王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第二話 裏の顔

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   黒瀬優一と無事に再会を果たした秋元葵は、黒瀬優一に連れられるままに都内の道を車で走っていた。

   助手席に座り、俺はぎこちない雰囲気のまま先程買ってもらったコンビニのパンを静かに齧っていると、黒瀬優一がふいに口を開いた。

「ーーー葵くんて、15歳なんだっけ。」

「あ、ああーーーそうです。今年16歳です。」

「そっか。田舎から都会の高校にって大変だね。」

「そうですね....。でも行きたい高校に行けることになって内心は本当に嬉しいです。おばさんには無理させたかもしれないけど....。」

「まあ僕も上京した人間だから、気持ちはわかるよ。」

(そうなんだ。)

   俺は頷きつつジュースを口に含む。
   実は早朝に新幹線に乗ったからご飯をまともに食べれていなかったのだ。
   それにお金もあまり使いたくないと思い、飲み物さえ買っていなかった。
   こうやって食べさせてもらえるなんて、本当に感謝でしかない。

   でもーーー少し気になることがあった。


   俺は運転している黒瀬優一の横顔を見つめる。

(いつになったらマスクとサングラス外すんだろ...….)


  会った時からもう30分以上は経ってるし、車にも乗ったのに、     相変わらずマスクとサングラスは外そうとしない。

   花粉症とかなのかな?
   それとも日光に当たりたくないとか?
   袖から伸びた手や長い首は透き通るような白で、まるで女性のようにしなやかで、とても綺麗だった。
   でもサングラスは今の時期あまり意味をなさないような気がする......。

   俺は気になって仕方がなくなったので、思い切って訊ねてみることにした。

「優一さんってもしかして、花粉症とかなんですか?」

「え?」

   優一の顔が少しこちらに向いた。

「あ、いや....ずっとサングラスとマスクをしているのでそうなのかなーって。違ったらごめんなさい。というか変な事聞いてごめんなさい」

「はは、そんな謝らなくていいよ。ーーーそうだね、花粉症では無いけど顔を晒したらちょーっと面倒臭いことになるから今は隠しているだけだよ」

「へぇー。そうなんですね」

(なんか芸能人みたいな理由だなぁ。まあ実際にサングラスとマスクしてても駅がざわついてたし....。)

「優一さんてスタイル良いし声とかもかっこいいし、顔はまだわからないけど雰囲気的に芸能人っぽいですよね。もしかして、そう言う感じなんですか?」

   葵はそうは言ったものの、芸能人なら田舎から来た高校生なんか普通受け入れるわけないよなーーと思っていた。

けれど優一の答えは予想外のものだった。

「うん、そうだよ。よくわかったね」

「..............へ?」

「それとももう、僕のこと知ってたのかな?」

(え、本当に.....芸能人?)


「葵くんは火曜日のドラマ「家出した猫」って見てる?」

「え!み、見てます!!あのドラマ面白いですよね!好きです!.......って、え??」

(そういえばあの主演の俳優の名前も黒瀬優一.......だったよな?)

   ドキン.....。

   まさか。
   そんな、まさか??

   葵は密かに早くなる鼓動を抑えつつ、ゆっくりと隣に顔を向ける。

「それならもう話は早いかもね」

   すると優一はそう言いながらマスクとサングラスを外しはじめた。
   そしてマスクとサングラスに隠された部分が露わになると、もうその顔には見覚えしかなかった。

   そこにいたのは、テレビで引っ張りだこの今を輝くあの大人気俳優ーーー黒瀬優一(27)だったのだ。
   可愛い笑顔とクールな仕草が魅力的でどこかミステリアスでーーーとにかく王子様のような存在だと現在人気が爆発しているのである。

「俳優をしている黒瀬優一です。改めてよろしくね。」

   葵に向けられた王子様フェイスの笑顔はテレビで見るよりもずっと綺麗だった。
   長い睫毛も少しだけ色素の薄い瞳も。黒い髪も白い肌もテレビで見ていた黒瀬優一そのものなのに、それが今目の前に、しかもこれから一緒の家に行くのだと思うと葵は目眩がしてきた。

「ゆ、夢.....見てんのかな俺.....」

「はは、ここが現実だよ」

「で、でもそんな俳優さんがなんで僕なんかを.....?」

(ていうかおばさん、知り合いの息子が俳優の黒瀬優一だって知らなかったのかな....?!)


