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四方山日記

作者不在につき

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 雄清がいない分には文芸部に行っても仕方ないので、着替えを始め、部活の準備をした。

 俺が運動し終え、部室に戻ってくると雄清も戻ってきていて、佐藤と綿貫もいた。
「うっす」
「お疲れ、太郎」
 雄清が部室に入ってきた俺に言った。
 綿貫も挨拶をし、それから俺の顔をちらりと見て、少し微笑んでから、また向き直った。
 佐藤は、分かりやすく俺のことを睨《にら》んでいる。昨日の事でまだ怒っているのかもしれない。……まあ、ほっとけばいいか。

「それでその秋風というのはどこに行けば良いのでしょうか」
 綿貫が雄清《ゆうせい》に向かって尋ねている。どうやら俺のいない間に、次の手掛かりについて話していたのだろう。
 雄清の代わりに俺が、先ほど、萌菜先輩から伝え聞いたことを教えた。
「どうやら、文芸部の発行している部誌のことらしいぞ」
「そうなんですか」
「太郎、いつの間に調べてくれたんだい?」
 雄清は、あれだけ渋っていたのに、という意味も含めて言っている。
「萌菜先輩が教えてくれたんだよ」
「では早速文芸部の部室に行きましょうか」
 綿貫は椅子を引きながら言った。
「いってらっさい」
 そう言って俺は椅子のドカンと座った。ふう、疲れたぜ。
 ところが、綿貫は疲れる俺を労《いた》わってはくれない。
「深山さんも行くんですよ」
 どこかで聞いたセリフだ。
「だって、着替えてないし」
「待ちますから」
 綿貫はきっぱりといった。
「……」
 はあ。太郎は、太郎は、部長のパワハラともとれる態度に一人ため息を吐《つ》くのでした。

 山岳部一行はぞろぞろと文芸部の部室へと向かった。
「ねえ、深山。こっちゃんといつ仲直りしたの」
 道すがら、佐藤に聞かれる。やはり、そのことでこいつは俺を睨《にら》んでいたのだ。
「仲直りねえ。そもそも喧嘩したわけではないんだが」
 だって、あいつが勝手に怒ったんだもん。
「昨日こっちゃんのこと泣かせたくせに」
「勝手に泣いただけだろ。……まあ、俺が謝ったわけだが」
 そうだ。泣く女にまともな話が通じるわけがないのだ。感情的な生物に理論的な話をしてどうして会話が成り立つだろうか。女が泣けば悪いのは男となる。周りから見れば。俺は悪くない。……ちょっと冷たくしたかもしれないけど。
 泣いた女の扱いは容易ではない。幾千という男が、女の泣き顔を見て、オロオロしてきたのがこの世界の現実である。男は女の涙にほとほと弱いのである。
 俺も、そんな扱いのしにくいもの真っ向から挑む気にはならない。俺が折れて謝れば済む話ならばそうするのが一番効率が良い。
 ここで、女性にアドヴァーイス!
 男を操るために、涙をうまく使いましょう。泣きすぎは逆効果かも。今日の太郎占いでした♪
「あっそ」
 ……自分で聞いておいて、その反応はどうかと思う。

 文芸部の部室の前についた。学校祭前なので、準備のため誰もいないかもしれないと思ったが、中には人の気配がする。
 綿貫がノックをして、中から、はい、と返事が聞こえたので、扉を開けた。
「失礼します。文芸部の部室はここでよろしいですか」
 綿貫が中の人物に向かって尋ねた。
「そうですけど、何か御用ですか?」
 その女子生徒は、赤色で縁取られた眼鏡をかけている。スカートの裾《すそ》は若干長く、膝小僧が隠れている。髪の毛は肩にかかるあたりで切られていて、例にもれず長袖の夏服を着ていた。上靴は俺たちと同じ色なので一年生なのだろう。
 少し迷惑そうな顔をしている。部屋の中にあった机の上には、原稿のようなものが散らばってあった。文化祭で出す、部誌の原稿だろうか。そうならば作業を止められていい気はしないだろうな。
「私たち、山岳部です。文化祭で出す部誌のために文芸部さんの秋風のバックナンバーを見せてほしいんです」
「秋風?いつのやつ?」
「二十年前の九月号と十月号です」
 その女子生徒は怪訝《けげん》そうな顔をした。そんな古い部誌を読みたがる奴なんてそうそういないだろう。……そもそも秋風自体知名度が低いようだし。 
 もちろんそんなことは言わないけど。
「それくらい昔のだと、奥にあって取り出しづらいのよね」
「私たちで探しますから、お手は煩わせません」
「部外者にいじられるのはちょっと……」
 よしそうか。じゃあ帰ろう。
「……でも、条件付きなら」
 彼女がそう言ったら、綿貫が被せるようにして、
「お手伝いですか?何でもしますよ」
 といった。
 おい。勝手に話が進んでいるではないか。
 面倒なことになりそうだと思ったので、俺はそっと部屋から出ていこうとしたが、綿貫には見えていたようで、服の裾を引っ張られ部屋に引き戻された。
「何をお手伝いすればよいのでしょうか?」
「これ、今書いている特別号の原稿なんだけれど、この推理小説の犯人がだれなのかわからないのよ」
 わからないのはあなたの言っていることだ。
 自分で書いている推理小説の犯人がわからないなんておかしな話があるだろうか。頭でも打って記憶が飛んでしまっているのだろうか? 若年性認知症じゃくねんせいにんちしょうではないことを祈る。
「そんなのは君が犯人だと思うやつを犯人にすればいいだろう。小説の中で作者は神だ。神の言うことは絶対だ」
 俺は彼女にそう言った。まったくそうではないか。小説家にかかれば物理法則なんて簡単に捻じ曲げられてしまう。ある日目覚めたら生まれ変わっていて、急に魔法が使えるようになったり、目からビームが出たり、異世界に飛んでいたりする。最近のラノベは、まず死んで異世界に飛ぶことから始まる。なにそれおいしいの?
 そうでなければ主人公がやたらと美女にもてる。何そのおいしい世界? 俺もラノベの主人公になりたい。
 いけね、興奮しすぎた。
 心なしか、文芸部のきみは引き気味に答える。
「……それができればいいんだけれども。これ、ここまで書いたの私じゃないのよね」
 そうですか。
「……どういうこと?」
 佐藤が話に入ってくる。
「ほかの部員が途中まで書いたんだけれども、彼女今いないのよ」
「電話で聞けば?」
 佐藤は妥当な提案をした。
「それができないから困っているんじゃない。彼女入院中なの」
 ああ、そういうことですか。
「作者に黙って勝手に作品をいじるのはまずかろう。俺は手伝わんぞ」
 そう言って、俺は部室を出ていこうとしたのだが、
「ああ!なんて悲しいことだ。作品が、彼女が丹精たんせい込めてここまで書いた作品が日の目を見ずに終わってしまうとは。嘆き悲しいことだ!彼女はこんな結末を望んだろうか? そんなことはない。僕らに何ができるだろうか? それは彼女の遺志を引き継ぐことだ。彼女も作品が完結しないで終わってしまうことを遠い場所で悲しむことだろう!」
 雄清が一人芝居を始める。
 なぜかはわからないが、雄清はその作者の少女を殺している気がするんだが。意志ではなく遺志と言っている気がするんだが。
 人を勝手に殺すな。
「そうね。それが彼女の本望ほんもうに違いないわ」
 お前も同調するな。
「そうですよ。私たちでやりましょう!」
 ……山岳部員というのは馬鹿ばかりなのだろうか。俺はそれを悲しく思った。
 
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