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日和見日記
女子のスポーツウェアって……
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テスト週間中は雄清の言うように、部活動は原則禁止となる。山岳部も当然、例外ではなく、ホームルーム後、部員は家へと直行する。
勉強が好きと言う輩は確かに存在する。実際に目にしたこともある。しかしこの世には勉強が嫌いな人間の方が圧倒的に多い。教科書と黒板とを交互に、にらめっこするより、漫画や文庫本やテレビ、そして端末を眺めていた方が楽、むしろ楽しいのは異論ないだろう。
俺はというと、大多数の人間と同じように勉強なんか好きではない。やらないで済むのならやらないでいて一向に構わない。
我が国は文明社会であり、学歴主義国家だ。幾分かましになったのかもしれないが、そこに住まう以上、我々は勉学に励まざるを得ない。
学校の教師は進んで言いたがらないようだが、この国ではいい大学、つまり偏差値の高い大学に行った奴が、後々いい思いをするような仕組みになっている。
教育者は言う、大学名、偏差値に囚われるな、と。
そうはいっても、弱冠十五歳の我々に人生の方向をどうやって定めろと? ……無理がある。今は目の前のにんじんを追いかけるしかない。いい大学に行けば人生得だ。それでいいじゃないか。
俺とて学歴主義なんてくだらないとは思う。人間の評価が肩書きで決まる。そんな馬鹿げたことがあるか。
しかし、この国ではそれがまかり通る。エントリーシートに東大と書いてあって落とすような企業がどれだけあろうか。
学歴主義は富国強兵の産物だ。つまり、古代の遺物だ。
しかし、学歴主義にも意義はある。難しい大学の名を背負うには、それ相応の努力を要する。個人間のIQの差は確かにある。しかしそれだけで受かるほど大学受験は甘くない。必要なのは努力だ。企業が大学名で就活生を評価するのを、その大学に入るに要した努力を評価しているものと考えれば、学歴主義は全否定されるほどのものでもない。
そういう訳だから文句を垂れるよりも、素直に勉強するのが賢いのだろう。
……とまあ、言い訳というか、自分で自分の尻を叩いてみる。効果があるかは知らない。
*
二週間後、考査最終日。出来はさておき、テスト週間から解放された神高生の放課後は、曇天だというのに、今までにないほど活気に満ち、校舎にも、高らかに笑い声が響いていた。
俺も部室に向かい、心なしか軽い足取りでいた。テストとはつくづく恐ろしいものだ。この俺に部活に行くのを楽しいと思わせるとは(本を読むだけなのだから、それほど心躍るものではないはずなんだがな)。
綿貫が先に来ていた。
「深山さん、こんにちは」
「おっす」
俺は荷を下ろす。綿貫はどことなく楽しげだ。テストが終わったからだろうか。
俺がそんなことを考えていると、
「第一回の山行が決まったようです」
と綿貫は言った。
そこで俺が入った部活が山岳部であることを思い出す。部室はもはや、たむろ場となっていたから、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
「ほう、どこだ」
多分知らん山だが一応聞く。
「岐阜県の池田山というところだそうです」
……知らね。
「どのくらいの大きさだ」
「九二四メートルですね。これしおりです。一人一部ずつあるので、持って行ってください」
そのしおりには、当日必要なものと、経路、部員および顧問、学校長の連絡先、簡単な山の説明と、地形図が描かれていた。おそらく顧問が用意したものだろう。
「それで、飯沼先生が山に備えて鍛えておけとおっしゃてました」
……鍛える。
俺は端からそのつもりで山岳部に入ったのだが、すっかりこのぬるま湯に慣れてしまって、いざやれと言われると……。
「走りこむのか?」
「ええ、もちろん」
「絶対?」
「だめですよ深山さん。ちゃんと鍛えておかないと。たとえ低山であっても体力のない人が山に登るのは危険です」
綿貫は教え諭すような口調で言った。
肉親を山でなくしているこいつの言葉には重みがある。……仕方ない。
「うーん、わかったよ」
「私も一緒に走りましょうか?一人で駄目でも二人なら頑張れると思いますよ」
俺と綿貫とが並んでランニング。……いや駄目だろ周りの視線が気になって余計息が上がりそうだ。
「いや一人で走れるよ」
「そうですか」
それはそれとして。
今日は体育があったから運動着はあるが、着替える場所をどうしようか。よもやここで二人で着替えるわけにはいくまい。俺が出て行くのは構わないが、ここで綿貫が着替えると、外から丸見えである。滅多に人は来ないが、お嬢様を覗きの危険にさらす訳にもいくまい。
俺は別に見られてもよかったので、
「ここはカーテンがないから、お前は更衣室に行け。俺はここで着替える」
と綿貫に言った。
「そうですね。ではまたあとで」
俺は手早く着替え終わると、校舎外へ出た。綿貫は先に外に出ていて、
「本当に一人で大丈夫ですか?」
と完全に俺のことをガキ扱いである。……一応これでも俺は、男の子なんだがな。昔は運動もやっていたし。……そんなにひ弱に見えるのだろうか?
