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第三十四話 夏祭り
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そしてついに8月25日ーーーー優一と夏祭りに行く日がやってきた。
葵はいつもより早くセットしたアラームよりも前に起きて、朝ごはんの献立を考えていた。
今日はお昼頃からお祭りの方へ向かって、屋台を見て回ることになっていた。
といっても計画を立てた訳ではなく、何となくそのようなことになったのだ。
できれば朝からお祭りの雰囲気に触れたかったが、優一は昨日まで仕事で朝から晩まで動いていたのだ。
できるだけ長く眠らせてあげたい気持ちもあった。
(でも、楽しみだな…)
朝の番組特集でも花火大会を取りあげていて、賑わう都会の祭りは殆どの人が鮮やかな浴衣姿だった。
そんな光景を見ながら葵は、やっぱり折角の東京のお祭りだし、優一の提案の通りに浴衣を買ってもらえばよかったかなーーーとふと思ったが、まあ今年は良いか。とすぐ諦めた。
その後優一の部屋から物音がして、目を向けると眠たそうな目を擦る優一が普段着姿で登場した。
「おはよう」
「おはようございます。大丈夫ですか…?」
「あぁ、大丈夫。結構眠れたから。」
「それなら…良かったです」
「ところで、もう支度出来てる?駐車場空いてるかわからないし、早めに行こうと思ってるんだけど。」
「俺は…大丈夫です。」
「そう。わかった。じゃあ行こうか。」
「あっはい…!」
ーーーーーーー
その後で優一が素早く支度を済ませると、2人はすぐさま家を出て地下駐車場の車へと乗り込んだ。
その祭りの場所までは、ここから車で40分ちょっとだ。
「何食べようかなぁ…?」
優一は前を見据えながら、無邪気な子供のように呟いた。
葵もそれと同時に屋台を思い浮かべた。
田舎の祭りだったら、結構ぶどう飴が評判だった。
でも都会でもりんご飴が主流らしい。
(固くて食べれなさそうだけど…)
興味本位でかじってみたいと思った。
それから暫くの間国道沿いを走って、だんだん浴衣を着た歩行者が目立ってきたところで、お祭りの笛の音が遠くから聞こえてきた。
「ここだね、凄い人だ。」
もうこの先からは通行止めになっていて、警備員が笛を慣らして他の車達を駐車場へと誘導していた。
辛うじてまだ駐車場に空きはあるらしいが、もう少し遅ければ駐車場も埋まっていただろう。
優一の言う通り、早めに出てよかった。
それから駐車場に車を停めると、優一は素早くサングラスとマスクという真夏には似合わない出で立ちにティシャツとジーンズ姿で車を降りた。
けどその途端胸の中に不安が湧き上がってきた。
「優一さん、それ絶対怪しまれます…。」
「そう?」
(そ、そうって…なんでこんな平然と…)
「まあでもお面買えば大丈夫だよ。どこに売ってるだろうね?」
人の多さに圧倒されながら、葵は優一を見失わないよう前を見つめた。
浴衣を着たカップルや家族。友達同士で無邪気に笑う声。
夏も終盤だと言うのに、この賑わいようは本当に凄いな、と葵は改めて驚いた。
「あ、あった。お面」
そこにはてんぐのお面や狐のお面、その他に今流行りの戦隊ヒーローや少女アニメの主人公のお面などがかけられていた。
威勢のいい店番の人がお面の方を見る優一に気づいて、「おお!」と明るい声をかけた。
「お兄さんお兄さん!この狐のお面どうだい?お兄さんに似合うと思うよー!」
優一がこちらをちらっと見たので、葵もうんうん、と頷いた。
確かにこのかけられているどのお面よりもいちばんしっくりくるものだ。
優一はそれを手に取って、「そうですね。」と頷きーーーかと思うと、財布を出てすぐに会計を始めた。
京都の時も思ったが、相変わらず優一は買うとなったら早い。
それから優一はサングラスとマスクを外してお面を付けた。
上手く顔にはまっていて、誰だかはわからない。
葵は安心した。
「似合ってると思います」
「それは良かった。じゃ、行こうか。」
建ち並ぶ屋台を歩いて、通り過ぎる。
鯖の塩焼きの匂いや、りんご飴。
焼きそばにお好み焼き。
かき氷にアイス。美味しそうなものがずらりと並んでいて、目移りしてしまう。
けれど相変わらずお昼を少し過ぎた頃の屋台は大勢の人で賑わい、列を為していた。
「葵くんは何を食べたい?」
優一がお面越しに葵の顔を覗く。
葵は「んー」と考えてから、目の前に映りこんだとある屋台に目を向けた。
そこには綿あめと描かれた看板がかけられていて、可愛らしいイラストも貼られていた。
「あ、綿あめ…久々に食べたいです。」
「分かった、あそこだね。」
小さい頃一度だけ食べたことがある綿あめ。
もう食べることも無いのではないかと思っていたからなんだか嬉しい。
綿あめ屋には少しの列ができていたが、かき氷や焼きそばなんかよりは人が少なかった。
色つきの綿あめと普通の綿あめが売っていて、葵は色つきの綿あめを買ってもらうことになった。
「わー綿あめってこんなに大きかったっけ。」
ピンクと青がかった綺麗な綿あめを手に取って、まじまじと見つめる。
「結構サイズ大きいよね。」
葵は一口かぶりついた。
その瞬間ぱちぱちとした感触が口の中に弾けると共に、甘さが舌をくすぐった。
「美味しい…!」
葵はあまりの美味しさに思わず笑みが零れた。
すると突然優一が一気に顔を近づけてきてーーーー
(えっ…?)
