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第一話 きっかけ

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「ーーーだからね、おばさんは、葵くんには夢を諦めないで欲しいのよ。」

   向かい側の席で俺に真剣な面持ちを向けながらそう話すのは、秋元輝子てるこおばさんだ。

    俺は今、田舎の少しだけ洒落たレストランの中で、今後の進路についてを一緒に暮らしている親戚のおばさんと話し合っていた。
   輝子おばさんは両親が亡くなってすぐ俺の事を引き取ると言ってくれた父方の妹で、本当にとても優しい人だった。
  親が亡くなって学校に行けなくなってしまった俺に気遣ってか、常に支えてくれたし、1番に俺の事を優先し続けてくれた。
  だからこそ今も、相変わらず俺のことを考えて進路についてを話してくれているんだーーーけど.....

「でも東京なんかに出たら出費とかすげぇしさ....やっぱ俺、いいよ。」

「だめよ。今までも誕生日プレゼントはいらないって言うし学校も色々あって大変だったのに家事も毎日積極的にしてくれるし....おばさんの方が葵くんに助けられてきたのに、これ以上葵くんを我慢させたくないの。」

「それは.....でも本当に俺はプレゼントとか要らないし普通に暮らせてるだけで充分だから。」


    俺は中学三年生でそろそろ受験シーズンを迎えようとしているところだった。
   そんな俺には、東京に行きたい高校があった。
   それで一応おばさんには相談はしていたけれど、おばさんの負担とか色々考え続けていたら、やはり地元の高校にした方がおばさんも楽なんじゃないかーーーと言う考えに辿り着き、それを言ったらおばさんがそれはだめだと反対したのだった。


「.......葵くん。もしかして、お金の心配してるの?」

   輝子さんはそう言いながらコーヒーを一口飲む。
   俺も頼んであったオレンジジュースを一口啜ると、「うん。」と頷いた。

「だって、安彦おじさんが亡くなった時から輝子おばさん、自分の服も買わなくなったじゃん。」

「それは良いのよ。もうお洒落する年齢でもないんだし」

    ハハッと笑うその顔に偽りは無かった。
   けれど俺の中では、自分の進路のために輝子おばさんに膨大な  お金を払ってもらうなんて考えられなかった。
   俺が考え込むと、ふと頭を撫でられた。

「中学三年生なのに葵くんて本当にしっかりしてるわね。でもね、本当に大丈夫。葵くんは東京の行きたい高校を受験しなさい。お金の心配なんてしなくていいから。それが今のおばさんの願いなのよ。」

    輝子おばさんは優しい。
   その優しさの影には、どうしても俺には我慢せずに生きて欲しいんだという思いが滲み出ていた。
   だけどその分だけ、俺も自分の行動を締め付けるものがあった。


それもそのはず、だって俺はーーーー


   また鈍い痛みが胸を締め付けた。
   俺は何も言えないままひたすらジュースを飲み続け、レジの方へと歩いていったおばさんの後を追った。
  それは中学三年生の冬のことだった。


............................


   そしてあの話し合いから3ヶ月後の3月上旬。

  俺はついに、本当に行きたい東京の高校に行くことになった。
   受験は推薦だったから受かることはほぼ確定していたようなものだったけど、本当にこれから通うのだと思うと未だに信じられない。
  俺はおばさんがくれた、住所を書き込んである紙を片手に新幹線に乗って、東京駅で降りた。
  重いトランクケース一台と登山に持っていくようなリュックを抱え、俺は東京駅の西口へと向かった。
  しかし、どこもかしこも出口案内で正直戸惑っている。

(一体どうなってるんだ!?)

   ずっと田舎で育ってきたからか、丁寧な出口の看板でさえ鬱陶しいと思うほど、全然慣れない。
   けど確かに東京駅の西口に、おばさんが言ってた黒瀬優一という人がいるはずなのだ。
   そう、俺は東京でこれから一人暮らしをする訳ではなくーーー今日から黒瀬優一という人の家に居候することになったのだ。


   事の発端は2ヶ月前の受験を終えた日のこと。
   おばさんが急に改まって俺に話しかけてきたのだ。


「葵くん、話したいことがあるの。」

「どうしたの?」

「葵くんさ、東京で一人暮らしするつもりで考えているでしょ?」

「あ、うん。」

「でもやっぱり高校生だからもしも何かあったらーーーって思うとおばさん怖くなっちゃって。葵くんは我慢しやすいし無理するんじゃないかってね。」

「ああ、それなら大丈夫ーーー」

「それで、おばさんの古くからの知り合いに葵くんのことを話したら、その人の息子が今東京で一人暮らししてて、葵くんを居候させてくれるって言ってくれたらしいのよ。」

「え?!そ、そうなの?」

「そう。その息子さんは黒瀬優一っていう名前なんだけど、なんだか東京でバリバリ働いている人らしくて家賃とかもいらないって。家事が出来ないからその辺やってくれたら良いって言ってくれたみたいで....。」

(黒瀬優一.......俳優にもそんな名前の人いたような......?でもあの人大物だし、そんなわけないよな。
ただの同姓同名だよな....?)

