王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第二十一話 また初を

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翌朝、目が覚めた葵はいつものように朝ごはんを作ると、早めに学校へ向かった。
今日からテストまでの間は、ホームルーム前に和樹と一緒に勉強をする約束をしている。
葵が教室を寄ることなく図書室に向かうと、和樹も鞄を持った状態のまま図書室の昨日座った椅子に座っていた。

「おはよう葵くん」

「おはよ」

和樹はテーブルに数学や地理の教科書を置いて、葵が席に着くなり早速勉強を始めた。
葵も今日の授業の復習やらをするためにノートを開く。
だが、昨日のこともあってか、心の中はざわざわして落ち着かなかった。

(ーーー昨日あんなふうな態度とっちゃったけど…結局小牧さんが同じ事務所に入ったってこと、言えなかった…)

確か小牧の話では、今日優一が事務所にいるから挨拶に行くと言っていた。
葵自身、それは別に大したことないと思っているのだが、もしものことを考えるとどうしてもモヤモヤしてしまうのだった。

葵がそんなことを思い、問題を一つも解かないでいると、ふと和樹に声をかけられた。 

「…葵くん、そういえば…」

「ん?」

「実行委員の話聞いた?」

「え?実行委員の話?」

「昨日の放課後、先生がホームルーム終わってからまたすぐ戻ってきて、そういえば実行委員の活動について話すの忘れてたって言ってたんだけど、葵くんもうその時には教室にいなかったから、廊下で先生とすれ違った時に聞いたかなって思ってたんだけど…」

「あ、いや…聞いてない…」

(だって昨日、なんかモヤモヤして急いで帰っちゃったし…)

「そっか!なんかね…実行委員の活動は来週から始まるみたい。それでこの前、会計とか副委員長とかも決めようみたいな流れになってたからそれも決めるし…」

「あ、わかった」

「放課後とかにそういうの打ち合わせでテーマカラーとかパンフレットの事とか考えるみたい。帰り遅くなりそう…だよね」

「そうだね…まあ、朝勉強しとけば問題ないよ」

「うんっ」

来週からついに実行委員の活動が本格化する。
この学年ではお化け屋敷だけど…まだ内容もお化け屋敷というだけで、どういう役割になるとか、どういう物語するだとかそういうのは決まっていない。
となると、思っていた以上に余裕がなくなりそうだ。


あの事なんて、考える暇もないくらいに。

(よかった、それならいいや)


でも葵は自分の気持ちがそれ以上に大きくなってしまったことに、この時はまだ気づかなかった。


……………………………………………


それから勉強を終え、ホームルーム5分前に教室に行くと、自分の後ろの席には人がいなかった。
どうやら小牧は今日学校に来ないようだった。
まあそれは分かっていた。だって、事務所に挨拶に行ったのだし、そこでも色々話したりするのだろうから午前中に行くことになるのは間違いない。
けれどーーーだからこそ嫌な予感がした。


放課後ーーー葵はいつものように東校舎の部室に向かった。
今日は部活動があるということをすっかり忘れそうになっていた。
というのも先週は休んでしまったからだ。

部室のドアを開けると、いつものように天文部3人組先輩方が先に席に着いて話し込んでいたが、葵が来るなり、バッと駆けつけてきた。

「あー!葵くーん!よかった今日来てくれて!」

夏菜子がそう言うと、他2人も嬉しそうに頷く。

「この前はすみません…休んじゃって…」

葵は申し訳なく謝るが、それと同時に今日何かあるのだろうか?と疑問が浮かんだ。

すると、聞くまもなく貴斗が答えた。

「実は今日、7月のお泊まり天体観測の場所と日時、話し合うんだよ!」

「あっ…そうなんですか」

(あー!そっか、すっかり忘れてた…)

