経典 第7巻 1章 1節「太陽を喰らった漆黒の守護竜」

星月 猫

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経典 第7巻 1章 1節「太陽を喰らった漆黒の守護竜」

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──はるか昔、そのセカイには“月”と呼ばれるモノが存在しなかった。



昼は太陽が赤々と地上を照らし、夜は頼りない星明かりと闇が支配する。

光を崇め、闇を恐れる。

そんなセカイで、人々は穏やかに暮らしていた。



しかし、そんな日々は唐突に破られる。




恵をもたらすはずの太陽が……夜を喰らったのだ。

 
宵闇が消えたセカイ



──空からは毒と化した光が降り続け、生き物が堕ちた。


──大地は熱を孕んで焼け、力無く地の色を晒した。


──海は干上がり、やがて白い大地となった。



こうして、このセカイは緩やかに、しかし確実に死に絶える。



……はずだった。




闇の消えたセカイに、黒より暗い漆黒の鱗が舞うまでは。



***


“ソレ”は何者からも避けられていた。



親は見向きもせず、名前すら与えなかった。

──おまえなど、産まなければ良かった!


一族からは無いものとされた。

──光を喰らう闇の魔力を持つとは、忌々しき忌み子め!


日の光は眩しかった。

──恵みを受けられないとは!


夜は誰も見ない。

──なんだ、居たのか!同じ色でわからなったよ!!




……全ては闇よりなお黒き、漆黒の鱗を持って生まれたが故に。



「俺に、居場所なんて無いんだ」



闇色の鱗を持った黒竜は、その瞳から1粒の雫を落として……ひとり、呟いた。


***


ある時黒竜は、生まれた地を飛び出した。


幾日もの夜を飛び続け、いにしえの姿を現在いまに残す“太古の森”へとたどり着く。

生き物ですら息を潜め、奥深くは巨木が生い茂り昼なお薄暗い。

そこで、死んだように過ごすこと幾年月。



その日──太陽が夜を喰ったあの日はやって来た。




日毎ひごとに死にゆくセカイに、ふと黒竜は思った。


──どうせ誰の記憶にも残らず死ぬのなら、全ての生きとし生けるモノたちに語られるくらい鮮烈に散ってやろう。


黒曜石のような両翼を広げ、黒竜は飛び立った。



持って生まれたその魔力を使い、陽を、光を喰らう。

セカイの竜の魔力……闇色に染まる頃、黒竜の鱗は光を孕んで黒銀に輝いていた。

しかし、をその身に取り込んだのだ。
いくら竜とて、確実にその体は蝕まれていく。


黒竜は喰らった光と、残った魔力の全ての力を1つに集めた。


そう。

セカイを守る盾──月を創ったのだ。



しかし過ぎた力は確実に黒竜を死へと招く。


──瞳は潰れた。


──翼は切れた。


──爪は折れた。


力を使い果たした彼は、森の奥深くへと落ちて行く。



しかし、月食は長く続いた。

月光は空を、地を、海を癒した。











静かに、少しづつ。










だが、確実に。









生き残った命たちが、再びその生を謳歌できるようになるまで……あと少し。





















































──ここまでが神話の中の1節「太陽を喰らった漆黒の守護竜」である。


しかし、神話には語られぬ続きがあった。


***


月光がセカイを癒し終える頃、1人の白き乙女が黒竜の元を訪れた。


……ヒトは闇を恐れるものである。

月明かりに白く輝く髪と、碧い瞳を持った幼さを残す少女。

彼女は、終わらぬ夜を恐れた者たちの手によって、しかし自らの意思で太古の森へと踏み込んだのだ。

恐れ多くも、太陽を見るのはいつになるのかと問うために。




初めはどうにかうるさい小娘を追い返したい黒竜と、彼の大怪我をどうにか癒そうとする少女の攻防戦が繰り広げられた。

小さな喧嘩をしながらも、黒竜は知識を与え、魔法を教えた。
少女はその傷を癒し続け、人々を宥め続けた。


そんなふたりは、いつしか互いが唯一無二の存在となっていたのだ。



──しかし、黒竜に残された時間はもう無かった。


その感情を知って、いつの間にか淑女と呼べるまでに成長していた乙女に……黒竜は最後の知識を授けた。



「竜は死ぬと、その体を草木や岩に変える。

……それを使って、おまえの使う杖を作って欲しい」


黒竜は、優しい眼差しで泣きじゃくる乙女の涙を拭う。


「そしていつの日か再び巡り会う時に、俺の……おまえが付けてくれた、その名前を呼んでくれ。


俺の──“      ”」



そして食が終わったその朝。

黒竜は……赤い実をつけた、漆黒の大木へと姿を変えた。













***













荘厳なるステンドグラスの光の落ちる大ホール。

その壇上で、はっとした様子で顔を上げる少女が居た。




──ここは、王都にある黒竜魔法学園。

竜の乙女が作ったとされる、魔法使いの卵たちの学び舎である。



その学園は今、入学式の“宣誓の儀”の真っ最中であった。


少女の手には黒い竜を模した杖。

それこそ、古い古い時代……学園創立の時から存在する長魔法杖ロングスタッフ

普段は魔道具保管庫の最奥に安置されている、古代の英智の結晶である。

これに触れながら、学園で学びたいと考えることを宣言する……それがこの学園伝統であった。


杖を新入生たちに持たせる役目を担う教師が、心配したような小声で少女に声をかけた。




瞬きと共に落ちた雫に、彼女は自分が泣いていることを知ったのだ。

落ちた雫は──杖に埋め込まれた紅き宝珠へと落ちた。




その瞬間、





光が溢れた。
































人々が再び目を開けた時、そこには薄ら透けた黒竜がいた。


──突然現れたそれに戸惑う者。

──我先に逃げようとする者。

──伝説に語られる存在に祈りを捧げる者。



混沌に包まれる中でただ1人、それを見上げる者がいた。



月光を編み込んだような白い髪が、差し込む色とりどりの光に揺れる。

黒杖を手に、竜を見上げる少女。






「………………“      ”……?」







少女が何かを呟いた時。


──古の伝説は今、再び動き出す。




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