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第4章(2)紫夕side
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しおりを挟むこの木を見付けてからは、何度も何度も一人で通った。
春が近付いて来てからは更に良く通うようになって、枝の芽が膨らんできてからは「もう少し待っててくれ」って、来る度に祈り続けた。
そして今日、やっと一緒に来られたーー。
「……よし!目、開けていいぞ」
俺の声を聞いたサクヤは、手を退けてゆっくりと目を開けた。暫く目を閉じていたから、最初は眩しかったんだろうな。少しの間はパチパチと瞬きをしてて……。
「ーー……っ、わ……ぁ!」
でも、風に吹かれて落ちた花びらが目の前で舞ったのを見付けると、サクヤはその視線を上に向けた。
俺とサクヤの頭上に広がるのは、満開の桜。暖かい春風に吹かれれば、まるで雪のように降り注ぐ。
「っ、すごーい!すごい!すっごーい!!」
「綺麗だな」
「これ、さくら?!かあさんのなまえといっしょのさくら?!」
「ああ、そうだぜ」
期待を裏切らないはしゃぎ様に、嬉しくて笑みが溢れた。
サクヤは目と表情をキラキラと輝かせて、気を抜いたら倒れそうな位に俺に抱かれながら暴れる。
「っ、こら。そんな暴れると落っこちるぞ!」
なんて、口ではそんな風に言いながらも、実は内心俺もテンションが上がっていた。
何故ならこんなに間近でじっくりと桜を眺めるのは俺も初めて。今まで任務に赴いた先で何度か遠目に見た事はあったが、男って生き物だからか正直花や植物にこれまでは興味が湧かなかったんだ。
おそらく雪に出会って、彼の口から桜の話が出なかったら自分は永遠にこの感動を知らなかったであろう。
それに、桜が美しいのは勿論だが、何よりも好きな人と眺めているからこそきっと輝いて見えるのだ。
けれど、暫くするとサクヤは急に黙り込み、表情もどこか悲しげになる。
どうかしたのか、と心配になり声を掛けようとすると、サクヤが先に口を開いた。
「かあさん、どこいっちゃったのかなぁ」
「!っ、え?」
「……あいたいなぁ」
「……っ、サクヤ」
その言葉に、俺はどう答えればいいのか分からなかった。
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