「葵くん…」
(え!?)
優しくて溶けるような瞳が葵をじっと見つめる。
「ちょっ…優一さん…?ま、まってーーーー」
(優一さん何を考えてっっ!ーーーー!?)
葵は慌ててぎゅっと目を瞑ったーーーー…
………。
けれど暫く経っても何も起きなかった。
(あれ……?)
葵が恐る恐る目を開けると、優一が「ん?」と不思議そうにこちらを見つめていた。
手にはちぎられた綿あめがある。
「あ………」
そうーーーー優一はただ単に葵の持っていた綿あめを食べようとしていただけだったのだ。
なのに、なのにーーーー?
(え…俺今何を想像してーーーー!?)
その瞬間葵の頬はブワッと熱くなった。
「あまりにも美味しそうに食べるからちょっと頂こうと思ってね。だめだった?」
優一が意味深に微笑む。
「だ、だめじゃないですけどっ…」
葵は自分の考えてしまったことに動揺して、上手く口が回らなかった。
なんて恥ずかしい勘違いをしてしまったのだろう。
けれど優一は微笑むだけであまり気にしている様子はなかった。
やがて他の方に目を向けると楽しそうに呟いた。
「あー輪投げやってみたいなー!良い?」
「わ、輪投げですか」
「花火までまだ全然時間あるし、あっちの方まで散歩しようか」
「そ、そうですね!」
(くそ…動揺なんかするな…俺!!)
葵はなんとか誤魔化そうと優一よりも少し前を歩いたが、頬は相変わらず熱いままだった。
ーーーー
ーーーーーーーー
それから葵は優一に連れられて輪投げをしたり、ヨーヨー釣りをしたり、金魚掬いもした。
優一は取るのが上手くて、5匹も取ったのに対し、葵は1匹も取れなかった。
それどころか2回目ではすぐに、ぽい(金魚救うもの)が破れてしまったのだった。
悔しかったからもう一度挑戦したかったけれど、そう楽しんでいるうちにすっかり日は落ちて、あと1時間ちょっとで花火が始まる時刻となっていた。
河川敷の方に歩いていく人の数が多くなっていく。
葵達も人混みをかき分けて、河川敷の方へと向かうことにした。
その際目に付いたかき氷のお店に立ち寄って、歩きながらかき氷を食べることにした。
「優一さんは何味が良いです?」
「いちごにしようかな。葵くんは?」
「ブルーハワイにします。あ、人多いんで俺買ってきますよ。」
「え、そう?ありがとう。」
葵は頷くと、かき氷屋の所に並んだ。
子供連れが前にいて、選ぶのに時間がかかっているようだ。
(早くしないと花火始まっちゃうな…)
「どうぞー」
ふと屋台の人に声をかけられて、葵は急いで注文する。
「ブルーハワイといちご下さい。」
「はーい。400円になりまーす」
それから支払いを済ませ、葵は2つのかき氷を持つと、さっきの場所へと戻った。
しかしそこに優一の姿が無かった。
(あれ……?)
葵は慌てて辺りを見渡す。けれど優一らしき人が見当たらない。
「優一さん?」
人混みの中を掻き分け、優一の姿を探す。
辺りは花火を見に来た人でごった返していて、子供なんかが迷子になったら見つけるのは大変だろう。
警備員のような人達が、人混みから花火会場まで誘導する中、葵は1人逆の道を戻ることにした。
一体どこへ行ってしまったのだろう?