「んー、親父に言われたんだよね。大切な知り合いの子供が一人で上京するらしいけどまだ高校生で親もいないし大変だから居候させてやれないか、って」

「そ、そうだったんですね....。でも普通そんなことを頼まれても芸能人だから難しいんじゃないですか?」

「まあ最初は僕も乗り気じゃなかったけど、その子供とってもいい子で家事ができるって聞いて良いなーと。ほら、僕家事ができないから家政婦雇おうと思ってたくらいなんだよね。
ほらでも、家政婦って女性が大半でしょう?だからスキャンダル的なのになったら困ると思ってね。男の子なら都合がイイって思ったんだよね。」

   優一は綺麗な顔でハハっと浅く笑った。

(う、うそおおん!家事が出来ないってあれ本当だったんだ!)

   そういえば去年の「家出した猫」の特番でそんなような話を黒瀬優一がしていたのを葵は覚えていた。
   でもそんな理由で、こんな大物の家に居候できるなんて俺.......

   本当に運がいいかも!!!

   おばさん!ありがとう!!


「それにしたってまさか葵くんが僕の主演ドラマとか見ててくれてたなんて嬉しいよ」

「いや本当に俺あんまりテレビ見ないんですけど黒瀬優一さんの出てるやつは殆ど見てて」

   ファンという程ではなかったしたまたま見たいテレビに黒瀬優一が出ていたというだけだったが、テレビで見ていたような人物がいざ目の前に現れると興奮してしまうものだ。

「はは、葵くんて人を喜ばせるのが上手だね。ありがとう。」


(はぁあ、おばさん!やばいよ俺!本当にやばい!)

   優一の横顔を見れば見る程に心臓が高鳴る。
   田舎者だからなのか、芸能人というオーラにとにかく圧倒されっぱなしだ。


「ーーーよし、そろそろ家に着くよ。」

「は、はい!」

   優一は車を狭い路地の方に入れ込むとそこから入り組んだ都会の道に車を走らせた。
   それから五分後、ようやく車はとある駐車場に止まった。    

(なんか高層ビルみたいなとこに入ったけど....ここなのかな?)

   車のエンジン音がとまり、優一がシートベルトを外すのを見計らって、葵もシートベルトを外した。
   車から出ると、後ろからトランクケースと重たいリュックを出してビルの中に入る。

   床は白い大理石みたいなようなものが敷かれ、エレベーターの中には数々の宝石やライトが散りばめられていた。

「ふふ、驚いてる?」

「と、とっても!ここに住んでいるんですか?」

「そうだよ。このビルのーーー最上階」

   優一はそう言うと、エレベーターのボタン「58」という数字を押した。

(ご、ご、58階!?)

「葵くん。高いところは苦手だったりする?」

「あ、ある程度は大丈夫です!」

   と言っても58階の景色など見たことがないのだが....。

   エレベーターはグングンと上に上がっていく。


「そっか、良かった。前に友達を呼んだら景色を見た瞬間倒れちゃってね。遊びに行くだけならまだしも、住むとなったら高いところに慣れてないと大変だからさ」

「大丈夫ですっ」


   そしてついにエレベーターは58階に辿り着いた。
   葵はドキドキと胸を高鳴らせながらトランクケースとリュックを持ち、エレベーターの外へと出る。
   長い廊下を優一の後を追いながら歩いていると、目の前に扉が見えてきた。

「これが僕の家の玄関ドア」

   優一はそう説明するが、扉は頑丈そうで、傍から見たら玄関とは思えない。

   優一は慣れた手つきで胸元のポケットからカードを取り出し、扉の横に取り付けられてあったスキャナーに翳した。
   すると硬そうな扉がスーッと静かに開く。
   その瞬間目の前に現れたのは、まるで王室のような広いリビングだった。

「す、す、す、すごい.....」

「どうぞ」

   優一に促され、葵は自分の履いてきたボロボロのスニーカーを恐る恐る脱いだ。

(なんか本当に俺...大丈夫なのかな....)


   急に不安になってきた。
   ただ東京の高校に行きたいだけだと言うのに、こんな高層マンションの58階で、人気俳優と暮らすことになるなんて.....。


 「葵くん?気にせず上がりなよ。今日からここで暮らすんだから」

「は、はい!そうですよね!ええ!ありがとうございます!」

「うん。あと、葵くんの部屋はこのリビングの左の廊下の向かいの部屋に用意してあるからね」

「あ、ありがとうございますっっ」

「はは、そんなに改まらないでよ」

   優一はそう言いながら、リビングの真ん中に置かれていた広いソファに腰をかける。
   長い足を組んで、居心地良さそうな顔をした。


「は、はい!」

   葵はそれを横目に、まずはトランクケースとリュックを部屋に置いておこうーーーと左の廊下に向かった。

   自分の部屋は確か、リビングの向かいだからーーー

(この部屋か....?)

