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第1章.始まり
6.幻術
しおりを挟む「いやぁ、まじで生き返りました!村長ありがとう!」
「そんなそんな!ご満足いただけたようでよかったです。」
体力も芸素もギリギリだった俺は村長のお宅にお邪魔して早めの夕食を一緒に取らせてもらった。シリウスは外に散策にでかけている。
1年前は洪水と土砂崩れで畑が潰れて、しかも別の村に買いに出ることもできなかったからほぼ水のようなスープや噛み応えしかないようなパンを食べていた。けれど今はナッツのたくさん入ったパン、カボチャのシチュー、シカのハーブ焼きが並んでいる。去年夏までに2回も小麦や野菜を収穫でき、国や帝国からも支援金が出たおかげで意外とリッチらしい。
「アグニさん、あなた様が作って下さった灌漑用水路のお陰で農地が広がったんです!水の流れも安定的で、掃除もしやすいですし、水も運びやすい……本当に、ありがとうございました。」
村長とその奥さんが俺に深々と俺に頭を下げた。
「ん?かんがい?かんがいって何ですか?」
「あ、大変失礼しました。アグニさんが1年前に作って下さった水の道のことです。あれを「灌漑用水路」と呼ぶことになりました。エール公国が正式にその名で発表したようです。」
「へぇ~!すいません、俺無知で……」
「いえいえ!!!!アグニさんが作ったものです!本来はあなた以外の人間が付けた名前で呼びたくないのですが……」
よかったそんなに気に入ってもらえて。
ちゃんと使えてるようだし安心した。
「ちょっと…畑を見てもいいですか?」
「ええ、もちろん!」
・・・
実を付けた小麦が風に揺られている。まだ黄金ではなく、若々しい緑色だ。大切に育てられているのだろう。どれもとても健康で綺麗だった。
「…天使の血筋様はどちらに行かれたのでしょうか?」
あ、たしかに。ずっと見てないな。
外にもいないし。どこ行ったんだろ?
「いないっすね……。まぁ、山でしょうね。」
村長はシリウスが近くにいないことに少しほっとしたようだった。
「正直…私も村のみんなもあのお方を前にすると緊張しすぎてしまって……上手く呼吸ができないのですよ」
「え、そんなに?普通の人ですよ?ちょっと髪の色が明るいだけの」
村長は俺の表現に目を見開いた。そして申し訳なさそうな顔をした。
「我々には…同じ人間とは思えないのです…。天使の血筋は神と同等に崇められる存在です。1年前にあの御業を見てしまって……この考えはより絶対的なものになりました。」
1年前にシリウスが解名で見せた「天変乱楽」と「藝」
この時の印象が村の人たちに相当強く根付いているのだろう。
「あぁ!もちろんアグニさん、あなたはこの村の英雄です、人の。大変尊敬しております。感謝も伝えきれません。けれどあのお方には…「凄い」という感情すらも不敬にあたってしまう気がして……」
俺のことは同じ場所に立つ「凄い人」で、
シリウスは天に立つ「神」に見えるのか。
1年前の時はこんなにシリウスを…ひいては天使の血筋に対する信仰心が上がるとは思わなかった。言い方は悪いが…彼らの信仰心はシリウスの見た目と芸のレベルの高さで釣れたものだ。つまり、演出次第では誰でも「神」になれるってことだ。なのにその神は絶対になる。信仰することを悪い事だとは思わないが…なんだかとても危うく思えてしまった。
もし何かが起きた時は…
『アグニ』
後ろに束ねた白金が風でなびいていた。
「あぁ……あれ、どこ行ってたの?」
『近くの森にね。強めの芸獣と普通の獣も狩ってきたから、村の人に運ぶように言ってくれる?』
「あ、ああ。わかった。」
・・・
夜、村全体で俺とシリウスのための宴が開かれた。この世界では芸獣を食べる習慣があまりないのでシルウスが狩ってきた普通の獣を調理して振舞ってくれた。
そして今、村総出で俺らのお見送りをしてくれている。
「じゃあみんな、元気でな!!またな!」
俺が明るく声をかけると村人全員が跪き、頭を下げた。
「一度のみならず二度もこの村に訪れてくださり、誠にありがとうございました。永遠の忠誠とあなた様方の幸せを願い続けます。」
