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四方山日記
犯人は誰だ
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「自己紹介がまだでしたね。私は山岳部長の綿貫さやかといいます。一年C組です」
「僕は山本雄清。一年B組」
「私は佐藤留奈。一年A組」
「深山太郎。一年B組」
俺たち四人の自己紹介を一通り聞いて、文芸部の彼女は自己紹介をした。
「近藤真美《こんどうまみ》……です。文芸部部長で一年D組」
一年で部長をやっているということは、わが山岳部と同じように先輩がいないのかもしれない。
「その推理小説を書いたというのはどういう方なんですか」
「同じクラスの、橘《たちばな》明美《あけみ》って子」
三人の顔を見るが、誰も知らないようだ。俺が知らないのは言うまでもない。
「では早速、橘さんの小説を読ませてもらいましょうか」
と綿貫が言った。
「ちょっと待って、コピーしてくるから」
「あっ、すみません」
近藤は俺たち四人が同時に読めるように、小説のコピーをするために部室を出て行った。
近藤は十分もしないうちに、紙束を抱えて戻ってきた。
各々、彼女から紙束を受け取り、読み始める。
『 「犯人は誰だ」 橘明美
「彼女ほしいなあ」
親友の木山文彦《きやまふみひこ》のその言葉は、耳にタコができるほど聞いている。
「本気で作る気ないだろ、お前」
「いやいや、マジだから。マジで欲しいから」
だったらこいつはこんなところにいるべきではない。こんな男臭いだけの数学部なんかに。
数学部でアオハル? そんなものが起きるわけないのは小学生にだって分かるだろう。大体フツメン以下の人間が女っ気のないこの部活にいて、出会いがあると考える方がおかしい。
でも、さすがに鏡見て言え、とは言えない。僕も顔面偏差値はおんなじようなものだから。
「空から美少女降ってこねえかなあ」
そんなことが起こるのは、天空の城がある世界のなかの話だけだ。美少女は降ってもこないし、僕ら、冴えないクンらは学年のマドンナに話しかけても無視されるのが関の山である。
「馬鹿いってないで、作業を進めろよ」
「作業っつっても気乗りしねえよ。これぶっちゃけ犯罪すれすれだろ」
どの口が言うか。この野郎。
「仕方ないだろ」
犯罪すれすれ。グレーゾーン。
そう。僕らは学校の部室のなかである計画に着手していた。
部室の机の上におかれた機械は、パソコンではない。箱形の機械で、たくさんのつまみがついていて、素人目にはどういうことをする機械か分からないだろう。
これは端的に言えば、無線機である。
文彦は犯罪すれすれと言った。それは本当は正しくない。無線従事者の免許を持っていない僕らがこれを使用すれば確実にアウトである。先生に叱られるでは済まされないだろう。先生に秘密裏にやっているのだとしたら。
計画の首謀者は僕らではない。なぜ僕らが犯罪行為に及ぶことになったか経緯を説明するため、先日の話をしよう。
僕らはいつものように数学部の部室で何をするでもなく、漫然と過ごしていた。
そこに、僕らの顧問であり生徒指導部の江端哲郎先生が部室にやってきた。先生が部室にやってくることは大変に稀であるので、僕らは非常に驚いた。
「君たち暇そうですね」
江端先生は、生徒に対しても敬語を使う。
「何か御用ですか?先生」
「私は君たちの顧問なんですけど」
そうはいっても今日、初めて来たようなものである。
「まあ、実はお願いがあってきたのですが」
と江端先生は続けた。
「何ですか?」
「今問題になっていることがあるんです。君たちも知らないですか?女子生徒の間でいじめというか吊るし上げ、のようなものが横行しているのを」
女の子たちの吊るし上げ。
いやそんな話は聞きたくない。
聞いていたとしても、考えたくない。
だって、僕らと一緒に生活している女の子たちが、陰で陰湿な行為をやっているだなんて考えたくないじゃないか。表面上はにこやかでいるくせに、陰でぼろくそに言われているなんて考えたくないじゃないか。
……実をいうと、陰で笑われていた、僕と文彦である。曰く、「数学部のキモヲタカップル」らしい。
……カップルは酷すぎる。カップルは。
攻撃対象なのは僕たちだけではない。というか主として女の子たちの攻撃対象は女の子だ。
そんなものは見たくないと、臭いものにふたをして生活してきた僕たちだ。今更蒸し返さないでほしい。しかも先生が。
けれども、
「……なんとなくは」
仕方がないので、そういった。
「指導部としては、というか、学校としてはそれを放ってはおけないんですよ」
「それはわかりますけど、先生、僕たちが彼女らに何か言ったところで苛烈に攻撃されるだけだと思いますよ。僕らが吊るし上げられるかもしれないですよ」
最近の男の子はか弱いのである。
「君たち男の子でしょう」
…………。
「先生、ジェンダー論はよくないんじゃないですか」
「君たちは教師の揚げ足をとるからかわいくないな」
「別にかわいがってもらおうなんて思ってません」
「……とにかく、何とかしなきゃいけないんです」
「ですから、僕たちには……」
「そこで、機械に強い君たちにやってほしいことがあるんです」
先生なのに人の話を聞かないのはどうなのだろうか。
「……なんですか?」
「これを設定してください」
そう言って先生は廊下からその箱型の機械を持ち込んだ。
「……なんですかこれ?」
「無線機です」
「はい?」
「電磁波を飛ばして音を送ったり受け取ったりする機械です」
「いや、無線機ぐらい知っていますけど。何に使うんですか?」
「吊るし上げの証拠を録音して生徒を叱るのに使います」
あなたが叱られます。日本の警察当局に。
「それはまずいですよ。ばれたら確実に懲戒免職です。しかもそれだけじゃすみません」
「大丈夫、校長先生の許可は取ってありますから。校長先生は昔アマチュア無線が趣味で無線従事者の免許もあるんですよ」
ちょっとこうちょー!