それにしても着替えるの早いな。綿貫が着替えているところを想像した。……。なんか違うな。
学校のグラウンドの周りには卒業生の寄付によって設置された、トレーニングコースというものがある。土の上を走るように膝への負担が少なく、かつ、濡れてもどろどろにならないので、雨天でも走ることが出来る、ランニング用の通路だ。
俺は軽いストレッチをした後、ゆっくりと走り出す。一周は一キロメートル、今日は三周もすればよいだろう。
ちんたら走っていると、いろんな部活が追い抜いてゆく。ご苦労なこって。
一周し終える頃、黒髪が横から俺を追い抜いた。厭に長い髪だなと思っていると、よく見れば綿貫である。いつもは垂らしている黒髪を、後頭部のあたりで結んでいたのでわからなかった。Tシャツに短パン、そのパンツの下には、タイツのようなものをはいている。
軽快な走りを見せ、すぐに綿貫は見えなくなってしまった。
ちんたら走っているので、それほど息はあがらない。しかし二周してから、足のくるぶしのあたりが痛くなってきた。だから、はじめに考えていた通り三周でいいな、とぼんやり考えながら足を運んでいると、またしても綿貫が颯爽と俺を追い抜いて行った。実はすでに二回抜かれていたので、綿貫とはもう二周、差がついている。
よく走るなあと暢気に考える俺ではあったが、綿貫に抜かれ悔しいと思う訳でもなく、結局最後までちんたら走って終わった。
俺が止まったところで、綿貫も足を止めていた。
「深山さん、まだ走りますか?」
「いや、よしとくよ」
俺は昇降口の方へ踏み出そうとしたのだが、
「では、深山さんトレーニングルームに行きましょうか?」
……なんだそれは?
我らが神宮高校には、トレーニングルームなるものがあるらしい。自らの肉体を傷つけんと願うものが集う部屋だ。
そんな趣味は俺にはないので、全く乗り気でなかったのだが、綿貫に連れられて、トレーニングルームの入り口に立っている。
「あー、あんな苦しそうな顔をして重たいものを上げたり下ろしたりしている。彼らはいったい何がしたいんだ。トレーニングルーム改めドMルームにした方が良くないか」
綿貫はくすりと笑い、
「何言っているんですか深山さん」
と言う。
いつまでもぐだぐだ言っても仕方ないので、渋々筋トレを始める。
バタフライという機械が目についた。なんだ、これをやれば蝶になって空でも飛べるのかとふざけたことを考えたが、どうということはない。胸筋を鍛える機械だ。
説明を読み、早速やってみる。
何キログラムがよいか考えていると、綿貫がこちらを見ているのに気がついた。俺は別に張らなくてもよい見栄を張り、25㎏からやることにした。
息を吐きながら、一気に持ち上げる、……はずだったのだが、重りはピクリとも動かない。どんなに力を込めても顔が赤くなるばかり。力を緩め、ふと、綿貫の方を見ると、綿貫は笑っていた。
……畜生。
躍起になって上げようとするが、上がらないものはいくらやっても上がらない。仕方がないので、10キログラムからやることにした。
*
十分後、俺は情けない気持ちになりながらトレーニングルームのベンチに座っていた。十キログラムの重りをあげることは出来たが、十回も行かないうちに腕が上がらなくなった。中学時代運動をしていなかったから、ここまでみじめな状態に成り下がったのだろう。
俺がへばっていたところで、綿貫はと言うと、ウェイトトレーニングには取り組まずに、ストレッチをしている。
制服を着ているときには気づかなかったが、綿貫は結構胸が大きい。女体に詳しいことなんて決してないが、カップはDぐらいだろうかと、しょうもないことが頭に浮かぶ。
……
いやいかん、体ばかりでなく頭も参ってしまったようだ。
すると、綿貫はそれまで俺がじっと綿貫のことを見ていたことに気づいたようで、
「何見ているんですか、深山さん?」
君の胸はDくらいかと尋ねたら、さすがに張り手が飛んでくるかもしれない。とっさに、
「いや、筋トレはしないのかと思って」
と言い繕った。
綿貫は少し恥ずかしがるように、
「あまり、女の子がやるのはよくないかなと思って。その、……体形のこととか」