(優一さんまさか、正体がバレたとか…?それともなんだ…?なんで…)
名前を呼んで探したいところだが、そういう訳にも行かない。
かき氷を持っていて携帯も出せない。
「どうしよう…」
溢れる人の声、足音。
弾むように呼びかける屋台の人達の客引き。
家族の楽しそうな笑い声。
ーーーーお母さん、お父さんーーーー
ふと、不安が胸を掻き立てる中、葵は昔のことを思い出してしまった。
人混みの中、たった一人取り残されて知らない人たちの波に飲まれながら、必死に探していた。
なのにその姿は見当たらなくて。
ーーーー置いていかないでーーーー
知らない人達が通り過ぎていく。
誰もが見て見ぬふりをして。
でもこの声は届かない。
届いても振り向いてもくれない。
怖くて。 寂しくて。
悲しくて。
ーーーー俺を1人にしないでーーーー
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
葵は立ち尽くしていると、自分の名前を呼ぶ声が背後から聞こえた。
「ーーーーくん……葵くん!」
その声が優一の声だと気づくと、葵はすぐさま振り返る。
そこには肩を動かして少しだけ息を切らした優一が立っていた。
お面はズレていて、そこから少し顔が見える。
「ゆ、優一さん…!い、一体どこいってたんですか!」
「はぁはぁ……ごめんね。財布落としてた人がいたから渡してきた。葵くん、かき氷買ってきてくれてーーーー」
「もう、ほんと勝手にいかないでくださいよ!どっかいっちゃったのかと思ったじゃないですかっ!」
葵は少し怒るような口調でそう言ってしまった。
あとから我に返って「あ、ごめんなさい…」と慌てて謝る。
優一は驚いたように目を見開いたが、次第に困ったように呟いた。
「葵くん……ごめんね。」
「い、いや……そんな…」
(はぁ何やってんだ俺…)
謝って欲しいわけじゃないのに、謝らせてしまった。
優一の姿がなかった時、昔のことが頭をよぎって、自分でも驚く程に不安になって怖くなってしまったのだ。
けれど、そんな事優一は知るはずも無い。
それなのにこんな自分勝手に怒ってしまうなんて。
(意味わかんないよな…)
「俺の方こそごめんなさい…」
「ううん。葵くんは謝らなくていいよ。」
「いや…強く言ってしまったので………」
二人の間に少しの沈黙が流れる。
(どうしよ…、あ…)
葵はふと自分の手に目が留まった。
そこにはもう溶けだしている2つのかき氷がある。
「あ、あのすみません。かき氷溶けてきちゃった…」
「あ、本当だ。というか、ずっと持たせたままでごめんね。大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です…。それより花火、もうすぐ始まっちゃいますね…」
「あ、そうだね。行こうか。」
「あ、はい…行きましょうーーーーって…え?」
その瞬間手に暖かい感触が伝わった。
優一の手が葵の手を握る。
「はぐれないように手を繋いでいこう。」
「なっ……別に…そこまでしなくていいですよっ…」
「いいから。行こう。」
「えっ…」
(てか男同士とかめっちゃ周りに見られるし…!)
葵は自分の顔が熱くなっていくのを感じて、恥ずかしくなった。
けれど優一は手を離そうとはしなかった。
それを少し嫌がる素振りをした葵だったが、実際のところ本当は嬉しいと思ってしまったのだった。
それから葵は優一に手を引かれ、人混みの流れについて行くように河川敷の方へと向かった。
河川敷にはもう大勢の人達が場所取りをしていた。
丁度河原の向こう側の山の方から花火が打ち上がるので、ここは一番近くてとても綺麗に見える場所なのだ。
それに、取材なんかもよくされているようで、テレビ局の人も大勢来ているようだった。
「もうどこも人でいっぱいだね…。」
「そうですね…。」
(まあこれだけの人がいたら前の方で見るのは席のチケットでも買わないと無理だよなぁ…)
なんだか寂しい。
「仕方ないから、もう少し端のほうにいこうか。ここよりは綺麗に見えないかもしれないけど人の少ない良い場所があるんだ。」
そう言って優一に連れてこられた場所は、河川敷の奥の草むらのところだった。
もうここまで来ると最早人影はない。
「ここでも見えるんですか?」
「ここの位置なら、あの場所に上がる花火はぎりぎり見えるよ。ーーーーさて、もう結構溶けちゃったけど、かき氷でもゆっくり食べよう。」
「はい。」
葵は優一と共に草原に座り、かき氷を食べた。
祭りの賑わいを遠くで見ながら、ふと葵は疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「そういえば優一さんてこのお祭り来たことあるんですか?」
「あるよ。」
「そうなんですね。」
「うん。中学の時に1度ね。」
(中学…もしかしてファッションのコンテスト?で東京に来た時かな…?)