「いやまずいですって。ばれたら大問題になりますよ。校長先生の首が吹っ飛びます」
「その辺は考慮しています」
そう言って江端先生は、構内の見取り図を取り出した。校舎を線で囲いながら言う。
「わが校の校舎は転落防止のために周りに金網が張り巡らされてあります。すると、静電遮蔽が起こって電磁波が出入りすることがありません。つまり校舎内で通信機器を使っても、外に電波が漏れることはないんです。要するに外部に悪事がばれることはありません」
ああそうか。だから校舎内は圏外なんだね!納得!
じゃない。
この人思いっきり悪事って言っちゃったよ。というか、学校で習うことを使ってさらりと悪事をしようとしないで欲しい。
「今いる本館と二号館と三号館は有線でつないでください。そうすれば校舎内でネットワークができますから」
いやいやいやいや、何言ってんのこの人。先生は僕がドン引きしているのにもかかわらず、話を続ける。
「本部はこの部室にしましょう」
やめてくれ。僕らは健全に部活をやりたいだけなんだ。どうしてここを悪のアジトにしなければならないんだ。
「でも先生。受信機はここに置くとして、音声を拾ってそれを発信する無線局をいくつも作るといけないじゃないですか」
おい、文彦。何計画に加担しようとしているんだ。
「大丈夫です。発信機はこれだけではありませんから。マイクを複数、人目のつかないところに設置して、発信機を倉庫などに置いて下さい」
全然大丈夫じゃない。今この教育現場で大犯罪が行われようとしている。まったく大丈夫じゃない。
「それなら心配ないですね」
お前は馬鹿なのか!?
「じゃあよろしくお願いしますよ。ほかの無線機は廊下に置いてありますから」
そう言って江端先生は去って行ってしまった。
ここまでの流れのままだったら、僕はこの犯罪行為に絶対加担しなかった。けれども、そうでいられるような状況にはならなかったのだ。』
「僕は山本雄清。一年B組」
「私は佐藤留奈。一年A組」
「深山太郎。一年B組」
俺たち四人の自己紹介を一通り聞いて、文芸部の彼女は自己紹介をした。
「近藤真美《こんどうまみ》……です。文芸部部長で一年D組」
一年で部長をやっているということは、わが山岳部と同じように先輩がいないのかもしれない。
「その推理小説を書いたというのはどういう方なんですか」
「同じクラスの、橘《たちばな》明美《あけみ》って子」
三人の顔を見るが、誰も知らないようだ。俺が知らないのは言うまでもない。
「では早速、橘さんの小説を読ませてもらいましょうか」
と綿貫が言った。
「ちょっと待って、コピーしてくるから」
「あっ、すみません」
近藤は俺たち四人が同時に読めるように、小説のコピーをするために部室を出て行った。
近藤は十分もしないうちに、紙束を抱えて戻ってきた。
各々、彼女から紙束を受け取り、読み始める。
『 「犯人は誰だ」 橘明美
「彼女ほしいなあ」
親友の木山文彦《きやまふみひこ》のその言葉は、耳にタコができるほど聞いている。
「本気で作る気ないだろ、お前」
「いやいや、マジだから。マジで欲しいから」
だったらこいつはこんなところにいるべきではない。こんな男臭いだけの数学部なんかに。
数学部でアオハル? そんなものが起きるわけないのは小学生にだって分かるだろう。大体フツメン以下の人間が女っ気のないこの部活にいて、出会いがあると考える方がおかしい。
でも、さすがに鏡見て言え、とは言えない。僕も顔面偏差値はおんなじようなものだから。
「空から美少女降ってこねえかなあ」
そんなことが起こるのは、天空の城がある世界のなかの話だけだ。美少女は降ってもこないし、僕ら、冴えないクンらは学年のマドンナに話しかけても無視されるのが関の山である。
「馬鹿いってないで、作業を進めろよ」
「作業っつっても気乗りしねえよ。これぶっちゃけ犯罪すれすれだろ」
どの口が言うか。この野郎。
「仕方ないだろ」
犯罪すれすれ。グレーゾーン。
そう。僕らは学校の部室のなかである計画に着手していた。
部室の机の上におかれた機械は、パソコンではない。箱形の機械で、たくさんのつまみがついていて、素人目にはどういうことをする機械か分からないだろう。
これは端的に言えば、無線機である。
文彦は犯罪すれすれと言った。それは本当は正しくない。無線従事者の免許を持っていない僕らがこれを使用すれば確実にアウトである。先生に叱られるでは済まされないだろう。先生に秘密裏にやっているのだとしたら。
計画の首謀者は僕らではない。なぜ僕らが犯罪行為に及ぶことになったか経緯を説明するため、先日の話をしよう。
僕らはいつものように数学部の部室で何をするでもなく、漫然と過ごしていた。