という。
そうか、ムキムキ怪力女より、むっちりのほうがいいもんな、と危うく言いそうになる。これは普通にセクハラだ。今日は本当に頭の調子がおかしい。ジョギングなんて、慣れないことをするからだ。
……だが同時に、こいつも一人の女なのだと思う。もちろんすべてが、異性によく見られたいという気持ちからくる、考えではないとは思うが、そういう思惑も少しはあるのだろう。つまりいくらお嬢様で、楚々とした立ち振る舞いが板についた綿貫も、思春期の女の子で、男子からよく見られたいという気持ちがあるということだ。
それはそれとして、この場にいると、俺はどんな爆弾発言をするかわからない。
だが、生憎動ける状態ではない。男に邪な考えが浮かぶのは、女のせいでもあると言えば、反論の矢が、千でも万でも飛んできそうだが、美人がぴったりとしたスポーツウェアを着て、目の前で体の線が強く現れるようなストレッチをしていれば、変な考えが浮かんでしまうのも仕方ないんじゃないかと俺は思う。
俺は邪念を振り払うように頭を振り、目を閉じた。修行僧は大変だな。外面如菩薩云々とは言いえて妙と独り言つ。
*
「深山さん、深山さん、大丈夫ですか」
綿貫の声がどこからか聞こえ、気づくと俺の目の前には綿貫の顔があった。
「うんえあ?」
俺は間抜けな声を出し起き上がり、危うく綿貫とキスしそうになった。俺はさっと体をのけぞらせ、背を壁につけた。
どうやら、俺は眠ってしまっていたらしい。というか、顔が近いぞ綿貫よ。
綿貫は気にする様子はなく、
「お疲れのようですね、今日は終わりにしましょうか」
「そうだな」
フラフラと俺は立ち上がって、部室へと戻っていった。
勉強が好きと言う輩は確かに存在する。実際に目にしたこともある。しかしこの世には勉強が嫌いな人間の方が圧倒的に多い。教科書と黒板とを交互に、にらめっこするより、漫画や文庫本やテレビ、そして端末を眺めていた方が楽、むしろ楽しいのは異論ないだろう。
俺はというと、大多数の人間と同じように勉強なんか好きではない。やらないで済むのならやらないでいて一向に構わない。
我が国は文明社会であり、学歴主義国家だ。幾分かましになったのかもしれないが、そこに住まう以上、我々は勉学に励まざるを得ない。
学校の教師は進んで言いたがらないようだが、この国ではいい大学、つまり偏差値の高い大学に行った奴が、後々いい思いをするような仕組みになっている。
教育者は言う、大学名、偏差値に囚われるな、と。
そうはいっても、弱冠十五歳の我々に人生の方向をどうやって定めろと? ……無理がある。今は目の前のにんじんを追いかけるしかない。いい大学に行けば人生得だ。それでいいじゃないか。
俺とて学歴主義なんてくだらないとは思う。人間の評価が肩書きで決まる。そんな馬鹿げたことがあるか。
しかし、この国ではそれがまかり通る。エントリーシートに東大と書いてあって落とすような企業がどれだけあろうか。
学歴主義は富国強兵の産物だ。つまり、古代の遺物だ。
しかし、学歴主義にも意義はある。難しい大学の名を背負うには、それ相応の努力を要する。個人間のIQの差は確かにある。しかしそれだけで受かるほど大学受験は甘くない。必要なのは努力だ。企業が大学名で就活生を評価するのを、その大学に入るに要した努力を評価しているものと考えれば、学歴主義は全否定されるほどのものでもない。
そういう訳だから文句を垂れるよりも、素直に勉強するのが賢いのだろう。
……とまあ、言い訳というか、自分で自分の尻を叩いてみる。効果があるかは知らない。
*
二週間後、考査最終日。出来はさておき、テスト週間から解放された神高生の放課後は、曇天だというのに、今までにないほど活気に満ち、校舎にも、高らかに笑い声が響いていた。
俺も部室に向かい、心なしか軽い足取りでいた。テストとはつくづく恐ろしいものだ。この俺に部活に行くのを楽しいと思わせるとは(本を読むだけなのだから、それほど心躍るものではないはずなんだがな)。
綿貫が先に来ていた。
「深山さん、こんにちは」
「おっす」
