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第十三話 変化

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5月も終わりを迎えーーー6月の梅雨の時期となった。
朝からザーザーぶりの雨でなんとなく気がだるいような今日、葵はまたいつものように優一にご飯を作ってから学校に行き、ホームルームの時間までを勉強の時間に費やす。
そして、もうすぐ5分前だよなーーーと、顔を上げた瞬間、先生がいつもとは違う、随分と気合いの入った面持ちで教室に現れた。

(いつもより早いな…)

「みんなおはよう!!」

担任はメガネをキリッとあげて、周りを見渡す。
すると生徒達はお喋りをやめて急いで席に戻る。

「おはようございますー」

「先生ーまだ時間じゃないですよー?」

「ほんとだーあと5分もあるのにー」

「いやいや、あえて早く来たんだよ。今日は皆に大切な話があるからね!」

「えーなにそれー」

「とりあえず席についてー!」

皆はなになに?と騒ぎながら席に着く。

静かになった教室で、教卓に立った担任はいつもより弾んだ声で話し始めた。

「みんな!前期の7月の期末テストに向けては、頑張っているかい?」

先生の問いに、クラスの反応はいまいちと言ったように首を振ったり黙って頷いたりする。

「そうか。まあテストを頑張ることはとても素晴らしいことだ。赤点なんて進級に関わるからな。だが!ここからが重要な話だ。ーーー皆、そんなテストも終えて、夏休みを過したら…夏休み明けには何があると思う?」

香取先生の言葉でクラスは一気にざわつく。

「え、なんだっけ?」

「なんだろ?部活の大会?」

「先生教えてー」

そんな様子を葵は、またぽけーっとしながら端の席で眺めていた。

(なんかあるっけ?夏休み明けって…夏休み明けテスト?でもそれなら早すぎるよな…)

葵が考え込んでいると、先生がバシッと黒板に手を当てた。

「わからないか?それはズバリ!ーーー匠南の文化祭だ!!!」

先生の発言を聞いて、皆が一斉に歓声を上げる。

「わぁあそうだった!!!」

「文化祭かー!!」

「そっか!9月初めだもんなー!」

「やばーい楽しみー!」

(あ、文化祭か…)

けれど葵は一人机に肘をついてなるほど、と頷くだけだった。
葵にとっては結構どうでもいいことだったのだ。

(だって結局一人だしめんどくさいし…)

少し前に小牧に招待してもらったクラスのグループチャットには一応入ったものの、ほとんど会話してないし追加されたりもしたがそれだけで何も話していないし、そもそも誰が誰だか葵にはわからなかった。
なのに、小牧がモテモテだよ!だなんて言うから少し期待してしまった葵は、この前家で落胆していたのだ。
そんな中で文化祭など、葵にとっては特に意味をなさない。


「それでだ!!早速だが今、実行委員候補を決めたいと思う。それで、挙げられた人の中で決めるのを今日の6限にやろうと思っている。誰か、いいと思う人がいたらまず手を挙げて教えてくれ。遠慮しなくていいぞー!
ちなみに実行委員は二人だからなー!」

香取先生はメガネの奥に潜むギラギラした瞳でクラスを見渡す。
その瞬間みんな肩をひるませた。

匠南の文化祭といえば、流石名門だけあり、クラス一つ一つが超本格的にやるめちゃくちゃハイレベルな祭りとして、他校からも見に来るほど人気のハイレベルな文化祭で有名だ。
元々有名人の卒業生も多いし、それがあってか過去には有名バンドが体育館に来てライブをしたりなんかもしていたーーーらしい。

だから、そんな凄い文化祭の出し物の実行委員など、思った以上に忙しすぎて勉強にもならないんだろうなぁーーーと葵は考える。
自分は絶対にやりたくないし、皆もいくら楽しみにしててもやりたがらないだろうーーー。

クラスが沈黙に包まれたーーーしかし、その時だった。

後ろの席の小牧が突然「はいっ」と手を挙げた。

先生やクラスの人達が小さく「おお!」と歓声をあげる

「小牧!なんだ、誰がいいと思う?」

(小牧さん誰に推薦するんだろ…)

「秋元葵さんを推薦します!!!」

その途端クラスがざわつく。

「秋元葵?」

「あー真面目そうだしなー」

「俺話したことない…」

「俺もー」

(え…秋元葵って…えっ!?お、俺じゃん!ちょ…!小牧さん!?なんで!?)

葵は突然のことに動揺して目をぱちぱちさせた。
普段見向きもしない皆の視線が一気に葵と小牧に視線を向ける。


「おお、葵か!まあたしかに成績優秀だし真面目そうだし、先生もいいと思うぞ!」

「はい!本当に真面目で優しくて思いやりあるので実行委員に推薦します!!」

(そ、そこまで言わなくても…)

恥ずかしくなってくるじゃないか!