   葵が扉のドアを開くとそこにはーーー

(..............え?)

   そこには葵の部屋ーーーがあるわけではなく、何かの本が大量に散らばっていた。

   葵は瞬時に部屋を間違えたのだと気づいた。

(いくら住むと言っても相手のプライベートを覗くのは良くないもんな。それに相手は芸能人だし)

   葵はそう思い、急いで部屋の扉を閉めようとしたーーーが、ドアに散らかった本が1冊挟まってしまった。

(うわ大変だ!本が折れたりなんかしたらーーー)

   そう思い、葵は急いでその本を拾いあげる。
   その本はよく見ると、あらすじのようなものが書かれていた。

(そういえば俳優って普段どんな本読んでるんだろう?)

   葵は少しの好奇心にかられた。
   全国の老若男女の心を射止めるような大人気俳優が読む本だなんて、いくら普通の高校生男児の葵でも気になる。気になってしまうものだ。

   ほんのちょっとだけ。

   葵はゆっくりと表紙の方を見る。

   しかしその瞬間突然裸の男二人のイラストがインパクトのある格好で現れ、葵は思わず悲鳴をあげてしまった。

「ひ、ひえええ!!!」

「葵くん?」

   その声に優一がリビングからこちらに来る足音が聞こえた。

(ハッ.....や、やばい!!早くドア締めないと.....)

   そう思うが散らかった本がドアを開けた振動で雪崩を起こしてしまい、余計に廊下側に出てきてしまった。
   その本はよく見ると全てが男の裸ものーーーつまりBL小説ばかりだったのだ。

(でもなんでこんなものが大量に男の人の家に.......?)


   まさか、黒瀬優一さんって.......

 

「葵くんなにかーーー」


「ーーーあ、えっと!!今ちょっとこ、転んだだけです!大丈夫でした!!!」

「ああ、そうか。そこらへん滑りやすいから気をつけてねー。部屋の様子見て荷物置いたらリビングにおいで」

「は、はい!」

   葵はそう返事しながら無理やり本をねじ込んで扉を閉める。

   ああ、やばい俺今

   ーーー見てはいけないものを見てしまったよな?ーーーーーー


   葵はバクバクとうねった心臓を堪えつつ、隣の部屋へと急いで避難した。

.....................


   薄く綺麗な大理石が一面に張り巡らされた部屋は、とてもじゃないけれど葵みたいな高校生男児が居ていいような空間ではなかった。
   シングルベッドも少し大きいし、勉強机も広いし、本棚は沢山あるし、クローゼットも2個も置いてある。
   見るもの全てが触れていいような家具とは思えなくて、正直葵は戸惑いを隠せなかった。

   葵はトランクケースとリュックを置くと、扉を閉めてシングルベッドの上に腰をかけた。ふかふかした感触が心地良い。

   でもそんなことよりも今はーーー

   さっきの光景が頭の中に浮かんで離れない。

(なんであんな大量にBL小説が?しかもどれもイラストが過激だし....…)

   第一して、あの爽やか王子様というイメージを持つあの黒瀬優一の家にBLだなんて想像ができない。
できるわけが無い。

(え、黒瀬優一さんて彼女いたことあるよね!?)

   でも過去についてはそこまで詳しくないし.....

(最近のスキャンダルは.....!?)

   と思ったけれど、スキャンダル的なのがないからここまで好感度上がってるわけで.....


(まじかよ.......)

   いや別に、いいんだ。いいんだけど。

   ちょーっと見る目が変わってしまったというか.......


   そういう人の家に男が入り込んだらやばいかも.......

   とか。

   そんなあらゆることを想像してしまって身震いをした。

(いやでも....... BL小説なんて男でも読む人いるし.......ただの趣味かもだし....)

   それに一緒にいれるだけで夢のような人物の家に、家賃なしで泊めてもらうというのにたかが相手の変わった趣味くらいでそんなことを勝手に想像してしまうとか。

(いけない、俺、超失礼な人になるとこだった)


   葵はふぅ.......と心を落ち着かせると、何食わぬ顔をして黒瀬優一のいるリビングの方へ戻ることにした。
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