その瞳に映るは"魔王"か"勇者"か。 〜元最強の武人は、魔王が持つ『魔眼』を持って成り上がる。

ゆうらしあ

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第1章 人攫い

第28話 躍り出る ◇

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 薄暗い通路にはべったりと血痕が残っている。気の所為か、ツクヨには前居た時よりも空気が生暖かく感じていた。

 自然と硬く握られていた拳を、ゆっくりと一本ずつ広げる。
 手のひらはじんわりと汗が滲み、初めて目の前に広がる光景が否応なく自身の鼓動を早くさせている事に気付く。


(これが……戦闘)


 それからもツクヨ達は筒がなく先に進んでいた。
 途中で何人かの組織の者と出会うものの、誰もが非戦闘員ばかりでガイとウォッカが無事に迎え撃つ事が出来ていた。

 身近にある見た事のない、生気の無い人型のモノにツクヨはえずく。

 いつか見た戦争の内容を記した本には、戦闘で起きた事が事細かに書かれていたのを覚えている。

 しかし、文字は文字でしかなく、これは体験する事でしか得られない感覚なんだと、ツクヨは汚れる口元を拭いながら顔を上げた。


「大丈夫……」
「なら良いが……」


 心配そうに手を貸して来るウォッカの手を退けながら、自身の手で立ち上がって歩き始める。


「もう少しでミズネ様の部屋だ。気を引き締めろよ」


 先を進むガイの背中を追い、数分後にはボスの部屋前の扉までやって来る。
 ガイは中の様子を伺いながら、ゆっくりと扉を開けた。

 すると待ち受けたのは数人の男達、部屋の一番奥には見覚えのある男が座っており、ツクヨは反射的に眉尻を吊り上げた。


「貴方は!!」
「あぁ。そう言えば前は呑気に寝ていたか……久しぶりだね、もう店員にはなりたくないのかな?」


 その声音、口調に全身の毛が逆立つ。
 椅子に座る何処にでも居そうな顔立ち、少しふくよかな身体に、自然と心を許してしまいそうになる雰囲気がある。

 それに、ツクヨは騙されたーー。


「貴方! よくも私にパンを!!」
「? 何を言ってるんだい? 君が欲しがっていたからあげた。それだけだろう?」


 パン屋の店主。その真の姿はイカラム下部組織の一つ『毒鼠』のボスだった。

 ツクヨとアレクがパンを食べた途端身体は言う事を聞かず、目が覚めれば檻の中に居た。


(この人……最初から狙って!!)


 今思えば、顔をよく見られていた時から目星を付けていたのだろう。パンを持って来るのに時間が掛かったのも、『毒』を入れたパンを作っていたから……だとしたら辻褄が合う。

 ツクヨの怒りのこもった眼差しを横目に、ミズネは視線を横にずらした。


「ガイ……お前には謹慎を言い渡した筈だが?」
「……少し用事があってアジトに戻って来ただけです。用事が終わったら直ぐ帰ります」
「そうか……にしても、隣の……確か詰所の隊長だったか? そんな者が何故こんな所に?」
「それは……」


 返答に困った様にガイはウォッカへと視線を送る。するとウォッカは、ガイよりも一歩前に出ると詰所でスブデから押収した仮契約書を手にした。


「お前らの組織で人攫い・奴隷の売買を行っているという疑惑が掛けられている。その為調査を行わせて頂く。拒否するようなら強行させて貰うが……どうする?」
「強行、強行ねぇ?」


 ミズネは何処か呆れた様子で机に頬杖を突いてツクヨ達を見据える。
 隙だらけで椅子に座っているにも関わらず、その様子からは余裕が伺えた。


「分かっていないな。君達は既に私の掌の上だと言う事を」
「何だと?」
「私が君達が来るまで呑気に座っていたと思うかい? ……漂って来ているんだよ、血の臭いが」


 両者の視線が交差する。ミズネの意図的な視線から、ガイは咄嗟に近くに居たツクヨを後方へと突き飛ばす。


「「ぐッ!!?」」


 その瞬間。左右の壁から水で出来た鋭い槍がガイとウォッカを襲った。

 此処まで何の傷を負う事もなかった二人。
 しかし、今は血で汚れたドス黒い水の槍が二人の手足を貫通していた。

 直ぐに治療を行わなければ手遅れになる、そんな致命傷を見てツクヨは呆然とする。


 一瞬。一瞬の内に形成が逆転した。


 ガイとウォッカは身動きも取れず、呻き声を上げる。そんな二人の様子を見て、ミズネはやっと椅子から立ち上がった。


「知っているかい? 最近、裏の世界では魔法を込めれる道具が発明されてね。自身の思い通りに魔法を発動することが出来る……防犯用にとは思ってたが、まさかこんなタイミングでお披露目になるとは」