そこに、僕らの顧問であり生徒指導部の江端哲郎先生が部室にやってきた。先生が部室にやってくることは大変に稀であるので、僕らは非常に驚いた。
「君たち暇そうですね」
江端先生は、生徒に対しても敬語を使う。
「何か御用ですか?先生」
「私は君たちの顧問なんですけど」
そうはいっても今日、初めて来たようなものである。
「まあ、実はお願いがあってきたのですが」
と江端先生は続けた。
「何ですか?」
「今問題になっていることがあるんです。君たちも知らないですか?女子生徒の間でいじめというか吊るし上げ、のようなものが横行しているのを」
女の子たちの吊るし上げ。
いやそんな話は聞きたくない。
聞いていたとしても、考えたくない。
だって、僕らと一緒に生活している女の子たちが、陰で陰湿な行為をやっているだなんて考えたくないじゃないか。表面上はにこやかでいるくせに、陰でぼろくそに言われているなんて考えたくないじゃないか。
……実をいうと、陰で笑われていた、僕と文彦である。曰く、「数学部のキモヲタカップル」らしい。
……カップルは酷すぎる。カップルは。
攻撃対象なのは僕たちだけではない。というか主として女の子たちの攻撃対象は女の子だ。
そんなものは見たくないと、臭いものにふたをして生活してきた僕たちだ。今更蒸し返さないでほしい。しかも先生が。
けれども、
「……なんとなくは」
仕方がないので、そういった。
「指導部としては、というか、学校としてはそれを放ってはおけないんですよ」
「それはわかりますけど、先生、僕たちが彼女らに何か言ったところで苛烈に攻撃されるだけだと思いますよ。僕らが吊るし上げられるかもしれないですよ」
最近の男の子はか弱いのである。
「君たち男の子でしょう」
…………。
「先生、ジェンダー論はよくないんじゃないですか」
「君たちは教師の揚げ足をとるからかわいくないな」
「別にかわいがってもらおうなんて思ってません」
「……とにかく、何とかしなきゃいけないんです」
「ですから、僕たちには……」
「そこで、機械に強い君たちにやってほしいことがあるんです」
先生なのに人の話を聞かないのはどうなのだろうか。
「……なんですか?」
「これを設定してください」
そう言って先生は廊下からその箱型の機械を持ち込んだ。
「……なんですかこれ?」
「無線機です」
「はい?」
「電磁波を飛ばして音を送ったり受け取ったりする機械です」
「いや、無線機ぐらい知っていますけど。何に使うんですか?」
「吊るし上げの証拠を録音して生徒を叱るのに使います」
あなたが叱られます。日本の警察当局に。
「それはまずいですよ。ばれたら確実に懲戒免職です。しかもそれだけじゃすみません」
「大丈夫、校長先生の許可は取ってありますから。校長先生は昔アマチュア無線が趣味で無線従事者の免許もあるんですよ」
ちょっとこうちょー!
「いやまずいですって。ばれたら大問題になりますよ。校長先生の首が吹っ飛びます」
「その辺は考慮しています」
そう言って江端先生は、構内の見取り図を取り出した。校舎を線で囲いながら言う。
「わが校の校舎は転落防止のために周りに金網が張り巡らされてあります。すると、静電遮蔽が起こって電磁波が出入りすることがありません。つまり校舎内で通信機器を使っても、外に電波が漏れることはないんです。要するに外部に悪事がばれることはありません」
ああそうか。だから校舎内は圏外なんだね!納得!
じゃない。
この人思いっきり悪事って言っちゃったよ。というか、学校で習うことを使ってさらりと悪事をしようとしないで欲しい。
「今いる本館と二号館と三号館は有線でつないでください。そうすれば校舎内でネットワークができますから」
いやいやいやいや、何言ってんのこの人。先生は僕がドン引きしているのにもかかわらず、話を続ける。
「本部はこの部室にしましょう」
やめてくれ。僕らは健全に部活をやりたいだけなんだ。どうしてここを悪のアジトにしなければならないんだ。
「でも先生。受信機はここに置くとして、音声を拾ってそれを発信する無線局をいくつも作るといけないじゃないですか」
おい、文彦。何計画に加担しようとしているんだ。
「大丈夫です。発信機はこれだけではありませんから。マイクを複数、人目のつかないところに設置して、発信機を倉庫などに置いて下さい」
全然大丈夫じゃない。今この教育現場で大犯罪が行われようとしている。まったく大丈夫じゃない。
「それなら心配ないですね」
お前は馬鹿なのか!?
「じゃあよろしくお願いしますよ。ほかの無線機は廊下に置いてありますから」
そう言って江端先生は去って行ってしまった。
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