『いらないものを押し付けないでくれる?』
「おいシリウス!」
シリウスが突然厳しい声色を出した。しかし村人達は一切表情も姿勢も変えることなく述べた。
「……大変失礼を致しました。どうか、お気をつけて…」
「お、おう!!じゃ、じゃあな!ほらシリウス!」
俺は彼らの信仰対象であるシリウスにこんな風に邪険にされたら村人らが傷つくのではないかと思った。彼らに優しい言葉をかけてほしかった。けれどシリウスは態度を変えることなく、彼らに笑顔も見せず、振り返りもせずに言った。
『私のことは忘れなさい。邪魔だ。』
「おい!!!」
「かしこまりした。もう二度と、あなた様の事を口に出しません。」
「えぇ?!」
シリウスは何も言わず、そのまま村を出て走り始めた。
「あ、ちょっ!!!あ、じゃみんな!また!」
「はい。お気をつけて…………」
「シリウス!なんであんな態度取るんだよ!かわいそうだろ!」
俺は走るシリウスになんとか追いつき、会話を始めた。シリウスは感情の何もこもっていないような目で言い切った。
『ははっ。かわいそう?欲しくないものを勝手にあげて、こちらがいらないって言ったら向こうがかわいそうなの?じゃあほとんどの犯罪者はかわいそうだね。』
「あれはシリウスに対する好意だろ?素直に喜べばいいだろ?」
シリウスは立ち止まって、自虐的に笑ってみせた。
『ねぇ、知ってる?あの人たちさ、僕があんな態度取っても「直接お言葉を頂いた!」って喜ぶんだよ?』
「………。」
『もうね、何しても許されるんだよああなったら。僕は何しても許されるの。』
「そんなことねえだろ……」
『ふふっ…。君は許されないからねぇ…』
「………。」
『あ、そうだ忘れてた。』
そう言ってシリウスは周りをきょろきょろし始めた。
「なに?どうしたの?」
『あ、あった。』
シリウスは近くに咲いている青色の花畑から一輪の花を摘んで、裾の中に入れた。いつも通り、シーラにあげるお土産の花だろう。シリウスはどこかに出かけたら、出かけた先で必ず花を持って帰る。
今摘んだ花は小さくてかわいいがすぐ近くに別の花が咲いていて、俺はそっちの方が華やかだしお土産にはいいんじゃないかと思った。
「シリウス、あっちは?」
『あぁ…あれはランだね。こんなとこに生えてるなんて…すごい珍しいな。』
「じゃああっちをお土産に持って帰れば?」
シリウスはじっとランの花を見て、首を横に振った。
『あれはあげない。こっち。』
「へ?そうなの?なんで?」
『いいのいいの。こっちだって可愛いでしょ?』
「そりゃまぁ、可愛いけど…」
『じゃ、そろそろ行くよ!ほら!!』
「うへ~い………」
そして俺らはまた、直線距離で帝都へ帰っていった。
・・・・・・
「あら、おかえり。」
『さすが。きちんと夕飯前に帰ってきたな。』
シーラと公爵は書斎にいた。公爵はたぶん仕事をしている途中のようで、シーラはそれを邪魔しているっぽかった。
「ただいま~もう無理、もう無理!!疲れた!!」
俺が怒鳴りながら中に入ると公爵は笑いながら言った。
『シーラもお腹が空いたようでさっきから私の邪魔ばかりするんだ。すぐ夕食にしてもいいかい?』
『ああ、構わないよ。』
「全然あり!お腹空いた!!!」
『じゃあこのままみんなでダイニングへ行こう。』
移動が辛かったことや村の様子を簡単に話しながら夕食を取り、食べ終わって一息ついたところでシリウスが衝撃的なことを言った。
『アグニ、そろそろ学院に戻らなきゃだよ。』
「ふぁ?!!!!!!」
ま、まじかよ!!!!
こんなに疲れてるのに?!そろそろ?!
というか明日からまた授業?!!
『ハーローの所にも寄らなくてはならない。早めに支度しなさい。』
公爵にそう言われてセシルのことを思い出した。行きと同じように帰りもセシルと寮へ行く予定だったのだ。
「そ、そっか……。うぅ…準備してきます……」
『ふぁいと~』
こうして俺の最初の週末が終わった。
もう二度とこんな無茶なスケジュールは立てないと固く心に誓って、雷の月2週目1の日…また授業が始まったのだった。
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