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第十一話 感情の傾き

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あれから葵は小牧と昼食を食べたり、放課後に一緒に帰るようになった。
何故かわからないけれど、小牧は葵のことをとても気に入っているようだった。
それに、小牧といることによって周りからも少しだけ葵の存在が気づかれるようになった。
いつも影の方で黙って座るはずが、葵がこの前小牧と学校に来た時は、数名から「おはよー!」と元気よく声をかけられたのだ。
けれどそれは別に進展があったわけでもなくただの挨拶だ。
少しはクラスメイトとして認識してもらえたようだけど、葵は遠巻きに見られるくらいで話し合ったりはしない。

(まあどうせ話しかけづらい人とか思われてるんだろうな…)

葵はそんなことを思いながら、今日小牧と図書室で勉強するために使う参考書と辞書を鞄に入れた。
そして優一の分の朝ごはんを作ると、そのまま学校へと直行し、いつもと変わらない基本一人の一日を過ごすのだった。


…………………………………

そして放課後、葵は小牧に今日の数学の勉強を解説して教えると、そろそろ部活の時間なので図書室を出ることにした。


「ーーー葵くん、部活前なのに教えてくれてありがとう。今日の授業の所もすごく難しかったからとっても助かったよ!」

「ううん、全然いいよ。また教えて欲しいところがあったら言ってね。」

葵は小牧と図書室を出ると、お互いの部活動場所へと移動することにした。

「はぁー緊張するなぁ。」

「部活?そういえば入ったの演劇部だっけ?」

「うん!」

「小牧さんって、ミュージカルとか好きなの?」

「うん!実は昔から演技することが好きなんだー!でねーーーこれは内緒だけど…葵くんにだけ言うね、私、いつか女優になりたいと思ってるの。」

「えっ!女優って、すごいね…!」

「うふふ、だから芸能界のオーディションも6月辺りにはもう受けようって思ってるの。まずはモデルから…とか。不安だけど、親はモデルなら絶対行けるって言ってくれたからそこから地道に行こうかなぁって……。」

「うん、俺も小牧さんならいけると思うよ。」

(顔とかスタイルも抜群だし…)

「ありがとう。葵くんて本当に優しいね。」

小牧は照れたように口元を隠して微笑んだ。

「え、俺優しいかな…?安心したならよかったけど。」

「うん、本当に優しいよ。私、頑張る。頑張るね」

「うん、応援してるよ。」

「ありがとう。」

「いえいえ!」

葵が元気よく返事をすると、小牧はそっと微笑んでから俯いて、表情のない顔に戻った。

「小牧さん、大丈夫?」

「えっ…あ、大丈夫。」

葵が声をかけると一瞬また笑顔に戻ったが、それでもどことなく何かがあるような気がした。
そういえば前もなにか考え込むような表情してたけど…

「何か、あったの?」

「え…いや、あったっていうか…その……」

「うん?」

小牧は恐る怒る葵に訊ねた。

「葵くんはそういう所に入ったりしてないの…?」

「そういう所?」

「芸能事務所とか…」

「えっなんで!?入ってないよ…?」

「あーそうなんだ。なんか、そうなのかなぁなんて、思っちゃって。」

「どうしてそう思ったの?」

「んー…」

(俺むしろそんな感じから程遠い思うんだけど…)

葵が小牧の顔を覗いていると、小牧が意を決したのか口を開いた。

「あのね、ずっと聞きたかったんだけど葵くんってーーー」

その時だった。

「小牧ー!!」

小牧が何かを言いかけたところで、突然廊下の向かい側から歩いてきた二人の女子達が小牧の名前を呼んだ。
小牧はハッと顔をあげると、「あ!」と声をあげた。

「恵美ちゃんと唯ちゃん!」

「小牧ー!早く行かないと演劇部の先輩待ってるっぽいよー!」

どうやらこの二人も演劇部らしい。

「え、あ!そうなの!わかった今行く!………葵くん、ごめんね。私行ってくるね」

「あ、うん。もう時間だもんね。頑張ってね!」

「うん、ありがとう!」

小牧は「じゃあまた明日!」と手を振ると、二人の方に急いで向かい、そのまま本校舎の4階の演劇部の部活動の教室へと駆けて行った。

葵はそれを見届けつつ、東校舎へと向かう。

(小牧さんさっき何言いかけたんだろう??俺、芸能事務所とか入ってないけど…)