「そ、そうなんだ。え、でも....それじゃシェアハウスみたいになるってこと?流石に家賃払わないのはあれなんじゃ....」

「大丈夫よ。息子さんもとても優しい人みたいだし、葵くんの事情を聞いて納得してくれたの。それに、高校生がいきなり上京して一人暮らしをするよりかは好意に甘えてそういう人のとこに居させてもらった方がいいと思うわ。まあ葵くんが他人と暮らすのが嫌だったらおばさん、また考えるけど.....でも個人的にはその人のとこに居させてもらった方がいいっておもってるの。」

    おばさんはそう言いながら、若干困り顔をした。
   よく見ると目には隈が浮かんでいる。夜中ずっと俺のことを考えて話し合っていてくれたのだろうか。

(おばさん、俺のために色々考えてくれてたんだ....)

   そう思うとなんだか胸が痛い。
   無理に一人暮らしなんかするより提案を飲んだ方がいいかもしれないーーー。

「本当にその方が葵くん上手く行くと思うから....だから夢を諦めるってことだけはしないで欲しいの。好きな道に進んで欲しいのよ。おばさんが思うのはそれだけ。」

「ありがとう。おばさん、大丈夫だよ。俺、その人のとこにいさせてもらうことにする。んで、頑張って学校通って、いつかおばさんに恩返しするから。」

「葵くん.......あなたって本当にいい子ね。」

   おばさんは涙ぐみながらそう言った。

    こうして俺はその知り合いの息子さん、黒瀬優一という人の家に居候させてもらうことになった訳である。


   がーーーなかなかその人に会えないでいる。


(ええ、西口っつっても出口沢山あるっぽい!?その人、どこにいるんだよおおお!)

   紙に書かれているのは住所だけで電話番号とかは書いてない。
なのに、「頑張ってね!」というメッセージだけはしっかりと書き込まれていた。

(おばさん本当にこういうとこだけは抜けてる.....)


   黒瀬優一さんというお方は、10時半に東京駅の西口改札にいるーーーとか言ってたらしいけど、実際東京慣れしてる人にとっては簡単な待ち合わせ場所でも、上京したての俺にとってはもはや迷路だ。

(俺本当に東京でやっていけるのかな)

   そう思いつつ落胆していたその時だった。

   急に周りがザワザワし始めた。
   なんだろ?そう思いつつ周りの目線に目を向けるとーーー

   そこには百八十五センチくらいの長身で、めちゃくちゃスタイルのいい男の人が、マスクとサングラスをしてこちらに向かって歩いてきていた。
   ピシッと決めたスーツにロングコート。
   指にはお洒落な指輪も付けている。
   明らかに芸能人って感じのオーラを放つその人は、どこか近づき難い雰囲気を醸しながら、なんと俺に向かって軽く会釈をしてきたのだ。

(え.....な、なに?俺?)

   俺が戸惑っていると、その男がマスク越しに声をかけてきた。

「君、葵くん、だよね?」

「ひぇ!?」

   急に名前で呼ばれて俺は跳ね上がってしまった。

(なんで俺の名前を!?ていうかやばい。大きな声出しちゃった!)

   周りの目線が一気に俺の方に向けられる。

「な、なんで知ってるんですか?」

「いや違かったらいいんだけど、僕は今、その子と東京駅の西口で待ち合わせしていてね。印象とか雰囲気を教えて貰っていて、それが君にそっくりだったから。違ったらごめんね。」

「え、いや....俺は葵ですけど....。じゃあもしかしてあなたがーーー」

「ああ、僕は黒瀬優一だよ」

(えええええ!!!!)

   マスクとサングラスをして顔はほぼ見えないが、声はかっこいいしスタイルは良いし、都会の中でさえ色褪せないほどーーーむしろずばぬけてるほどのかっこいいオーラを放つこの人がこれから一緒に暮らすことになるおばさんの知り合いの息子さん!?!?

(ちょ.....想像していた人と違う.....!)

   おばさんの知り合いの息子というのだから、もっと眼鏡かけて真面目に仕事してる公務員っぽい人かと思ったら、マスクとサングラス越しにもわかるほどの芸能オーラを放っている人だなんて。

「良かった、会えて。よろしくね。それでーーー今から家に行こうと思うんだけど、荷物はもうそれで全部?」

「あ、はい」

「そう。そのトランクケース貸して。持つよ」

「え、いいんですか?」

「田舎から来て疲れているだろう?」

黒瀬優一はひょいっとトランクケースを持ち上げると、颯爽と歩き出した。

「車に乗る前に飲み物を買おうか。何か食べたいなら他に、好きなものを買っていいよ」

「えっ.....あ、ありがとうございます」

「あと気を遣わなくていいからね」

「は、はいっ」

(なんかこの人.....)

   おばさんの言っていたとおり、本当に優しい人なんだな。

   当たり前のように荷物を持ってくれるし、家賃はいらないって言ってくれるし。
   初対面の俺に対してこんなに気遣ってくれてるし。


   なんか、良かったかも。

   いつもおばさんには救われている。
   助けられている。

 本当の本当に感謝してもしきれないほど。


(そうだ、おばさんに無事に会えたって連絡しなきゃ。あと、お礼も伝えよう)


   俺はそう思いながら、黒瀬優一さんの家ーーーこれからの自分の家に向かったのだった。



   けれどーーーあの後、あんなことが起こるなんてこの時の俺はまだ知る由もなかったんだーーー
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