俺は荷を下ろす。綿貫はどことなく楽しげだ。テストが終わったからだろうか。
俺がそんなことを考えていると、
「第一回の山行が決まったようです」
と綿貫は言った。
そこで俺が入った部活が山岳部であることを思い出す。部室はもはや、たむろ場となっていたから、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
「ほう、どこだ」
多分知らん山だが一応聞く。
「岐阜県の池田山というところだそうです」
……知らね。
「どのくらいの大きさだ」
「九二四メートルですね。これしおりです。一人一部ずつあるので、持って行ってください」
そのしおりには、当日必要なものと、経路、部員および顧問、学校長の連絡先、簡単な山の説明と、地形図が描かれていた。おそらく顧問が用意したものだろう。
「それで、飯沼先生が山に備えて鍛えておけとおっしゃてました」
……鍛える。
俺は端からそのつもりで山岳部に入ったのだが、すっかりこのぬるま湯に慣れてしまって、いざやれと言われると……。
「走りこむのか?」
「ええ、もちろん」
「絶対?」
「だめですよ深山さん。ちゃんと鍛えておかないと。たとえ低山であっても体力のない人が山に登るのは危険です」
綿貫は教え諭すような口調で言った。
肉親を山でなくしているこいつの言葉には重みがある。……仕方ない。
「うーん、わかったよ」
「私も一緒に走りましょうか?一人で駄目でも二人なら頑張れると思いますよ」
俺と綿貫とが並んでランニング。……いや駄目だろ周りの視線が気になって余計息が上がりそうだ。
「いや一人で走れるよ」
「そうですか」
それはそれとして。
今日は体育があったから運動着はあるが、着替える場所をどうしようか。よもやここで二人で着替えるわけにはいくまい。俺が出て行くのは構わないが、ここで綿貫が着替えると、外から丸見えである。滅多に人は来ないが、お嬢様を覗きの危険にさらす訳にもいくまい。
俺は別に見られてもよかったので、
「ここはカーテンがないから、お前は更衣室に行け。俺はここで着替える」
と綿貫に言った。
「そうですね。ではまたあとで」
俺は手早く着替え終わると、校舎外へ出た。綿貫は先に外に出ていて、
「本当に一人で大丈夫ですか?」
と完全に俺のことをガキ扱いである。……一応これでも俺は、男の子なんだがな。昔は運動もやっていたし。……そんなにひ弱に見えるのだろうか?
それにしても着替えるの早いな。綿貫が着替えているところを想像した。……。なんか違うな。
学校のグラウンドの周りには卒業生の寄付によって設置された、トレーニングコースというものがある。土の上を走るように膝への負担が少なく、かつ、濡れてもどろどろにならないので、雨天でも走ることが出来る、ランニング用の通路だ。
俺は軽いストレッチをした後、ゆっくりと走り出す。一周は一キロメートル、今日は三周もすればよいだろう。
ちんたら走っていると、いろんな部活が追い抜いてゆく。ご苦労なこって。
一周し終える頃、黒髪が横から俺を追い抜いた。厭に長い髪だなと思っていると、よく見れば綿貫である。いつもは垂らしている黒髪を、後頭部のあたりで結んでいたのでわからなかった。Tシャツに短パン、そのパンツの下には、タイツのようなものをはいている。
軽快な走りを見せ、すぐに綿貫は見えなくなってしまった。
ちんたら走っているので、それほど息はあがらない。しかし二周してから、足のくるぶしのあたりが痛くなってきた。だから、はじめに考えていた通り三周でいいな、とぼんやり考えながら足を運んでいると、またしても綿貫が颯爽と俺を追い抜いて行った。実はすでに二回抜かれていたので、綿貫とはもう二周、差がついている。
よく走るなあと暢気に考える俺ではあったが、綿貫に抜かれ悔しいと思う訳でもなく、結局最後までちんたら走って終わった。
俺が止まったところで、綿貫も足を止めていた。
「深山さん、まだ走りますか?」
「いや、よしとくよ」
俺は昇降口の方へ踏み出そうとしたのだが、
「では、深山さんトレーニングルームに行きましょうか?」
……なんだそれは?