「そうそう!でさぁ、一応顧問に聞いといてくれって言われたんだけど、お泊まりは大丈夫だよね?」

「あ、はい。大丈夫です」

葵が頷くと、先輩達も嬉しそうに頷いた。

「普段大したことがないからさ、お泊まり観測なんて楽しみだよねぇ」

「東京でも意外と見れるんだよね。5階とかあると」

「そうなんですね」

(田舎にいたから、東京から見る星ってどうなんだろうって思ってたけど、楽しみだな…)


それから顧問が来ると、またいつものようにひとつのテーマで話し合うこととなった。
ちなみに今日、慧也は欠席しているようだった。

水瓶座について話し合うと、またいつものように夏菜子達に長話を聞かされた葵だったが、とても楽しかった。

けどそんな時間はすぐに終わってしまった。
夕方17時、葵は東校舎を出て帰ろうと思った。その時、スマホがピコン、と何かを受信したのだ。
開くとそこには小牧の文字があった。

(あれ、なんだろ…)


葵は慎重にメッセージを開く。

【優一さんに会えたよ!!チョコレートクッキー大好評だった!ありがとう~!】

そこにはそんな小牧のメッセージが表示されていた。

ドクン…

(なんでわざわざ言ってくるんだよ…)

変な違和感と嫌になるような気持ちが入り交じって返信するのを一瞬躊躇ったが、葵は「良かったね!」とだけ打つとあとは何も書かずに送った。

するとすぐに小牧からの返信は来てしまった。

【うん!あとこれから休むこと多くなるから休んだ日のノートとか見せてね?よろしくね!ねねね、そういえば栄人さんともあった!2人仲よかったの!?あんまテレビで絡んでなかったからびっくり!】

(栄人さんも事務所いたんだ…)

小牧のその反応は、自分が栄人と初めてあった時に抱いたのと似ていた。
まさかふたりが仲良いなんて、といい意味で裏切られたのだ。


葵は帰りながらゆっくりと返信した。

【うん、いいよ。そうなんだ。…ていうかまだ優一さんも小牧さんも事務所なの?】

【うん!!まだいる~】

「ああ…そっか…」

(今日優一さん、一体何時に帰ってくるんだろ。)

葵はそう思いながらそそくさと家に帰った。
当然家の中には誰もいない。
挨拶って言うからすぐ終わるもんだと思っていたのに、意外にも小牧が事務所の人たちと話し込んでいることに驚いていた。

本当に優一達と同じくテレビに出る日も遅くはないだろう。

それは凄いことであり、本当に尊敬できることだ。
でも葵にはやはり、心に引っかかってしまうことがあった。

明日も早いし、来週には実行委員の活動も始まる。
更には2週間後テストだ。
正直こんなことを気にしている場合ではない。
なのに、変な気持ちなるのだ。

(俺には別に関係ないことだし。)


葵はそう思いながら今日も夕ご飯を二人分作った。



けれどその晩、結局優一はいつものロケの時よりも遅く帰ってきた。
久々に話したいことが出来たと栄人とお酒を何件か回って飲みに行ってきたらしい。
なので優一は家に帰ってるくるなり、酔った体をリビングのソファにどさっと腰を下ろしたまま動かなくなってしまった。
葵はそんな姿に少し驚いた。
実は、葵が来てから優一はお酒を飲むのを抑えていたようだった。
だから酔った優一を見るのは初めてなのだ。

(優一さんてお酒飲むイメージなかったなぁ…にしても、顔赤すぎるし…)

葵は昨日のこともあってか少し気まずかったけれど、とりあえず今にもこんな状態のままリビングで寝てしまいそうな優一をベッドに連れてくついでに、少し小牧のことを聞いてみることにした。

「お、おかえりなさい。優一さん。」

葵が言葉をかけると、目を瞑っていた優一の目が開いた。

「んん、…ああ、ただいま。」

眠そうな声はしてるものの、まだ会話は出来そうだった。
葵はこのまま聞くことにした。

「あ、あの…眠いとこすいません。…今日、事務所で古井小牧って子に…会いましたよね?」

「あー……うん。あったよ?…あの子、見たことあるなぁと思って、確か、葵くんの友達だよね…?」

「…は、はい!そうですっ」

「ん…驚いた。まさか後輩だとは思わなかったよ…」

(言いそびれちゃったからな…それは申し訳ない…)