(…それにしても小牧さんが女優かぁ…優一さんも俳優だし、その親友である栄人さんも俳優だし…小牧さんも女優になったとしたら…俺の周り芸能人ばっかだな。)



ボロボロの東校舎には相変わらず人気がなく、夕方のオレンジ色の光が埃っぽい廊下を照らす中、葵は二〇五の教室に足を踏み入れた。



「葵くーん!いらっしゃーい!」

その瞬間、天文部3人組先輩(葵はそう呼ぶことにした)が手を広げて葵にニコニコと笑顔を向けた。
そして相変わらずほかの幽霊部員は来ていないようだった。

「こんにちは。」

「そうそう葵くん!!この前は本当にごめんね?私のお話ばかり聞かせて時間取らせちゃって。帰り遅くなっちゃったわよね。」

そう謝ってきたのは夏菜子だ。
天文部(幽霊部員を除いたメンバー)の中では唯一の女子である。
夏菜子はこの前の部活動で自分の好きな話題の話し合いになり、熱が入ったのか、葵が驚くように反応を見せるのが嬉しかったのか、ずっと喋っていたのだ。
でもこの前は優一の帰りも遅かったし大丈夫だった。

「あ、全然大丈夫ですよ!お話とても面白かったです。」

葵はにこりと笑う。

「ありがとうね!さて今回は先生は何の話題持ってくるかなぁ」

夏菜子は教室の窓際の席で腕組みをしながらニヤニヤと口角を上げる。

夏菜子先輩の言う先生とは天文部の顧問のことだ。
見学の時には顔を見せなかったが、天文部には似合わずとても明るい先生で、葵のことをとても歓迎してくれた。
そんな顧問がする事とは、部活動の時間において必ず一つ、天文的な分野のテーマなどを持ってきて、それを皆で話合わせる、という感じだった。
それで前回、夏菜子の大好きな北斗七星についてのマニアックな話を後輩である葵は延々と聞かされて帰りが遅くなってしまったのである。

そして暫く顧問を待っているとーーー教室のドアが開かれた。
そして顧問ではなく、ふてぶてしい顔がポケットに手を突っ込んだ姿勢でそこに現れる。
この先輩は見学の時に腕を組んで後ろの方でムスッとしていた先輩だ。
けれど葵は部活が始まって約一ヶ月立っているというのに、なかなか直接的に話すことは出来てない。
名前は宮井みやい慧矢けいやというのだということは分かったが、それは天文部3人組先輩に教えて貰ったことだ。

「お前ら、集まるのはええな。」

慧矢はだるそうに荷物を置くと、ふぁあと欠伸をした。

「慧矢は来るのがおそーい!」

夏菜子はムスッとしながらも、別に怒っているわけでさなさそうだ。

「一、二分遅れても何も始まらないのは知ってる。顧問なんていつも10分遅れだろ。」

慧矢はいつものように後ろの方にいくと、窓際の端の席に座って本を取り出した。

「それはそうだけど、葵くんは時間通りに来てくれるから、先輩として先に待ってるって言うのが普通よ。」

(え、俺…?)

「あーそう。」

慧矢は興味無さそうにして、スマホを取り出すと黙って弄りだした。

(また今日もこの人とは話せない…か。)

天文部三組先輩がとても優しく接してくれるだけに、こんなあからさまに冷めた態度を取られると少し不安になる。
けと、別に嫌われているわけではなさそうだった。
ただあの人も、基本的に人とつるんだりせずに一人でいる側の人間だというのはなんとなくわかった。

(俺も周りから見たら、こんな感じなのかな)

学校のクラスもほぼグループが出来上がって、ますます一人でいることが目立っているように感じた葵は、そんなことを思いながら先輩方のお喋りを傍で聞いていた。


それからまた顧問がきて、一つのテーマを皆で話し合った。
葵は先輩達の話を聞くだけで特に発言はしなかったが、海王星の解説動画をみてレポートなんかを書いて終わった。

そして部活は終わった。

「お疲れ様ー!」

貴斗がそう言うと、皆もおつかれーと言って、早速帰る支度を始める。
今日も特に変わったことはしなかったし、きっと来週も変わらないだろう。
葵もそそくさと支度をしていると、横で先輩組が何やら楽しそうに話していた。

「帰りに天文部のみんなでカラオケ寄ろうって話してたけど行くよな?」

(天文部のみんな…?)