「あの時はこんなに混んでなかった気がするけど、年々見に来る人が増えてるのかな。」
「そうだったんですね。俺、びっくりしましたよ。こんなに人が多いなんて流石東京だなって。」
「はは、まあそうだね。この祭りの花火を近くで見るなら朝早くから場所取りをしないとだからね。」
それから暫く他愛もない話をして、丁度かき氷が食べ終わった頃、放送がかかった。
花火がいよいよ打ち上がるらしい。
「楽しみだね。」
優一はお面を取って、草原に置いた。
もうまるっきり顔を出しているので葵は慌てて周りを見渡したが、背を向けたカップルが少し手前の方にいるだけで、後はもう誰一人としていなかった。
人混みが凄い夏祭りの中、こんなにも人がいない場所があるのかーーーーと葵は内心驚いたけれど、大体お祭りなんかには隠れスポットとやらが存在するし、きっとここはそういう場所なのだろう。
優一さんが知っている隠れスポットーーーー
そう思うと、なんだか自分を連れてきて貰えたのが嬉しい。
そう思って葵が空を見上げた直後だった。
ドカンと大きく、赤色の花火が空に咲いた。
「わぁ…」
葵はあまりの迫力に目を瞬かせる。
遠くの方でも歓声が聞こえた。
それから花火はどんどん打ち上がっていった。
こんなふうに座ってゆっくり花火を見るなんて葵にとっては初めてだった。
「凄い……」
花火ってこんなに綺麗だったっけ。
座って見ているからだろうか。
そんなことを思いながら。
すると同じことを思っていたのか、優一が咲き乱れる花火を見つめながら呟いた。
「こうやってゆっくり花火を見る機会が無かったから、嬉しいよ。」
「俺もですよ。」
「一緒に来てくれてありがとね。」
「えっ?あ、いや…俺も行きたかったですし。」
「それは、良かった。」
花火の灯りに微かに照らされる優一の表情が思ったよりも優しくて、葵はいちいちドキドキしてしまった。
それから2時間後、ついに花火大会も終わりを迎え、河川敷の方の人だかりは屋台の方へゾロゾロと戻っていく様子が見えた。
次第に優一と葵も立ちあがり、駐車場へと戻ることにした。
「綺麗だったね。」
「本当に凄かったです!」
「そうだね」
優一は微笑むと同時に、また葵の手を握る。
「ま、また繋ぐんですか?」
「うん。はぐれないようにしないとでしょう?」
「そ、それはそうですけど…さっきのことは本当に……」
「そうしないとまた怒られちゃうからね。」
「うっ………」
葵はそう言いつつ何も言い返せなくなって、大人しく優一と手を繋いだまま列の中に紛れ込んで駐車場に向かうこととなった。
しかし、その途中の事だった。
なんだか視線を感じて、葵は横に向いた。
そういえばと思ったが、河川敷に戻った辺りから異様に視線を感じるのだった。
初めはスタイルの良い優一を見ているのかなとも思ったが、どうやら自分を見られている気がして仕方ないのだ。
(まあこんなに人が多く居るし、気のせいかな…)
そう思って前に視線を戻そうとしたその瞬間だった。
浴衣姿の女の子とバチッと目が合った。
それは、葵がよく知っている顔の人物だった。
「あっ……」
それは一瞬のことだった。
視線が合ったあと優一に手を引かれ、そのまま人混みの中に消えてその姿はみえなくなったからだった。
けれど葵の心の中ではもうパニックだった。
その女の子は、紛れもなくーーーー小牧だったからだ。
(嘘だろ……見られた……?)
ドクン…と心臓が高鳴る。
それに今は優一と手を繋いでいる状態だ。
普通、男友達と祭りに行って人が多いからって手を繋ぐ人なんていないだろう。
もしこれを小牧が見ていたなら、間違いなく葵は小牧にとっての裏切り者だ。
「優一さん、手……ちょっと…!」
葵は焦りのあまり優一の手から自分の手を引こうとしたが、人混みの中で無理やり手を離す訳にも行かず…結局駐車場まで手を繋いだままだった。
「はぁ、戻るの大変だったな。」
やっと車の中に乗り込むと、優一は軽くため息をついた。
けれど葵の表情は固まったまま、前のめりになって手をぐっと握りしめた。
その様子を優一が見ると、心配そうに声をかけてきた。
「葵くん、どうしたの?」
「え?」
「そういえばさっきからなんか様子が変じゃない?具合悪い?」
「あ、いや……大丈夫です。なんでもありません…」
(小牧さんのことなんか言えるわけないし…)
すると優一の顔がぐっと葵の方に寄ってきて、葵はまた思わず目を瞑ってしまう。
「本当になんでもない?」
「な、なんでもないですからっ…その…いちいち顔近づけるのやめてくださいっ」
「え?いちいち…?」
(あっ…そっか。綿あめのやつは俺が勝手に勘違いしただけだったか…)
そう思うと自分ばかりが気にしているようで益々恥ずかしくなる。
「と、とにかくっ…!早く帰りましょ。渋滞すると思うし…今日はお休みですけど、明日まで仕事あるんですからっ!」
優一は少々黙り込んでから頷いた。
「………まあ、そうだね。早く帰らないとね。」
そうしてエンジンをかけると、車は駐車場を抜け、家へと向かった。
(はぁ、良かった…なんとか質問攻めされずに済んだ…けど…)
もうすぐ夏休みも終わってしまう。
それなのに、こんなことになってしまうなんて。
折角夏祭り優一と行くことができて楽しかったのに…。
こんな所でもしも嘘がバレたとなったら小牧にどんなことを言われるかわからない。
もしかしたらもう話すらしてもらえないのではないかーーーー?
