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第3章(3)ジャナフside
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…………。
桜と月が舞台上に戻って、全ての役者達が出揃った。
いよいよ千秋楽の締め、コハルさんの挨拶。
コハルさんは一歩前に出ると、中央にあるスタンドマイクの前に立ち話し始める。
「皆さん。
本日は私達の舞台を観に来て下さり、本当にありがとうございました!」
コハルさんのお礼の言葉の後に、他の役者達も「ありがとうございました」と声を揃えて頭を下げる。
飛び交う拍手。でも、役者達が顔を上げると、観客達は再度コハルさんの言葉を聞く為に静まり返った。
「すでにご存知の方もいらっしゃるでしょうが、私はこの公演を最後に、桜の役を卒業しなくてはなりません。
15歳でオーディションに合格して、初めて桜を演じて、あっという間の10年。いつの間にか、桜の年齢を追い越してしまいました」
コハルさんが笑いながらそう言うと、お客さん達も一緒に笑ってくれていた。
その暖かい雰囲気に、胸がジンッてした。
「楽しくて、幸せな10年でした。余りにも幸せ過ぎて、次の役へ進むステップアップは喜ばしい事なのに、最初はちっとも素直に喜べませんでした。
……でも。自らが望んだ、好きな人生を歩んで来られた私がそんな事を言っていてはいけないと、今は思います」
そう言うと、コハルさんは一度目を閉じて……。気持ちを入れ替えるように深呼吸して、目を開けると、再び口を開く。
「私の両親は、私が7歳の時に事故で亡くなりました。それから幼い私を育ててくれたのは、8歳上の兄です」
その言葉に、観客席がほんの少しザワついた。
上手側のボクの側で、一緒に挨拶を聞いていたナツキさんもピクッと反応する。
「兄は頭も良くて、運動神経もよくて……。ほんと、妹の私が言うのも何なんですが、出来が良くて……。将来有望で、どんな人生でも歩む事が出来たでしょう。
……っ、でも……それなのに、ッ……全てを諦めて、私を育ててくれましたっ。
私を施設に預けて、好きな人生を歩む事も出来たのにっ……、それ……なのにッ……」
途切れ途切れになる言葉。歪む顔。
コハルさんの涙が、ポタポタと舞台上に落ちた。
そしてそれと同時に、ナツキさんの涙も流れ落ちる。
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