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第6章(2)ツバサside
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しおりを挟む一つ目は、店主さんがこの右手という自分の過去の傷を見せたのが、俺にではなくレノアであった事。
二つ目は、過去の傷を乗り越えて生きる今の店主さんと、まだ傷を抱えたままのおろかな自分をさっき重ねてしまった事。
俺だけだ。
時間が止まったままなのはーー。
分かっていた筈なのに、改めて思い知る。
シュウさんに指摘されて、レノアに教えられて、ようやく殻は破れたのに翔けない。
新しい、眩しい世界が目の前にあるのに飛び込んで行けない。
どんなに手助けしてもらっても、羽根を動かして、最後に飛び立つのは自分自身の力なのに……。俺は、まだ……、……。
自分という存在が、嫌になった。
店主さんを見て、彼の想いに触れて、レノアは泣いていた。美しい涙。
でも、自分の事にばかり衝撃を受けている俺に、涙なんて一筋も出なくて……。他人を思いやれる気持ちなんて、1ミリもなくて……。
この場から、消えてしまいたかった。
……
…………。
「……素敵な、お嬢さんだね」
「……」
店主さんのご好意で、レノアは手作りのアクセサリーを作る事になった。
その間、一緒の空間に居る事に息苦しさを感じた俺が店の外で待っていると、様子を見に来た店主さんが声を掛けてくれる。
でも、俺はチラッと店主さんを見るだけで何も答えなかった。何も、答えられなかった。
恋人じゃないから「ありがとうございます」とも、友人と言うにも微妙だから「そうなんですよ」とも……。言える訳が、なかった。
「年甲斐もなく、久々にドキッとしちゃったよ。妻が亡くなってから一度だけときめいた時があったんだけどね、その女性以来久々にーー……」
店主さんは明るく話を振ってくれたけど、俺の様子に気付いて言葉を止めて、ポンッと頭を叩いてくれる。そして、言った。
「偽物か本物かを決めるのは自分だ」
「え?」
「何が真実で、何が嘘かを決められるのかも自分でしかない」
「……」
「君にとっては、何が本物で、何が真実?」
「……っ」
「……。
君は、自分の声をしっかり聴いた方がいいね」
質問に答えられず顔を歪める俺に、店主さんは「いつか答えが分かったら聞かせてくれ」と言って微笑った。
それから暫くして、店内から「出来た~!」と言うレノアの嬉しそうな声が、聞こえてきた。
"いつか"なんて俺とレノアにあるか分からない。
今日が、今が終われば、夢か幻かのように消えてしまう時間だから……、……。
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