しかし、小牧が堂々と発言したことによって、何故か謎の拍手が起こってしまった。

「葵、葵はどうだ?実行委員」

「えっ…あっ…お、俺は…」

クラスを見渡すと、皆がじとーっとこちらを見ている。
まるで゛お前やれよ゛とでも言われているみたいではないか。

「え、えーっと…」

「なんだ?葵。どうした?」

「いや……えっと」

しかも困ったことに、葵はなかなか断れないタイプなのだ。
確かに実行委員は面倒臭いしここの文化祭は鬼忙しいことで大変有名だが、小牧に折角褒めてもらって、推薦してもらったのに断ったら今まで以上に、もっとクラスから遠ざかっていくような気がした。

(だ、だめだ俺…勉強は家で頑張ればいいし…う、うん!!)

「や、やります…」

「え?」

「俺実行委員やります…」

葵が答える間もなく教室に拍手が鳴り響いた。


(おいおい…嘘だろ…まじかよ…やりたくねえええ!)

葵は心の中で叫びながら机に突っ伏した。

「ありがとう!早速実行委員一人決まったな!それであともう一人なんだがーーー他に候補あるか?」


「はい!」

すると教室の真ん中辺りにいる女子が小さく手を挙げた。

「今野さんがいいと思います。」

「おー!今野こんの和樹かずきか!和樹ー!どうだー?推薦されてるが」

(今野和樹…?誰だろ…)

葵がその人を目で探していると、窓際の一番奥の方で眼鏡をかけたボブの男の子が「良いですよ」と小さく呟いた。
いかにも真面目系男子という感じだ。

「おおお!即決まりか!?」

「えーすごいー」

「早かったねー」

「実行委員って大変そー」

キーンコーンカーンコーン……

ホームルーム終了を知らせるチャイムが鳴ると、先生は紙に何かを書いたあとで、そそくさと教室を出ていってしまった。
そして皆はまた席を立って、文化祭のことについて楽しそうに喋り出す。

しかし葵は頭を抱えたままでいた。

(うそだろおおお…実行委員の相手、本当に1回も話したこともない人だし…それに文化祭の実行委員とか俺…クラスの人把握してないのに出来るかわかんねぇし…)

「葵くん、ごめんね」

すると、後ろから声をかけられた。
小牧だ。

「小牧さん…いや、ううん。謝らなくていいよ。」

葵は苦笑しながら軽く手を振った。

「実行委員は本当に忙しいんだってわかってたのに、推薦しちゃった。嫌だった?」

「い、嫌ではないけど…匠南の文化祭実行委員は未知だよね。」

「うん。何をするかにもよるけど纏めたりするのは大変だよね…」

「そ、そっか…頑張らないとな…」

(あー…気が重たい…)

「ごめんね、忙しかったらしばらくは図書室での勉強会もしなくていいから…」

「いやそれは、するよ。教えるのは苦じゃないし。」

「本当?ありがとう!」

「いえいえ。ーーーでも放課後遅くまで残ったり、家に帰るの遅くなったりしそうだよな…」

「そうだよね…?」

「うん…。まあいっか。」

「もし遅くなりそうだったら、夜ご飯私と食べに行く?」

「えっ…いいの?あ…でも…」

(優一さんのご飯作らなきゃだし…門限19時だし…)

「ごめん。シェアハウスしてる人のご飯も作らないといけないから…もしかしたら難しいかも。まあ話し合ってみるけど。」

「あーそっかぁ……でも、葵くんて全然遊んでるイメージないし、その一緒に暮らしてるお兄さんもきっといいよって言ってくれると思う!」

「そ、そうだね…そう言ってくれたら行こう…!」

(まあ、あの人だらしないから絶対無理だと思うけどな…)

そうして暫く葵と小牧と話し合っていると、不意に声をかけられた。
葵が顔を上げると、そこには実行委員を一緒にすることになったあの、ボブに眼鏡の今野和樹が立っていた。

「葵…くん…?だよね。よろしく…」

「あっ…うん。えっと、和樹くん。よ、よろしくお願いしますっ…」

「うん…じゃあ……」

「あ、うん…」

今野和樹は軽く会釈をすると、また真っ直ぐ自分の席に戻ってしまった。
そして静かに席に座ると、ノートとペンを取り出して何かを書き始める。
近くに人はいるけれど、話しかける人はいなさそうだし、話しかける様子もなさそうだった。
葵はその様子を眺めてふと思ったことがあった。

(あの子も…普段クラスメイトと話してないのかな?)

賑やかなクラスだと思っていただけに、なんだか自分と同じ境遇なのかと思って勝手に気になってしまう。

葵が和樹を見ていると、黙っていた小牧が口を開いた。

「今野くんてなんか、めっちゃ暗い感じの子なんだよね…。私、2回目の交流で話したことあるんだけど、その時に好きなものは?って聞いたら、好きなものは特にないーーーみたいな事言ってたの。趣味は?って言ったら、面白い趣味はないです。みたいな…」

「へぇーそうなんだ…」

「うん。だからなんか話しづらいなぁって思ってた。」

「そ、そうなんだ」

(でも、わざわざ挨拶しに来てくれたよな…?)

「ていうか、葵くん!次の授業なんだっけ?」

「え、ああ…現代文だよ」

「あーもうやだあ、消しゴム忘れちゃった」

「貸すよ」

「ありがとうー!」


…………………………………………




その日の帰りはどっと疲れが出た。
実行委員に選ばれてしまったってこともあるけど、6限の道徳の時間では早速出し物のことについて話し合ったのだ。
けれど候補が多すぎるし、2年生や3年生と被りそうなものとかもあって、なかなか決まらなかった。

葵は夕食を食べながら、「はぁ」とため息をついた。
すると手前でパソコンを打ちながらご飯を食べている優一が、「ん?」とこちらを向く。
優一は、今日の午前中に仕事の打ち合わせが入っており、午後は21時までにしてもらったらしく、少し遅くはなったものの久々に、なんとか一緒にご飯を食べることが出来たのだ。


「葵くん、学校で何かあったの?」

「はい…なんか、俺…今日文化祭の実行委員に選ばれちゃったんです…」

「ええ、そうなんだ。それはまた、急だね。」

優一はパソコンでの作業を辞めると、此方に向き直った。

「なんか、この前話した女の子が…俺の事推薦しますって言ってくれて、先生もいいと思うとか言ってきて、俺、断れなくて…」

「でも匠南の実行委員は確か、死ぬほど忙しいんじゃなかったっけな。僕の時も言われてたし。」

(あーそうか、優一さんも卒業生だしな…)

「そうなんですよ…文化祭自体は9月なんですけど…なんか大丈夫かなぁって。」

「嫌なら言いに行ってあげようか?」

「えっ!?あ、いやそれはいいですよ!もう決まったことだし……クラスの人ともほとんど話せてない状況だったから、いい機会かなって。」

「あーそうなんだ。まあそれならいいんじゃないかな。」

「まあ、はい。…それで…優一さんは?今、仕事の方どうなんですか?」

「あー仕事?ってそういえば、この前収録した番組今日のこの時間にちょうどOAだ。」

「え?」

優一はリモコンを取ると、窓際の真ん中に置かれたテレビに向かって電源ボタンを押す。

その瞬間テレビ画面に優一の綺麗な笑顔が映りこんだ。

「これ。」

「【家出した猫メンバーで~夏に向けて恋人と行きたい観光スポット巡り~】…って、ロケですか!凄い。こんなのやってたんだ…」

「そう、この前なかなか帰ってこなかった時、それ録ってた」

「へぇーーー」

葵はハンバーグをぱくりと食べながらテレビの内容を見続ける。

【アナウンサー:やっぱ、優一さんも今年の夏、どこか行きたいなぁなんていうのあるんですか?】

【優一:そうですねー。やっぱり、京都とか行きたいですね。去年のドラマの撮影で行った時、凄く楽しかったので、今度はプライベートで楽しみたいです。】

【アナウンサー:おお!いいですねぇ…行きたいお相手とかいるんですかぁ?】

(でもこの人ホモだし…)

【優一:います。】

「え、いるんですか!?誰ですか!?」

葵が思わず声をあげると、優一にニコニコされながらしーっと人差し指を当てられた。

「しーっ…」

【相沢紀子:ええ、誰なんですかぁ?】

【優一:家で飼ってる可愛い子犬とです。】

優一は堂々と王子様スマイルを向けると、ワイプで見ていた芸能人やその場にいたアナウンサーや家出した猫の出演者全員が「かわいー!」「きゃー」「王子様ー!」と悲鳴をあげる。
そしておまけに、キラキラしたモーションまで映される。

【アナウンサー:もうこんなの全国の女子メロメロですよねぇ】

【ワイプ:イケメンが子犬と旅行とかご馳走様です!】


「あははは!何だこの編集、ははっ」

優一はそれを見るなり腹を抱えて笑った。
なんとも理解し難い光景だが、自分が王子様扱いされていることがとんでもなく面白いらしい。

(ていうか、家で飼ってる子犬って…この前なんか言ってたような、…あれは確か……)