優一はお面をつけていたとはいえ、スタイルも抜群でそれだけでも目立つし、ましてやそんな人が自分と手を繋いでいるとなると、もうほぼ小牧の中でそのお面の人物は優一だと分かる。
それならもう諦めるしかない気がした。
あとは、手元まで見られていなければいいということを願うだけだけどーーーー
(目が合う前に見られてたとしたら………)
そんな不安が胸を突くまま、葵にとって初めての東京の夏が終わろうとしていたのだったーーーー
葵はいつもより早くセットしたアラームよりも前に起きて、朝ごはんの献立を考えていた。
今日はお昼頃からお祭りの方へ向かって、屋台を見て回ることになっていた。
といっても計画を立てた訳ではなく、何となくそのようなことになったのだ。
できれば朝からお祭りの雰囲気に触れたかったが、優一は昨日まで仕事で朝から晩まで動いていたのだ。
できるだけ長く眠らせてあげたい気持ちもあった。
(でも、楽しみだな…)
朝の番組特集でも花火大会を取りあげていて、賑わう都会の祭りは殆どの人が鮮やかな浴衣姿だった。
そんな光景を見ながら葵は、やっぱり折角の東京のお祭りだし、優一の提案の通りに浴衣を買ってもらえばよかったかなーーーとふと思ったが、まあ今年は良いか。とすぐ諦めた。
その後優一の部屋から物音がして、目を向けると眠たそうな目を擦る優一が普段着姿で登場した。
「おはよう」
「おはようございます。大丈夫ですか…?」
「あぁ、大丈夫。結構眠れたから。」
「それなら…良かったです」
「ところで、もう支度出来てる?駐車場空いてるかわからないし、早めに行こうと思ってるんだけど。」
「俺は…大丈夫です。」
「そう。わかった。じゃあ行こうか。」
「あっはい…!」
ーーーーーーー
その後で優一が素早く支度を済ませると、2人はすぐさま家を出て地下駐車場の車へと乗り込んだ。
その祭りの場所までは、ここから車で40分ちょっとだ。
「何食べようかなぁ…?」
優一は前を見据えながら、無邪気な子供のように呟いた。
葵もそれと同時に屋台を思い浮かべた。
田舎の祭りだったら、結構ぶどう飴が評判だった。
でも都会でもりんご飴が主流らしい。
(固くて食べれなさそうだけど…)
興味本位でかじってみたいと思った。
それから暫くの間国道沿いを走って、だんだん浴衣を着た歩行者が目立ってきたところで、お祭りの笛の音が遠くから聞こえてきた。
「ここだね、凄い人だ。」
もうこの先からは通行止めになっていて、警備員が笛を慣らして他の車達を駐車場へと誘導していた。
辛うじてまだ駐車場に空きはあるらしいが、もう少し遅ければ駐車場も埋まっていただろう。
優一の言う通り、早めに出てよかった。
それから駐車場に車を停めると、優一は素早くサングラスとマスクという真夏には似合わない出で立ちにティシャツとジーンズ姿で車を降りた。
けどその途端胸の中に不安が湧き上がってきた。
「優一さん、それ絶対怪しまれます…。」
「そう?」
(そ、そうって…なんでこんな平然と…)
「まあでもお面買えば大丈夫だよ。どこに売ってるだろうね?」
人の多さに圧倒されながら、葵は優一を見失わないよう前を見つめた。
浴衣を着たカップルや家族。友達同士で無邪気に笑う声。
夏も終盤だと言うのに、この賑わいようは本当に凄いな、と葵は改めて驚いた。
「あ、あった。お面」
そこにはてんぐのお面や狐のお面、その他に今流行りの戦隊ヒーローや少女アニメの主人公のお面などがかけられていた。
威勢のいい店番の人がお面の方を見る優一に気づいて、「おお!」と明るい声をかけた。
「お兄さんお兄さん!この狐のお面どうだい?お兄さんに似合うと思うよー!」
優一がこちらをちらっと見たので、葵もうんうん、と頷いた。
確かにこのかけられているどのお面よりもいちばんしっくりくるものだ。
優一はそれを手に取って、「そうですね。」と頷きーーーかと思うと、財布を出てすぐに会計を始めた。
京都の時も思ったが、相変わらず優一は買うとなったら早い。
それから優一はサングラスとマスクを外してお面を付けた。
上手く顔にはまっていて、誰だかはわからない。
葵は安心した。
「似合ってると思います」
「それは良かった。じゃ、行こうか。」
建ち並ぶ屋台を歩いて、通り過ぎる。
鯖の塩焼きの匂いや、りんご飴。
焼きそばにお好み焼き。
かき氷にアイス。美味しそうなものがずらりと並んでいて、目移りしてしまう。
けれど相変わらずお昼を少し過ぎた頃の屋台は大勢の人で賑わい、列を為していた。
「葵くんは何を食べたい?」
優一がお面越しに葵の顔を覗く。
葵は「んー」と考えてから、目の前に映りこんだとある屋台に目を向けた。
そこには綿あめと描かれた看板がかけられていて、可愛らしいイラストも貼られていた。
「あ、綿あめ…久々に食べたいです。」
「分かった、あそこだね。」
小さい頃一度だけ食べたことがある綿あめ。
もう食べることも無いのではないかと思っていたからなんだか嬉しい。
綿あめ屋には少しの列ができていたが、かき氷や焼きそばなんかよりは人が少なかった。
色つきの綿あめと普通の綿あめが売っていて、葵は色つきの綿あめを買ってもらうことになった。
「わー綿あめってこんなに大きかったっけ。」
ピンクと青がかった綺麗な綿あめを手に取って、まじまじと見つめる。
「結構サイズ大きいよね。」
葵は一口かぶりついた。
その瞬間ぱちぱちとした感触が口の中に弾けると共に、甘さが舌をくすぐった。
「美味しい…!」
葵はあまりの美味しさに思わず笑みが零れた。
すると突然優一が一気に顔を近づけてきてーーーー
(えっ…?)
