89 / 589
第4章(2)紫夕side
4-2-2
しおりを挟むこの木を見付けてからは、何度も何度も一人で通った。
春が近付いて来てからは更に良く通うようになって、枝の芽が膨らんできてからは「もう少し待っててくれ」って、来る度に祈り続けた。
そして今日、やっと一緒に来られたーー。
「……よし!目、開けていいぞ」
俺の声を聞いたサクヤは、手を退けてゆっくりと目を開けた。暫く目を閉じていたから、最初は眩しかったんだろうな。少しの間はパチパチと瞬きをしてて……。
「ーー……っ、わ……ぁ!」
でも、風に吹かれて落ちた花びらが目の前で舞ったのを見付けると、サクヤはその視線を上に向けた。
俺とサクヤの頭上に広がるのは、満開の桜。暖かい春風に吹かれれば、まるで雪のように降り注ぐ。
「っ、すごーい!すごい!すっごーい!!」
「綺麗だな」
「これ、さくら?!かあさんのなまえといっしょのさくら?!」
「ああ、そうだぜ」
期待を裏切らないはしゃぎ様に、嬉しくて笑みが溢れた。
サクヤは目と表情をキラキラと輝かせて、気を抜いたら倒れそうな位に俺に抱かれながら暴れる。
「っ、こら。そんな暴れると落っこちるぞ!」
なんて、口ではそんな風に言いながらも、実は内心俺もテンションが上がっていた。
何故ならこんなに間近でじっくりと桜を眺めるのは俺も初めて。今まで任務に赴いた先で何度か遠目に見た事はあったが、男って生き物だからか正直花や植物にこれまでは興味が湧かなかったんだ。
おそらく雪に出会って、彼の口から桜の話が出なかったら自分は永遠にこの感動を知らなかったであろう。
それに、桜が美しいのは勿論だが、何よりも好きな人と眺めているからこそきっと輝いて見えるのだ。
けれど、暫くするとサクヤは急に黙り込み、表情もどこか悲しげになる。
どうかしたのか、と心配になり声を掛けようとすると、サクヤが先に口を開いた。
「かあさん、どこいっちゃったのかなぁ」
「!っ、え?」
「……あいたいなぁ」
「……っ、サクヤ」
その言葉に、俺はどう答えればいいのか分からなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる