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第4章(1)紫夕side
4-1-1
しおりを挟む静かな、二人きりの空間。
ずっと待ちわびた瞬間だったのに、愛おしい人の言葉に時が止まる。
「おじちゃん……だれ?」ーー……。
その言葉に、俺はただ見つめる事しか出来なかった。
目の前に居るのは雪だ。
雪に間違いないんだ。
それなのに、その瞳が俺に「誰?」と訴え続ける。
「……、……。
!……そうだ、かあさん!」
「え?」
雪は暫く俺を見つめていた。
けど、辺りをキョロキョロと見渡して、ゆっくりと上半身を起こして言う。
「ねぇ、かあさんは?おじちゃん、ぼくのおかあさんしらない?」
「っ、かあ……さん?」
元々童顔だが、更に幼さを感じさせる表情。そして口調。更に「かあさん」と言う言葉に、まさか、と言う考えが頭を過ぎった。
すると、その予感が間違いではない事が、この後の雪の言葉で確定する。
「っ……雪?なに、言ってるんだ?」
「……ゆ、き?」
「そうだよ!それがお前の……」
「ーーサクだよ?」
「っ、……え?」
「ぼくのなまえは、サクヤってゆーの!」
サクヤーー。
それは、俺と出会う前の……。雪のお袋さんであるサクラさんが付けた、雪の名前。
……嘘、だろ?
予想外の事態に困惑と動揺を隠せない。そんな俺を、首を傾げながらキョトンとした表情で雪が見つめてくる。
俺の事、忘れちまったのか……?
心に浮かんだ問い掛けは、声にならない。何も言葉を発せずに居ると、反応のない俺に雪は首を傾げて、また辺りをキョロキョロとし出した。
その時、部屋内をウロウロと歩いていた紫雪が「みゃ~っ」と鳴いて、俺の膝の上に跳び乗ってくる。
「!……ねこ?」
「みぃ~」
「ねこさん!」
すると紫雪を見た瞬間。それまでずっと、何処か不安そうにしていた雪が微笑った。
ーー……っ。
そしたら、何故かな?
その笑顔を見たら、俺は不意に胸をキュッと掴まれた気がしたんだ。
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