「葵くん…」
(え!?)
優しくて溶けるような瞳が葵をじっと見つめる。
「ちょっ…優一さん…?ま、まってーーーー」
(優一さん何を考えてっっ!ーーーー!?)
葵は慌ててぎゅっと目を瞑ったーーーー…
………。
けれど暫く経っても何も起きなかった。
(あれ……?)
葵が恐る恐る目を開けると、優一が「ん?」と不思議そうにこちらを見つめていた。
手にはちぎられた綿あめがある。
「あ………」
そうーーーー優一はただ単に葵の持っていた綿あめを食べようとしていただけだったのだ。
なのに、なのにーーーー?
(え…俺今何を想像してーーーー!?)
その瞬間葵の頬はブワッと熱くなった。
「あまりにも美味しそうに食べるからちょっと頂こうと思ってね。だめだった?」
優一が意味深に微笑む。
「だ、だめじゃないですけどっ…」
葵は自分の考えてしまったことに動揺して、上手く口が回らなかった。
なんて恥ずかしい勘違いをしてしまったのだろう。
けれど優一は微笑むだけであまり気にしている様子はなかった。
やがて他の方に目を向けると楽しそうに呟いた。
「あー輪投げやってみたいなー!良い?」
「わ、輪投げですか」
「花火までまだ全然時間あるし、あっちの方まで散歩しようか」
「そ、そうですね!」
(くそ…動揺なんかするな…俺!!)
葵はなんとか誤魔化そうと優一よりも少し前を歩いたが、頬は相変わらず熱いままだった。
ーーーー
ーーーーーーーー
それから葵は優一に連れられて輪投げをしたり、ヨーヨー釣りをしたり、金魚掬いもした。
優一は取るのが上手くて、5匹も取ったのに対し、葵は1匹も取れなかった。
それどころか2回目ではすぐに、ぽい(金魚救うもの)が破れてしまったのだった。
悔しかったからもう一度挑戦したかったけれど、そう楽しんでいるうちにすっかり日は落ちて、あと1時間ちょっとで花火が始まる時刻となっていた。
河川敷の方に歩いていく人の数が多くなっていく。
葵達も人混みをかき分けて、河川敷の方へと向かうことにした。
その際目に付いたかき氷のお店に立ち寄って、歩きながらかき氷を食べることにした。
「優一さんは何味が良いです?」
「いちごにしようかな。葵くんは?」
「ブルーハワイにします。あ、人多いんで俺買ってきますよ。」
「え、そう?ありがとう。」
葵は頷くと、かき氷屋の所に並んだ。
子供連れが前にいて、選ぶのに時間がかかっているようだ。
(早くしないと花火始まっちゃうな…)
「どうぞー」
ふと屋台の人に声をかけられて、葵は急いで注文する。
「ブルーハワイといちご下さい。」
「はーい。400円になりまーす」
それから支払いを済ませ、葵は2つのかき氷を持つと、さっきの場所へと戻った。
しかしそこに優一の姿が無かった。
(あれ……?)
葵は慌てて辺りを見渡す。けれど優一らしき人が見当たらない。
「優一さん?」
人混みの中を掻き分け、優一の姿を探す。
辺りは花火を見に来た人でごった返していて、子供なんかが迷子になったら見つけるのは大変だろう。
警備員のような人達が、人混みから花火会場まで誘導する中、葵は1人逆の道を戻ることにした。
一体どこへ行ってしまったのだろう?
(優一さんまさか、正体がバレたとか…?それともなんだ…?なんで…)
名前を呼んで探したいところだが、そういう訳にも行かない。
かき氷を持っていて携帯も出せない。
「どうしよう…」
溢れる人の声、足音。
弾むように呼びかける屋台の人達の客引き。
家族の楽しそうな笑い声。
ーーーーお母さん、お父さんーーーー
ふと、不安が胸を掻き立てる中、葵は昔のことを思い出してしまった。
人混みの中、たった一人取り残されて知らない人たちの波に飲まれながら、必死に探していた。
なのにその姿は見当たらなくて。
ーーーー置いていかないでーーーー
知らない人達が通り過ぎていく。
誰もが見て見ぬふりをして。
でもこの声は届かない。
届いても振り向いてもくれない。
怖くて。 寂しくて。
悲しくて。
ーーーー俺を1人にしないでーーーー
ーーーー
ーーーーーーーーーーーー
葵は立ち尽くしていると、自分の名前を呼ぶ声が背後から聞こえた。
「ーーーーくん……葵くん!」
その声が優一の声だと気づくと、葵はすぐさま振り返る。
そこには肩を動かして少しだけ息を切らした優一が立っていた。
お面はズレていて、そこから少し顔が見える。
「ゆ、優一さん…!い、一体どこいってたんですか!」
「はぁはぁ……ごめんね。財布落としてた人がいたから渡してきた。葵くん、かき氷買ってきてくれてーーーー」
「もう、ほんと勝手にいかないでくださいよ!どっかいっちゃったのかと思ったじゃないですかっ!」
葵は少し怒るような口調でそう言ってしまった。
あとから我に返って「あ、ごめんなさい…」と慌てて謝る。
優一は驚いたように目を見開いたが、次第に困ったように呟いた。
「葵くん……ごめんね。」
「い、いや……そんな…」
(はぁ何やってんだ俺…)
謝って欲しいわけじゃないのに、謝らせてしまった。
優一の姿がなかった時、昔のことが頭をよぎって、自分でも驚く程に不安になって怖くなってしまったのだ。
けれど、そんな事優一は知るはずも無い。
それなのにこんな自分勝手に怒ってしまうなんて。
(意味わかんないよな…)
「俺の方こそごめんなさい…」
「ううん。葵くんは謝らなくていいよ。」
「いや…強く言ってしまったので………」
二人の間に少しの沈黙が流れる。
(どうしよ…、あ…)
葵はふと自分の手に目が留まった。
そこにはもう溶けだしている2つのかき氷がある。
「あ、あのすみません。かき氷溶けてきちゃった…」
「あ、本当だ。というか、ずっと持たせたままでごめんね。大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です…。それより花火、もうすぐ始まっちゃいますね…」
「あ、そうだね。行こうか。」
「あ、はい…行きましょうーーーーって…え?」
その瞬間手に暖かい感触が伝わった。
優一の手が葵の手を握る。
「はぐれないように手を繋いでいこう。」
「なっ……別に…そこまでしなくていいですよっ…」
「いいから。行こう。」
「えっ…」
(てか男同士とかめっちゃ周りに見られるし…!)
葵は自分の顔が熱くなっていくのを感じて、恥ずかしくなった。
けれど優一は手を離そうとはしなかった。
それを少し嫌がる素振りをした葵だったが、実際のところ本当は嬉しいと思ってしまったのだった。
それから葵は優一に手を引かれ、人混みの流れについて行くように河川敷の方へと向かった。
河川敷にはもう大勢の人達が場所取りをしていた。
丁度河原の向こう側の山の方から花火が打ち上がるので、ここは一番近くてとても綺麗に見える場所なのだ。
それに、取材なんかもよくされているようで、テレビ局の人も大勢来ているようだった。
「もうどこも人でいっぱいだね…。」
「そうですね…。」
(まあこれだけの人がいたら前の方で見るのは席のチケットでも買わないと無理だよなぁ…)
なんだか寂しい。
「仕方ないから、もう少し端のほうにいこうか。ここよりは綺麗に見えないかもしれないけど人の少ない良い場所があるんだ。」
そう言って優一に連れてこられた場所は、河川敷の奥の草むらのところだった。
もうここまで来ると最早人影はない。
「ここでも見えるんですか?」
「ここの位置なら、あの場所に上がる花火はぎりぎり見えるよ。ーーーーさて、もう結構溶けちゃったけど、かき氷でもゆっくり食べよう。」
「はい。」
葵は優一と共に草原に座り、かき氷を食べた。
祭りの賑わいを遠くで見ながら、ふと葵は疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「そういえば優一さんてこのお祭り来たことあるんですか?」
「あるよ。」
「そうなんですね。」
「うん。中学の時に1度ね。」
(中学…もしかしてファッションのコンテスト?で東京に来た時かな…?)