「行くよー!めっちゃ歌いたいもん。慧矢は?」

「俺はいい。だるい。」

「えー!でもそう言っときながらこの前もかなり歌ってたじゃん」

「お前らが歌ってなかったからだろ」

「んじゃ行こー!」

「おい、ったくだりぃな」

「そういいながら結局夜まで歌うだろー」

「カラオケ大会とかする?」

「いいね!」

(もしかして天文部みんなでカラオケ行くのかな。俺も遅くならなければ行けるし、むしろカラオケとか行きたいかも…)

でも、いつまでも先輩達は楽しそうにしゃべっててこちらに話しかけてくる様子ない。
それどころか、場所などを決定させるとそそくさと部室を出ていく。

「あー葵くん!」

「は、はい!」

「ここ、戸締りしてってもらってもいい?」

「あ…全然いいですよ」

「ありがとー!本当助かるよー!」

「あ、いえいえ全然…」

「じゃあ、よろしくー!」

パタンと扉が閉められた。
そして廊下側に楽しそうな声が響いている。

(まあ俺はどちらにしても優一さんの分の夜ご飯作らなきゃいけないし、早く帰らないとだし……!優一さんは俺がいないと家事できないしな。)

そう言いつつ、葵は一人戸締りをして帰った。





…………………………………………


しかし葵が家に帰ると、優一は打合せでいなかった。
けど、今いないということはもう少し遅い時間には帰ってくるのだろう。
いつもは午後10時には帰ってくるし。

葵は晩御飯を2人用つくると、自分は早めに食べる。

そして、その間に今日のことを思い返すのだ。
今日小牧のいいかけてたこととか、天文部の事とか。

今日も変わらない一日だった。けど、葵は優一と暮らしてから、その日にあったことを話すようになった。
厳密に言うと、話せるような相手ができて、葵は嬉しくなったのだ。

だから葵は部屋に戻ったりリビングのソファで横になったりして時間を過ごして午後10時になるまでまった。

そして午後10時。
もうすぐ優一が帰ってくる時間だ。

けれどなかなか玄関は開かないし、帰ってこない。


ふと、メールが受信された。

(優一さんだ、どうしたんだろ?早くしないとご飯冷めちゃうのに…)

メールを開くと、ここにはこう書かれていた。

【今日は親が誕生日で一緒にご飯食べることになったから、先に寝ていてくれる?ご飯作っちゃったかな?あと、もしかしたら朝に帰るかもしれないから朝ごはんもいらないよ。】

「あっ…」

今日優一さんの親、誕生日なんだ。
親とご飯食べてくるんだ。
親の家に泊まるのかな。

【そうだったんですか!ご飯の件、わかりました!楽しんでください!俺は明日も早いんで寝ます!】

葵はそうメールを打って、送った。

するとまた返信が来た。

【ありがとう。明日も頑張ってね。】

【いえいえ。優一さんは楽しんで!】

(なんだ、今日帰ってこないんだ。)

親が死んでから、おばさんとすぐ暮らすことになった葵は、常に一人ぼっちだった。
祝い事も基本してこなかったし、葵はむしろ自分が突然来てしまって、おじさんの治療を介護していたおばさんの邪魔にならないようにと、引きこもりがちだった。

だから上京してから、優一に色々連れてってもらったりしたことが、葵の中ではとても楽しかった。
本当に今までにない経験だった。

だからだろうか、

(なんでこんくらいで、寂しくなるんだろ。)


先輩達だって、葵の知らないところではたくさん友人達が居て、小牧だって基本的にはほかの友達がいるんだ。

上京しておばさんを安心してあげられるようにって思ったのに、こんな一人になったくらいでこう考えちゃうのはなんでなのか。

そんなことはとっくに慣れたはずだったのに。

葵にはまだわからなかった。
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