我らが神宮高校には、トレーニングルームなるものがあるらしい。自らの肉体を傷つけんと願うものが集う部屋だ。
そんな趣味は俺にはないので、全く乗り気でなかったのだが、綿貫に連れられて、トレーニングルームの入り口に立っている。
「あー、あんな苦しそうな顔をして重たいものを上げたり下ろしたりしている。彼らはいったい何がしたいんだ。トレーニングルーム改めドMルームにした方が良くないか」
綿貫はくすりと笑い、
「何言っているんですか深山さん」
と言う。
いつまでもぐだぐだ言っても仕方ないので、渋々筋トレを始める。
バタフライという機械が目についた。なんだ、これをやれば蝶になって空でも飛べるのかとふざけたことを考えたが、どうということはない。胸筋を鍛える機械だ。
説明を読み、早速やってみる。
何キログラムがよいか考えていると、綿貫がこちらを見ているのに気がついた。俺は別に張らなくてもよい見栄を張り、25㎏からやることにした。
息を吐きながら、一気に持ち上げる、……はずだったのだが、重りはピクリとも動かない。どんなに力を込めても顔が赤くなるばかり。力を緩め、ふと、綿貫の方を見ると、綿貫は笑っていた。
……畜生。
躍起になって上げようとするが、上がらないものはいくらやっても上がらない。仕方がないので、10キログラムからやることにした。
*
十分後、俺は情けない気持ちになりながらトレーニングルームのベンチに座っていた。十キログラムの重りをあげることは出来たが、十回も行かないうちに腕が上がらなくなった。中学時代運動をしていなかったから、ここまでみじめな状態に成り下がったのだろう。
俺がへばっていたところで、綿貫はと言うと、ウェイトトレーニングには取り組まずに、ストレッチをしている。
制服を着ているときには気づかなかったが、綿貫は結構胸が大きい。女体に詳しいことなんて決してないが、カップはDぐらいだろうかと、しょうもないことが頭に浮かぶ。
……
いやいかん、体ばかりでなく頭も参ってしまったようだ。
すると、綿貫はそれまで俺がじっと綿貫のことを見ていたことに気づいたようで、
「何見ているんですか、深山さん?」
君の胸はDくらいかと尋ねたら、さすがに張り手が飛んでくるかもしれない。とっさに、
「いや、筋トレはしないのかと思って」
と言い繕った。
綿貫は少し恥ずかしがるように、
「あまり、女の子がやるのはよくないかなと思って。その、……体形のこととか」
という。
そうか、ムキムキ怪力女より、むっちりのほうがいいもんな、と危うく言いそうになる。これは普通にセクハラだ。今日は本当に頭の調子がおかしい。ジョギングなんて、慣れないことをするからだ。
……だが同時に、こいつも一人の女なのだと思う。もちろんすべてが、異性によく見られたいという気持ちからくる、考えではないとは思うが、そういう思惑も少しはあるのだろう。つまりいくらお嬢様で、楚々とした立ち振る舞いが板についた綿貫も、思春期の女の子で、男子からよく見られたいという気持ちがあるということだ。
それはそれとして、この場にいると、俺はどんな爆弾発言をするかわからない。
だが、生憎動ける状態ではない。男に邪な考えが浮かぶのは、女のせいでもあると言えば、反論の矢が、千でも万でも飛んできそうだが、美人がぴったりとしたスポーツウェアを着て、目の前で体の線が強く現れるようなストレッチをしていれば、変な考えが浮かんでしまうのも仕方ないんじゃないかと俺は思う。
俺は邪念を振り払うように頭を振り、目を閉じた。修行僧は大変だな。外面如菩薩云々とは言いえて妙と独り言つ。
*
「深山さん、深山さん、大丈夫ですか」
綿貫の声がどこからか聞こえ、気づくと俺の目の前には綿貫の顔があった。
「うんえあ?」
俺は間抜けな声を出し起き上がり、危うく綿貫とキスしそうになった。俺はさっと体をのけぞらせ、背を壁につけた。
どうやら、俺は眠ってしまっていたらしい。というか、顔が近いぞ綿貫よ。
綿貫は気にする様子はなく、
「お疲れのようですね、今日は終わりにしましょうか」
「そうだな」
フラフラと俺は立ち上がって、部室へと戻っていった。
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