「それにしても…入ったばかりなのにもう今日から本格的に芸能活動するって言ってたな…」

「そうみたいですね。俺も早いなって思いました。…あの……話してみて、どうでした?」

葵はふと自分で聞いてしまって、なんでそんなこと聞いたんだろ?と疑問に思った。
でも優一にとって小牧がどんなふうに見えたのか少し気になったのだ。
すると優一は「んー」と考え込んでから話し出した。

「あの子について言うなら…んー…礼儀正しくて、いい子だった。」

「あー…うん、そうですね。小牧さんはいい子だと思います…俺も。」

(クラスでも人気だし人のことはよく褒めてくれるし…可愛いし、な。)

「うん。それにチョコレートクッキーも手作りで持ってきてプレゼントって。それ…僕のマネージャーが美味しすぎるって騒いでた」

「あ、そうなんですね。優一さんは、美味しかったです?」

「うん、美味しかった。なんか…僕と僕のマネージャーのためだけに作ってきてくれたんだってさ」

「え?!そうなんですか?」

(え、小牧さん、優一さんと優一さんのマネージャーだけ、とか言ってたっけ…)

「うん。そう言ってた。」

「へぇー…ちなみに…今日って挨拶回りって言ってました?」

(まさかそれも…)

「いや、挨拶回りではなくて、普通に事務所入りしただけだろうね。今日は」

「あ、そうなんですか」

(じゃあなんで…俺には挨拶って言ったんだろ…?俺に普通に、優一さんにクッキー持っていきたいからって言えばいいのになんでわざわざ…)

葵の心の中に、また別のモヤッとした何かが浮かんだ。
けれどそんなことは知らず、優一は喋り続ける。

「それにしてもケイステージ事務所にあんな勢いで入ってくる子がいるなんてなぁ…それが葵くんの友達なんて、すごい偶然だよね」

「確かに、偶然すぎますよね…。」

「うん……ふぁあ…」

優一は一つ大きな欠伸をすると、だらんとソファの背もたれに寄りかかった。

「ああっ優一さんっ…ベッドで寝ないと風邪引きますよっ!」

「んー…」

優一の顔は程よく赤くなっていていつもの色白の王子様フェイスと違っていて、なんだか新鮮さがあった。
なんだか眠たそうな目が可愛く見える。

「じゃあさーーーまた運んでよ」

「そのつもりでした。ただでさえお酒飲んでなくても疲れた時はリビングで寝るんですから、お酒飲んだら尚更運ばないと動かないでしょ」

「……ふっ…葵くん、呆れてる?」

「呆れてます。」

「ごめんね。葵くんしか、いないから。運んでくれる人」

優一は真っ赤な顔で幸せそうに笑いながら、葵に顔を向ける。
その顔は本当に子供っぽくて無邪気だ。

「ーーーっ!ま、まあ、そうでしょうね!今までどんな生活してたんだか。ほら、王子様肩貸しますから起きてください。」

「王子様ってだれ…」

(優一さんだよ!!)

「ういっ…しょ…移動したらすぐ寝れるんで頑張ってください。」

葵はフラフラした状態の優一の体を少し支えて優一の部屋のベッドまで運んだ。

「はぁ、もう本当だらしないな。」

葵は優一をベッドの真ん中に寝かせて毛布をかける。
すると優一はすぐに寝息を立て始めた。

(そういえば、優一さんの寝顔もあんまよく見た事ないかも)

葵はまじまじと優一の寝顔を見つめてしまった。
閉じた瞳に浮かぶ睫毛は長くて、まるで女の子みたいだ。
テレビドラマで見ていた時も凄く綺麗でかっこいい人だと思っていた。
それがよく思えば今は目の前にいる。
その現状に慣れすぎて、まじまじと見ることをしていなかった。