「ああ!この前のGWの時に言ってたやつ!!」

「ははっ…そうだよ。」

「じ、じゃあ子犬って!!」

「うん、わかるだろ?」

「あれガチで言ったんですか…!本当に、犬みたいーって言われたらどうするんですか?」

「じゃあ葵くんに犬のコスプレーーー」

「変態はお断りです!!!」

「はは、なーんだ。だめなの?そういうの。」

「だめです。本物の子犬と行ってください。」

「でもさっき、それ聞く前に誰と行くのか凄く気になってなかった?」

「えっ…いやそれは…」

(だって、俺がいるのに旅行とかされたら俺また一人になるし…)

「可愛いねぇ。本当に行こうか?旅行」

「い、い、いやいや!いいですよ!京都行ったことあるし。」

「じゃあ僕は撮影でしか行ったことないから、今度は葵くんが案内ってことで、どう?」

「え、で、でも…」

「よし、決まりね。夏休みの予定が早くから決まってよかったね。」

「ま、また勝手に……」

(旅行…か。)

そういえば旅行も、行ったことなかった気がする。
遊びとか寄り道とか、そういうのも全部ひっくるめて、上京する前は我慢してたし、行く相手もいなかったし。

それにいくら変態ホモだとしても相手は俳優の黒瀬優一さんだ。
きっと、またGWの時みたいに良い思い出になるんじゃないかーーー
そう思ったらちょっとワクワクしてきた。
葵は夕飯を平らげると、小さく呟いた。

「じゃあ、八ツ橋は絶対買います…」

「わかった。沢山買おう。夏休みはおばさんの家にも帰るでしょう?その時にお土産としてあげるたらきっと喜ぶよ。」

「あ、はいっ…!」

(そうだ!おばさんにも…!)

「うん、だから実行委員頑張ってね。」

「あ、ありがとうございます…」

「うん。じゃ…仕事に戻るとするかな。」

優一はそう言って伸びをすると、またパソコンに向き直った。

(そういえばこの人、今までのこと振り返ってみたらおばさんのこととかもよく考えてくれてること多いよな…)


なんの意図があるのかは正直わからないけどーーーでも、やっぱり優一は優しい。
それは変わらない気がした。

なんで最初の時あんな、怖い事言ったのか。
変なことしてきたのかはわからないけど…

(やっぱ、お礼はちゃんと言っておこう…)


「優一さん」

「ん?」

「いつも…おばさんのことまで気遣って下さってありがとうございます。」

「え?」

「あ、いや…なんか、凄く…俺だけの事じゃなくておばさんのことまで色々考えててくれてるなぁって思って…」

「そんなの、当たり前だよ。」

優一はテレビに向ける時と同じように完璧な笑顔で微笑む。

「それで、あの…ちょっと聞きたいことあるんですけど…」

「ん、なに?」

「優一さんはそういうとこ優しいのに……なんであんな変なこと、言ったりしてきたんですか…?」

葵はまだ初日のことが頭に焼き付いていた。
悪魔で変態で最悪なホモ詐欺師の掌に乗せられたとあの時は思っていたけれど、それでも変に優しくて、変に気を使ってきて、葵のほんの少しの、でも大袈裟な寂しさを拭ってくれているような気がした。

(キスだって家賃だとか言ってしてきてるのに、俺、変だよな…)

葵が答えをまっていると、優一は静かに立ち上がった。

「なんでだろうね」

「はいっ?それは聞いておきたいんですけど!」

「んー、まあ一つは性癖を知られたからってこともあるよね。」

「あ、ああ…」

(あの例の部屋…あれ以降踏み入れてない…)

「でももう一つは…」

優一はそこまで言うと、突然黙ってしまった。

「え?もう一つはなんですか?」

「いや、これは別にいっかな。」

「え、これってなんですかっ!」

優一はふふっと笑うと静かに葵に歩み寄る。

「今日のキスはどうする?浅いのがいい?それとも深いの?」

「えっ、な、なんですか!その質問形式!!ていうかまだもう一つの方聞いてないですけど!」

「いや、先に答えてよ。そうじゃないと、初日みたいなことーーーするよ?」

上から目線でちょっとだけ怪しげに笑う優一に、葵は不覚にもドキッとしてしまった。

(初日みたいなことはもうごめんだ!!)

「ま、待ってくださいよそれは!、わかりました!答えますから!!」

「うん、じゃあどっち?」

「浅いのでお願いします!!!」

「深いのね、了解」

「おいっっ!!人の話を聞け!」

「聞いてる。ーーーほら、上を向いて。」

「なんでえええ」

(やっぱこの人悪魔だったーーー)

葵はそう思いながらも、ちょっとずつこのキスが苦ではなくなっているような気がしてーーー
慣れって怖いな、と思いながら今日も家賃分の深いキスをされたのだった。
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