいって言ったわけじゃないしっ…」

言い訳みたいな言葉しか出てこなくて苦しかった。
確かに、本当に手を繋ごうとしていたわけじゃない。
けれど、手を繋がれて嬉しかった自分までどこかで否定しているような気になる。

【そう…なんだ…。】

小牧の声は沈んでいた。
やはり傷つけてしまっただろうか。

「ごめんなさい…。」

【うん…いいよ。でも、ねぇこれだけは聞きたいの。】

「え?」

【葵くんは優一さんのこと好きじゃないでしょう?】

「なっ…何言ってっそんなことないって…!」

動揺で考えるより先に口が出ていた。

【本当に?】

ーーーそれだけは、だめだーーー

「ほ、本当だよ!ていうか男と付き合うなんて無理だしな!有り得ないし!!」

葵がそう言い切ると、安心したような小牧の返事が聞こえた。

【そっか。良かった。まあそうだよね。男同士ってなかなかないもんね。】

「お、おうっ…」

そう言いながら自分の声が震えているように思った。
胸がキリッと痛むような気がした。
けれど気にしていたらダメだ。

本当に自分が優一を好きかも分からないし、男なんて好きになるわけないってーーー

【葵くんのこと、信じてるからね?】

小牧はそう言うと、電話を切った。

再び家に沈黙が訪れて、葵は静かにスマホを置いた。

「はぁ……」

小牧を傷つけたくないという気持ちで、そう言いきったはずが、鈍い痛みは先ほどよりも激しく胸の奥の方を抉っているようだった。

(小牧さんは大切な友達なんだから…)

ーーーーーー俺は小牧さんの恋だけ応援すればいいんだーーー

そう、思っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


電話を切った小牧はふっと軽くため息をついた。
やはり、夏祭りに見かけたのは葵と優一だったのだ。

信じたくない光景だった。手を繋いでいるなんて。

聞くのが怖かった。
優一と一緒に暮らしている葵が優一を好きだとしたらーーーなんて考えたくもない。

けれど今葵は男を好きになるわけないと言い切った。
安心した、はずだった。

それで許せるはずだった。

なのにーーー



優一のことをずっと小さい頃から好きで、思い続けてきた。
同じ事務所に入って、いつかは同じ場所で仕事をする。
そんな夢があって、頑張ってきたのだ。

そんな、優一のことを誰よりも知っているはずの自分が突然現れた極一般人のつまらない男子に取り残されるなんて。


「優一は私だけのものなんだから、私が付き合うんだから…」


〃あいつは利用するだけでいいのよ〃

「そうだっ…いい事考えちゃった。」

その時。

「小牧ー?」

突然の母の声で小牧はハッと顔を上げる。
急いで鏡を覗き込んで、自分の顔が笑顔であるのを確認する。

いつでも油断してはいけない。

あくまで自分はみんなに愛される〃いい子〃なのだから。
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