 壁を慈しむ様に撫でた後、ミズネはツクヨへと向き直った。


「さぁ、後は君だけ……いや、このモノを処分するだけだな」


 ツクヨは持っていた短剣を思い出すかの様に正眼に構える。しかし、ミズネはそれを気にせず近づいた。


「力、頭脳、容姿、何もかも平凡な私が何故組織のボスを務められているか、知っているか?」
「……ッ!!」


 刺そうと手に力を入れ、射殺すかの様な視線をミズネへと送る。それでもミズネの足は止まらない。


「危機察知能力……どんな状況においてどんな対処を行えば良いか。どうすれば自分は無事で、組織の被害を抑えられるか、そんな事まで考えて動きたいと思える」


 ミズネが自身の頭に人差し指を付いた瞬間。背後の扉が開閉され、どこからやって来たのか数人の男達がツクヨの周りを囲んだ。

 ツクヨは警戒するかの様に周囲に視線を巡られ、刃先を男達へと向ける。そんな中、ミズネは一際ツクヨへと近づいた。

 それは、拳一つ分の距離。
 ツクヨの短剣の刃先が、少しでも動かしたらミズネの鼻先へと突き刺さる……そんな距離。

 ミズネは自ら刃先に鼻を近づける。その距離、数ミリーー。



「こんな近くに来ても……私の食指には何の反応もない。行動する価値がない……モノはモノのようだ」



 咄嗟の判断。一つの判断で全てが無に帰した。

 ミズネの言葉が脳内で反芻される。


『モノはモノのようだ』


 反論したい筈なのに。反撃したい筈なのに。


(身体が………動かない)


 今、握っている筈の短剣の感触、充満してる筈の血の臭い、目の前にいる筈の男に短剣を突き立てたい……その筈なのに。

 突き刺そうとする度に、身体が言う事を聞かなくなる。


「なん……で?」


 まだ……ツクヨには無かった。
 自身の手で、人を殺すという覚悟が。

 戦意喪失したツクヨに興味を失せたかの様に、ミズネは部屋に入ってきた男達へと視線を向けた。


「被害は?」
「最小限に。下の者だけが犠牲となりましたが……何も問題は無いかと」
「上場だ……だが、詰所の者らが此処に勘付いたようだ。此処の拠点を捨てるのは惜しいが……場所を変えるぞ」
「「「ハッ!」」」


 ミズネの指示に男達が敬礼する。そして男達はいそいそと荷物を纏めたりと動き始める……そんな時。


「失礼します!」


 部屋へと入って来る者が数人。その一番先頭には見覚えのある人物が立っていた。


「タイン……ふんっ、お前らもやっと『魔王』を連れて戻って来たか」
「えっ……」


 ミズネの言葉に思わず声が漏れる。

 彼が此処にいる訳がない。何故なら、今彼はメイドの手で治療中の筈だからだ。

 ツクヨはゆっくりと視線を動かした。
 そんな訳が無い筈なのに上手く動かせない視線に、苛つきながらタインの背後へと視線を移動させたーー。



「あ……………」



 そこには数人男達の手によって拘束されているボロボロなアレクの姿があった。


 今思えば、詰所に来たゼランという男が味方さえ定かではない。あの者の言っていた事が嘘で、全部ミズネの掌で遊ばれていたとしたら?


 考えれば考える程、そうであるとしかツクヨには考えられなかった。


「随分抵抗したようだな?」
「はい! 降伏しませんでしたので、力尽くの捕獲になりました」
「上々だ。死んでなければそれで良い」
「ありがとうございます!!」


 タインは嬉しそうに声を上げ、敬礼する。

 檻の中に居た時は二人は楽しそうに会話していたのに……何故あんな事が出来るのだろうと、ツクヨは不思議でたまらなかった。

 アレクの痛々しい姿を見て、目の奥から何かが込み上げて来る感覚を覚える中……ミズネが思い出したのか、ボソッと言った。


「そういえば……太いパイプを手に入れたお陰か、私にはもう緊張しなくなったようだな、タイン?」
「はい?」
「前来た時はよく吃っていただろう?」


 ミズネの問い掛けに、タインは頭を掻いた。


「あー、そうだったのか……なら、もう良いか」


 何が良いのか。

 タインはミズネに背を向けると、荷物の整理を行なっている男達の元へと足を向けた。
 その態度、発言に、周囲は困惑する。


「おい新入り、ミズネ様がまだーーぐおッ!!?」
「なッ!? 何をする!?!」


 注意をしようとタインへと近付いた男。その男がタインの肩に手を掛けようとした瞬間、タインの拳が男の脇腹へと突き刺さる。

 突然のタインの行動に、男達が騒ぎ立てる。その戸惑いの中、タインは素早い動きで男達を制圧して行く。


「この野郎ッ!!」


 男達がタインへと反撃する。
 男達の攻撃はタインの頭を捉えたーー筈だった。


「な、何だ!?」
「何で当たらないんだ!?」


 当たっている筈なのに。
 何故かタインの身体をすり抜ける様に、拳が空を切る。


(何が……起こってるの?)


 摩訶不思議な現象が起きる中で、男達は攻撃するも当たらず床に伏して行く。
 タインは男達を全員倒したのを確認すると、ミズネへと向き直った。


「タイン……どういうつもりだ?」
「どういうつもり? 見た通りのままだ。時間も無さそうだしな」
「お前……本当にタインか?」
「おぉ、勘がいいな」


 その者は、特徴的に首が前に出た姿勢をした者だった。
 笑顔も、姿勢も、声のトーンでさえ、全てがまるでタインの様だった。

 しかし。


「あ"ー……あぁー……あー、やっと戻った」


 聞き覚えのある、聞きたかった声が聞こえるーー。

 夢かと、自分が聞きたいが為の幻聴かと、そう思った。

 姿形は違う。だけど、この声はーー!


「アレク……!!」
「待たせて悪かった、もう大丈夫だからな」
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