綺麗だな…

葵は思わず近くで、身を乗り出すように見つめる。
けれど優一がんん、と唸ったところで我に返った。

(って、危な。俺こんな見つめてて優一さん起きてたらどーするんだよ。俺も早く寝ないとーーー)

その瞬間だった。
優一に突然右腕を引っ張られた。
そして、葵の体が勢いよく優一のベッドの中に放り込まれると、優一に抱きしめられた。

「なっ!?優一さん?!」

(え!?なんで…!?まさか、起きてた!?)

葵は何が起きたか状況を読み込めず、慌てて優一の顔を見るーーーと、そこには真っ赤な顔で悪戯な笑みを浮かべている優一の顔があった。

「葵くん……今日一緒に寝る?」

「へ?!」

優一の予想外の言葉に、葵は声が裏返ってしまった。

(い、一緒に寝るって、え!?)

「な、なんでですか!?」

「一緒に、ねたくなったから。」

(は!?)

「む、無理です無理です!!ちょっと!流石に一緒に寝るとかっ優一さん酔っ払いすぎですよ!!!」

葵は必死にもぞもぞと動くが、優一の手はまだ思った以上に力があり、抜け出せない。

「いいでしょ?」

「よ、良くない!本当に待って!優一さんっ」

(おい待てだめだって!!)

「なんで、嫌?」

「い、嫌です!まじで!!ちゃんと眠れないし!」

「じゃあこれ家賃分にするって言ったらどうする?」

「えっ…い、いやいやそれは卑怯ですよ!家賃はキスですし!!」

「葵くんはずっと…キスがいいの?」

「え!?いやっ!そういう訳ではっ…!」

(その聞き方も卑怯だろ!)

「じゃあ今日はこれでいいよね?」

「は、はぁ!?」

「じゃあおやすみ」

「えっ、ま、まって…!本当にっ!あのっ!」


優一の腕の中で上手く動けない体にもどかしさを感じながらも葵の心臓は跳ね上がるように揺れ続けていた。
止めようにも止められないし、何しろこの現状を心が理解ができていなかった。
なのに、もしかしたら相手にこの爆発的な鼓動の音が聞こえているかも、と思ってさらに恥ずかしくなる。

まさかこんなことになるなんて…


ただでさえモヤモヤして、イライラして、意識して

今日だって意味わかんなくなって本当に散々なのに

こんなの最悪だ。

(はぁ……嘘だろ…)


優一はそのままスヤスヤと今度は本格的に寝始めてしまった。
けれど葵を掴んだままの手は、動かなかった。

なので葵は仕方なく、今日はここで眠ることにした。

とりあえず何も見ないようにぎゅっと目を瞑ってーーー



そういえばーーー誰かと寝るって、こんな感覚なんだな。

葵は布団の中に顔を埋めてふと、そんなことを思った。

実は両親がいた頃、もう幼い時から葵は一人で寝ていた。
雷が鳴って怖くても、怖い夢で目が覚めた夜中も

そばに誰かが来て、一緒に寝てくれることなんてなかった。

それが悲しくて

1回、おばさんにもそれは言ったことがあった

けれどーーー結局叶わなかった。

だからこそまさか自分で過去に願っていたことが、今こんな形で叶うなんて思ってもみなかった。
意味がわからなくて苛立つことさえない。
むしろこの空間がどこか安心して、嫌じゃないとまで思えてきてしまったのだ。


葵はその後、ぼーっとした頭の中で目を閉じた。
優一の寝息と、自分の心臓の音と、優一の部屋の時計の音だけが響く部屋。



(一緒に寝るのって暖かい…)


葵は無意識に思ってしまったこの感情を抑えるすべも忘れて、人の体温を感じると共に、寝てしまったのだった。
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