「あの時はこんなに混んでなかった気がするけど、年々見に来る人が増えてるのかな。」
「そうだったんですね。俺、びっくりしましたよ。こんなに人が多いなんて流石東京だなって。」
「はは、まあそうだね。この祭りの花火を近くで見るなら朝早くから場所取りをしないとだからね。」
それから暫く他愛もない話をして、丁度かき氷が食べ終わった頃、放送がかかった。
花火がいよいよ打ち上がるらしい。
「楽しみだね。」
優一はお面を取って、草原に置いた。
もうまるっきり顔を出しているので葵は慌てて周りを見渡したが、背を向けたカップルが少し手前の方にいるだけで、後はもう誰一人としていなかった。
人混みが凄い夏祭りの中、こんなにも人がいない場所があるのかーーーーと葵は内心驚いたけれど、大体お祭りなんかには隠れスポットとやらが存在するし、きっとここはそういう場所なのだろう。
優一さんが知っている隠れスポットーーーー
そう思うと、なんだか自分を連れてきて貰えたのが嬉しい。
そう思って葵が空を見上げた直後だった。
ドカンと大きく、赤色の花火が空に咲いた。
「わぁ…」
葵はあまりの迫力に目を瞬かせる。
遠くの方でも歓声が聞こえた。
それから花火はどんどん打ち上がっていった。
こんなふうに座ってゆっくり花火を見るなんて葵にとっては初めてだった。
「凄い……」
花火ってこんなに綺麗だったっけ。
座って見ているからだろうか。
そんなことを思いながら。
すると同じことを思っていたのか、優一が咲き乱れる花火を見つめながら呟いた。
「こうやってゆっくり花火を見る機会が無かったから、嬉しいよ。」
「俺もですよ。」
「一緒に来てくれてありがとね。」
「えっ?あ、いや…俺も行きたかったですし。」
「それは、良かった。」
花火の灯りに微かに照らされる優一の表情が思ったよりも優しくて、葵はいちいちドキドキしてしまった。
それから2時間後、ついに花火大会も終わりを迎え、河川敷の方の人だかりは屋台の方へゾロゾロと戻っていく様子が見えた。
次第に優一と葵も立ちあがり、駐車場へと戻ることにした。
「綺麗だったね。」
「本当に凄かったです!」
「そうだね」
優一は微笑むと同時に、また葵の手を握る。
「ま、また繋ぐんですか?」
「うん。はぐれないようにしないとでしょう?」
「そ、それはそうですけど…さっきのことは本当に……」
「そうしないとまた怒られちゃうからね。」
「うっ………」
葵はそう言いつつ何も言い返せなくなって、大人しく優一と手を繋いだまま列の中に紛れ込んで駐車場に向かうこととなった。
しかし、その途中の事だった。
なんだか視線を感じて、葵は横に向いた。
そういえばと思ったが、河川敷に戻った辺りから異様に視線を感じるのだった。
初めはスタイルの良い優一を見ているのかなとも思ったが、どうやら自分を見られている気がして仕方ないのだ。
(まあこんなに人が多く居るし、気のせいかな…)
そう思って前に視線を戻そうとしたその瞬間だった。
浴衣姿の女の子とバチッと目が合った。
それは、葵がよく知っている顔の人物だった。
「あっ……」
それは一瞬のことだった。
視線が合ったあと優一に手を引かれ、そのまま人混みの中に消えてその姿はみえなくなったからだった。
けれど葵の心の中ではもうパニックだった。
その女の子は、紛れもなくーーーー小牧だったからだ。
(嘘だろ……見られた……?)
ドクン…と心臓が高鳴る。
それに今は優一と手を繋いでいる状態だ。
普通、男友達と祭りに行って人が多いからって手を繋ぐ人なんていないだろう。
もしこれを小牧が見ていたなら、間違いなく葵は小牧にとっての裏切り者だ。
「優一さん、手……ちょっと…!」
葵は焦りのあまり優一の手から自分の手を引こうとしたが、人混みの中で無理やり手を離す訳にも行かず…結局駐車場まで手を繋いだままだった。
「はぁ、戻るの大変だったな。」
やっと車の中に乗り込むと、優一は軽くため息をついた。
けれど葵の表情は固まったまま、前のめりになって手をぐっと握りしめた。
その様子を優一が見ると、心配そうに声をかけてきた。
「葵くん、どうしたの?」
「え?」
「そういえばさっきからなんか様子が変じゃない?具合悪い?」
「あ、いや……大丈夫です。なんでもありません…」
(小牧さんのことなんか言えるわけないし…)
すると優一の顔がぐっと葵の方に寄ってきて、葵はまた思わず目を瞑ってしまう。
「本当になんでもない?」
「な、なんでもないですからっ…その…いちいち顔近づけるのやめてくださいっ」
「え?いちいち…?」
(あっ…そっか。綿あめのやつは俺が勝手に勘違いしただけだったか…)
そう思うと自分ばかりが気にしているようで益々恥ずかしくなる。
「と、とにかくっ…!早く帰りましょ。渋滞すると思うし…今日はお休みですけど、明日まで仕事あるんですからっ!」
優一は少々黙り込んでから頷いた。
「………まあ、そうだね。早く帰らないとね。」
そうしてエンジンをかけると、車は駐車場を抜け、家へと向かった。
(はぁ、良かった…なんとか質問攻めされずに済んだ…けど…)
もうすぐ夏休みも終わってしまう。
それなのに、こんなことになってしまうなんて。
折角夏祭り優一と行くことができて楽しかったのに…。
こんな所でもしも嘘がバレたとなったら小牧にどんなことを言われるかわからない。
もしかしたらもう話すらしてもらえないのではないかーーーー?
優一はお面をつけていたとはいえ、スタイルも抜群でそれだけでも目立つし、ましてやそんな人が自分と手を繋いでいるとなると、もうほぼ小牧の中でそのお面の人物は優一だと分かる。
それならもう諦めるしかない気がした。
あとは、手元まで見られていなければいいということを願うだけだけどーーーー
(目が合う前に見られてたとしたら………)
そんな不安が胸を突くまま、葵にとって初めての東京の夏が終わろうとしていたのだったーーーー
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